第42話 参戦
妖人大陸の魔術学校にいるはずのスノーがなぜかメイヤ邸の中庭に居た!
オレも椅子を蹴り飛ばす勢いで立ち上がる。
「す、スノー!? どうしてここに! 偽物じゃないよな!」
『リュートくん! リュートくん! リュートくん!』
スノーは妖人大陸語で名前を呼びながら駆け寄ってくる。
オレの首に飛びつき、腕を回す。
顔を埋めると『ふがふが』と匂いを嗅ぎだした。
懐かしい動きに胸から郷愁のような感情が湧き出し、彼女を痛いほど抱き締めてしまう。
『リュートくん、苦しいよ』
『ご、ごめん。つい嬉しくて強く抱き締め過ぎた』
オレは久しぶりに使う妖人大陸語に、最初の言葉が出るまで一瞬の間が必要だった。
ずっと使って来なかった弊害だ。
「リュート、彼女は何を話しているんだ? そして一体何者なんだ? まさか本家の手先じゃないだろうな……」
カレンがお嬢様を庇い前に出る。
オレは慌てて、スノーの潔白を証明しようとした。
「違います! 彼女はさっき話していた幼なじみで婚約者のスノーです!」
オレは言語を切り替え尋ねる。
『スノーは魔人大陸語は話せるか?』
『大丈夫だよ。魔術学校1年生の時、必須授業で習ったから』
そういえばスノーは子供の頃から算数は苦手だったが、読み書きは得意だったな。
エル先生の授業を懐かしく思い出す。
スノーはオレから手を話すと丁寧に魔人大陸語で挨拶をする。
「初めまして、リュートくんの婚約者のスノーと申します」
イントネーションが所々おかしかったが、殆ど問題は無い。
さらに彼女は挨拶を続ける。
「妖人大陸の魔術学校に通ってます。魔術師Aマイナス級です」
「はあぁぁぁぁあ!?」
オレは思わず驚愕の悲鳴を上げてしまう。
さすがに何かの聞き間違いだと思った。
「す、スノー! 嘘だろ、魔術師Aマイナス級って」
「本当だよ。早く学校卒業してリュートくんに会いたくて頑張ってたら、Aマイナス級になってたんだぁ。もちろんわたしだけの力じゃなくて、師匠に師事したのが大きいけどね」
「師匠?」
「うん! あのね、師匠は『氷結の魔女』っていう魔術師なの。仲良くなって色々教えてもらったんだ」
「ひ、氷結の魔女!?」
今度はカレンが驚愕の声音を上げる。
「ハイエルフで『氷結の魔女』って言ったら妖精種族、ハイエルフ族の中でも超有名人、1000年を生きる魔術師S級じゃないか!?」
A級は一握りの『天才』と呼ばれる者が入る場所。
S級は『人外』『化け物』『怪物』と呼ばれる存在だ。
「うん、その人がわたしの師匠だよ。師匠から『氷雪の魔女』って名乗るように言われたんだけど、ちょっと大げさで恥ずかしいから言いづらいんだよね」
「いや、恥ずかしいって、気にする場所はそこじゃないだろ……」
オレは思わず突っ込みを入れてしまう。
スノーは分かっているのかいないのか首を傾げた。
馬鹿と天才は紙一重というが――スノーは一体魔術学校でどんな生活を送っていたんだ?
「……それでどうしてスノーはここにいるんだ? 学校はどうしたんだよ」
「魔術学校はAマイナス級になったら、通わなくても単位が貰えて卒業できるんだよ。で、リュートくんに会いに行こうとしたらあの人が酷いこと言ってきたんだよ!」
「ひぃッ!」
スノーはテーブルの陰にしゃがんで隠れていたメイヤを指さす。
メイヤはスノーを前に肉食動物を前にした小動物のように怯えている。
まさか2人に面識があるとは思わなかった。
いったい2人に何があったんだ?
「落ち着けスノー。とりあえずオレにも分かるように1から説明してくれ」
「うん、分かったよ。あのね……」
スノーがどうしてここにいるのか順を追って説明してくれた。
メイヤとは妖人大陸の魔術学校、応接間で初めて出逢った。
彼女はスノーが持つ『S&W M10 2インチ』リボルバーを言い値で払うから譲って欲しいと迫ってきた。
スノーが断ると、メイヤは友好的な態度から一転、目を吊り上げ叫んだ。
『リュート様はもう魔物に殺されて死んでいるわ! だから、あの魔術道具は貴女のような価値も分からない人が持っていい物じゃない! 彼の功績を後世に残すためにも、わたくしのような者が持つべきなの』
メイヤは天才魔術道具開発者だけあって、妖人大陸語も話せたのか。
だがそれが災いして、口から思ったことを吐き出す。
結果、スノーはその発言に怒髪、天を衝きメイヤに銃口を向けてしまったらしい。
応接間を出た後、スノーはすぐに旅支度を調える。
メイヤの発言は絶対に嘘だと信じていたが、不安が胸を締め付けたためまずエル先生の元へ向かった。
エル先生ならオレが現在どこに居るか知っていると思ったからだ。
スノーはアルジオ領ホードにある孤児院を出て、魔術学校へ行く時は片道で約3ヶ月かかる馬車旅をした。
今回、魔術学校から孤児院へ戻る時は街にも寄らず、魔物や盗賊が出る危ない道にも構わずほぼ一直線で向かったため、約1ヶ月ほどで帰省することが出来たらしい。
また随分と無茶をしたもんだ……。
孤児院へ戻ると、エル先生に驚かれた。
先生にオレの居場所を尋ねると、彼女は渋々手紙を差し出す。
その手紙はオレがエル先生に宛てて書いた物だ。
冒険者として出たはいいがドジを踏み、奴隷商人に奴隷として売られてしまったが、現在は魔人大陸のブラッド家に保護されてお嬢様の執事をしているから問題無し。心配しないでください、ただスノーの勉強を邪魔したくないから彼女には黙っていて欲しい――と書いてあった。
手紙を貰うとスノーは一泊もせず、オレが居るという魔人大陸のブラッド家を目指し旅立つ。
そして経由地点の竜人大陸に降りると、懐かしいオレの匂いがしたらしい。
その匂いを本能的に辿ってメイヤ邸を囲む塀を軽々と跳び越え、中庭へ進むとオレが居て思わず歓声をあげ飛びついてしまった……ということだ。
おいおい、いくら何でもタイミング良すぎだろう。
久しぶりに嗅いだオレの体臭をスノーは『最高だったよぉ』と体をくねらせ喜んでいる。
いや、誰もそこまで話せとは言っていない。
10歳の時に別れて、スノーとは約3年以上会っていなかった。
体は成長したが……ますますオレが絡むとアホの子化が進行している気がする。
スノーの話を聞き終えると、メイヤが幽霊より青白い顔で、オレ達へ例の竜人種族の土下座をしてきた。
「も、ももももし訳ありません! スノー様! 貴女様がリュート様の婚約者とはつゆ知らず失礼な口を利いてしまいまして!」
突然の出来事にリュートは思わず固まってしまう。
さらにメイヤの弁解は続いた。
「あの時、わたくしは確かにリュート様を侮るような発言をしてしまいました。しかし! あれはまだリュート様の絶対的ご威光に触れていない、無知無能たる愚かな存在だった時のこと! 今は決して、リュート様が魔物ごときに殺される方ではないと信じることが出来ます! ですからどうか、この憐れな一番弟子を見捨てないでください! もしリュート様に見捨てられたらわたくしはこの世界に生きる意味を失ってしまいます! その時はどうか自害するようお申し付けください!」
まぁ実際は魔物に殺されたんじゃなくて、偽冒険者に騙されたんだけどね。
後、メイヤは無駄に自分が一番弟子だと主張するよな……。
「……そうやって自分の命を楯にして、相手に許しを得ようとするのは違うと思う」
「ッ!?」
スノーはメイヤの必死の謝罪に対して厳しい態度を取る。
オレはスノーの頭を撫でて、落ち着かせる。
「まぁ2人にそんな過去があったのは知らなかったけど、被害が出た訳じゃないし過ぎたことだろ? それに今はメイヤに何から何までお世話になってるんだ。だからそう邪険に扱わないでやってくれ。メイヤも弟子を解任するなんてしないから、自害するとか物騒なことを言うのは頼むから止めてくれ」
「むぅー、リュートくんがそう言うなら……」
「あ、ありがとうございます! リュート様! 不肖! メイヤ・ドラグーンは命尽きるまでリュート様に忠誠を誓いますわ!」
スノーは渋々と、メイヤは涙を滝のように流し顔を上げる。
逆にメイヤの時とは対称的に、現在オレの主であるお嬢様に対してスノーは友好的な態度で接した。
「初めましてスノーです。あなたがクリスちゃん?」
『は、はい! そうです!』
お嬢様が慌てて魔人大陸語で文字を書く。
スノーはお嬢様の手を取り、瞳の端に涙の輝きを浮かべお礼を告げる。
「ありがとう、リュートくんを助けてくれて。本当にありがとう」
『私のほうこそ、リュートお兄ちゃんには色々助けてもらってますから』
「お兄ちゃん?」
『私が1つ年下で、お兄ちゃんみたいだから『リュートお兄ちゃん』って呼ばせてもらっているんですが……駄目でしたか?』
「ううん! 全然そんなことないよ! むしろ羨ましいぐらいだよ! リュートくんがお兄ちゃんなら、わたしはクリスちゃんのお姉ちゃんだね。『お姉ちゃん』って呼んでね!」
『はい! スノーお姉ちゃん!』
「こんなに可愛い妹が出来るなんて! とっても嬉しいよ」
スノーはお嬢様を遠慮無く抱き締める。尻尾も喜びでぶんぶん揺れていた。
人見知りするお嬢様も初対面のスノーに対しては怯えもせず、抱き締められても嬉しそうに微笑む。
スノーはお嬢様を離すと、ケンタウロス族のカレンとも自己紹介を済ませる。
こちらもポニーテール同士だから、妙に馬が合うようだ。
そしてスノーは疑問を口にする。
「所でリュートくん達はここで何をしてるの?」
「それが話すと凄く長くなるんだが……」
どこから話をしたものかと頭を掻いていると、メイヤが提案してきた。
「スノーさんもカレンさんも、旅を終えたばかりでお疲れでしょうから、まずお風呂に入って旅の疲れを落としてはどうでしょうか? お2人がお風呂から上がったら、ちょうど夕食時になると思いますから、その席で食事を摂りながらお話し頂くというのは如何ですか?」
確かに2人は着いたばかりで疲れているだろう。
これ以上、中庭で話を聞かせるのも悪い。
「そうだな。それじゃメイヤの言う通りにするか」
「リュートくんがそう言うなら、そうするよ。カレンちゃん、折角だから一緒にお風呂入ろう!」
「い、いいのか? 自分はこんな体だし……」
「いいから一緒に入ろ! クリスちゃんも泥だらけだし背中の洗いっこしようね」
『はい、スノーお姉ちゃん!』
お嬢様も一緒にお風呂に入る流れらしい。
メイヤはメイド達に指示を出すため、お風呂に入ることは出来ない。
こうしてスノーに事情を説明するのは夕食を摂りながらになった。
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お風呂上がり、スノーはドラゴン・ドレス姿で現れる。
さすがにケンタウロス族であるカレンに合うドラゴン・ドレスは無く、彼女は自分で用意した私服だった。
夕食を摂りながら、オレ達が今置かれている状況をスノーに説明する。
その上で、彼女に協力を求めた。
もちろん幼なじみで婚約者の頼みだからといって、無条件に参加しなくてもいい――という前置きは置いた。
だが、スノーは迷わず、協力を承諾してくれる。
お嬢様が涙ながら深々とスノーにお礼を告げたのは言うまでもない。
夜、眠ろうとすると扉がノック。
扉を開くとそこには――
「ごめんね、遅くに」
パジャマ姿のスノーが枕を持って立っていた。
左腕には昔、送った婚約腕輪を付けている。
「折角、久しぶりに会えたから今夜は一緒にいたいんだけど……駄目かな?」
駄目なはずがないじゃありませんか!
「オレとスノーの仲じゃないか、遠慮無く入ってくれよ」
「……それじゃ、お邪魔するね」
スノーは部屋に入ると、枕をベッドに並べる。
彼女のパジャマは上がシャツで、下がホットパンツのような短パンだった。
もちろんブラジャーなんて物は無いから、歩く度に立派に成長したお胸様がゆさゆさ揺れる。
素足も健康的にスラリと伸び、短パンから出ている銀色の尻尾が落ち着かなく揺れる。
背丈も伸び、胸も想像以上に大きくなっている。
オレの精神年齢は40歳過ぎだが、肉体はまだ13歳と若い。
目の前の婚約者に『欲情するな』という方が無理だ。
(お、落ち着けオレ。さすがにメイヤ邸……人様の家で初めてを迎えるのはオレも嫌過ぎる。それにお嬢様や旦那様達の問題もあるし……さすがに自重しよう)
オレは素数を数えながら、スノーと一緒にベッドへ潜り込む。
彼女は自分で枕を用意したのにもかかわらず、オレの腕に頭を乗せてくる。
脇腹に胸が! スノーの足が絡みついてくる! 理性という鎖がごりごりと削られていくのを実感する。
だが、そんな欲望もスノーが泣いていることに気付き、鎮火してしまう。
「スノー、泣いてるのか?」
「こうしてまたリュートくんと抱き締め合うことが出来たと思うと嬉しくて……」
「……ごめんなスノー、心配ばかりかけて。婚約腕輪も駄目にしちゃって」
「ううん、リュートくんが無事ならそれでいいよ。本当に無事でよかったよ」
スノーは涙ぐみ顔を埋めてくる。
彼女は譫言みたいに『リュートくんが無事でよかった』と呟き、涙を流した。
オレは何度も何度も謝罪の言葉を呟き、一晩中――スノーが泣きやみ眠るまで頭をなで続けた。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
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明日、12月28日、21時更新予定です。
300万PV突破しました! ありがとうございます!
これも皆様のお陰です!
これからも更新頑張ります!
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