第五十五話
ザクッとエスパーダが肉を切る感触と、マーナガルムからあがる悲鳴。ザザザザッと集団で駆け込んでくるスコル達の足音と、「ドイル!」と叫ぶグレイ様の声はほぼ同時だった。
「ドイル! 無事か!?」
「グレイ様!?」
俺が斬りつけたマーナガルムの側に群れの長を追ってきたらしいスコルとハティ達が駆け寄るのと時同じくして、グレイ様が俺に駆け寄ってきた。
「何でここにいるんですか!?」
予期せず現れたグレイ様の姿に、思わず叫ぶ。
てっきり後方の結界の中でバラド達と一緒に、ジンや先生方に守られていると思っていた人の登場に慌てた俺は、一瞬マーナガルム達の存在を忘れおもいっきり振り向いた。
ジン達は何をやっているんだ!? という思いで振り向けば、少し離れた所で結界を張る先生が見え、結界の中には心配そうな表情で此方を見るバラドと、バラドを押し留めるレオ先輩やリェチ先輩とサナ先輩の姿があった。そして結界の外には、そんな彼らと結界を守るようにジンと戦士科の先生が武器を構えて立っている。
しかもどうやらスコル達の群れは2手に別れたらしく、彼方は彼方で忙しそうな様子に俺は舌打ちしつつ再びグレイ様に視線を戻す。
「グレイ様!」
何できたのだというニュアンスを込めて名を呼べば、グレイ様は悪びれた様子も無く当然のように答えた。
「民を守るのが、俺の義務であり存在意義だ」
「~~~~そりゃそうですけど!」
「なら、問題ないな」
「んなわけあるか! 第一、俺に任せるといっただろう!?」
「お前一人では心配だからな」
「万が一があったらどうする気だ! 俺が守るからお前は大人しく結界の中にいろ!」
ギャンッ。
スコルかハティかも分からなかったが、言い合っている俺達に襲いかかってきた手下の魔獣を切り捨てながら、何を馬鹿なことを言っているのだとグレイ様を怒鳴りつける。
一体この人は自分の身を何だと思っているのだと頭を抱えたい気分だったが、自分達の長が傷つけられたことに怒りを覚えたのか、鎌鼬を纏ったスコル達が次々と飛びかかってくる所為でそんな暇はなかった。
襲いかかってくる彼らをサクサク片付けながら、俺は一刻も早くグレイ様にこの場を立ち去って貰う為にさらに大声を上げる。
「お前の命は換えがきかないのだから、大人しくしてろ!」
「――――――ふざけるな!」
俺の言葉にそう叫んだグレイ様は手に持っていたメイスを振り上げると、迷わず俺目掛けてメイスを振り抜いた。
ビュオッと風を切りながら振り下ろされたメイスに込められた殺気に思わず飛び退いた俺を他所に、そのまま振り下ろされたグレイ様のメイスは俺の背後から向かってきていたスコルごと地面を叩き割る。
ビシビシビシッ!
呻き声を漏らすことなく絶命したスコルと、ちょっとしたクレーターをつくり周囲に幾重に広がるひび割れにゾッとする。
一歩間違えば俺が食らっていただろう殺気のこもった一撃は、俺に向けてのものなのか、それと背後から飛びかかろうとしていたスコルを狙ったものなのか。
現在の状況から普通に考えれば、グレイ様が飛びかかってくるスコルから俺を守ってくれたのだろうが、メイスを振り上げた瞬間合ったグレイ様の目は本気だった。
殺す気か!?
いや、これくらいじゃ死なないけど! と自分で突っ込みながら、グレイ様の限りなく黒に近い攻撃に思わず本人を見る。
地面にできた小さいクレーターの中からメイスを引き抜き、こちらを振り返るというグレイ様の動作がいやにゆっくりした動作に見えた。
「いい加減にしろと言っただろ、ドイル! お前はいつまで俺を遠ざける気だ!?」
ブンッとメイスを振り、飛びかかってくる魔獣を撲殺しながらグレイ様は俺に向かってそう叫んだ。
周囲を飛び交う鎌鼬を避けながら、相手に飛びかかってくるスコルやハティを互いに払う。その間も俺達の言い合いは止まることはなかった。
「遠ざけているわけじゃ無い! 今はそんな問答するより、一刻も早くマーナガルムを倒すのが先決だろ!?」
「だからこうやって戦っている! ローブ達とは違って、俺は戦える!」
「戦えるからって『じゃぁ、お願いします』って、なる訳ないだろうが!」
「何故だ! 戦える者が戦って何が悪い!?」
「それでお前の身に何かあったら俺達全員の首が飛ぶわ!」
俺の言葉に顔を歪めたグレイ様に心が痛む。グレイ様が俺を心配して駆けつけてくれたことは分かるから余計に。
しかしそう思う一方で、俺を案じてくれるグレイ様の気持ちは分かるものの大人しく守られていてはくれない幼馴染がもどかしく、ついつい乱暴な口調でグレイ様を責め立ててしまう。こんな言い方したい訳ではないのにと思いながら、優しさから正義感からか大人しくしていてくれないグレイ様にやきもきする。
なんでグレイはこう、強情なんだ!?
王太子という身分にあるんだから、危ないことは人に任せておけばいいのに、などと思いながら八つ当たり気味に飛びかかってくる魔獣を切り捨てる。
俺の隣で少し苦戦しながらスコル達と戦うグレイ様を見て、この強情な幼馴染みをどう説得しようかと頭を悩ませていたその時、俺はふと、グレイ様やバラド達もこんな気持ちだったのかもと思った。
…………もし、グレイ様が今まで抱いていた気持ちがコレと同じものならば、今グレイ様をこの場にこさせたのは俺の責任じゃないか?
遠ざけるなと叫んだグレイ様を見る。
今まで相談の一つもせず、グレイ様に向き合ってこなかった俺がいくら任せろと言い張ったところで、その言葉を信じるのは難しいだろう。何しろグレイ様達は、このドイルの体がどれほどの能力を有しているのか知らないのだから。
【勇者】でもあるまいし、通常魔王に一人で挑むなど無謀な行為でしかない。そんな状況で俺を置いて大人しく守られているなど、この幼馴染ができるはずないのだ。
「っ! お前が一人で魔王に挑むのを、黙って見ていろというのか!?」
「戦時中じゃあるまいし、今、王太子が命をかけて戦う必要は無いと言ってんだよ!」
「俺に幼馴染みを見捨てて逃げろと、そう言うのか! ドイル!!」
「見捨てるもなにも、この場は俺一人で十分だと、言っている!」
叫んだグレイ様にそう言い捨てた後、エスパーダに魔力を込めて刀身を伸ばし強化する。パキッパキッと薄い氷で覆われたエスパーダはみるみるうちに俺の身長以上の大太刀へと姿を変えた。
グレイ様に大人しくして貰うには、俺一人で大丈夫だと目に見える形で伝えなければならない。でなければ、優しく心配性な幼馴染は引いてくれないだろう。
そう判断した俺は、模擬戦の時とは違いギリギリまで威力を高めたエスパーダを全力で振り抜いた。
俺とグレイ様を囲んでいたスコルとハティ達を鎌鼬ごと吹き飛ばす。悲痛な鳴き声を上げながら一蹴されたスコル達は同時にブワッと広がった冷気によって凍りついていった。
傷ついたマーナガルムの側にいたスコル達は生きたまま凍りついたのか、円陣を組んだような姿で固まっており、マーナガルムがいたはずの中心だけがポッカリと空いていた。
「この程度の魔獣など、俺の敵では無いと言っただろう? あんな生まれたての魔王に傷を負わされるほど俺は弱くないぞ、グレイ」
一気に下がった気温の所為で、吐き出す息が白く染まる。
自信たっぷりにそう告げれば、グレイ様は唖然とした様子で周囲を見回していた。
ほぼ全力でエスパーダ振り抜いたおかげで、辺は氷の世界と化している。見渡す限りの地面は白く凍りつき、草木は氷で覆われていた。一瞬で辺り一面を氷の世界に変えた一撃に、驚きを隠せない表情を浮かべたままのグレイ様に、俺は追い討ちをかけるように告げる。
「俺をそこらへんの奴と一緒にするな。あれだけお前に言われたんだ、無理そうなら今度はちゃんと言う。もう逃げたりしない。――――ただ、今回は本当になんの問題もない。だからそんなに心配するな」
未だに状況が理解できないのかしきりに周囲を見渡すグレイ様にそう言って、バラド達の方に行くよう背を押す。されるがまま数歩歩みを進めたグレイ様だったが、驚いた表情を浮かべながら俺を振り返った。
「ドイル!」
驚愕に目を見開いたグレイ様は悲鳴混じりにそう叫んだが、背後から迫ってきていた気配に気がついていた俺は、焦ることなく左腕をマーナガルムの口に突っ込んで止める。
バキバキバキと腕に巻いておいた仕込み槍が砕ける感触を感じながら、俺は渾身の力でマーナガルムを地面に叩きつけた。獣の歯の性質状、噛まれたからといって無理に引き抜くと、食いちぎられてしまうからだ。
地面に叩きつけられ、グゥッとくぐもった声を漏らしたマーナガルムを見る。3メートル弱あったマーナガルムはそれなりに重く、腕に負荷を感じたがこれくらいなら無理な重さではない。
地面に叩き付けられたマーナガルムは悔しそうな目で俺を睨むと、緑の槍の破片と俺の服の切れ端を口から零しながら、再び追う者のいない上空へと駆けあがっていった。
「ド、ドイル。お前、そ、それーーーー」
袖を破られたことで顕になった俺の左腕を見て、グレイ様は動揺を隠せない声で文章にならない言葉を呟く。
メリル達に貰った組み立て式の槍を腕に巻いていたおかげで、少し赤い歯型のついただけの左腕を指差すグレイ様は、珍しく驚愕しているのかパクパクと口を開けては閉めを繰り返えしていた。
驚きを言葉にできない様子のグレイ様が言いたいことはなんとなく分かるが、答えようがなかったので苦笑いを返す。恐らく、ドイルのこの体はグレイ様達の想像以上にチート性能で、強い。模擬戦で見せた強さなど、ドイルの能力の片鱗でしかないのだ。
その上、槍にこだわらなければ、【炎槍】と【雷槍】の名にこだわりさえしなければ俺はまだまだ、強くなれる。
護りたいもの全て手に出来るくらい、強くなれる。
愛してくれた人達に応え、大切な人達を、彼らが住まうこの国を、己の手で護りたい。
それこそが、今も昔も俺が望んでいたことで、どうしても叶えたかった願いだ。その為の過程も、方法もどうでもいいことなのだとこの合宿に来てようやく俺は実感した。
驚愕の表情を浮かべたグレイ様と、結界の中から出ようとして先生に止められた状態で固まっているバラド達を見る。そしてこの場にはいない家族と大切な女の子、ルツェ達の姿を思い浮かべ改めて思う。
俺を想ってくれる人は沢山いた。気が付かなかっただけで、俺のことを自身の命以上に心配してくれる人達は、今も昔もずっと俺の側にいた。
この人達さえ居れば、俺は【槍の勇者】などなれなくてもかまわない。
だから強くなろう。
オブザさんの言っていた通り、皆の期待に応える方法も、守る術も【槍の勇者】以外にいくらでもあるのだから。
込み上げる決意のまま、必死に何かを言おうとしているグレイ様に微笑みかける。そうして、もう一度大丈夫だからという気持ちを込めて俺は告げた。
「【炎槍の勇者】の孫で【雷槍の勇者】と【聖女】の息子を舐めるなよ? グレイ。情けないところ一杯見せたから信じられないかもしれないが、俺はお前の想像以上に強いんだ」
「だからこの程度は俺に任せとけ」と言って色々と衝撃を受けたらしいグレイ様の背を再度押せば、覚束無い足取りではあったものの今度は大人しくバラド達の元に戻っていった。そんなグレイ様を横目で見送りながら、俺は宙に浮くマーナガルムがグレイ様に危害を加えないよう【飛刀】を使って氷のナイフを飛ばす。
マーナガルムは俺が飛ばした氷のナイフ達を「ガァウッ!」と先ほど同様に咆哮で吹き飛ばそうとしていたが、最初よりも一本一本強化してある氷のナイフ達は咆哮ごときで砕ける訳もなく、マーナガルムの体を傷つける。
ハラハラと舞い落ちてくる黒い毛を見た後、ちらりと空を見上げれば最初に見た時よりもボロボロになったマーナガルムが怯えた様子でこちらを見ていた。
木々を吹き飛ばし、不遜な態度で唸り声を上げていたマーナガルムの姿はどこにも無く、その金と銀の瞳は未知の生き物に対する恐怖を浮かべている。
情けないマーナガルムの姿に、やはりこいつは人間と対峙するのは初めてだったのだなと思いつつ、同時に初めて会った人間が俺であったことを不憫に思う。
怯えているからと言って逃がしてやるほど俺は甘くないぞ。
満身創痍とはいえ、ここで逃せばこいつは力をつけて再び人を襲うだろう。それも今回の経験から執拗に人間を狙うかも知れない。そしていつかこの国を傷つける。魔王とはそういった存在だ。
「折角成長したところ悪いが、お前にはここで死んでもらうぞ」
そう言って見上げれば、マーナガルムは殺気を感じ取ったのかビクッと身を跳ねさせ身を翻した。流石に空を駆けられては追うことができないので、慌てて先ほどよりも魔力を込めて【飛刀】を飛ばそうとしたが、すぐにその必要はなくなる。
身を翻して宙を駆けようとしたマーナガルムだったが、ぎこちなく足を止めると落ちるように地上へと降りてきたのだ。
まだまだ未熟な扱い方であったが、風を操り着地したマーナガルムを見る。何度か空を駆けようともがいていたが上手くいかず、結局マーナガルムは再び空にあがることはなかった。
何度か空を駆けようと足元に魔力を纏わせていたマーナガルムは苛立ちの篭った咆哮を上げ、俺に向き直った。逃げるかわりに戦う覚悟が決まったのか、しっかりと四本の足で立ち、俺に牙を剥くマーナガルムは先ほどの弱々しい声では無く闘争心に満ちた咆哮をあげる。
――――ガアアアアァァァアアッ!!!――――
マーナガルムの雄叫びに空気が揺れる。ビリビリと伝わる振動に、凍りついた木々からパラパラと氷が落ちて舞い落ちてくる。
マーナガルムが飛べなくなったのは十中八九、先ほど噛ませた緑の仕込み槍に仕掛けてあったメリル特製の痺れ薬が効いたからだと思うが、その影響を感じさせない風格は成り立ていえども流石魔王といったところだ。
まぁ、負けはしないけどな。
こうして咆哮を上げる魔王を前にしても、怪我する場面さえ想像できない己に、つい笑みが溢れる。
グレイ様が見せた異常な心配こそが、魔王を前にした普通の人間の反応である。この魔王も、幾多の修羅場をくぐり抜け国の英雄と称される【勇者】達と比べられ、たいしたことないと思われているなど、夢にも思わないだろう。
「悪いが、お前には俺の強さを証明して貰うぞ」
「ヴォンッ!!」
短く吠えたマーナガルムの声と共に小さい竜巻が飛んでくる。それを防ぐように【氷壁】を至る所に生やせば、いくつかの氷壁は竜巻に砕かれたものの、大半は氷の壁に阻まれて消えていく。
氷の壁が竜巻を阻んでくれている間に、俺は風魔法で空に飛ぶ。 勿論、熱源を察知して獲物を追うマーナガルムは飛んだ俺に気がつき吹き飛ばそうとしてきたが、甘い。
マーナガルムが放った風を同様の風魔法で相殺して、刀身を大きくしたエスパーダを振りかぶる。
己の風魔法があっさり相殺されたマーナガルムが瞳孔を開いたのを目に焼き付け、俺はそのままエスパーダを振り降ろした。
ザンッ!!!
音と共に確かな手応えを感じた。無事に役目を終えたエスパーダに使っていた全てのスキルを解く。スキルを解いたとたん、エスパーダを覆っていた氷の刀身がパキンッと甲高い音と共に砕け散った。
眉間を境に左右に分かれ、ゆっくりと倒れてゆくマーナガルムの体は、ドスッと重さを感じる音を立て地に伏した。マーナガルムが完全に絶命したことを確認しながら、青味を帯びた刀身に戻ったエスパーダを軽く振って残っていた氷を払う。
そして真っ二つに両断されたマーナガルムを横目に刀を鞘に収めれば、エスパーダから勝利を喜ぶかのようにチンッと鐘のような音が聞こえた。
周囲に生きた魔獣の気配がないか確認した後、俺は未だに結界を張っている先生方の元に歩みを進める。サクサクと霜柱を踏み潰しながら凍った地面を進めば、唖然とした表情でこちらを見るグレイ様達が目に入る。
約一名、頬を染め興奮した様子の戦馬鹿がいたが、そいつは無視してグレイ様の元に向かう。
そして信じられないといった表情で俺と後方に見えるマーナガルムを見比べるグレイ様に、手を差し出した。
「ほらな。大丈夫だっただろう?」
胸を張ってそう告げながら笑みを浮かべる。そして手を差し出してても座り込み唖然と俺を見上げたままの幼馴染の手をとり、引っ張り上げるようにして立ち上がらせてやった。
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