【この文章の目的と想定される読者の対象】
こんにちは。私は医学分野の博士課程の院生です。毎日小保方博士ネタがホッテントリにちらちら見えます。普段はあまり科学分野あるいは再生医療に携わってるわけではないけど気になって読んでる方も結構いる様子、とブコメを読んで思いました。せっかく科学に興味を持って頂く良い機会ですから、そういう方向けに、たぶんこういう疑問を抱いているのじゃないかな・・・というのを推測して、FAQを書いてみました。院生が勉強をも兼ねて書いていますので、詳しい方も容赦なく突っ込んでくださるとありがたいです。
想定されるFAQはいくつもあるのですが、とりあえず今一番ホットなポイントである「小保方論文の真贋について」のFAQを書いてみました。
【この文章の限界】
勿論タイトルの「サル」は釣りですが、それでもなるべく表現を簡単にしてあります。そのため用語が不正確になっているところがあります。
スキャンダラスな面に関してはまったく言及しておらず、逆に保身のために削ったような表現もありません。
【用語説明】
査読=論文をその雑誌に載せてもいいかどうかチェックすること。えらい先生複数人が別々に行うのが普通。勿論私はやったことがありません。
追試=その論文が正しいか確認するために(他の目的のこともあるが)同じ実験をすること。
【本文】
Q:追試もしない外野がわいわい言っているみたいだけどそれってアリなの?
A:自然科学の分野においては、基本的に論文として世に出したということは外野から批判されてもよいという意思表示をしたものとみなされます。
どこの研究室でも研究室内の論文だけでなく雑誌に掲載された論文をみんなで読み下す会(抄読会)を毎週1-複数回開いていると思いますが、どんな優れた論文でも突っ込みどころが一つはあります。というか、みんな血眼になって突っ込みどころを探します。突っ込みどころは次の研究の糸口となるからです。突っ込みどころ=その論文のダメなところとしてみなされないのが普通の論説文に対する批判と異なることです(完全に間違っていればそういう批判になることもありますが、そういうときはそういうダメな論文を抄読会で読もうと提案した人が非難の対象となります(汗))。データが足りないとか、データがおかしいとか、考察に穴がある、など的確な批判ができる人は次の研究の糸口をつかむのに役立つので研究室では重宝され、実際教授になる人はそういうタイプが多いように思います。
また、まったく異なる分野からの批判は、新しい視点をもたらしたり、却って聞くべきところがあるものが多いです。今回の小保方さんの論文も再生医学のメインストリームからは少し外れた発想であったからこそのインパクトだったと思います。人文科学と異なり自然科学では基本的にあまり用語の混乱がないので可能なことだと思っています。
参考:慶應大学 吉村研究室 - 雪の朝/STAP論文の疑問
http://new.immunoreg.jp/modules/pico_boyaki/index.php?content_id=344
たとえばこの突込みに関して。再生医療にかかわる分野の教室はどの教室でも当該論文に関し抄読会(みんなで論文を読む会、実際は下っ端の院生とかがプレゼンする形になります)が開かれたと思うのですが、免疫学の先生だったらその場でこういう突込みはしただろうな、という感じの内容です。ことリンパ球やFACS(実験につかう機械)の取り扱いに関しては、他の分野の追随を許さない!という自負があるはずからこその突込み。普段から論文の査読側にまわることのあるだろう教授の書くことですから、「このくらいは査読時に突っ込まれることがあるからデータはちゃんと用意しておけよ」という研究員への教育的な要素も含むことも注意すべき点です。抄読会ももちろんそういった教育も目的として行われています。この論文を根底から否定する意図で書かれていないのは明らかです。
参考:はてなブックマーク - 研究者が沈黙する理由 - むしブロ
http://b.hatena.ne.jp/entry/horikawad.hatenadiary.com/entry/2014/02/17/063739
むしブロさんのこのエントリに門外漢は黙ってろ的なブコメがついていました(もっとついていた気がしたけど冷静な気持ちでみたらそうでもなかった・・・)が、むしろこういった遠い分野の先生でも明らかにおかしいと指摘できる点があるというのが今回注目すべき点だと思います。確か削除前のエントリにあったとおもうのですが、特に電気泳動は広い分野に普及している手技で歴史もありますし学部生のうちに経験する理系学生がほとんどで、つまり学生でも指摘できるおかしな点だと思います。
Q:データの画像処理とか利益相反とかこまかーい突込みが多いけど、ささいなことばっかりでSTAP細胞の真偽には関係ないんでしょ?
A:そうです。さらに画像やグラフのおかしさの半分は単純ミスで説明できます。
でもこんなミスを毎回毎回の論文で指摘されるのは異常なことです。あと普通は画像処理しません(と信じています)。そもそもしちゃいけないと規約で決まってるはず。悪質であれば、今後数年その雑誌に論文投稿禁止になったりします。しかしながらいずれもとても些細な不審点であることは確か。むしろリスクを冒してまでなんでこんなしょぼい画像処理したのかな?って感じ。
また、基本的に画像の不正は規約違反として単体で処理されるべきもので論文の信ぴょう性を大きく左右するものではないと思います。
ただし、特に小保方博士に関しては、こういった業界の常識を覆すような論文を書く構想は何年も前からあったとのこと。だったらなおさらその前に出した論文であってもデータの正確さに十分労力を割いて、自分自身への信頼を高めるべきでした。正直もったいない。
Q:そんなミスだらけの論文がどうして名のある雑誌に載っちゃったの?査読者は何してんの?
A:基本的に査読者はデータの改ざんなどがない前提で読んでいます。
査読者はその論文が①その雑誌の読者の求めている種類の情報かどうか②最終的な主張に十分な証拠がそろっているかどうか③新規性があるかを見るのが基本だと思います(あれば参考リンク)。②は実験の種類や、データの量の評価が主です。改ざんかどうか判断するのにそれほど時間を割かないということです。特に今回は本当にしょぼい画像処理なので、気づけというほうが難しいかも・・・。
【閑話】去年あたりゲーセンで出会った少女の話が創作だったこともあって2chとかに小話が書かれてはてブにあがってくると「創作か創作でないか」を議論するのが流行したけどそのあと疲れちゃったのか「もう創作でもいいからとりあえず本文の感想を書く」みたいな空気に結局なったような気がする。創作かどうかと本体の内容を別に扱うことはよくあることのはず。しかしながら人間は別々に扱おうとしてもなかなか難しいことを佐村河内氏の件で実感した。難しい。
Q:えっ。だったら改ざんし放題じゃん
A:だからこそ追試が重要視されます。結局うそだったらバレますから。
特にこのSTAP細胞に関してはいち早い臨床応用が期待されますから、再現できるかどうかはとても大事なことのはずです。もっとも、一般的に、最初に報告した人がとても偉くて追試した人はカスみたいな扱いなので、もっと追試を重要視すべきという意見もでています(あとで発掘できたら参考リンク)。
あとpixivの絵をトレパクでないかとか、大手小町のトピが釣りでないかとか、一生懸命毎日チェックしている人がいるけど、やっぱり論文のデータ改ざんをチェックするのが趣味みたいな人もいるので、その人たちの告発を待っているような状態です。雑誌の編集時点で改ざんを発見できればベストなのですが、時間と人的資源の問題でやっていないのだと思います。
今後あんまり改ざんがひどくなればそういう担当の人を別に雇ったり、査読者がチェックすべき(大変だ・・・)という論調になるかもしれません。ただ、査読に時間がかかりすぎると研究の成果が世に出るのも遅くなってしまって、それはデメリットだから、その辺はバランスになってしまいます。
Q:で、その追試だけど。10くらいの研究室でやってみて成功してないらしい・・・。
A:これはとても微妙な話で、実験というのはやり方がきちんと示されていても再現が難しいことがあります。
試薬の微妙な組成とか、使っている器具のメーカーとか洗浄方法とかが違うと再現できないことはよくあります。ちょっと変えたらなぜか成功したけどなんでかさっぱりわからない、なんてこともものすごくよくあります。実験は料理に似ています。料理もレシピ通りにやってもうまくいかないことがあると思います。(実際人間に対して用いる医療技術はそういうことがあってはいけないので、ものすごい努力と試行の元に標準化されているわけです。というか標準化の過程が医療関連の研究のほとんどを占めてるんじゃないだろうか)
また、このことに関し、面白い指摘もありました。
参考:Twitter / Micheletto_D: STAPの再現で失敗しているところもさ、実は怖いのよ。微妙に ...
https://twitter.com/Micheletto_D/status/435262538511425536
(このツイートに対する私のブコメも読んでくださるとうれしいです)
Q:追試が誰も成功しなかったらウソってことだよね。許せない!
A:その本体がねつ造であることと、間違いであることは別のことです。勘違いや偶然で結果がでてしまうことはあって、それが真実だと研究者が思い込むことはあるので、完全にねつ造かどうかは追試ができるかできないかで判断できません。
Q:じゃあ現時点で追試で成功していなくても、まだまだ希望はあるんだね!
A:そうなんですけど、この小保方博士のSTAP細胞は弱酸性の液体につけたらできた!ということ、つまり「簡単にできる」というのが重要な売りなので、少なくとも「簡単じゃねーな」というのは突っ込みどころになります。まあでもそんな簡単にIPS細胞みたいになっちゃったら朝起きたら腕から耳やピノコが生えててもおかしくないわけで、再現が難しいのは予測してた研究者も多いと思います。
しかし、最初の質問に戻るけれども、突っ込みどころ=新しい研究の糸口です。だから簡単にできないからダメ!というのではなくて、じゃあ「どうして簡単じゃないのか?」とか、「より簡単にするためにどういう工夫ができるか」について研究ができるな!と考えて楽しい気持ちになるのが研究者です。
【まとめ】
・研究者は論文に対してともすれば細かすぎる批判をすることがあるが、それは普通のことで、むしろ研究者にとって批判できることは重要な技能だったりする。
・画像の不審な点については、ミスと意図的な画像処理があって小保方さんの論文については半分半分っぽい。調査待ち。
・追試はまだできてないけど簡単にできるはずない(とIPSの山中先生も言ってた)からみんなが思ってるより時間かかるかも・・・。
まとめると既に言われていることばかりになってしまいますが、それぞれの背景について理解が深まったのであれば幸いです。そうでなくてもブコメで解説したい衝動に何度もかられたけど100文字で収まらないので書いてすっきりしました。
【個人的な感想】
こうしてこの文章を書いている3時間くらいの間にも追試成功の情報が入ってくるかもとちらちらとネットを見ている、そんな感じで、ネガティブなことばかりブコメには書いていますがわりと期待しています。
何か間違いがあったり、質問があったら聞いてください。
たとえば、
Q:なんでそんな論文すぐ読めるの?Natureのサイトにいったら購読しないと読めなくて、しかもすごく高いんですけど・・・
A:大学が購読してくれてます。(でも学費という形で少々ばかり負担しているはず)
Q:長い。難しい。わかりにくい
A:申し訳ありません。ポイントを絞っていただければより噛み砕くことは可能かもしれません。
みたいな簡単な質問でも。