はじめに
本稿は2013年12月6日に成立した「特定秘密保護法」(「特定秘密の保護に関する法律」)について、Q&A形式で、概観するものです。
わかりやすさを優先するため、条文を簡略にまとめたり、言い回しを変えたりしている部分があります。
引用文中の強調箇所は、すべて引用者によるものです。
略語について
特定秘密保護法を「法」と略します。
12月5日に開示された「特別秘密の保護に関する法律案【逐条解説】」(内閣官房)を、【逐条解説】と略します。【逐条解説】にいう「特別秘密」は、本法にいう「特定秘密」です。「特別秘密(特定秘密)」と表記します[*1]。
目次
Q1.特定秘密保護法はどのような目的をもつ法律なのでしょうか?(P1)
■知る権利・言論の自由
■「国と国民の安全」と「知る権利」
Q2.そもそもなぜこのような法律が必要となったのでしょうか?(P2)
■制定過程
■これまでをふりかえる
■特定秘密保護法制定に働いた要因
(1)日本固有の要因
(2)対米関係に由来する要因――冷戦終結前
(3)複合要因――冷戦終結後
Q3.「特定秘密」の対象となる情報はどのようなものですか?(P3)
■別表方式は秘密を限定できるか?
■警察の情報
■都合の悪い情報と秘密
■具体的な調査
■妥当性をどうやって確保するか?
Q5.秘密を漏えいした場合の罰則について教えてください。(P5)
■罰則についての議論について
Q6.どのくらいの期間、秘密指定されるのでしょうか?(P6)
■秘密の指定解除と文書の保存
[*1]【逐条解説】は、福島みずほ議員のブログで読むことができます。http://mizuhofukushima.blog83.fc2.com/blog-entry-2386.html
Q1.特定秘密保護法はどのような目的をもつ法律なのでしょうか?
法1条に掲げられている目的を要約すると、次のとおりです[*2]。
ようするに、国と国民の安全のために秘密を保護する制度づくりということです[*3]。
法案審議の際には、「(知る権利が)国家や国民の安全に優先するという考え方は基本的に間違いがある」(町村元官房長官・2013年11月8日衆議院国家安全保障特別委員会)といった発言もありました。
本法を制定するにあたっての強い関心が、《秘密を漏らさぬ体制づくり》に置かれていたことが、それやこれやの発言から窺われます。本法は《秘密が守られるか/漏れるか》という二分法の思考で、「秘密が守られること」=「決して漏れないこと」が徹底して追求されたものと理解できます[*4]。
[*2]法1条では、保護の体制を作ったうえでの話として、《収集・整理・活用》が語られていますが、本法自体はこれらに踏み込むものではありません。
[*3]ちなみに【逐条解説】3頁では「まずはこのような重要な情報を適確に保護する体制を確立することにより政府部内や同盟国等との間との相互信頼を確保した上で、情報の収集・整理・活用を行うことが重要であると考えられる」としています。
[*4]【逐条解説】にも二分法的な思考は明らかです。たとえば、次のように述べられています。
「本法(案)が秘密の取得を罪としていること」について
→「特別秘密の保護そのものを目的としている以上、その保全状態を脅かす行為であれば、業務者による漏えい行為に限らず処罰の対象とするのが適当である」(56頁)
「共謀・教唆・扇動を罪とすること」について
→「いったん業務者による保全状態から流出した特別秘密は、それを漏えいした者や取得した者を罰しても取り返しがつかないため、流出の結果をもたらす危険性の大きい行為として、故意の漏えい行為又は取得行為……の共謀・教唆・扇動を処罰することとしたものである」(63頁)
■知る権利・言論の自由
一般に、国家の「秘密」は「知る権利」を含む「言論の自由」と対抗関係にありますが、本法は秘密を保護する一方で、そのような対抗利益への配慮が、十分に見られないところに大きな特徴があります。
国家は大量の情報を持っています。その中には「すぐに公開できるもの」もあれば、「すぐには公開できないもの」もあります。後者としてたとえば外交交渉など、手の内をさらした状態では交渉にならないことは当然でしょう。
統治に関わる情報は国民の《財産》ですから、「すぐには公開できない」情報も含めて、いつかは公開されて批判と検証にさらされるということを前提に、適切に管理される必要があります。私たちには「知る権利」があるのです。
そこで制度設計にあたっては、情報公開、公文書管理、秘密の保護、内部告発者保護など、情報「管理」のあり方全般にわたる検討が必要となります。
しかし、先にも述べたように、特定秘密保護法は、《秘密の保護》という観点に偏った法律となっていて、私たちの「知る権利」に十分な配慮をしたものとはいえません。
■「国と国民の安全」と「知る権利」
秘密の保護を徹底的に追求することは、「国と国民の安全」を最大限に確保しようとする考え方にとっては目的にかなっているのでしょうが、必然的に、表現の自由や知る権利といった市民的権利を犠牲にすることになります。
秘密の保護の徹底的な追求 → 市民の権利や自由の犠牲
今日の世界では、「国と国民の安全」を偏重して追求することは、時代錯誤となりつつあります。「国と国民の安全」は、有無を言わさぬ絶対的な公益になりがちであるところ、知る権利等の対抗的な利益や、公にされた秘密の重要度などを、総合的に衡量しなくてはならないと考えられるようになってきているのです。
NSAの通信傍受を暴露する記事をスクープした英ガーディアン紙編集長が、朝日新聞のインタビューに答えて、
《「ペンタゴン・ペーパーズ事件」(米連邦最高裁判決・1971年6月30日)の明らかにした「どんな経緯で得られた情報であっても、公益にかなう限り報道は適法」という原則が自信の拠り所になった》
という趣旨の発言をしています(朝日新聞2014年2月17日)。
ガーディアン紙の行動へは批判もなされましたが、世界の各地から賛辞と支持が表明されている点に、市民の「情報への権利」が着実に育っていることを見て取ることができるでしょう。
特定秘密保護法へ市民による反対運動が広い範囲で起こったのは、市民的自由を守るための行動として、当然のことであったと思います。
また、Article 19、国際ジャーナリスト連盟、国際ペンクラブ、国連人権高等弁務官事務所・特別報告官、オープン・ソサエティー財団上級顧問(ツワネ原則[*5]採択を主導した財団)などの国際的な人権団体等からも、言論の自由の国際的な基準に照らして、厳しい批判が寄せられました。
「国と国家の安全」と「知る権利」等の市民的権利や自由は、本来的にぶつかりあうことが多いため、先に述べたように、公文書管理、情報公開、情報セキュリティ等についてしかるべき仕組みが作られ、裁判のあり方のルールが整序されるなかで、これらの間を調整する必要があります。そして、具体的な事件となった場合には、司法手続のなかでよりきめ細やかに調整する必要があります。
しかし日本では、依然として調整メカニズムが不十分です。「知る権利」を担保する客観的な制度とその運用が発展の途上であり、また裁判における「国と国家の安全」と「知る権利」の調整のあり方(立証方法等)も不明瞭です。
そのようななかで、秘密の保護のみを手厚くする本法は、「国と国民の安全の確保」という目的が正当と認められるとしても、採られている手段がバランスを欠いていると言わざるをえません。
[*5]ツワネ原則(「国家安全保障と情報への権利に関する国際原則」)は、「国家安全保障」と「知る権利の保障」とのバランスについて検討された国際基準です。
・日弁連による全訳はこちら
http://www.nichibenren.or.jp/library/ja/opinion/statement/data/2013/tshwane.pdf
・解説した文献として、たとえば海渡雄一「ツワネ原則は何を要請しているか」世界2014年1月号96頁以下など。