前回の記事「STAPで気になる6つのこと」はいろんなところで紹介していただきました。Twitter、Facebook、はてブの数がすごいです。イチから説明するような内容ではなく、完全に一般向けとは言えないのですが、いろんな人に読んでいただけたことは素直にうれしいです。ありがとうございます。
- 「分化」した細胞を「初期化」する
最初に「分化」という言葉について紹介します。これがSTAPを語るうえで重要なキーワードになります。みなさんお付き合い下さいませ。
人間には神経、筋肉、消化器官など、いろんなパーツがあります。これは最初からそれぞれのパーツがあったわけではありません。受精卵が分裂する途中で、それぞれの役目に似合った形状や機能をもった細胞に変化します。これを「分化」と呼んでいます。つまり、未分化な状態から役目の違う細胞に分化します。
「分化」した細胞は頑固で、別の種類の細胞に変化することはありません。ただ、別の種類の細胞を作るための情報(遺伝子ってやつ)はもっているため、卵に核移植したり(クローン)、外部から遺伝子を導入したり(iPS細胞)すれば、別の種類の細胞に変化することができます。これを「初期化」と呼んでいます。「分化」と「初期化」は反対語と言えます。
「分化」した細胞も「初期化」できるとはいえ、クローンは核移植、iPS細胞は遺伝子導入という、いずれも人工的で複雑な操作が必要です。ところが、これとは全く違う方法で初期化できるのがSTAPです。全く違う方法といっても、単にpH5.7の弱酸性溶液で処理するだけです(実際には培養条件などもあるけど)。
あまりにシンプルすぎる方法なために「なんじゃそりゃ(・д・)!」と生物屋を驚かせたわけです。
あまりにシンプルすぎる方法なために「なんじゃそりゃ(・д・)!」と生物屋を驚かせたわけです。
- 本当に分化した細胞だったの?というツッコミ
科学というのは、あらゆる可能性をつぶしていき、唯一残った最後の可能性が真理だと考えます。このSTAPの実験の場合「分化した細胞が初期化された」と言いたいわけですが、こういう可能性(ツッコミ)もありえます。
「採取した細胞のなかに未分化な細胞が最初からあって、分化した細胞は弱酸性溶液で死んで、生き残った未分化な細胞が分化したのを見てるだけなんじゃねえのか」
もし、上のイラストのようなことが起きていたとしたら「分化した細胞が初期化された」とはならないです(なぜ未分化な細胞が採れたのかは気になりますが)。おそらく、実験途中のディスカッションか、一度論文を投稿したときにツッコミを受けたのでしょう。
そのツッコミ回避のために使われたのがリンパ球です。なぜなら、リンパ球には「分化した証拠」が残っているからです。
- このバンドが目に入らぬかぁ!
リンパ球とは血液中の成分のひとつで、外部からの異物を攻撃する免疫に関わる細胞です。で、これがSTAPの証拠固めと密接に関わっています。
まず、リンパ球だけで実験をするためにFACS(fluorescence-activated cell sorting)という装置を使っています。これはレーザー光を使って、特定の細胞のみを取り出す装置です(今回の実験では、CD45というタンパク質を持っている細胞だけを取り出しています)。FACSについてはFACS Core Laboratoryのページが詳しいです。
そしてこのリンパ球では、多様な異物を認識できるように「遺伝子再構成」という現象が起きています。詳細は理研免疫発生研究チームHPに譲るとして、大切なのは一部のDNAが短くなることです。これはリンパ球に分化してから起きる現象です。
ということは! STAP細胞で遺伝子再構成された証拠があれば「分化したリンパ球がSTAP細胞に変化した」ということになります。論文では、これをPCRと電気泳動という実験で証明しています。
生物屋以外の方にはイメージしにくいかもしれませんが、線(生物屋は「バンド」と呼びます)があると、その部分のDNAがあるという意味になります。遺伝子再構成はリンパ球など、分化した免疫系の細胞で起きる現象です。電気泳動の実験では、リンパ球と同じように、短いDNAを示すバンドがSTAP細胞でも確認できました。
これが確たる証拠となって、STAP細胞は「分化したリンパ球が初期化されたもの」ということになります。はてブコメントを見ると、この実験の写真を見てひれ伏した(?)方もいるようです。
これが確たる証拠となって、STAP細胞は「分化したリンパ球が初期化されたもの」ということになります。はてブコメントを見ると、この実験の写真を見てひれ伏した(?)方もいるようです。
- ツッコミされる前に自己ツッコミを
公表した後で「これはこういう可能性もあるんじゃないの」とツッコミを受けるのは恥ずかしいものがあります(研究の世界では「ニュートリノが光速を超えるデータが出ちゃったんだけど、どうでしょう」など、ツッコミ歓迎で公表することもまれにありますが)。
論文もブログも世界に公表するという点では同じです。こういうツッコミを受けるかもしれない、じゃあそれについて事前に調べておこうという自己ツッコミは大事だと思います。これは自戒も込めてです(実際、遺伝子再構成については無料でアクセスできるnature newsに書いてあった)。
参考:
コメント
コメント一覧
Natureで無料で話題の論文PDFがダウンロード出来るようになったので、早速入手してみました。
2ちゃんねるで、この論文中の不自然に画像処理されているという趣旨のレスを見て、
それを検証しているブログを見てみました。
http://stapcells.blogspot.com/
このサイトの
疑惑論文2: Nature Article
論文タイトル: "Stimulus-triggered fate conversion of somatic cells into pluripotency"
「Figure1のi のレーン3と、レーン2,4の間に境界線が認められ、この電気泳動画像は複数のレーン画像を
切り貼りして合成したものであることが示唆されます。」
という所が気になりました。私も自分でNatureのPDFから問題の画像を抽出して、画像の明度だけ上げてみました。
http://i.imgur.com/XGIIO55.png
http://i.imgur.com/GnFhpzp.jpg
確かに左から3列目だけ別の画像から切り出して貼り付けているようです。
3列目はLymphocytes、リンパ球を指していてpositive controls, lane 3;と書かれています。
このバンド、レーンというのが離れた場所にあって見やすくするためであるとかなら、別に切り貼りしても問題無いと
思うのですが、素人なので意味が分かりません。
この図全体、ここの3列目の意味と切り貼りに問題が無いのかご解説頂けたら幸いです。宜しくお願い致します。
次の記事でも少し述べましたが、もし離れた場所で実験したならスペースを空けて掲載するのがマナーになっています。切り貼りで移動させるだけならまだしも、拡大縮小させるとデータ加工になってしまい、その可能性を否定できなくなるためです。
わかりやすい解説ありがとうございました。
私は、生化学をかじった者で、PCRや電気泳動など基本的な実験は理解しています。
ひとつだけ、教えていただきたいのですが、一番長いバンドは分化したリンパ球には存在しないのですか?
だとすれば、STAPで一番長いバンドが復活する理由がよくわからないのです。分化によるゲノムの再構成が起こって短くなったゲノムは、もう二度と復活しないのではないですか?(例えが的確ではないかもしれませんが、クローン羊のドリーでは一度短くなったテロメア領域が元に戻らないため、ドリーの細胞の分裂回数に限界があり短命だった、と言われていたように記憶しています)
例えば、分化したリンパ球でも長いバンドは残っているのだけれど検出感度の問題で見えてない、というなら納得できます。ただし、その場合、分化したリンパ球の細胞しか無いと思っていた細胞群の中に、未分化の細胞が残っている可能性はないのでしょうか?
どうも細かいところが気になってしまうのですが、何か知見があるのでしたら教えていただけないでしょうか。
よろしくお願いいたします。