徳島県の片田舎に神山町という町がある。人口6000人あまりの小さな町で、吉野川の支流、鮎喰川の上流部に位置している。少子高齢化も進んでおり、高齢化率は46%に上る。過疎化に苦しむ、日本の中山間地の典型のような場所だ。
ところが、神山はIT(情報技術)ベンチャーの“移転”に沸いている。
名刺管理サービスのSansan(東京都千代田区、寺田親弘社長)が2010年10月にサテライトオフィス「神山ラボ」を開設したのを皮切りに、9社のベンチャー企業が古民家を借りた(サテライトオフィスとは、遠隔勤務を前提としたローカルオフィスのこと)。借りるまでにはいかないものの、ヤフーやグーグルなど大手IT企業の社員が短期滞在で訪れることもしばしばだ。空き家として放置されていた古民家がオフィスに姿を変えている。
その動きはオフィスだけではない。
移住者の増加に伴って、店舗や施設のオープンも相次いでいる。ここ数年を見ても、パン屋やカフェ、歯医者、パスタ店、お好み焼き店、ビストロ、図書館などが神山に誕生した。特に、この1〜2年の動きは激しく、訪れるたびに新たなスポットが生まれている。アーティストやクリエーターなどクリエイティブな人材の移住も加速しており、まさに新しく町が生まれ変わっている印象だ。
「21世紀の最先端は、東京でも上海でもシンガポールでもなく、神山にこそある」。『里山資本主義』や『デフレの正体』を著した藻谷浩介氏も神山に注目する。
神山に全国的に有名な観光スポットはない。企業誘致に力を入れている自治体も数多い。それなのに、なぜ神山に人々が集まるのか。この3月に刊行した『神山プロジェクト』では、そんな神山の秘密に迫った。クリエイティブを生む場であり、新しい働き方の実験場であり、人間再生の場である神山。その本質を理解するには最適な一冊だ。
この連載では、出版の一環として、神山の現状や関わっているキーパーソンの話をまとめていく。1回目は今の神山を作り上げた中心人物であり、サテライトオフィスを仕掛けたNPOグリーンバレーの大南信也・理事長の話を聞いた。
神山はサテライトオフィスや店舗の開設に沸いていますね。
大南:おかげさまで、オフィスや店舗、施設がどんどんできてます。この1年を振り返っても、大粟山という町の中心にある山の上に「COCO歯科」という歯医者さんが昨年4月できましたし、フランス家庭料理とオーガニックワインを出す「カフェ・オニヴァ」というカフェ&ビストロも12月オープンしました。南フランスで修業したシェフの長谷川浩代さんの料理は都会でもなかなか食べられないと思います。