細胞をちょこっと酸性溶液で処理するだけで多能性細胞に初期化されるという摩訶不思議なニュースが入ってきました。
 

rikenchannelより。これ全部、リンパ球細胞由来。


  • STAPとはなんぞや?
今回のポイントは、細胞に絶妙に弱いストレスをかけることでSTAP(刺激惹起性多能性獲得:Stimulus-Triggered Acquisition of Pluripotency)と名付けた現象が起き、どんな組織にもなれる多能性を持つ細胞に変化するということです。いろんな報道やブログ読んだけど、結局理研のプレスリリースが一番わかりやすいというか、これしか情報源がない。natureはアブストしか読めないし。


natureにダブル掲載か……スゲーな。


話を元に戻して、STAPが起きている過程の映像はこちらです。リンパ球を酸性処理してから、LIFという多能性細胞の維持・増殖に必要な増殖因子を含んだ培養液でさらに培養します。多能性細胞で発現している遺伝子Oct4が発現するとGFPによって緑に光るようになっている細胞を使ってますが、見事に光ります。「Oct4が発現している=多能性を持っている」ことを示唆しています。細胞の形状も少し変化していますね。

 


そして、STAP現象の強力な証拠のひとつが、冒頭のマウス胚の映像です。せっかくなのでもう一度。この映像では、胚盤はできるけど胎児は作れない特殊な着床前胚にSTAP細胞を注入したもので、マウス胚は100%STAP細胞と主張しています。

 


なお、今回の成果は生後1週間のマウスについてです。大人のマウスではうまくいかないようです。このことは朝日新聞で「小保方さんは今回の実験の限界としてすべて生後1週間の若いマウスを使っていることを挙げる。成長したマウスでは、うまくいかなかった」と述べています。ヒトの細胞でもSTAPが起きるかはこれから。iPS細胞も、マウスの発見から翌年にヒトで成功してました。

あと、なぜSTAPが起きるかのメカニズム的なものはたぶんほとんどわかってないはず。そのへんもこれからでしょう。


  • STAPで気になる6つのこと
ベタ褒めはいろんなところでさんざんやっているので、STAPで疑問に思ったことを6点述べます。

■なぜリンパ球?
どうしてリンパ球で実験しようとしたのでしょうか。プレスリリースには「脳、皮膚、骨格筋、脂肪組織、骨髄、肺、肝臓、心筋などの組織の細胞をリンパ球と同様に酸性溶液で処理したところ、程度の差はあれ、いずれの組織の細胞からもOct4陽性のSTAP細胞が産生される」とあるので、基本的にはどの細胞でも問題なさそうです。リンパ球に着目した理由をぜひ伺いたいです。


■なぜ生後1週間でないと成功しないのか?
プレスリリースには書いてないんですけど、リンパ球は生後1週間のマウスの膵臓から採取したものです。なぜか成長したマウスではうまくいかないとのこと。STAP現象の研究が進むにつれて、この点は少しずつわかってくるでしょう。


■自己増殖能は?
多能性幹細胞(なぜか「万能細胞」とよばれているもの)の特徴は、どんな組織にも分化できる多能性と、多能性を維持したまま無限に細胞分裂できる自己増殖能です。ニュースでは自己増殖能についてスルーだったので気になってました。この点についてはプレスリリースでも「試験管の中では、細胞分裂をして増殖することがほとんど起きない細胞で、大量に調製することが難しい」とありました。

ところが直後に「理研が開発した副腎皮質刺激ホルモンを含む多能性細胞用の特殊な培養液を用いることでSTAP細胞の増殖を促し、STAP細胞からES細胞と同様の高い増殖性(自己複製能)を有する細胞株を得る方法も確立」とあって度肝を抜かれました。解決策まで用意しているとは、一流は違いますね。


■メチル化は?
細胞が分化した状態を維持するメカニズムのひとつにメチル化があります。詳しくは下の参考図書をご覧下さい。ちょうど読み終わったところなので余計に気になったのですが、これもプレスリリースに「DNAのメチル化状態もリンパ球型ではなく多能性細胞に特有の型に変化していることが確認」とありました。やはり一流は違いますね。



■本当にSTAP細胞100%のマウス?
これはかなり気になるところです。映像ではGFPをマーカーとしているので多能性については間違いないでしょうが、胎盤になる細胞がマウス胚に取り込まれたという可能性はゼロと言い切れるのでしょうか。もしかしたら論文では述べているのかもしれませんので、補足できる情報があればどなたかお願いします。


■STAPは生体内でも起きている?
これは生命の理解を根底から覆す可能性があります。プレスリリースではpH5.7の酸性溶液処理以外にも「細胞に強いせん断力を加える物理的な刺激(細いガラス管の中に細胞を多数回通すなど)や細胞膜に穴をあけるストレプトリシンOという細胞毒素で処理する化学的な刺激など、強くしすぎると細胞を死滅させてしまうような刺激を少しだけ弱めて細胞に加えることで、STAPによる初期化を引き起こすことができる」とあります。

これは、生体内でもありうる条件です。もしかしたら、生体内ではごくまれにSTAPがおきており、かなり流動的な初期化・分化が起きているかもという、少しぶっとんだ発想もできます。どうやって確認するか見当もつかないし、それを確認するにはSTAPという現象をさらに研究する必要があるけど、そういう発想をさせるくらいのインパクトある研究結果です。


  • このワッショイ感はいかがなものか?
natureに2本同時掲載は相当のものです(一生に一回でもいいからnatureに載るのが研究者の夢で、大抵はかなわぬ夢となる)。なので文句はないのですが、ニュースになる直前にこういうツイートを見たので、やっぱりそういうものかなあと思ってしまうのでした。


ちなみに、割烹着を着れば一流になれるわけないです。割烹着を着ても許されるのが一流、許されないのが二流以下で、大抵は許されません。許されたければ、まずは白衣を着て実験をしましょう(生物屋の場合、そもそも白衣を着る機会が少ないところもあるけど)。