2010年、新潟市で開業した「北書店」。地域の中でも独自の存在感を持つ“街の本屋さん”をほぼ独力で切り盛りする店主の佐藤雄一さんが2月上旬、下北沢の本屋B&Bに来店しました。
“街の本屋”はこれからどんな場になっていくのか? “街の本屋”とはそもそも一体何なのか? 本屋B&Bのプロデュースを務める内沼晋太郎との“街の本屋”談義は白熱していきます。
★2014年2月7日、本屋B&B(東京・下北沢)で行われた「『本の逆襲』のための全国本屋ツアー」の一環のトークイベント「北書店×B&B 街の本屋の逆襲」のレポートです。
北書店という小さな本屋
内沼晋太郎(以下、内沼):本日はありがとうございます。今日は新潟から北書店の店長、佐藤雄一さんにいらしていただきました。
佐藤雄一(以下、佐藤):私は新潟だと企画する立場なんですけど、今日はこちらにお招きいただきました。ありがとうございます。ここって今は、本屋としても営業中なんですよね。それが新鮮で……。
内沼:そうですね。カーテンの向こう側は普通に営業しています。
今回のイベントについて少し説明しますと、僕は昨年11月に一度北書店にお伺いして、佐藤さんとトークイベントをさせていただいたんですね。その時に、佐藤さんが東京に来るタイミングでトークの続きをやりましょうという事になって、今回B&Bまで来ていただいた。なので今回のイベントは2回目。新潟の続きになります。
今日のお客さんの中には、北書店に行った事のある方や、新潟から来ていただいた方も結構いらっしゃるみたいですね。とはいえ、まだ北書店に行った事がない方もいらっしゃるでしょうから、まずは北書店の説明をお願いします。
佐藤:北書店は新潟市中央区医学町通、新潟市役所前にある40坪の小さな書店です。2010年にオープンしました。スタッフは基本的に私一人。取次から自動的に商品が送られてくる“配本”は断って、自分で一点ずつ発注して本を仕入れています。
店の奥は画廊になっていて、本の出版に合わせて作品展や写真展を行ったり、地元の作家さんの作品を展示したりしています。
それと「北酒場」と名付けて、本屋の中で飲み会をやっています。一箱古本市や北書店でイベントをやる時の打ち合わせを閉店後にお酒を片手に店内でやっていたんですね。それを「打ち合わせ飲み会」と呼ぶのも味気ないんで、何か名前をつけよう、となって。それで何となく「北酒場」という名前をつけたのがはじまり。そしたらだんだん打ち合わせ色がなくなっていって、「北酒場」という名前が一人歩きして。ある時、新聞社の人が噂を聞きつけて、「北酒場やってる?」って聞いてきたんです。なんでかなと思ったら、「吉田類さんが近くまで来てるんで、北酒場行ってもいいですか」って。
内沼:吉田類さんが来たんですね。
佐藤:「北酒場」って名前をつけた事によって、名前が一人歩きしていった例でしたね。イベントでゲストが来て、そのまま北酒場になる事もありますね。
トークイベントもよくやっていて、多い時は80人くらいお客さんが来る事もあります。棚にキャスターがついていて、それをみんなで動かして会場を作るんですよ。今日はB&Bがイベント用に会場を準備するところも本当は見たかったんですけど、私が来た時にはもうセッティングされていて……以前内沼さんが、B&Bのセッティングはわりと楽だとおっしゃっていましたけど。
内沼:そうですね。店舗スペースの半分をカーテンで区切って、机を片付けて椅子を出す、という手順です。本棚は動かさないんで、北書店よりは楽かもしれないです。B&Bも本棚にキャスターが付けられたらいいんでしょうけど、棚も売り物なので、そういうやり方はできないんですよ。
北書店は、イベント中の営業はしないんですよね。
佐藤:そうですね。基本的にイベント中は店を閉めます。
他には北酒場の雑談から生まれた企画で「ニイガタブックライト」と名付けて一箱古本市を年2回やっています。毎回かなりの人出になるんですが、古本市単体じゃなくて地域のイベントと一緒にやっているんです。我々も道路使用とかの許可を独自に取らなくて済むし、相手の方にも一箱古本市との相乗効果を喜んでもらえるし。
内沼:写真を見ると、かなりの人出ですよね。どういう場所でやる事が多いんですか。
佐藤:旧市街というかメインストリートからは少し外れたところでやる事が多いですね。そういうところの方がわりと本との相性がいいじゃないですか。今の本の立ち位置って、あんまり駅前ど真ん中のイメージじゃないですよね(笑)。
場所については特に取り決めがあるわけじゃないんですけど、自然とそういうところになりますね。こういう風に始めた事によって違う商店街の方から「今度はウチでやってください」って言われる事も多くて。
内沼:じゃあ、場所も変わるんですね。
佐藤:そうですね。いろんな場所でやってます。
内沼:出店者はどのくらいなんですか。
佐藤:1回目は90店出店したんですよ。
内沼:すごいですね!
佐藤:それがちょっと多すぎて。お客さんも疲れちゃって一周くらいしかできないという意見があって。今は大体60店くらいでやっていますね。
72日間で本屋を作る――北書店の始め方
内沼:佐藤さんは北書店を始める前は別の書店にいらっしゃったんですよね。その辺りのお話も伺えますか。
佐藤:当時はいろんなアルバイトをしていて、その中でちょっと本屋さんで働こうかなと思って本屋に入ったのが1996年。もう18年くらい前ですね。
新潟市の古町という繁華街に「北光社(ほっこうしゃ)」という190年続いた老舗の書店がありまして。よく「(開業は)大正時代ですか? それとも明治時代から?」と聞かれたんですが、江戸時代からなんです。文政3年なんでペリー来航よりも30年早い(笑)。社史を見るとすごいですよ。「仕入れに京都へ出かけた先で『蛤御門の変』に遭遇」……とか、すごい事が書いてある(笑)。そこにバイトで入って、最終的に私が2003年に店長になったんですが、北光社の閉店が2009年の冬に決まって、2010年1月に閉店したんです。そこでいろいろ自分の行く先を考えました。
それまでもなんとなく、「自分で本屋をやったらどうだろう」っていう妄想はしていたんです。閉店は1月31日だったんですが、3月15日に残った棚を解体してお店がスケルトン状態になるというスケジュールだったんですね。そこで決めるならその間しかない、そんなに開業資金もなかったので、「本棚までなくなっちゃったら資金不足で今後自分で本屋を始めるなんてできない」と思って。それでやってみようと。
本当は北光社があれば充分だったんだけどそれもなくなっちゃったし、他に就職するのも面倒だったんですね。そのくせ一番面倒な道を選んでしまった(笑)。
内沼:一番大変な道ですよね(笑)。
佐藤:まあ、自分の中で「めんどくささ」の基準があったんでしょうね。この機会を逃したら、今後は無理だろうからとりあえずやってみようかと。それで2010年の4月12日に北書店をオープンしたんです。北光社の閉店が1月31日だから、72日後に新しい本屋さんを作った。
内沼:早いですね。どの段階で、自分で店をやるって決断したんですか。
佐藤:閉店した時には決めてたかな。
内沼:物件は最初から決めていたんですか。
佐藤:全然決まってなかった。閉店しても残務処理があって、なんだかんだけっこう手間がかかるんですが、その作業をしながら並行して新物件を探し始めたのは2月4日くらいかな。できれば北光社の近くでやりたかったから古町商店街周辺で探したんですよ。だけど、家賃がとんでもなく高くて。スペースも最初は10坪くらいでいけるかと思っていたんですけど、実際に物件を見てみるとめちゃくちゃ狭くて。レジカウンターを置いたらほとんど売り場が残らない。その規模の本屋がイメージできなくて、それで商店街から外れていった。
なので今の北書店の場所は買い物をするには適していない場所なんですけど、坪単価は商店街の半分以下になったんです。家賃も交渉で下げてもらって。
そんな感じで、勢いで物件だけ先に決めちゃったんで、他にもわからない事だらけでね。
基本的に「そんな事やめときなさい」って言う人たちの中で作業を進めていくんですよ。あれが肉体的な作業のつらさよりも大変だった。取次も、北光社の閉店の時は一緒に資金繰りの計画とかを立てていたし、「ごめんね、力及ばなくて」みたいに同情してもらっていたんですけど、その時に「このあと俺、新しく本屋やるかもしれない」って言ったら、「そうか、応援してるよ」って言ってたのに、実際に具体的な話をしたら「本当にやる気だったの? やめときなよ」って(笑)。
内沼:でもやっぱり、北光社時代の実績もあって、ちゃんと取次に口座は開いてもらえたんですよね。
佐藤:それもあったんだろうけど、北書店は取次と直接契約じゃなくて、もう一つ会社を経由しているんですよ。
内沼:二次卸を利用しているという事ですか。
佐藤:そうですね。直接取引を個人の貯金でやるのはなかなか厳しいので、開業時の契約金や保証金もそれによって若干低くなってる。
内沼:開業資金は銀行から借りたんですか。
佐藤:いえ、ドキドキでしたけど、結局私の個人資金で開店しました。最初は借り入れをしようと思っていたんです。取次にも「いくら資金があっても開業資金と同額の運転資金がないと運営は難しいよ」と言われていたので、借り入れ交渉もしたんですけどうまくいかなくて。取次にも配本を断って「自分で注文も在庫調整もして資金繰りするから大丈夫です」って言って乗り切った。
内沼:オープンの時はどうだったんですか。
佐藤:地方では街中が衰退していくっていうのは深刻な問題じゃないですか。それで各地方紙も商店街再生っていうネタを探していて。そんな中でまさに「北光社の閉店」っていうのは、「古町が死んだ」みたいにとらえる人もいたわけです。そんな北光社閉店の衝撃冷めやらぬ時期に、「北光社」から一文字とって「北書店」という名前で個人が本屋を始めるという事、「北光社の元店長」が「北書店」を始めるという事がタイムリーで。地元紙の新潟日報が取材チームを組んで、商店街再生の記事を手がけているところだったということもあって、ものすごく報道してもらったんです。そこでかなりいいスタートを切れた。そこは北書店が普通の本屋さんとは違ったところですね。
私はそんなつもりは全くなくて、「ちょっとずつ売上を上げてしのいでいこうかな」くらいに思ってて、開店時の在庫も200万円くらいだったんですけど、いざ開店したらすごくお客さんが来てくれた。あれは大失敗でしたね。「そんな事がわかっていたら、最初からいっぱい仕入れたのにな」って。そういう事はやってみないとわからないですね。それが2010年の春。
内沼:もうすぐ4年ですね。
佐藤:「3年は続けないと何も見えてこない」なんて言われてそうだよなと思ったし、「3ヶ月保てばいい」なんて人もいた。「(開店から)半年後の生存率30%」なんて冗談交じりなのかなんなのか、最初はそんなこと言っていた親戚のおじさんが、3周年にお祝いを持ってきてくれたりしてね。「いやー君はすごいよ」って(笑)。いやありがたい話ですよ。
[2/5に続きます](2014/03/06更新予定)
構成:松井祐輔
(2014年2月7日、B&Bにて)