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甘く優しい世界で生きるには 作者:

第十八話

前回の続きです。
 『ドイル様命!』と言って憚らないバラドに、正面切って非難されたあの衝撃の日から三日後。俺は四人の手を借りて作った百本の紙薔薇の花束を持って、薬学科を目指し歩いている。

 ちなみに花束は紫をベースに青や黒、深紅の薔薇で作られており、毒々しいというか禍々しい仕上がりになっている。最初は色んな色があったというのにいつの間にかオレンジやピンク、黄色といった明るい色の薔薇達は何処かへいってしまった。

 一体何があったというのか。

 様々な疑問は残るものの、女性に贈る訳でも無いので花束の仕上がりは取敢えずおいておく。当初の目的を思えばこの配色の方が好都合ではあるのだ。実際、完成した薔薇の花束をバラド達から受け取り、その中の何本かを俺が作ったものと入れ替えたが誰一人その変化に気が付くことは無かった。

 丹精込めたこの花束にレオパルド先輩がどんな反応を返すのか想像しつつ、花束をガサガサとならしながら歩く。レオパルド先輩に贈る花束は、一本一本は小さめに作ったのだが百本も束ねた所為で結構な大きさの花束になっている。

 当然、学内でそんな目立つ物を持っていれば注目の的だが、そんな俺に声をかける者は残念ながらいなかった。いくら模擬戦で多少周囲の目が和らいだとしても、気軽に声をかけるにはまだ不安が残るのだろう。

 多くの生徒達には未だに距離を取られているが、そんな俺の後ろには当然のようにバラドがついてきてくれている。
 少々扱いに困る面があるが、常に側に居てくれるバラドの存在は心強いし、助けられることの方が多い。
 クレアに贈る花束もバラドとルツェがあそこまで言ってくれなければ、俺は未だにクレアに贈り物どころか手紙の一つも書けなかったと思うので、驚きはしたが感謝している。

 本当に、俺には勿体無い部下達だ。

 そう、しみじみと感じながら、俺はあの日のことを思い出した。





 あの日、バラド達に勧められるがまま花束を作り始めた俺は、折角クレアに贈るのだからと彼女が好みそうな色合いを精一杯考えた。
 その結果、鮮やかな赤を数本アクセントにピンクと白の花と、一番外側が赤で次いでピンク、中心に白が入ったグラデーションの紙薔薇の花束が出来上がった。
 その際、グラデーションの紙薔薇を見て再度ルツェが騒いでいたが、そこまでは、まぁ良かったのだ。

 ルツェが騒ぎ出したことよりも俺が作った花束を見たジェフの「本当にドイル様は王女様を大切に想われていますね」という言葉が衝撃だった。ジェフは、一見何も考えずに流れに身を任せて生きている様に見えるが、さらっと人の本心を見抜くのが上手い。
 ジェフの言葉に絶句する俺に「だってこんな可愛らしい花束、俺では一生思いつきませんもん。この外側から色が薄くなっていく奴とか凄いです。ドイル様の中のクレア様のイメージはこんなに可愛らしいんですね! ドイル様がどれだけ王女様が好きなのかよく分かる花束です!」と言って、やつはさらに俺を絶句させた。
 それを聞いたバラドとルツェが――、いや、この話は止めておこう。
 素直に気持ちを伝えられない思春期の青少年の恋心を暴露させようなど、万死に値する。



 そんなこんなで部下達の思わぬ一面を知ってしまい、驚きの連続であった紙薔薇作りだったがとても有意義な時間を過ごせたと思う。バラド達にしても、クレアに関しても。

 ちなみに完成した花束は、ルツェが父親経由でクレアに渡してくれるそうなので預けた。ついでに言付けも。
 短いと言われるかも知れないが、今俺が彼女に言える精一杯の言葉を贈ったつもりだ。その真意は多分伝わらないだろうが、それでいい。いつかクレアも枯れない花束の意味に気が付くだろう。

 ルツェの話では近い内に【色紙】を持って王宮に行商に行く予定が既に組まれているそうだから、数日中にも彼女の手元に届く。行商のついでといった形では無くプレゼントとして送ってもよかったのだが、届かない可能性もあるので止めた。更生中の俺に対して半信半疑な人間はまだ沢山いる。普通の郵送で頼んでも無事に届くかは分からない。

 その分、王家御用達のヘンドラ商会ならば無事クレアの元に花束を届けてくれるだろう。かの商会は王の信頼厚く、懇意にしている貴族が多い。それに交わした約束を守るのが商人の鉄則だ。一度請け負った以上、ヘンドラ商会が王城に商品と共に届けてくれる。
 その為に、紙薔薇の利権も譲渡しておいた。あんな簡易な紙薔薇ではなくどうせ広まるならコサージュの方がよかったが、俺にはコサージュの作り方は分らないので紙薔薇で我慢して貰おう。
 どれだけ大々的に流行らせる気なのかは知らないが、後はヘンドラ商会の方でどうにかするだろう。
 数年後、社交界に出席する日が恐ろしい気もするけどな。





 そうやってまだまだ課題の多い己や、クレアのこと、今後おとずれるだろう紙薔薇の流行を思いながら歩いていると、薬草を煮詰める独特な香りが鼻先をくすぐった。
 どうやら、考え込んでいるうちに薬学科に着いたようだ。目立つ物を持つ俺を追いかけてきていた者達を撒く為に、色々な道を回ってきた所為で予定よりも遅くなってしまった。色々考えることが出来てよかったと言えばよかったが、もうこの時間では先輩は教室には居ないだろう。

「バラド」
「はい。この時間のレオパルド先輩は、そちらを右に曲がった先の三つ目の扉の教室で、薬学科の方々と情報交換されております」
「助かる」

 探して回るのも時間がかかるので、試しにバラドに居場所を問えば当然の様に答えが返ってきた。研究日だったら迷惑なのでそれ以外の日取りを、とバラドに調べて貰ったのだが予定の把握以外も完璧だったらしい。必要な情報を抜かりなく準備していてくれたバラドに短く礼を言いながら、教えられた通りの道を歩く。

 此処にくるまでに通った魔術科や戦士科とは違い、薬学科の廊下に人の気配はない。最後の授業が終わってから結構な時間が経っている所為もあるだろうが、薬学科に属する人間には研究者気質な者が多いので、薬学科の生達は研究室にこもっているのだろう。
 ほとんど人の気配がしない薬学科は俺にとっては好都合だ。俺がこれからする予定の行動をレオパルド先輩は最終的に許してくれるだろうが、他の人間に見られたら変な噂をたてられかねないので、目撃者はなるべく居ないほうがいい。



 人の気配のない廊下に安心しつつ、俺は辿り着いた目当ての人がいるだろう部屋の扉をコンコンコンと三回ノックした。

「はーい! どちら様ですかー?」

 ノックの後、中の先輩達から返事があったので俺は名を名乗る。

「お忙しい中、失礼いたします。私、一年のドイル・フォン・アギニスという者ですが、こちらにレオパルド・デスフェクタ先輩はいらっしゃいますでしょうか?」

 ガタガタガタガタッ

 俺が名乗った瞬間、中から結構な音が聞こえてきた。
 そして中から、

「あー、お前ちけぇから開けてやれよ」
「無理です! 兄貴、それは勘弁して下さい!」
「ビビんなよ。更生中の可愛い後輩じゃねぇか」
「その前に、彼はアギニス公爵家の継嗣様ですよ!?」
「いいじゃねぇか。お前、アギニスに見初められれば玉の輿じゃねぇか」
「「無理ですから~!!」」

 と言った感じのやり取りが繰り広げられているのが聞こえた。



 そしてしばらくの問答の後、「……仕方ねぇな」という声が聞こえた。どうやらレオパルド先輩が来ることになったようだ。中を片付ける様に指示しているのが聞こえる。訪ねたレオパルド先輩自らお出迎えして下さるようなので、こちらも準備する。周囲に人目が無いことを確認し、扉の前に片膝をつき、花束を掲げる。そして、笑みを浮かべてレオパルド先輩の到着を待った。

 そして。

「わりぃな。待たせた、か?」
「レオパルド先輩。お約束通りドイル・フォン・アギニス、口説きに参りました。お気に召して頂けるよう、このような花束を持参いたしましたので、受け取って頂けますか? 私の(薬学科での)唯一の人(先輩)。私にはレオパルド先輩以外、心惹かれる(治療師の)方は居りません。どうか、私の愛の(ヘッドハンティングの)言葉を受け入れていただけませんか?」

 扉を開け、紙の薔薇の花束に固まったレオパルド先輩に用件を一息で言い放つ。俺の大事な主語を省きまくった愛の言葉に、レオパルド先輩は徐々に顔を引き攣らせていき、聞き終えた後、そっと扉を閉めた。

 かかった!

 して欲しかった動作をしてくれたレオパルド先輩に、俺は悲しげな表情を作り、喜び勇んで扉を叩いた。

「此処を開けて下さい、レオパルド先輩! 何故、私(の勧誘)を拒むのですか! この花束だって、レオパルド先輩の(をからかう)為だけに一生懸命作ったのです。こんなに、貴方に(手間暇)かけているのにっ! 私を(見)捨てるのですか!?」

 やりきった!

 前々からこの日の為に考えていた台詞を言い切り、俺はやり切った気分でレオパルド先輩の出方を待つ。模擬戦のあの日、口説きに行くと言った俺に『贈り物』と『熱烈な愛の言葉』を持って来いと言ったレオパルド先輩への俺なりの意趣返しである。同級生に兄貴と慕われるレオパルド先輩ならばきっと最後は笑って許してくれると信じての行動だ。
 しかし、レオパルド先輩に見なかった振りをされる事も考慮して、この後の予定はあけてきたので部屋に籠られても問題はない。その時は謝罪しつつ、持久戦といかせてもらうつもりだ。



 ガンッ!!!

 持久戦の覚悟も決めていた俺だったが、その必要は無かった。俺が待ちの態勢に入ろうとした瞬間、扉が物凄い音をたてて開いたのだ。
 そして、扉を開けてくれたレオパルド先輩のこめかみはピクピクしている。

「やって、くれんじゃねぇか、アギニス」
「やだなぁ、レオパルド先輩のご期待に沿えるよう『熱烈な愛の言葉』を囁いて、『跪いて、縋って』差し上げたんですよ?」
「…………確かに、いったけどなぁ!」
「『とびっきりのプレゼント』も用意したんです。折角ですから受け取って下さい」

 俺の言葉に頭が痛いといった感じで返事を返したレオパルド先輩に、そう言って紙薔薇の花束を差し出せば、嫌そうな顔で花束を見た後僅かに目を見開く。

「……んだ、これは? 花じゃなくて、紙、か?」
「流石、レオパルド先輩。お目が高い。これは今度ヘンドラ商会から発売される【色紙】で作った薔薇の花です。ヘンドラ家の息子のお墨付きですから、これから流行りますよ。まだ、王族の方々にも回っていない流行の最先端です」

 興味深そうに、紙薔薇を観察していたレオパルド先輩の顔が俺の言葉で驚きに染まる。そして、徐々に眉間に皺が寄ったかと思えば、渋い顔でレオパルド先輩は口を開いた。

「それは、まずいんじゃねぇか? お前、更生するっつっときながら、横流しは駄目だろ」

 ちょっと厳しい声で俺にそう注意するレオパルド先輩に、良い人だなぁとしみじみ思う。俺を心配して叱ってくれる先輩は、何処か幼馴染の殿下を彷彿とさせる。

 ああ。そうか。
 だから、俺はこんなにもこの先輩が気に入ったのか。

 ようやく気が付いた、己の本音が可笑しかった。先輩レベルの腕のいい治療師を探すのは難しいだろうが、まったく居ない訳では無い。だと言うのに、ルツェに言って色紙を作らせ、此処まで時間をかけて花束まで用意したのは、やり過ぎかもしれないと思ってはいたのだ。
 しかし先輩が優秀なのはバラド情報で確かだったので、深く理由を追及したりはしなかった。面倒だったのもある。

 しかし、今なら解る。
 あの模擬戦の日、この人だと思ったのは、先輩の中に殿下の影を見たからだったのだろう。

「心配には及びません。この色紙をヘンドラ商会に注文して用意させたのは私ですし、この紙の薔薇も私が技術提供して作ったものです。無理を言ったお詫びにヘンドラ家に利権をやっただけなので、この色紙や紙薔薇を私がどうしようが何の問題もありません。――――ですから、安心して受け取って下さい、先輩」

 「なんでしたら、ルツェ・ヘンドラを呼びましょうか?」とレオパルド先輩に問えば、肩を落としてため息を吐いた後、先輩は俺が差し出した花束を受け取った。

「その必要はねぇよ。…………疑って悪かったな。お前が、本気で更生中だっていうのが分かっているつもりで、分かっていなかったみたいだ」
「疑われることも償いの一つだと思っているので、お気になさらず」
「そうかよ。…………まぁ、なんだ。取敢えず、中入れ。後ろの従者もな。お前の悪ふざけの所為で中の連中が心配そうにこっちを見てるからな」
「ありがとうございます。でも悪ふざけじゃでなくて、レオパルド先輩の期待に精一杯応えようとした結果です!」
「……そうかよ」

 いい笑顔でそう言い切れば、疲れたような笑みで「しかたねぇ奴だな」と笑ってくれたレオパルド先輩には【兄貴】の名がよく似合うと思った。
ここまでお読み頂き有難うございました。



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