【オピニオン】クリミア情勢の教訓―試される米国の事なかれ主義

    By
  • MICHAEL AUSLIN

[image] Associated Press

ウクライナのPerevalneにある歩兵部隊基地前に立つウクライナ兵(左)とロシア兵(4日)

 プーチン大統領によるウクライナへの介入はロシア政府による失地奪回政策だが、特異な事例というわけではない。アジアの状況に対して長く不満を抱いている中国のように野心的な国々は、プーチン大統領の戦略を注視し、隣国の決意の試し方を学んでいる。プーチン大統領の行動に対し、欧米諸国からは断固たる対応が見られない。このことは、アジア地域の不安定さが高まる可能性を示唆している。

 プーチン大統領自身も最近のアジア情勢から危険な教訓を得た可能性が高い。中国は、尖閣諸島、南沙諸島といった島の領有権をめぐる隣国の主張を少しずつ崩そうとしてきた。中国の隣国のほとんどは今や同国よりも弱く、日本でさえ中国の軍事力の台頭に圧力を感じている。

 ロシア政府は、オバマ政権が助けを求めてきたアジアの同盟国をほとんど支援してこなかったことも見ている。フィリピンは中国による南シナ海のスカボロー礁の実効支配に孤立無援で抵抗してきた。中国政府が日本の統治下にある尖閣諸島を含む東シナ海上空に侵略的な防空識別圏(ADIZ)を設定した昨年11月以来、米国政府はほとんど何の反応も示していない。

 北朝鮮の場合がミサイル発射や核実験を行わないとした米朝合意を破った後でさえ、金正恩第1書記の立場がこの2年間で強まった。プーチン大統領はこの状況も目の当たりにしてきた。北朝鮮政府に対するいかなる制裁措置も、中国とロシアによって当然かのごとく効力が弱められ、あるいは無力化されてきた。米国がそれに対して反応を示すことは事実上なかった。

 具体的な行動の代わりにアジアが得たのは、アジアの「リバランス」に関する米国のレトリックだった。いくつかの(有効だが)小さな動きを除くと、オバマ政権がアジアは米国の外交政策の新たな中心だと約束し始めて以来、ほとんど何も変わっていない。プーチン大統領も間違いなくこれに気付いている。

 プーチン大統領がウクライナに介入し始めた今、米国の損なわれつつある信頼が強引な日和見主義をほう助することは誰の目にも明らかだ。領有権争いから小国を蹴落とすといった修正主義的な動きに対抗する意思が米国政府にはないという判断は、東シナ海、南シナ海でこれまで以上に強引な行動を取る中国の計算に入っているはずだ。

プーチン大統領、軍出動を正当化 米国務長官キエフ訪問

 米軍機はそのエリアを飛行し続けると強調したが、中国が新たに設定したADIZを米国政府は黙認するだろうという中国政府の読みは正しかった。

 クリミア情勢が教えるもう1つの教訓は、日和見主義的行動が現状維持勢力を驚かすことが多いということだ。ロシアが介入に踏み切るほんの数日前、米国の諜報機関はロシア政府が軍事行動を起こすことはないと確信していた。南シナ海での新たな漁業規制の打ち出しから尖閣をめぐる日本の紛争のリスクを冒すことまで、米国は中国の行動にも同じように不意を突かれた。

 世界的に領土主義の弊害が戻ってきつつある。ロシアがウクライナを分割併合する恐れがある一方で、アフガニスタン、シリア、その他の中東諸国では国家管理をめぐる闘争が激化している。アジアの海や陸における領有権争いにより、中国もその例外ではなくなった。これだけ多くの国が隣国(そして非国家主体)と揉めているときには、現状を修正したいと考えている他国がさらなる対立の可能性をこれまで以上に歓迎するかもしれない。

 米国政府はこの難しい現状を、同盟国との軍事協力と、太平洋のその他の地域で米国のプレゼンスを維持するための艦船と航空機の数を減らした防衛費削減を撤回することで改善することができる。同盟国を安心させ、アジア地域の安定に深く関与していくというメッセージを発信するために、米軍はその存在を南沙諸島や尖閣諸島といった緊張が高まっている地域周辺でもっとアピールすることもできる。

 平和を維持するのに道徳的な怒りやレトリックだけでは不十分だ。中国のような修正主義国家からの継続的な圧力は、最終的に他の国々をうろたえた反応や降伏に追い込んでしまう。大国が世界秩序の維持に貢献しない道を選べば、自国の利益を守るための資源がほとんどない国々は、ますます脅かされる一方となる。

(マイケル・オースリン氏はアメリカン・エンタープライズ研究所の日本部長で、wsj.comのコラムニストでもある)

Copyright © 2012 Dow Jones & Company, Inc. All Rights Reserved

本サービスが提供する記事及びその他保護可能な知的財産(以下、「本コンテンツ」とする)は、弊社もしくはニュース提供会社の財産であり、著作権及びその他の知的財産法で保護されています。個人利用の目的で、本サービスから入手した記事、もしくは記事の一部を電子媒体以外方法でコピーして数名に無料で配布することは構いませんが、本サービスと同じ形式で著作権及びその他の知的財産権に関する表示を記載すること、出典・典拠及び「ウォール・ストリート・ジャーナル日本版が使用することを許諾します」もしくは「バロンズ・オンラインが使用することを許諾します」という表現を適宜含めなければなりません。

www.djreprints.com