第95話 留学
旅立ちの日。
オレは、ウッドキャッスル裏手に止めている飛行船内に詰め込まれた荷物の最終点検をしていた。
荷物は私物やハイエルフ王国を救った礼として送られた品々、食料品などだ。
オレは樽の蓋を開け中を確認する。
中身はちゃんと贈呈用の酒精だった。
大蠍退治の時、樽の中にハイエルフ王国エノールの第3王女、ルナ・エノール・メメアが隠れていた。まさかとは思うが再度、樽に隠れているかもしれないから確認したのだ。
「よし、問題は無さそうだな」
一通り確認し終えたオレは、1人満足そうに呟く。
これなら出発しても問題なさそうだ。
『――クシュンッ!』
「…………」
聞き覚えのある声音のクシャミ。
聞こえてきた方向へ視線を向けると、そこにはルナがクリスに送った衣装箱が置いてある。箱にはルナ指定のクリスに似合う服や下着類が入っていたはずだ。
オレは蓋を開けるが、底まで衣服が畳まれ詰められている。人が隠れるスペースなどあるはず……
「まさか」
オレは一度衣服を取り出し、底に手を伸ばす。力を込め引っ張ると割と簡単に外れた。 予想通り、衣装箱は二重底になっていたのだ。
二重底の下には第3王女のルナが隠れ潜んでいた。
忍者かこいつは!
オレが子猫のようにルナを飛行船外へ連れ出すと、姉であるリースが柳眉を吊り上げ叱る。
「ルナ! 貴女は何をしてるの! リュートさん達に迷惑をかけて!」
「だって、ルナも一緒に行きたかったんだもん」
ルナはハムスターのように機嫌悪く頬を膨らませる。
「どうしてお姉ちゃんやシアがよくて、自分は一緒に行っちゃいけないの? 不公平だよ!」
彼女の指摘にオレとリースは目を合わせて、2人一緒に顔を赤くする。
シアは奴隷から解放しようとしたのだが、本人がこのままでいいと断られた。
リースの場合は、『見聞を広めるため同行する』ということになっているが実際は――オレの第3婦人になったからだ。
数日前、戦勝パーティー後の夜、突然訪ねてきたと思ったらリースに『どうか私を妻にしてください。私はリュートさんを愛しています!』と告白された。
オレは突然のことに驚愕したが、スノー&クリスは何か知っていたらしく、驚きも反対もせずむしろ諸手を挙げて歓迎した。
オレ自身はというと……
(そりゃリースは大切な仲間だし、魅力的な女の子だと思う。好きか嫌いかで言ったら、好きだ。いや大好きだ! ドジな所もマイナスポイントどころか、守ってあげたい魅力だし、素直で可愛いし、それに胸だって……)
オレに断る理由はなく、現妻2人も歓迎している。
唯一、異を唱えたのは、リースを第3夫人に迎えると知ったメイヤだった。
曰く――『わたくしより出会いの遅いリースさんがリュート様の妻になるなど! 絶対に許せませんわ! で、でしたらわたくしだって……ッ!』
チラ、チラと好意的な視線を向けてくるメイヤ。
ここまで露骨な態度を取られたら彼女が何を言いたいか誰でも分かる。
オレ自身、メイヤのことが『好きか、嫌いか』と聞かれたら『嫌いではない』と答えるだろう。彼女がオレに向ける視線は、好意に満ちているのは分かるが……満ちすぎて怖い。
水清ければ魚棲まず――では無いが、あまり度が過ぎるのはちょっと。
そんなメイヤにスノーは切り捨てる。
『メイヤさんはリュートくんの奥さんになっちゃ駄目』
『ど、どうしてですか!? まさかまだ魔術学校でのことを恨んでいるのですか!?』
『違うよ。リースちゃんのように、ちゃんと決着をつけていない人にリュートくんの奥さんは勤まらないってだけだよ』
『!?』
その一言でメイヤの顔色が変わる。
『スノーさん、も、もしかしてご存知なの……』
『ううん、ただの勘』
スノーはメイヤの問いが終わる前に首を横に振った。
『ちゃんと決着を付けたなら、リュートくんのお嫁さんって認めてあげる』
『……分かりましたわ! このメイヤ・ドラグーン! ちゃんと決着をつけてリュート様の妻の座を射止めてみせますわ!』
2人は当事者の1人であるオレを置き去りにして勝手に話を進める。
しかし、メイヤの『決着』とは一体なんだ?
そして、リースの父である国王にリースとの結婚許可を取った。
事前に彼女が取っていたらしく、話はスムーズに進んだ。
一応、外野の批判を避けるためリースは建前上、『見聞を広めるため同行する』ということになっている。またハイエルフ族の通例として国外に留学する際は、周囲へ無用な混乱をさけるためエルフ族に瞳の色を変えるペンダントを装着するらしい。
今は付けていないが、人目のないプライベートではスノー&クリス同様に魔術液体金属で作った結婚腕輪を大切そうに身に付けている。
もちろんオレが自作した品物だ。
宝石、魔石1つない腕輪なのに、リースは涙を零すほど愛おしそうに抱き締めた。
そこまで喜んでくれたなら、送った方としても嬉しい。
問題があるとすれば妹のルナだ。
彼女にはまだリースと結婚したことを話していなかった。
未だに姉は見聞を広げるための留学と信じて疑っていない。
だから自分も留学したい、仲良くなったクリスと離れ離れになりたくないと主張しだした。聞き届けられないと分かると、今回のような不法侵入までやらかした。
顔を赤くしていたリースが咳払いして、妹に言い聞かせる。
「何度も言っているように私は見聞を広めるため、シアはリュートさんの奴隷だから一緒に行くの。決して遊びに行く訳じゃないのよ」
「だったらルナもリューとんの奴隷になる!」
「ルナ! 馬鹿なこと言わないの!」
リースは姉らしく叱りつけるが、ルナはふて腐れた態度を崩さない。
声を聞きつけたのかスノー、クリスが姿を現す。
2人は先程まで飛行船内の私室に荷物を運びこび、片付けていたはずだ。ここに来たということは彼女達の方も作業は終わったのだろう。
なぜかクリスは胸に一冊の絵本を手にしていた。
「リュートくん、出発の確認作業は終わったの?」
「ああ、もちろん終わったんだが……」
オレは視線をルナへと向ける。
彼女はクリスに気付くと、彼女に駆け寄り抱きつく。
「クリスちゃんからもなんか言ってあげて! クリスちゃんもルナと一緒に居たいよね?」
ルナの問いにクリスは困った笑みを浮かべる。
それが答えと気付き、悔しそうにルナが顔を顰めクリスから体を離す。
そんな彼女にクリスは――
「ま、だ、一緒には行け、ない……けど、私、たちはずっと、お友達だから」
「!?」
普段、魔術道具のミニ黒板で意思疎通を図るクリスが、言葉で懸命に伝えようとしている。その姿にルナが目を丸くするのは当然だ。
クリスは手にしていた一冊の絵本を差し出す。
「私、の大切な絵本、ルナ、ちゃんに貰って欲しい」
その絵本は嫁ぐ際、両親から初めて買って貰った絵本として大切に持ってきたものだ。この絵本を切っ掛けに『勇者とお姫様』系が好きになった。
そんな一番大切な絵本だから、ルナに貰って欲しいのだろう。
しかしルナは瞳から零れそうになる涙を堪えながら、クリスを睨む。
「絵本なんていらないもん! クリスちゃんの馬鹿!」
「ルナ!」
リースは妹の言葉に本気で激昂する。
だが、ルナは背を向けると涙目で、城内へ向けて走り去ってしまった。
リースが慌てて謝罪する。
「ごめんなさい、ルナが酷いことを言ってしまって」
『いいえ、リースお姉ちゃんのせいじゃありませんから』
クリスは心配をかけないようにと笑顔でミニ黒板を掲げる。
だが、一目で強がりと分かる弱々しい笑顔だった。
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明日、2月19日、21時更新予定です。
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