第82話 汎用機関銃
リースはシアを連れて結界石がある裏庭へと姿を現す。
途中、他のメイドや兵士、大臣、他ハイエルフ族達とすれ違ったが、皆は結界石破壊という本来ありえない事態に戸惑い右往左往するばかりだった。
「ッ――! なんて酷い!」
結界石のある広場へと辿り着く。
そこはまさに戦場、地獄絵図だった。
『ガギャア、ギャァギャァアァッ!』
湧き出てきた禍々しい姿をした竜騎兵が、歓喜の咆吼をあげる。
全身を硬い鱗で覆い、背丈も2メートルと高い。手には骨や石などで作った槍、ナイフ、棍棒など原始的な武器が主だった。
そんな竜騎兵の群れが、殺した兵士の骸に集まり我先にと貪り喰らう。酷い場合は戦っている最中の兵士に囓りつき、肉を引き千切り、血を啜る。
まだ距離は大分あるはずなのに濃厚な血の匂いがリースの鼻にまで届く。
破壊された結界石の穴から、際限なく竜騎兵がどんどん湧き出してくる。
ハイエルフ王国の兵士達は想定外の事態に混乱し、対応に苦慮して散発的な行動しか取れていない。
さらに不味いことに――
『ピイィイィィィィィィイイイィィイッ!!!』
空を舞うバジリスクが兵士、竜騎兵関係無く石化させていく。
石化した兵士や竜騎兵は、バジリスクに啄まれエサになる。
まだバジリスクが城内に留まっているだけマシかもしれない。
もし1匹でも外に出たら、湖外の住人達に抵抗する方法はないのだから。
「ひ、姫様!? ここは危険ですから今すぐ避難してください!」
現場指揮に来た指揮官らしき人物に声をかけられる。しかしリースは逆に指示を出した。
「いいえ、私は避難しません。これから戦いに出て時間を稼ぎますので、貴方は今戦っている兵を一度引かせ部隊を整えてください。今の状態では無駄に犠牲を出すだけです。それからお父様、他同胞達の避難と護衛をお願いします」
「わ、分かりました!」
有無を言わせないリースに言葉に指揮者はすぐ対応に走った。
リースは加護の力でシアのAK47を取り出し、ALICEクリップにまとめられたベルトとパンツァーファウスト60型、防御用破片手榴弾を取り出し渡す。
「私はPKMの準備をしますから、シアはこれで襲われている兵士の救護、バジリスクの排除をお願いします。出来ますか?」
「はっ! お任せください!」
シアは装備を手早く身に付け、肉体強化術で戦場へと躍り出る。
リースはその背を頼もしそうに見送り、自身は宣言通りPKM――汎用機関銃の準備に取り掛かる。
やり方はリュートに保険として預かった時、一通り目の前で教えてもらった。自室でも何度も練習済みだ。
お陰で淀みなく手が動く。
まずPKMと弁当箱を3倍ほど大きくしたようなボックスマガジンを取り出す。金属製で弾薬が詰まってなければ、叩くと空き缶のように響く。
ボックスマガジンに7.62mm×54Rが200発収まっている。
PKMの銃身先には、二脚が備え付いているため、地面に置くと銃床が下に銃口が斜め上を向く状態になる。
次にボックスマガジンをPKMの下に装着。
弾薬ベルト(弾薬が繋がったベルト)を手に、フィード・カバーと呼ばれる蓋を開きベルトに繋がっている弾薬を機関部に入れて蓋を閉める。
機関部右脇に付いてるコッキングハンドルを引き準備完了。
リースは銃身を楽に交換するために付いているキャリングハンドルを掴み、銃口を竜騎兵達へと向ける。
「準備は整いました。ここから先は1匹たりとも通しません……ッ」
大きな瞳に決意の光を灯し、リースは戦場を睨み付ける。
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「た、助け――!」
エルフの男性が竜騎兵に襲われていた。
男は腕の肉を囓られたのか、手で押さえている箇所から溢れ出る鮮血が止まらない。尻餅をついている所に、数匹の竜騎兵が貪り喰らおうと迫る。
ダン! ダダダダダダダダダン!
『ガギャア、ギャァギャァアァッ!』
エルフの男性を襲おうとしていた竜騎兵達の頭部に穴が空き、次々倒れていく。
「大丈夫か! 1人で動けるか?」
メイド服にALICEクリップ付きのピストルベルトを装着し、AK47を手にしたシアが男性の危機を救った。
男は血なまぐさい戦場にメイドが居て、しかも助けてくれたという違和感から痛みすら忘れてしまうほど呆ける。
「だ、大丈夫です。歩くぐらいなら出来ます」となんとか返事をした。
「よし、なら今すぐ後方に下がれ。他に逃げ遅れている奴が居たら声をかけてやってくれ」
シアはそれだけを伝えて、さらに群がってきた竜騎兵達をAK47の掃射でなぎ倒し、奥へと進もうとする。
「貴女はどこへいくつもりですか!?」
「姫様のご指示でバジリスクを倒しに行く。少々派手に暴れるから、死にたくなかったさっさと後方へ下がってくれ。他者を構っている余裕なんてないから」
「わ、分かりました!」
男は息を飲むとすぐさまシアに背を向け、後方へと移動する。
彼女は撃ち終えたマガジンを捨て、マガジンポーチから新たに取り出し差し込んだ。
ダン! ダダダダダダダダダン!
『ガギャア、ギャァギャァアァッ!』
AK47を掃射するたび、面白いように竜騎兵が倒れていく。
石化した兵士、竜騎兵を食べていたバジリスクもシアの存在に気が付き飛翔する。
『ピイィイィィィィィィイイイィィイッ!!!』
新たなエサが舞い込んで来たと言わんばかりに嘶き、シア目掛けて急接近。
魔眼有効射程範囲は約500メートルだ。
だが、その範囲に入る前にシアは防御用『破片手榴弾』を取り出し、口でピンを抜く。
肉体強化術の魔力を増加させ、手榴弾をバジリスク正面に向け全力投球する。有効射程範囲は約15メートル。
破裂音。
同時にバジリスクが予想外の攻撃に苦痛の叫びをあげる。
『ピイィイィィィィィィイイイィィイッ!!!』
バジリスクは地面に落下、竜騎兵を数体巻き込む。
シアの手は弛まない。
彼女は背中に刺していたパンツァーファウスト60型を取り出す。
シアはまず弾頭の根本あたりに付いている安全ピンを抜く。
照門を立てる。
安全レバーを前へ押し出せば発射準備完了。
バジリスクとの距離は約20メートル。
近距離のためシアはパンツァーファウスト60型を肩に担ぎ、頭部を狙い定める。
背後から竜騎兵が近づいてくる足音に気付いているが、無視した。
「星の彼方までぶっ飛べ――ッ」
ツインドラゴンに襲われた際、洞窟でリュートが言った台詞をシアはマネしてトリガーを押す。
弾頭は『バシュッ!』という発射音と共に、初速45m/秒で飛んで行く。
後方から襲って来ていた竜騎兵達は、発射時の後方発射炎で吹き飛ぶ。
約3キロのTNT魔力炸薬がバジリスクの頭部へと着弾。
腹に響く音を立て、バジリスクの頭部をごっそりと消失させた。
シアはパンツァーファウスト60型の残骸を捨て、AK47を構え直す。後方発射炎で火傷を負いのたうっている竜騎兵に止めを刺す。
シアは役目を終えると、再びリースの元へと引き下がる。
肉体強化術で身体補助。
急ぎ足で戻ると、すでにリースはPKMの準備を整えていた。
「姫様! お待たせしました!」
「シア! すぐに私の後ろへ! 」
リースの焦った声。
シアの背後には何十、何百という竜騎兵達がこちら目掛けて突撃してくる。
捕食すべき兵士達が居なくなったからだ。
竜騎兵は新鮮な肉を求め、エルフ達が集まっているウッドキャッスルを目指すのは必然である。
「姫様! 撤退完了しました!」
「行きます! ファイヤー!!!」
リースが掛け声と共に引鉄を絞る!
ダダダダダダダダダダダダダダダダンッ!
ライフル弾にも使われる7.62mm×54Rが650発/分の速度で発射される!
『発/分』単位は1分間に何発の弾丸を発射出来るか表している。数が大きいほど発射のサイクルが速い。
汎用機関銃の元祖――対空用射撃も考慮したドイツのMG42などは、1500発/分という高速で撃つことが出来る。このレベルになると他の機関銃音とは異なり、『ブォーツ』というような連続音に聞こえる。
第2次世界大戦当時、連合軍兵士からは『ヒトラーの電気ノコギリ』と恐れられた。
しかしこの発射速度は『理論値』でしかない。性能表に毎分1000発と書いてあっても、実際にその数を撃ち続けることは出来ない。
なぜなら弾薬ベルトの長さの物理的な限界があるからだ。あまりに長いベルトは途中で切れたり捻れたりと装弾不良の原因になるし、持ち運ぶのも難しくなる。弾薬のサイズにもよるが、実用的なところではベルト1本200発前後が限界だろう。
『ガギャア、ギャァギャァアァッ!?』
硬い鱗に覆われた竜騎兵だが、7.62mm×54Rが生み出す威力に耐えきれず将棋倒しでバタバタと倒れていく。
リースは約300メートル以上離れた安全な位置に居ながら、嵐のように弾丸を撒き散らし敵を薙ぎ払う。
約20秒ほどで一回目のマガジンボックスを撃ち尽くす。
PKMの銃身が発熱し白い煙を上らせる。
『お……おおおおおおおぉおぉぉぉぉおおぉぉぉぉぉぉぉッ!!!!』
リースの背後。
竜騎兵、バジリスクから避難していた兵士達が一斉に歓声を上げる。
まるでもう勝利したような喜びようだ。
だがリースはこの発砲で自分達の不利を悟ってしまう。
彼女は泥を吐き出すように呟いた。
「このままじゃ突破されてしまいます……ッ」
湧き上がる歓声とリースの苦しそうな表情の対比。
明暗のようにくっきりとその2つが浮き上がった。
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