第56話 主の条件
黒エルフ編は、TS物ではありません(また今後TS物をやる予定もありません)。
仮に転生者を出す場合は、前世の性別と同じ性別で出すつもりです。
誤解を与えるような書き方をしてしまい申し訳ありませんでした。
「……っ、ここは寝室?」
目を覚ますと、自宅寝室で目を覚ます。
見慣れた天蓋付きベッドの天井で気付いた。
体を起こす。
外は日が落ち、暗くなっていた。
「……まさかこの世界で『田中孝治』の名前を聞くなんて」
いや、自分が死んで前世の記憶を引き継ぎ転生したのだから、他にも似た人物がいるとは思っていた。しかしそれはあくまで前世の誰か。
自分に関わる人物の名前が挙がるとは考えていなかった。
「だいたいあの黒エルフは何者なんだ?」
いくら記憶を掘り起こしても、彼女に覚えがない。
彼女の方も名前は知っているが、顔までは知らなかった――という態度だった。
彼女の背後にオレを転生者と知り接触させようとする人物でもいるのか?
だとしたらなぜその人物が直接会いに来ない、動機も分からないし、どうやってオレを転生者だと知ったんだ? それに『田中孝治』とオレが関係者と知っている? 彼女の背後に居るのは『田中孝治』本人なのか? だとしたらなぜ直接会いに来ない。大体どうしてオレが『堀田葉太』の生まれ変わりだと知っているんだ? 銃器を開発したから連想したなんて無理があるし……
ベッドに座ったまま幾つもの無為な考えが頭を過ぎる。
これ以上はいくら考えても無駄だ。
答えを知るためには直接シア本人に聞くしかない。
オレは溜息をつくと、ベッドから抜け出し1階のリビングへ行く。
スノーとクリス、メイヤがお茶をしていた。
どうやらオレが起きるのを待っていたらしい。
耳のいいスノーは、2階から降りてくるオレに気付いてたらしく、部屋に入ると心配そうな表情で声をかけてきた。
「もう起きて大丈夫なの?」
「ああ、もう大丈夫だ。皆も心配かけて悪かったな」
スノーの頭を撫でた。
クリスは温かい茶々を淹れてくれる。彼女の頭も撫でた。
オレはソファーに体を深く預けて、茶々を一口啜る。
葉の香り、微かな渋み、温かさが意識をさらに覚醒させる。
カップを両手で包みながら、皆に宣言した。
「あのシアという奴隷を買おうと思う」
3人とも予想はしていたのか、不安げな表情をしたが驚きはしていない。
スノーが代表して尋ねてくる。
「それは構わないけど……シアっていう子はリュートくんを知っていたみたいだけど、リュートくんは彼女のこと知ってるの?」
「オレも思い出そうとしたんだが、まったく記憶にないんだ」
「じゃ、彼女が言っていた『タナカコウジ』って何?」
「…………」
やっぱり聞いてくるよな。
だが、まさか彼女達に自分は前世の記憶を引き継いだ転生者で、田中孝治はオレが見殺しにした人物の名前だったと説明する訳にはいかない。
「……すまない、今はまだ話すことが出来ない」
「分かったよ。リュートくんが話してくれるまで待つよ」
『私も待ちます』
妻であるスノー&クリスが、衒いのない笑顔で頷いてくれる。
……オレは本当に良い嫁さんを貰ったな。
そして改めてメイヤに向き直り、頭を下げる。
「というわけでどうしてもあの奴隷、シアを買いたい。けど、金貨250枚なんて持ってないから、すまないがお金を貸してくれないか?」
「頭をお上げくださいリュート様! 前も言った通り、弟子の物は師の物ですわ。つまりわたくしのお金はリュート様の物! 遠慮無く、どんどんお使いくださいませ!」
「ありがとう、メイヤ。でもちゃんと返すよ」
メイヤはその返答に『リュート様はいけずですわ』と不満そうに声を漏らす。
オレは構わず話を続けた。
「明日、奴隷市場が開いたらすぐ買いに行きたいから、一緒に付いてきてくれないか? オレだとまだ14歳で市場に入れる年齢に達していないから、メイヤに付き添って欲しいんだけど」
「分かりました! もちろん喜んで同行させて頂きますわ! では、すぐ一緒に行動出来るように今夜はこちらにお泊まりさせて頂きますわね!」
オレの家への初めてのお泊まりに、メイヤは嬉しそうに笑みをこぼす。
彼女は一度自宅に戻り、泊まる準備を整えてくるらしい。
だったらその間に、夕飯と客室の準備をしようということになった。
とりあえず皆、一度シアのことは表面上忘れて、楽しくお泊まり会の準備を始める。
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翌日、朝食も摂らず奴隷市場が開くいの一番に、メイヤを伴って『奴隷市場ブルーテス』を訪れる。
2階へ上がり受け付けに顔を出すと、すぐ昨日の応接間へと通された。
エノスが今にも倒れそうな青い顔で応接間へ顔を出すなり、床に頭を付ける。
「昨日は、メイヤ様の師であるリュート様に大変失礼な奴隷を面会させてしまい申し訳ありませんでした! 今後はこのようなことが無いよう気を付けますので、どうか寛大なお慈悲をお願いいたします!」
その態度に見覚えがある。
引っ越し先を探していた時、建物斡旋所で担当してくれた男性と同じ態度だ。
どうやら昨日、オレが気絶した後、メイヤに散々怒鳴られ、脅されたみたいだ。
オレはまず顔をあげるよう促す。
「顔をあげてください。むしろ昨日はご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。もう二度とあのような醜態をさらさないので、昨日の奴隷、シアにもう一度会わせてくれませんか? 彼女が許すならですが、是非シアを買いたいのです」
「も、もちろん当店としてはありがたいのですが本当に宜しいのですか?」
「はい、お願いします」
「分かりました。それではすぐに呼びますので少々お待ち下さい」
エノスはそそくさと応接間を出る。
そして約10分少々――昨日と同じように守衛の2人に挟まれシアが姿を現す。
首には魔術防止首輪。手足は頑丈な鎖で拘束され、ボロい上下の衣服を着ている。昨日と同じままだ。
オレは彼女と向き合い尋ねる。
「シア、僕は君を買いたい。だから、どうか僕を主と認めて売られて欲しい。もちろん、乱暴なマネはしないし。君が望めばすぐに解放する。ただいくつかの質問には答えて欲しいんだ」
「……ふん、身なりの割りに大金を随分手早く用意したものだね。そこに居る天才魔術道具開発者殿から借りたのかい?」
頷く。
シアは見下しさらに鼻で笑う。
「所詮、その程度の器か。どうやら君もボクの主に相応しい器ではないようだね」
「たかだか妖精族、しかも奴隷の分際で神より上位のリュート様になんて口の利き方かしら! 自身の身の程を弁えなさい!」
「メイヤ、少し黙っててくれ」
「し、しかしリュート様!」
「僕は黙れと言ってるんだ」
「し、失礼しました!」
思いの外、冷たい声が口から出る。
メイヤは冷雨を浴びる子犬のように震え上がってしまった。
……少し冷たすぎた。後で彼女に謝っておこう。
だが、その前にまずシアをなんとしても買い取らねば。
「じゃぁどうすれば主と認めてくれるんだ?」
「そうだね……それじゃ、ボクと戦って力を示してよ。もしボクに勝てたら『ご主人様』と認めてあげるよ」
「分かった。やろう。もし勝ったら僕を主と認めてもらう。負けた後、やっぱり無しなんて通用しないからな」
「ッ! 侮辱するな! ボクがそんな不埒なまねするわけないだろ!」
「それじゃ、細かい条件を詰めよう」
オレが激昂するシアを無視して淡々と話を進めた。
勝負方法は魔術無しの格闘技。シアに魔術防止首輪が付けられているためだ。目つぶし、金的無し。相手が気絶、戦意を消失したら敗北。対戦場所は『奴隷市場ブルーテス』の1階。あそこなら丈夫だし、中央にある休憩スペースを片付ければ格闘出来る広さもある。壁に囲まれているため朝から店外に迷惑をかけることも無い――と周囲を無視してオレとシアが勝手に勝負条件を詰めていく。
さすがに『奴隷市場ブルーテス』代表を務めるエノスが、割って入ってきた。
「り、リュート様、そういう商品を傷つける行為は買った後やってください。それにうちで暴れられても困ります」
「今からボク達が1階を使うから、休憩所に置いてある椅子類を端に寄せて置いてくれ」
「い、いやですからそういうことは契約を済ませてからに――って! どうして私が奴隷に敬語を使わなければならないんだ!」
「すみません、どうか1階を使わせてください。お願いします」
「確かにまだ早い時間ですから他にお客様は居ませんが、ここは奴隷組合が共同で使っている場所で私の一存では――」
「お願いします」
オレの駄目出しにより、隣に座るメイヤの『貴様まで神であるリュート様のお願いに逆らうというの? 死ぬの? 竜人大陸から住む場所を奪われたいの?』という眼光の方が効果あったのだろう。
エノスがぽっきりと折れる。
「うぐ、ど、どうして私ばっかりこんな目に合わないといけないなんだ……昨日もメイヤ様に怒鳴られ、酷い目にあったというのに……。分かりました! でも、勝っても負けても私に文句を言わないでくださいよ! それからシア、オマエはこの戦いが終わったら絶対に手放してやる! もうこんな疫病神奴隷はまっぴらごめんだ! もう二度と私の前に顔を出すなよ!」
『奴隷市場ブルーテス』代表を務めるエノスの許可を貰うことが出来た。
こうしてオレvsシアのガチファイトが勃発した。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、1月11日、21時更新予定です。
前書きでも書いてますが、TS物ではありません。また今後TS物をやる予定もありません。
仮に転生者を出す場合は、前世の性別と同じ性別で出すつもりです。
誤解を与えるような書き方をしてしまい申し訳ありませんでした。
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