作家を救う電子書籍の伝道書『ナナのリテラシー 1』

山田 義久2014年03月06日
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ナナのリテラシー1
作者:鈴木みそ
出版社:鈴木みそ
発売日:2014-01-23
  • Amazon Kindle

 「どこまでがフィクションで、どこからが本当の話だろう。」

作者の鈴木みそさんによると、「こう思ってしまったら、この漫画の狙いは成功」だそうです。
まぁ、だいたいこういうときって、ほとんど”本当の話”なわけで。

鈴木みそさんは、電子書籍によるセルフ出版のパイオニア。自身の作品群の電子書籍化を2012年末から始め、2013年11月時点で5万部売り上げ、印税も900万円に達するという。その鈴木さんが、自身の体験に基づいたノウハウを惜しみもなく公開したのが本作。

話はそれに留まらない。出版業界の現状を分析し、現実を直視した上で、漫画家としてどうサバイバルすべきかのビジョンが示されている、といっても大げさではない。
後年、この漫画を読んで「人生変わった」という作家がでてきても、私はまったく驚かない。そのくらいインパクトがある一冊だ。

主人公は、あるコンサルティング事務所に一週間の職業体験に来た女子高生、許斐七海

そして彼女の前に二日酔い&裸で登場するのが、このコンサルティング会社の社長、”天才”山田仁五郎

その山田にパンツを履くようにクールに命令するのが、事務・経理を担当する谷川寛子

この3人がメインの登場人物だ。

そこに、クライアントとして相談に来るのが出版社の営業マン。
相談内容はズバリ、”電子書籍は「来る」んでしょうか”。
その問いに対して、会議直前に瞬間記憶した統計データを材料に、ホワイトボードの前で踊るような表現力で、出版業界を分析してみせる山田。

結論は、”電子書籍が出版社を救う可能性はほぼない”。さらに”出版社自体、もっと未来はありません”と身も蓋もない。
では、”未来はどこにあるのか”、その具体的な提案は3日後ということでその日は終わる。

一方、許斐が所属するPC部顧問の提案により、ある漫画家の再生計画にも着手する。

出版不況により生活苦に陥っている漫画家・鈴木みそ吉に、山田はなんと、出版社からの独立戦争を勧める。提案の一つがKindleのセルフ出版。出版社をすっ飛ばして、読者に直接販売するまでの手順を示し、技術面、契約面、営業面をサポートしていく。

山田は、出版社の味方なのか、漫画家の味方なのか。そのあたりは、何も明らかにならないまま話はどんどん進む。
しかし、彼が両者に繰り出す各提案は、具体性・実行性が伴っていて、説得力がある。特に、鈴木みそ吉に対する提案は、テクニカルな話だけでなく、地道なブログ更新や泥臭いプロモーション、タフな交渉など、”実務臭”がプンプンするディテールが詰まっていて、私は特にこの部分が大好きだ。「魂は細部に宿る」とするならば、全ページに魂が宿っている。

そして何よりも、全編を通じて情熱に溢れている。その理由は上記の通り、示されるビジョンも提案も、すべて作者である鈴木みそさんの実体験がベースにあり、プロの漫画家としての熱い想いが、作品全編に血を通わせているからだ。

こんな作品が、おもしろくないわけがない。

是非読んでほしい。というか、これから自分の作品を世に問う可能性がある人には、必読といえるかもしれない。最後に山田のメッセージを。

このメッセージにたどり着くまでの道筋、その真偽は、ぜひ本作を読み込んで考えてみてほしい。

※本レビュー内で作中の絵を使用することについて、作者である鈴木みそさんの了承をいただいています。

銭 壱巻: 1 (ビームコミックス)
作者:鈴木 みそ
出版社:KADOKAWA / エンターブレイン
発売日:2003-09-26
  • Amazon Kindle

鈴木さんの作品を知ったのは、マンガHONZの夜会で堀江さんにこの作品『銭』を紹介されてから。いろんな職業の儲けの構造を分析するビジネス漫画で、一巻読んであまりに面白くて、全巻Kindleで買って一気読みした。

読んでいるうちに、鈴木さんは作品のテーマについて、実体験や、入念に現場取材をした上でストーリーを作るノンフィクション型と分かり、面白そうな作品を片っ端からKindleにダウンロードして読んだ。『ナナのリテラシー』もその中で出会った作品。どれもこれも、ディテールまで丹念に描かれていて、本当に面白いし、勉強になる。
 

マスゴミ
作者:鈴木みそ
出版社:鈴木みそ
発売日:
  • Amazon Kindle

マスコミ業界、婚活業界、ボディビル大会潜入と異なるテーマがまとめられた一冊。

Xてんまでとどけ アイゾー版 (Mac Fan Books)
作者:鈴木 みそ
出版社:マイナビ
発売日:2014-01-23
  • Amazon Kindle

 デジタル機器への造詣も深い鈴木さんがMacに対する愛憎を語りつくす一冊。Macを使い続けている人にはたまらない話か。

限界集落(ギリギリ)温泉第一巻
作者:鈴木みそ
出版社:鈴木みそ
発売日:2013-01-05
  • Amazon Kindle

ホームレスに身をやつしたゲームクリエイターが、成り行きで破産寸前の温泉旅館の再生に乗り出す話。

僕と日本が震えた日
作者:鈴木みそ
出版社:鈴木みそ
発売日:2013-01-29
  • Amazon Kindle

 東関東大震災関連。ガイガーカウンターの正確な使い方も詳説されている。

 電子書籍で勝負する漫画家とマンガHONZ

私は、鈴木みそさんのように電子書籍で勝負する漫画家の方と、マンガHONZは、むちゃくちゃ親和性が高いのでは、と感じている。

というのも、『ナナのリテラシー』で描かれているとおり、電子書籍に重点をおくと、既存の流通をすっ飛ばすので、作家自身が作品の営業・プロモーションもする。
そこで、マンガHONZはレビューを通じて、作品の素晴らしさをネットの隅から隅まで拡散し、営業・プロモーションをサポートすることができる。一方、漫画家の方には、例えばこのレビューのようにコンテンツの一部を提供してもらったりしながら、レビューの質を高めることに協力してもらう。「よいコンテンツを広く世に知らしめる」という共通目的で、がっちりWin-Winの関係を築けると思う。

さらに、この協調関係をベースに、紙を介さず情報端末上だけで完結する仕組みが伸びてきたら、国内だけに留まる理由は特に見当たらない。最近、翻訳コストも低くなりつつあるので、早々に海外の潜在読者にも作品の価値を問うようにスケールさせるべきと考えている。作中で紹介されているクラウドファンディングのアイデアも応用可能だろう。

鈴木みそさんは、上記の通り、既に電子書籍で結果を残しているパイオニア。そして、なんとマンガHONZに応募も考えられたとのこと!電子書籍は紙媒体に比してまだまだ小規模だが、この時点だからこそ、マンガHONZとして、今、鈴木さんを仲間に引き入れた方がいいと思う。これ、どう?(注:これはマンガHONZメンバーに言ってます笑)

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