今回の話は、だから論文はデタラメでもいいんです、間違っていても構いません、追試で再現性取れなくて普通なんです…といった話ではありません。問題であるのは間違いなくて一部の科学者は心を悩ませているのですが、現状対処できず、不正がまかり通っている、研究者の世界は腐りきっているという話です。
最初の記事は、2013年10月4日付けのサイエンス誌の記事を紹介したものです。"304のオープンアクセス雑誌を対象にした、査読に関する実験の結果が報告"されていました。
「査読なんか怖くない?」 Science誌にオープンアクセス雑誌の査読に関する実験報告 | カレントアウェアネス・ポータル Posted 2013年10月8日
同記事執筆者のJohn Bohannon氏はScience誌編集部と共同で、高校生レベルの化学に関する知識があれば気づくような過ちを含んだ偽論文を作成し、架空の著者名・所属を用いて、304のオープンアクセス雑誌に投稿しました。これらの雑誌はすべて論文出版加工料(APC)を著者に要求するもので、それぞれ異なる出版者から刊行されています。
実験は2013年1月から8月にかけて行われ、304の対象誌のうち半数を超える157誌が、偽の論文を受理したとのことです。論文を受理した雑誌の出版者の中にはElsevier、Sageなどの大手商業出版者も含まれています。
http://current.ndl.go.jp/node/24548
バリバリに偽論文が査読を通過して、オープンアクセス雑誌掲載にまで至ってしまっています。まあ、査読者が難を挙げながらも編集判断で掲載を強行したという場合もありますけどね。
遺伝子組み換え作物への恐怖のせい?トウモロコシ発がん論文撤回では、その可能性について触れられていました。
ただ、査読者に問題があったか、編集者に問題があったかどちらであったとしても、今の掲載を決定する体制に問題があることには変わりありません。
こういった問題の存在は他にも報告されています。独出版大手シュプリンガー社が、2月27日に"論文16件を自社の資料データベースから削除すると発表し"ています。これは"コンピューターで生成された全くの「でたらめ」だったことが判明した"ためです。つまり、彼らはデタラメ論文を見抜くことができなかったのです。
これらの"偽論文は情報理工学に関する学術会議に投稿されたもので、これらの会議の論文集は定期購読者限定の専門的な出版物として発行され"ていたというから、深刻なことです。
そして、問題は16の論文に留まりません。"偽論文の中には、一見より本物らしく見せるために、序章や結論を人の手で書き換えているものもある"ようですが、それにしても査読が十分に機能していないということはやはり証明できます。
独出版社シュプリンガー、機械生成の「でたらめ」科学論文を撤回へ :AFPBB News 2014年02月28日 12:00 発信地:パリ/フランス
【2月28日 AFP】この恥ずかしい過ちを暴露したのは、仏ジョセフ・フーリエ大学(Joseph Fourier University)のフランス人コンピューター科学者、シリル・ラベー(Cyril Labbe)氏(41)だ。
英科学誌ネイチャー(Nature)の報告によると、同氏はこの他にも、米ニューヨーク(New York)に本部を置く米電気電子学会(Institute of Electrical and Electronic Engineers、IEEE)が知らずに掲載した「意味不明な」論文を100件以上発見したという。(c)AFP/Richard INGHAM and Laurent BANGUET
http://www.afpbb.com/articles/-/3009465
ラベーさんは"2010年、SCIgenを用いて架空の科学者「アイク・アントカーレ(Ike Antkare)」が書いたとする偽の論文を102件作成し、学術論文の検索サイト「Google Scholar」のデータベースにそれらを追加"するということもやっています。
笑えないのは、この架空の科学者アントカーレが"しばらくの間「世界で最も多く引用された科学者」リストの21位にランクされていた"ということです。誰が引用しているんですかね? これはまた別の大きな問題がありますが、こちらの話については広げられていません。
また、この他に再現性のない研究論文も量産されているそうです。
再現性の無い研究論文を減らすにはどうすべきか - むしブロ 2013-10-26 堀川大樹ことクマムシ博士
自然科学、とりわけ医学生物学系の多くの論文で再現性の無いことが問題になっている。製薬会社が行った追試では、実験結果が再現できなかった論文は70〜90%にまでのぼっているらしい。
NIH mulls rules for validating key results: NATURE | NEWS
http://horikawad.hatenadiary.com/entry/20131026/1382738827
これは最初に書いた通り、再現性がなくても良いということではないですよ。本来再現性は必要です。にも関わらず、再現できない論文だらけだというのは、再現性が不十分な状態で論文提出を優先していることです。もちろんそれ以上に悪い不正を理解しながら作成している論文も中には含まれていると思われます。
3つの記事・ブログ投稿を紹介しましたが、真ん中のAFPBBの話にはまだ興味深い話があります。
デタラメ論文を多量に発見したシリル・ラベーさんは、"「SCIgen」と呼ばれるプログラムで作成された偽の論文を見破る方法を研究してい"ます。ラベーさんが「SCIgen」を作ったというわけじゃないですよ、ラべーさんがやっているのはその見破り方です。
このプログラムは"無作為に選んだコンピューター工学用語をちりばめた見栄えの良い「研究論文」をワンクリックで次々に作成する"という超便利なシロモノです。以下はその例だそうです。
「一定時間技術とアクセスポイントはこの数年で、未来学者と物理学者の双方から大きな関心を集めてきた。スーパーページに関する広範な研究を長年重ねた結果、われわれは128ビットアーキテクチャとチェックサムの適切な一体化を確立した」
「SCIgen」が恐ろしいのは、"必ず偽の図表と引用が収録"するということです。どうも"数十年から数百年前に亡くなった著名な科学者の論文で最近参照されたもの"を利用するようです。
SCIgenを作ったのは、米マサチューセッツ工科大学(Massachusetts Institute of Technology、MIT)の研究者らだそうです。1つ目の記事の実験と同じく、わざと"意味不明な論文をでっち上げ、学術会議に投稿したところ、論文は正式に受理され"ています。目的としては、"誤りを防ぐための措置に欠陥があること"の指摘ですね。
でも、よくわからないのがこのプログラムをWebサイトで無償で提供しているということです。同様のプログラムは他にもありあそうですが、ガンガン偽論文が載る手助けをしちゃっています。
また、偽論文作製プログラム公開が良くないと思うのは、提出されている偽論文に前述の実験のような「単に誰かが審査システムを試しているにすぎない」以外のものが含まれている可能性があるためです。というのも、試しているのであれば、他の例のように「本人らが名乗り出るはずだけれども、まだそうしていない」ためです。
では、どういう可能性が考えられるのか?と言うと、「金もうけのための計画的な詐欺行為」です。これはプログラムに寄らない人為的な不正・捏造と同様の動機でしょうね。
騙されて恥をかいたシュプリンガー社は、「詐欺や過ちに対する免疫性がない」と言っていましたが、これは以前どこかで書いた、研究者の世界は俗に言う性善説を元に動いていると同様の話です。
以下のサイトさんは、『背信の科学者たち -論文捏造,データ改ざんはなぜ繰り返されるのか-』という本を紹介しています。最初はやはり世の中には不正論文であふれているよという話ですが、後から性善説に関するものも出てきます。
2006/12/18 新しい創傷治療
『背信の科学者たち -論文捏造,データ改ざんはなぜ繰り返されるのか-』
(ウィリアム・ブロード & ニコラス・ウェイド,講談社ブルーバックス)
本書は,いかに科学者や研究者たちが嘘のデータに基づいたデタラメを,もっともらしく発表してきたかを徹底的に明らかにしている。
これを読むと,他人のデータ,他人の論文を頭から信じ込むことの危うさ,他人のデータや論文を「エビデンス」として引用することの危険性がよくわかる。よく,「一流雑誌に掲載されているから信用できる論文だ」というような発言をする医者がいるが,これはあまりにも無邪気なものだ。(中略)いくらきちんと統計処理をしていても,元々のデータそのものが捏造されている事だって稀ではなく,そういう論文が一流雑誌に実際に掲載されているのだ。
http://www.wound-treatment.jp/next/dokusho241.htm
この後に私が繰り返し書いている俗に言う性善説によるシステムの問題が出てきます。
昔は,教師や医者は聖職者と呼ばれていたが,今時,そんなことを言ったら失笑ものだろう。(中略)
ところが,科学者や医者は「この業界は善人しかいない」ということを前提にしている。「論文は批判的に読め」というが,データそのものまで疑って読んではいないはずだ。ここに最大の問題がある。要するに,「あいつはいけ好かない野郎だな」とか,「あいつは人間的に信頼できないな」と思っていても,そいつが出したデータは疑わないし論文の内容を疑うこともない。人間的に信じられない奴でも,彼の実験データは信じるのである。「研究者,嘘つかない」というのが基本指針だからだ。
しかし、これは不正論文を許していることの言い訳にはなりません。これだけ不正が相次ぎ、俗に言う性善説が通用しないことがわかりきっているにも関わらず、その対処をしないのは惰性以外の何ものでもないからです。
不正が行われていることを前提としたシステムに、少しずつ変えていく努力が必要でしょう。
追加
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