宮沢賢治「セロ弾きのゴーシュ」は、ほのぼのファンタジーのようで実はかなりしっかりした「演奏家の成長物語」ではないかと最近思った。
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「セロ弾きのゴーシュ」を子供が演劇でやるというので、練習してます。親もこれを期に原作を読み返したりしています。
(以下、引用はすべてここから。話の筋に触れる部分がありますので、ネタバレが気になる方はご注意ください)
あらすじ:
町の映画館付きの楽団「金星音楽団」が演奏会に向けて練習しているが、セロ(チェロ)担当のゴーシュは下手くそで楽長から怒鳴られてばかり。家に帰って夜中に一人で練習していると動物たちがやってきて曲を聴かせろだの一緒に合奏してくれだの言う。最初は怒っていたゴーシュもやがて一緒にやるようになり、動物たちのおかげでめきめき腕を上げて演奏会本番では見事に弾きこなし、仲間からも認められたのでした。おしまい
とまあこんな話です。
動物たちは全部で4匹やってきます。
一番バッター:猫。「シューマンのトロメライ(トロイメライのこと)を弾いてごらんなさい、聞いてあげますから」と生意気を言うので、「印度の虎狩」なる怪曲を弾いて追い返す。
二番目:カッコウ。「外国へ行く前に歌声の練習をしたい」というのでカッコウカッコウとつきあってやるが、「このままだと俺は鳥になってしまうんじゃないか」と思ってやっぱり追い返す。
三番目:子狸。「『愉快な馬車屋』という曲で、ぼくの小太鼓と合わせてください」と言われ合奏する。途中で子狸からうまく合わないよと指摘されハッとする。追い返さずに朝までやる。
最後:野ねずみの親子。「あなたのセロを聞くと動物たちの病気が良くなるんです」と言われ、子供のために「何とかラプソディ」をごうごうがあがあ弾いてやる。死にそうだった子供は元気になり母親に感謝される。
これね、弾き方がどんどん変わっていくんです。
最初の猫にはこうです。
セロ弾きは何と思ったかまずはんけちを引きさいてじぶんの耳の穴へぎっしりつめました。それからまるで嵐のような勢で「印度の虎狩」という譜を弾きはじめました
おわかりですね。耳の穴へハンカチを詰めた。怪曲を弾くから、かも知れませんが要するにゴーシュ君は自分の音すら聞こうとしない。もちろん相手の音も耳に入っていません。こんなことでは「金星音楽団」でも音が合うはずがありません。楽長に怒られるわけです。
ゴーシュ君はそれでも猫を追い出してざまあみやがれと寝てしまいます。これじゃあ練習しても上手になりません。
二番目のかっこう。一緒にやってくれと頼まれ、かっこうかっこうと鳴く相手に合わせて弾いてやります。前夜よりは一歩前進です。
「どうかもういっぺん弾いてください。あなたのはいいようだけれどもすこしちがうんです。」
「何だと、おれがきさまに教わってるんではないんだぞ。帰らんか。」
それでも相手の指摘には耳を貸しません(まあ鳥相手ですからね)。ところが、
はじめはむしゃくしゃしていましたがいつまでもつづけて弾いているうちにふっと何だかこれは鳥の方がほんとうのドレミファにはまっているかなという気がしてきました。どうも弾けば弾くほどかっこうの方がいいような気がするのでした。
相手の演奏(?)を聞くようになって、自分の弾く音と比べはじめました。ちょっと進歩です。しかし最後にはかんしゃくを起こして追い出してしまいます。まだまだです。
三夜めの子狸。こんども自分の小太鼓と合わせてくれと言われ、合奏になります。「愉快な馬車屋」という曲をいい気になって合わせていると、子狸から思わぬ指摘が飛んできます。
おしまいまでひいてしまうと狸の子はしばらく首をまげて考えました。
それからやっと考えついたというように云いました。
「ゴーシュさんはこの二番目の糸をひくときはきたいに遅れるねえ。なんだかぼくがつまずくようになるよ。」
ゴーシュははっとしました。たしかにその糸はどんなに手早く弾いてもすこしたってからでないと音が出ないような気がゆうべからしていたのでした。
前夜には指摘されても怒っていたゴーシュ君、とうとう相手の指摘を受け入れます。
「いや、そうかもしれない。このセロは悪いんだよ。」
セロのせいにしてますがこんなのは「クラリネットこわしちゃった」と同じ言い訳で、要は相手の演奏をちゃんと聞いてないから合わせられないんです。やっと気がつきました。でも気がついたのは大きな進歩です。ゴーシュ君はもう追い出したりせず、素直に子狸と練習を再開します。最初は「お前は狸汁を知っているか」と脅かしてたのにねえ。
そして四番目の夜。野ねずみの親子がやってきて、病気の子ねずみに演奏を聞かせてやってくれと頼み込まれます。
自分の演奏で動物たちの病気が治ることを知る…ということですが、つまりは「聴き手」がいることをはじめて意識して演奏しだすのです。ここにきてやっと「プロ意識」がめざめました。こうなると上達は早い。
本番を迎え、首尾良く演奏し、アンコールまで任されます。ゴーシュはわけもわからず弾いて帰ってきますが、最初
表情ということがまるでできてない。怒るも喜ぶも感情というものがさっぱり出ないんだ。
と怒られていた楽長から
一週間か十日の間にずいぶん仕上げたなあ。十日前とくらべたらまるで赤ん坊と兵隊だ。
と褒められるまでになりました。
でも続けて
やろうと思えばいつでもやれたんじゃないか、君。
なんて言われます。これは「今まで、本気で夜通し練習なんてしてなかったんだろう? もう分かったな、プロならこれくらいやるもんだよ」という意味がある…のかないのかは知りませんが。…ああそのあとで楽長が「いや、からだが丈夫だからこんなこともできるよ。普通の人なら死んでしまうからな。」と言っていたりもするのでまあ「これからは死ぬ気でやれ」ということでしょうか(怖)ゴーシュ君はこれからもセロ弾きに精進する日々が続くのでした。
とまあ、ゴーシュ君はこのようにステップを踏み、実に理にかなった進歩を遂げるのです。
ん、待てよ、最後に楽長が「からだが丈夫だからこんなこともできる」と言ってるのはどういうことだろう。楽長はゴーシュ君が動物たちと一緒に夜通し練習をしていたのを知っていたのだろうか。知っていたならなぜ? 夜中に訪ねてきた「動物たち」とは一体…? あの特訓は、実は……?
(つ づ く)
いや、続きませんが
(たぶん、こういう読み方はすでにあちこちで語られているんだろうけど、とりあえず書いてみる)
参考
「クラリネットこわしちゃった」と同じ言い訳…と書いてますが、あれは男の子視点の歌で「パパからもらったクラリネットが音が出ない!壊れちゃった!」と騒ぎますが、パパから見ると「男の子が下手くそなのでよう音を出せない」というだけですね。「ドとレとミとファとソとラとシの音が出ない!」って、そんなわけあるかよ。ゴーシュ君の「このセロは悪いんだよ」も同じです。たぶん。
なお
子供が劇でやるのは「楽長」の役だそうです。楽長は最初と最後に登場し、最初は練習でゴーシュくんを叱り、最後は本番でゴーシュくんを褒める役割。特に最初の場面は会話ではなく、一人でしゃべり続け(怒り続け)なければなりません。今から「かっこいい指揮」の研究をしているようですがそんなことより先にセリフをおぼえなさい。