広報活動

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2014年1月29日

独立行政法人理化学研究所

体細胞の分化状態の記憶を消去し初期化する原理を発見

-細胞外刺激による細胞ストレスが高効率に万能細胞を誘導- メディアの皆さまへのお願い

ポイント

  • 細胞外刺激により体細胞を迅速に多能性細胞へ初期化する方法を開発
  • 核移植も遺伝子導入も不要な多能性の獲得という新しいメカニズムを発見
  • 初期化された多能性細胞はすべての生体組織と胎盤組織に分化できる

要旨

理化学研究所(理研、野依良治理事長)は、動物の体細胞[1]の分化の記憶を消去し、万能細胞(多能性細胞[2])へと初期化[3]する原理を新たに発見し、それをもとに核移植や遺伝子導入などの従来の初期化法とは異なる「細胞外刺激による細胞ストレス」によって、短期間に効率よく万能細胞を試験管内で作成する方法を開発しました。これは、理研発生・再生科学総合研究センター(竹市雅俊センター長)細胞リプログラミング研究ユニットの小保方晴子研究ユニットリーダーを中心とする研究ユニットと同研究センターの若山照彦元チームリーダー(現 山梨大学教授)、および米国ハーバード大学のチャールズ・バカンティ教授らの共同研究グループによる成果です。

哺乳類の発生過程では、着床直前の受精胚の中にある未分化な細胞は、体のすべての細胞に分化する能力(多能性)を有しています。ところが、生後の体の細胞(体細胞)は、細胞の個性付け(分化)が既に運命づけられており、血液細胞は血液細胞、神経細胞は神経細胞などの一定の細胞種類の枠を保ち、それを越えて変化することは原則的にはありません。即ち、いったん分化すると自分の分化型以外の細胞を生み出すことはできず、分化状態の記憶[4]を強く保持することが知られています。

今回、共同研究グループは、マウスのリンパ球などの体細胞を用いて、こうした体細胞の分化型を保持している制御メカニズムが、強い細胞ストレス下では解除されることを見いだしました。さらに、この解除により、体細胞は「初期化」され多能性細胞へと変化することを発見しました。この多能性細胞は胎盤組織に分化する能力をも有し、ごく初期の受精胚に見られるような「全能性[5]」に近い性質を持つ可能性が示唆されました。この初期化現象は、遺伝子導入によるiPS細胞(人工多能性幹細胞)[6]の樹立とは全く異質のものです。共同研究グループは、この初期化現象を刺激惹起性多能性獲得(STAP)、初期化された細胞をSTAP細胞と名付けました。STAPの発見は、細胞の分化状態の記憶の消去や自在な書き換えを可能にする新技術の開発につながる画期的なブレイクスルーであり、今後、再生医学のみならず幅広い医学・生物学に貢献する細胞操作技術を生み出すと期待できます。

本研究成果は英国の科学雑誌『Nature』(1月30日号:日本時間1月30日)に掲載されます。

背景

ヒトを含めた哺乳類動物の体は、血液細胞、筋肉細胞、神経細胞など多数の種類の細胞(体細胞)で構成されています。しかし、発生をさかのぼると、受精卵にたどり着きます。受精卵が分裂して多様な種類の細胞に変わり、体細胞の種類ごとにそれぞれ個性付けされることを「分化」と言います。体細胞はいったん分化を完了すると、その細胞の種類の記憶(分化状態)は固定されます(図1)。従って、分化した体細胞が、別の種類の細胞へ変化したり(分化転換)、分化を逆転させて受精卵に近い状態(未分化状態)に逆戻りしたりすること(初期化)は通常は起こらないとされています。動物の体細胞で初期化を引き起こすには、未受精卵への核移植(クローン技術[7])や未分化性を促進する転写因子と呼ばれるタンパク質を作らせる遺伝子を細胞へ導入する(iPS細胞技術)など、細胞核の人為的な操作が必要になります(図2)。

一方、植物では、分化状態の固定は必ずしも非可逆的ではないことが知られています。分化したニンジンの細胞をバラバラにして成長因子を加えると、カルス[8]という未分化な細胞の塊を自然と作り、それらは茎や根などを含めたニンジンのすべての構造を作る能力を獲得します。しかし、細胞が置かれている環境(細胞外環境)を変えるだけで未分化な細胞へ初期化することは、動物では起きないと一般に信じられてきました(図2)。小保方研究ユニットリーダーを中心とする共同研究グループは、この通説に反して「特別な環境下では動物細胞でも自発的な初期化が起こりうる」という仮説を立て、その検証に挑みました。

研究手法と成果

小保方研究ユニットリーダーは、まずマウスのリンパ球を用いて、細胞外環境を変えることによる細胞の初期化への影響を解析しました。リンパ球にさまざまな化学物質の刺激や物理的な刺激を加えて、多能性細胞に特異的な遺伝子であるOct4[9]の発現が誘導されるかを詳細に検討しました。なお、解析の効率を上げるため、Oct4遺伝子の発現がオンになると緑色蛍光タンパク質「GFP」が発現して蛍光を発するように遺伝子操作したマウス(Oct4::GFPマウス)のリンパ球を使用しました。

こうした検討過程で、小保方研究ユニットリーダーは酸性の溶液で細胞を刺激することが有効なことを発見しました。リンパ球を30分間ほど酸性(pH5.7)の溶液に入れて培養してから、多能性細胞の維持・増殖に必要な増殖因子であるLIFを含む培養液で培養したところ、7日目に多数のOct4陽性の細胞が出現しました(図3)。酸性溶液処理[10]で多くの細胞が死滅し、7日目に生き残っていた細胞は当初の約5分の1に減りましたが、生存細胞のうち、3分の1から2分の1がOct4陽性でした。ES細胞(胚性幹細胞)[11]やiPS細胞などはサイズの小さい細胞ですが、酸性溶液処理により生み出されたOct4陽性細胞はこれらの細胞よりさらに小さく、数十個が集合して凝集塊を作る性質を持っていました。次にOct4陽性細胞が、分化したリンパ球が初期化されたことで生じたのか、それともサンプルに含まれていた極めて未分化な細胞が酸処理によって選択されたのかについて、詳細な検討を行いました。まず、Oct4陽性細胞の形成過程をライブイメージング法[12]で解析したところ、酸性溶液処理を受けたリンパ球は2日後からOct4を発現し始め(図3)、反対に当初発現していたリンパ球の分化マーカー(CD45)が発現しなくなりました。また、このときリンパ球は縮んで、直径5ミクロン前後の特徴的な小型の細胞に変化しました。(YouTube:リンパ球初期化3日以内

次に、リンパ球の特性を生かして、遺伝子解析によりOct4陽性細胞を生み出した「元の細胞」を検証しました。リンパ球のうちT細胞は、いったん分化するとT細胞受容体遺伝子に特徴的な組み替えが起こります。これを検出することで、細胞がT細胞に分化したことがあるかどうかが分かります。この解析から、Oct4陽性細胞は、分化したT細胞から酸性溶液処理により生み出されたことが判明しました。

これらのことから、酸性溶液処理により出現したOct4陽性細胞は、一度T細胞に分化した細胞が「初期化」された結果生じたものであることが分かりました。これらのOct4陽性細胞は、Oct4以外にも多能性細胞に特有の多くの遺伝子マーカー(Sox2SSEA1Nanogなど)を発現していました(図3)。また、DNAのメチル化状態もリンパ球型ではなく多能性細胞に特有の型に変化していることが確認されました。

産生されたOct4陽性細胞は、多様な体細胞へ分化する能力も持っていました。分化培養やマウス生体への皮下移植により、外胚葉(神経細胞など)、中胚葉(筋肉細胞など)、内胚葉(腸管上皮など)の組織に分化することを確認しました(図4)。さらに、マウス胚盤胞(着床前胚)に注入してマウスの仮親の子宮に戻すと、全身に注入細胞が寄与したキメラマウス[13](YouTube:100%キメラマウス_STAP細胞)を作成でき、そのマウスからはOct4陽性細胞由来の遺伝子を持つ次世代の子どもが生まれました(図5)。これらの結果は、酸性溶液処理によってリンパ球から産生されたOct4陽性細胞が、生殖細胞を含む体のすべての細胞に分化する能力を持っていることを明確に示しています。小保方研究ユニットリーダーは、このような細胞外刺激による体細胞からの多能性細胞への初期化現象を刺激惹起性多能性獲得(Stimulus-Triggered Acquisition of Pluripotency; STAPと略する)、生じた多能性細胞をSTAP細胞と名付けました。

続いて、この現象がリンパ球という特別な細胞だけで起きるのか、あるいは幅広い種類の細胞でも起きるのかについて検討しました。脳、皮膚、骨格筋、脂肪組織、骨髄、肺、肝臓、心筋などの組織の細胞をリンパ球と同様に酸性溶液で処理したところ、程度の差はあれ、いずれの組織の細胞からもOct4陽性のSTAP細胞が産生されることが分かりました。

また、酸性溶液処理以外の強い刺激でもSTAPによる初期化が起こるかについても検討しました。その結果、細胞に強いせん断力を加える物理的な刺激(細いガラス管の中に細胞を多数回通すなど)や細胞膜に穴をあけるストレプトリシンOという細胞毒素で処理する化学的な刺激など、強くしすぎると細胞を死滅させてしまうような刺激を少しだけ弱めて細胞に加えることで、STAPによる初期化を引き起こすことができることが分かりました。

 STAP細胞は胚盤胞に注入することで効率よくキメラマウスの体細胞へと分化します。この研究の過程で、STAP細胞はマウスの胎児の組織になるだけではなく、その胎児を保護し栄養を供給する胎盤や卵黄膜などの胚外組織にも分化していることを発見しました(図6)。STAP細胞をFGF4という増殖因子を加えて数日間培養することで、胎盤への分化能がさらに強くなることも発見しました。一方、ES細胞やiPS細胞などの多能性幹細胞[14]は、胚盤胞に注入してもキメラマウスの組織には分化しても、胎盤などの胚外組織にはほとんど分化しないことが知られています。このことは、STAP細胞が体細胞から初期化される際に、単にES細胞のような多能性細胞(胎児組織の形成能だけを有する)に脱分化するだけではなく、胎盤も形成できるさらに未分化な細胞になったことを示唆します。

STAP細胞はこのように細胞外からの刺激だけで初期化された未分化細胞で、幅広い細胞への分化能を有しています。一方で、ES細胞やiPS細胞などの多能性幹細胞とは異なり、試験管の中では、細胞分裂をして増殖することがほとんど起きない細胞で、大量に調製することが難しい面があります。小保方研究ユニットリーダーらは、理研が開発した副腎皮質刺激ホルモンを含む多能性細胞用の特殊な培養液[15]を用いることでSTAP細胞の増殖を促し、STAP細胞からES細胞と同様の高い増殖性(自己複製能[16])を有する細胞株を得る方法も確立しました(図7)。この細胞株は、増殖能以外の点でもES細胞に近い性質を有しており、キメラマウスの形成能などの多能性を示す一方、胎盤組織への分化能は失っていることが分かりました。

今後の期待

今回の研究で、細胞外からの刺激だけで体細胞を未分化な細胞へと初期化させるSTAPを発見しました(図8)。これは、これまでの細胞分化や動物発生に関する常識を覆すものです。STAP現象の発見は、細胞の分化制御に関する全く新しい原理の存在を明らかにするものであり、幅広い生物学・医学において、細胞分化の概念を大きく変革させることが考えられます。分化した体細胞は、これまで、運命付けされた分化状態が固定され、初期化することは自然には起き得ないと考えられてきました。しかし、STAPの発見は、体細胞の中に「分化した動物の体細胞にも、運命付けされた分化状態の記憶を消去して多能性や胎盤形成能を有する未分化状態に回帰させるメカニズムが存在すること」、また「外部刺激による強い細胞ストレス下でそのスイッチが入ること」を明らかにし、細胞の初期化に関する新しい概念を生み出しました。

また、今回の研究成果は、多様な幹細胞技術の開発に繋がることが期待されます。それは単に遺伝子導入なしに多能性幹細胞が作成できるということに留まりません。STAPは全く新しい原理に基づくものであり、例えば、iPS細胞の樹立とは違い、STAPによる初期化は非常に迅速に起こります。iPS細胞では多能性細胞のコロニーの形成に2~3週間を要しますが、STAPの場合、2日以内にOct4が発現し、3日目には複数の多能性マーカーが発現していることが確認されています。また、効率も非常に高く、生存細胞の3分の1~2分の1程度がSTAP細胞に変化しています。

一方で、こうした効率の高さは、STAP細胞技術の一面を表しているにすぎません。共同研究グループは、STAPという新原理のさらなる解明を通して、これまでに存在しなかった画期的な細胞の操作技術の開発を目指します。それは、「細胞の分化状態の記憶を自在に消去したり、書き換えたりする」ことを可能にする次世代の細胞操作技術であり、再生医学以外にも老化やがん、免疫などの幅広い研究に画期的な方法論を提供します(図8)。さらに、今回の発見で明らかになった体細胞自身の持つ内在的な初期化メカニズムの存在は、試験管内のみならず、生体内でも細胞の若返りや分化の初期化などの転換ができる可能性をも示唆します。理研の研究グループでは、STAP細胞技術のヒト細胞への適用を検討するとともに、STAPによる初期化メカニズムの原理解明を目指し、強力に研究を推進していきます。

原論文情報

  • Haruko Obokata*, Teruhiko Wakayama, Yoshiki Sasai, Koji Kojima, Martin P. Vacanti, Hitoshi Niwa, Masayuki Yamato, Charles A. Vacanti*
    “Stimulus-Triggered Fate Conversion of Somatic Cells into Pluripotency” , Nature 2014, doi:10.1038/nature12968 (Article)

  • Haruko Obokata*, Yoshiki Sasai*, Hitoshi Niwa, Mitsutaka Kadota, Munazah Andrabi, Nozomu Takata, Mikiko Tokoro, Yukari Terashita, Shigenobu Yonemura, Charles A. Vacanti and Teruhiko Wakayama* “Bidirectional developmental potential in reprogrammed cells with acquired pluripotency” Nature 2014, doi:10.1038/nature12969(Letter)

    * Corresponding authors

発表者

独立行政法人理化学研究所
発生・再生科学総合研究センター センター長戦略プログラム 細胞リプログラミング研究ユニット
研究ユニットリーダー 小保方 晴子 (おぼかた はるこ)

お問い合わせ先

発生・再生科学総合研究センター 国際広報室
泉 奈都子(いずみ なつこ)
Tel: 078-306-3310 / Fax: 078-306-3090
cdb-pr [at] cdb.riken.jp (※[at]は@に置き換えてください。)

報道担当

独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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独立行政法人理化学研究所 社会知創成事業 連携推進部
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補足説明

  1. 体細胞
    動物個体の身体を構成する細胞で、生殖細胞でないもの。血液細胞や筋肉細胞などの特定の機能(個性)をもつ運命付けを受けている。着床前後の初期の受精胚には、体細胞とは違い、特定の細胞の種類への運命付けをされていない多能性細胞が存在し、それらは体細胞とは呼ばれない。
  2. 多能性細胞
    身体を構成するすべての種類の細胞に分化する能力(多能性)を有する未分化な細胞。万能細胞とも呼ばれる。通常、外胚葉(神経細胞など)、中胚葉(筋肉細胞など)、内胚葉(腸管上皮など)の組織に分化できるかを検証して、多能性の有無を見る。より厳密な検証には、キメラ胚の形成能を確認する。
  3. 初期化
    分化した体細胞の核には、その分化状態に応じた記憶が書き込まれている。それらは、核のDNAのメチル化などの化学修飾やDNAに結合するタンパク質の種類の変化などによって制御されることが知られ、エピゲノム修飾やエピゲノム・メモリーなどと表現される。そのため、体細胞から多能性細胞などの未分化細胞に分化を逆戻りさせることを、こうした核の記憶の初期化(コンピューターの記憶ディスクの初期化と似た意味で)と呼ぶ。
  4. 分化状態の記憶
    体細胞は一旦分化を完了すると、その細胞の種類の記憶(分化状態)は固定され,運命付けされた分化状態(血液細胞、心筋細胞など)を強く保持する。たとえば、生体の心臓から細胞を取り出してシャーレのなかで培養しても、心筋細胞は心筋細胞ままで、分化状態は保持される。即ち、細胞は自分が何の細胞であるかという記憶を保持していることが判る。これを分化状態の記憶(メモリー)と言う。
  5. 全能性
    ほ乳類の初期の受精胚の細胞に見られる多能性(胎児のすべての体細胞へ分化できる能力)とともに胎盤組織にも分化できる能力をもっている未分化な状態。
  6. iPS細胞(人工多能性幹細胞)
    皮膚細胞などの体細胞に遺伝子Oct4, Sox2, Klf4, L-Myc(山中因子とも呼ばれる)などを導入して初期化し、多能性を持たせた人工的な多能性幹細胞。ES細胞とほぼ同じ性質、能力を持つ。
  7. クローン技術
    体細胞の核を除核した卵細胞のなかに移植することにより、体細胞由来の遺伝情報を持った胚を作成する技術。アフリカツメガエルで最初にこれを成功させた英国のジョン・ガードン卿は、2012年にノーベル医学生理学賞を受賞した。哺乳類のクローン動物は、英国のイアン・ウルムート博士らが羊で、理研発生・再生科学総合研究センターの若山照彦元チームリーダー(現 山梨大学教授)とハワイ大学の柳町隆造教授らがマウスで初めて成功した。
  8. カルス
    ニンジンや大根をはじめとする高等植物の分化細胞を分散するなどしたものを、オーキシンなどの植物ホルモンを含む培養液を用いて培養した時に生じる未分化な細胞塊。細胞が脱分化するため、未分化の状態になると考えられている。活発に増殖しながら、徐々に再分化して、茎、葉、根などの植物の構造を自己組織化する。
  9. Oct4遺伝子
    ES細胞などの多能性細胞の未分化性を決定する転写因子であり、多能性のマーカータンパク質を作る遺伝子。iPS細胞の樹立にも必須の因子である。
  10. 酸性溶液処理
    古くからの発生生物学研究で、酸処理の細胞分化への影響は検討されたことがある。アメリカの発生学者ホルツフレター博士は、1947年に両生類胚の細胞を酸処理すると神経分化が強く引き起こされる現象を報告している。しかし、酸処理により未分化細胞へ初期化したという報告はこれまでにない。
  11. ES細胞(胚性幹細胞)
    ほ乳類の着床前胚(胚盤胞)に存在する内部細胞塊から作製した細胞株で、身体を構成するすべての種類の細胞に分化する能力(多能性)を有するもの。マウス、サル、ヒトなどから樹立されており、マウスのES細胞を初めて樹立したマーチン・エバンス卿(英国)らが2007年にノーベル賞医学・生理学賞を受賞した。
  12. ライブイメージング法
    細胞を生きたまま、長時間培養しながら顕微鏡で観察する技術。GFPなどの蛍光タンパク質をレポーターにして、細胞の状態をリアルタイムに観察することができる。
  13. キメラマウス
    2種類以上の異系統のマウスの胚を融合させて作るマウスをキメラマウスと呼ぶ。今回の研究では、胚盤胞などの着床前胚に、Oct4陽性細胞を細いガラス針で微量注入し、胚に取り込ませた。そして、その胚を仮親のマウスの子宮に戻して着床させ、発生させた。細胞が多能性を持つ場合のみ、注入された細胞はマウス胎児の全身に取り込まれるので、多能性の検証に用いられる。
  14. 多能性幹細胞
    試験管内で培養して無限に増殖する能力(自己複製能)を持つ多能性細胞。増殖して増やせる上、体のさまざまな細胞に分化誘導できるため、再生医療の材料としての利用が期待されている。
  15. 副腎刺激ホルモンを含む多能性細胞用の培養液
    理研発生・再生科学総合研究センターの丹羽仁史プロジェクトリーダーが開発した高効率なマウスES/iPS細胞の維持培養のための培地。既に市販されている。広く使われているES/iPS細胞の維持培養培地に比べて、維持培養の効率に優れ、低密度に細胞を蒔いた場合にも多くの細胞コロニーが生えてくることが報告されている。
  16. 自己複製能
    細胞が分裂を繰り返して、自分の複製を作り続ける能力。細胞は分裂した場合でも、必ずしも自分自身の複製ではなく、分裂した結果、他の細胞へと分化が進むことも多い。幹細胞は、細胞が分裂を繰り返しながら、自分と同じ細胞を作り続ける必要があり、幹細胞の特徴の1つとされる。
    STAP細胞は、樹立された条件下には分裂能が低く、そのままでは幹細胞とは呼べないが、副腎刺激ホルモンを含む多能性細胞用の培養液で培養することで、自己複製能を獲得して、STAP幹細胞という状態に変わることができる。

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多能性細胞と体細胞

図1 多能性細胞と体細胞

成体に見られる体細胞は、特定の細胞種へ分化が進んだ細胞であり、その分化状態については固定されている。一方、初期胚に存在する内部細胞塊は未分化で、成体に存在する全ての細胞へ分化する能力(多能性)を有している。ES細胞、iPS細胞は多能性を持つ幹細胞である。

細胞の分化状態の初期化に関する従来の考え方

図2 細胞の分化状態の初期化に関する従来の考え方

従来の考えでは、動物細胞の分化状態を未分化な多能性の状態へ初期化するのは、細胞核の未受精卵への移植(クローン技術)か多能性に関係する複数の転写因子の強制発現(iPS細胞技術)のように「細胞核の人為的な操作」が必要と考えられていた。しかし、植物では細胞外環境を変えることで、分化した細胞から未分化な細胞塊(カルス)を作ることができることが知られている。

体細胞刺激による体細胞から多能性細胞への初期化

図3 体細胞刺激による体細胞から多能性細胞への初期化

分化したリンパ球のみを分離した上、酸性溶液で刺激することで、2日以内に初期化が開始し、多能性マーカー(Oct4::GFP)の発現が認められた。7日後にはそれらの細胞は、細胞塊を形成した。

STAP細胞は多能性(3胚葉組織への分化能)を持つ

図4 STAP細胞は多能性(3胚葉組織への分化能)を持つ

STAP細胞は、試験管内の分化系(上図、胚葉体形成法など)でも、マウスの皮下移植による奇形腫形成法でも、外胚葉、中胚葉、内胚葉組織への分化が確認された。

STAP細胞はキメラ形成能を有する

図5 STAP細胞はキメラ形成能を有する

STAP細胞は、胚盤胞(着床前胚)に移植することで、キメラマウスの多様な組織の細胞を生み出し、さらに生殖細胞形成にも寄与する。胎盤のみ形成し、胎仔を形成できない宿主の胚盤胞を用いた場合、注入されたSTAP細胞のみから胎仔全体を形成することも示された。

STAP細胞は胎仔のみならず胎盤の形成能も有する

図6 STAP細胞は胎仔のみならず胎盤の形成能も有する

胚盤胞に注入されたSTAP細胞は、キメラマウスの胎仔部分のみならず、胎盤や卵黄膜などにも分化していることが分かった。

増殖性の高い幹細胞(STAP幹細胞)の樹立

図7 増殖性の高い幹細胞(STAP幹細胞)の樹立

試験管内の培養ではSTAP細胞の増殖能が低いが、ACTH(副腎皮質刺激ホルモン)を含む培養液で数日間培養することで、増殖能の高い幹細胞(STAP幹細胞)へ転換される。

研究成果のまとめと今後の展望

図8 研究成果のまとめと今後の展望

今回発見されたSTAPによる初期化は、全く従来は想定していなかった現象である。その原理の解明は、幹細胞や再生医学のみならず幅広い医学生物学研究に変革をもたらすことが期待される。さらに、ヒト細胞への技術展開も今後の課題。

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