第51話 ニューライフ
午前中メイヤと2人で『戦闘用プロテクター』作りに手を出す。
また時間を取って彼女のハンドガン作りの練習にも付き合った。
彼女はオレと出会い制作方法を知ってからひたすら時間があれば鉄板を頭でなく、体で覚えるためひたすら触ったり、舐めたり、匂いを嗅いでみたり、強度を体感するため殴ったり、囓ったり、頬を押し付け冷たさも実感したりしていた。
他にも紙に何枚も絵を描き、恋人のように一緒の布団で眠ったりもした。
……ハ○ター×ハン○ーでこんなシーンがあったな。
努力はしているが、及第点まで後少しと言った感じだ。
彼女には恩があるから、なるべく協力してやろう。
しかし、天才のメイヤがこれだけ努力してもまだ足り無いのだから、イメージを魔術液体金属に伝えるというのはこの世界の人間には相当な難易度なのだろう。一般の魔術師に教えるのは難しそうだ。
昼食後、オレはスノー&クリスを連れて竜人大陸にある冒険者斡旋組合へと向かった。
冒険者斡旋組合は妖人大陸にあったものと外観は殆ど変わらない。
3階建ての木造で大きさは体育館ほど、冒険者らしき人達がひっきりなしに出入りしている。
「これが冒険者斡旋組合なんだ」
『大きいです』
スノー&クリスは初めてらしく、妙に感動していた。
オレも初めては物珍しがっていたから、その気持ちは分かる。
彼女達を連れて建物内へと入る。
システムも同じで、案内女から番号札を受け取り、スノー&クリスのため新規登録書類も一緒に貰った。
オレはタグの再発行書類を手に入れる。
待たされている間に書類に必要事項を明記していく。
書き終わると、ちょうどオレ達の持つ番号札が呼ばれた。
「うおッ!?」
「……どうかなさいましたか?」
個室カウンターに座り互いに相手を確認すると、オレは変な声を漏らしてしまう。
約4年前、妖人大陸の冒険者斡旋組合でオレの初心者登録を担当してくれた受付嬢だったからだ。
約4年ぶりにも関わらず、見た目の年齢は20台前半、魔人種族らしく頭部から羊に似た角がくるりと生え、コウモリのような羽を背負っている。相変わらず、冒険者斡旋組合服がよく似合っていた。
相手はどうやらオレに気付いていないらしい。
それはそうだ。
約4年前に比べて身長も伸び、顔つきも変わっているのだから。
「覚えてませんか? 約4年前に妖人大陸の海運都市グレイで冒険者登録をした時、お世話になったリュートです。ガルガルを31匹狩った」
「!? リュートさんですか! 生きてらっしゃったんですね!」
受付嬢は『ガルガル、31匹』の所ですぐに思い出し、驚きの表情を作る。
やっぱりオレはあちらで死んでいることになっているようだ。
オレは改めて、彼女に偽冒険者に騙され、魔人大陸に売られた話をする。
現在は無事、奴隷から解放され自由に暮らしていることもだ。
受付嬢は魔族のため、妖人大陸から魔人大陸に近い部署に配置替えしたらしい。
オレが戻って来ないことを心配していたと聞かされた。
自分のミスで彼女にまで心配をかけてしまったことを謝罪する。
「それで今回は自分の冒険者登録の再発行と、彼女達の新規登録をお願いしたいのですが」
「畏まりました。では、書類をお預かりしますね」
彼女は書類を受け取り確認する。
「冒険者登録の再登録はリュート様、他2名は新規登録ですね……んんん?」
受付嬢が書類を凝視する。
「……あのすみません。3人とも既婚に丸が付いているようなんですが」
「それは書類ミスではなく、僕が2人と結婚しているからです」
「はい! わたし、リュートくんの妻です」
『私もリュートお兄ちゃんの奥さんです』
スノーとクリスは嬉しそうに左腕を見せた。
彼女達の腕にはオレが魔術液体金属で作った結婚腕輪が揺れる。
もちろんオレも付けている。
昔はまだ婚約だったので、既婚に丸をつけなかった。
現在はスノー&クリスと結婚式もした身だ。
結婚式といっても、教会で愛を誓い合う物ではない。皆の前で結婚を報告するという形式だ。スノーも交え3人で無事結婚式をあげた。
奥様から腕輪代を渡されそうになったが、さすがに結婚腕輪ぐらい自腹で買いたい。
そこでメイヤに頼み貯めていた貯金分の魔術液体金属を購入。
オレとクリスの分の腕輪を作った。
スノーのよりやや細身でデザインも微妙に違う(無くしていたスノーとの腕輪は作り直した)。
スノー&クリスは、そんな結婚腕輪で満足してくれた。しかしオレ自身は納得いっていない。
もう少し見映えの良い結婚腕輪を将来買って送ろうと1人心の中で決めている。
受付嬢のお姉さんはオレ達の結婚腕輪を見ると、ガルガルを31匹狩る以上に驚いていた。
「そ、そんな! まだ14歳と13歳になったばかりなのに! これだから今時の若い子は! はぁ……いいな~、お姉さんなんてこんな職業してるのに全然出会いなんてないのに。まさかお客様である冒険者さん達に手を出すわけにもいかず――かといって社内恋愛は御法度だし。いったいあたしたちはどこで出会いを求めればいいのよ。親は結婚、結婚、まごまごうるさいし……」
「お、おう……」
お姉さんは突然グチグチと愚痴をこぼす。
もてそうなタイプだと昔思ったことがあるが、どうやら違うらしい。
だがさすがにいつまでも脱線してはおらず、お姉さんは営業スマイルを浮かべる。
「それでは新規登録料に銀貨1枚、再発行分に銀貨5枚ほどかかりますが問題ありませんか? また本来、再発行には面談があるのですが、リュート様の場合は被害者側のようなので厳重注意で済ませます。但し、もう一度このようなことを起こした場合は、実力不足ということで再発行出来ない可能性がありますのでお気を付け下さい」
「わ、分かりました。気を付けます。問題ありません」
同意すると受付嬢が再度書類を確認する。
オレとクリスの書類はスルー。
次、スノーの書類チェックで手が止まる。
「魔術師Aマイナス級!?」
再度の驚きの声に、他の冒険者達もざわめき出す。
「魔術師Aマイナス級って、一握りの天才しか入れない領域だろ?」
「しかもあの若さで……すげぇ」
「よっぽど魔力があるんだな」
「さっき耳にした情報じゃ、あの男が2人の子の旦那らしい」
「重婚!? しかもあの若さで……すげぇ」
「よっぽど精力があるんだな」
冒険者からひそひそ話が耳をつく。
残念! オレはまだ童貞です!
まさか元職場、現在は嫁の実家のブラッド家で初めてをするのもさすがに気まずく、旅の移動中にするわけにもいかない。
メイヤ邸では、彼女達とは部屋がそれぞれ別だ。
まさか知り合いの家で初めてを迎えるのは、彼女達だって気まずいだろう。
夜は一緒の布団で寝てはいるが……。
キスや抱きついたりはしているが、それ以上はまったくしていない。
受付嬢は恐る恐るスノーに尋ねる。
「申し訳ありませんが、級を証明できる魔術師学校卒業証書などはありませんか?」
「学校は妖人大陸の北の方にあって。それにまだ卒業してないので、卒業証書とか持ってません。特待生扱いで卒業は確定してますけど」
スノーの説明に受付嬢は難しい顔をした。
「……申し訳ありません。証明書が無い場合、A級としての特権を与えることは出来なくなるのですが宜しいですか?」
「特権とは?」
オレの質問に彼女は答えてくれる。
「最初から冒険者レベルⅢから始めることができます。また支度金が冒険者斡旋組合から特別に出ます」
「それぐらいなら別に無くてもいいよな?」
「うん、問題ないよ」
「それでは、こちらから魔術師学校に問い合わせてスノー様がAマイナス級なのか確認を取らせて頂きます。時間がかかりますが、確認が取れ次第まだレベルⅢ以下なら、レベルを上げることもできますのでその時は遠慮無く仰ってください」
スノーの確認も取り特権を放棄。
それよりクエスト探しを依頼する。
顔見知りの受付嬢のため分かってますとばかりに、レベルⅠの雑務ではなく魔物退治を提示してくれた。
レベルⅠのクエストは周辺の魔物退治。
狙い魔物はバクパクという名前だ。
クリア条件は、このバクパクを1匹以上狩ってくること。
バクパクは4足獣。
額の角を取ってくるように、と書類に書いてある。
角が魔術薬になるらしい。
クエスト受注を書き込んだタグを受け取る。
オレ達はクエストを受け冒険者斡旋組合を後にした。
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一度、メイヤ邸に戻り装備を調える。
装備はオレがAK47。
背嚢に水筒、角を入れる袋、予備のマガジン×2。『7・62mm×51 NATO弾』を6発×5持つ。これはクリスの予備弾も一緒に持つ形だ。
左右の腰にマガジンポーチに入れたマガジン×2ずつ入れている。
腰の後ろにはナイフを装備した。
スノーは『S&W M10 2インチ』のリボルバー。両ポケットにはスピードローダー2個(6発×2)。正直、彼女の場合は護身用だ。使う機会は恐らく無いだろう。
彼女も腰にナイフを装備する。
クリスはM700Pを取り出しスリングで肩にかける。一応彼女も左右の腰にあるポーチに弾薬を入れた。しかしオレ達とは違って、1発ずつ固定するタイプでポーチひとつに6個×2列。全部で24発持つ計算になる。また念のためクリスにもナイフを持たせている。
メイヤから2頭の角馬を借りて街を出る。
街の外は広い平野がどこまで続いていた。
スノーが1頭、オレが前にクリスを乗せて1頭走らせる。
スノーは角馬の乗り方を魔術師学校で、オレはギギさんに習った。
獲物となるバクパクは、クリスが持ち前の視力で探し見付けてくれた。
約600メートル先でそれらしい魔物がいる。数は3匹。
オレ達は角馬を下り、風下から獲物に近づくことに。
「クリスはまだ弾薬を入れないのか?」
『もう少し近づいてからにします』
彼女はポーチから1発だけ取り出し、ポケットにしまう。
約200メートルほどの距離でオレにもその姿が見えた。
大きさは前世の猪や豚より1回りは大きい。
数は3頭。
角が生え、牙を持つマレーバクのような容姿だった。
見た目はややファンシーだが、その分獲物を貪る姿は異様だ。
遠目でも分かるほど筋肉質で、ただの剣で彼らを倒すのはしんどそうだ。
しかし、自分達にはAK47&M700がある。
無駄にオーバースペック装備だ。
「スノー、クリス。オレ達以外に人は居ない?」
「……うん、大丈夫」
『私も他の人達を見付けられません。ここには私達以外誰もいません』
約4年前の轍を踏まないよう、周囲に自分達以外いないことを確認する。
周囲はだだっ広い草原。
人が隠れる場所などないが、念のため魔術師のスノーと目が良いクリスに確認を取ったのだ。
以後は事前に決めたとおり肉体強化術は使わない。
魔力を察知され逃げられてもめんどうだからだ。
安全装置を解除。
セミ・オートマチックへ。
コッキングハンドルを引き、薬室にまず弾を1発移動。
クリスも1発だけ弾倉に押し込んだ。
歩いてさらに近づくと、さすがにバクパクもオレ達に気付き威嚇してくる。
見慣れない筒を持ち、年齢が若そうだからか怯えず襲いかかってくる。
オレは立射で撃った。
3発の銃声。
クリスは眉間を綺麗に撃ち抜く。
オレは1発で、1頭の眉間を撃ち抜いた。
もう1発は足を撃ち抜き動きを止める。
スノーが魔術で止めを刺した。
わざわざこんな二度手間をするのは、魔力を感じて獲物が逃げないようにするためだ。
オレは落ちた空薬莢を拾い背嚢に入れる。
「スノー、角を切った後、死体を焼いておいてくれ」
「了解だよ」
彼女は軽く返事をしながら、バクパクから角をカットして、死体を焼き払う。
オレは背嚢に入っている小袋へ角を入れた。
オレ達は角馬を降りた場所まで戻る。
角馬達は発砲音に驚き逃げもせず、暢気に草を食べていた。
その後、オレ達は日が傾く前まで草原を移動し、クリスの視力で獲物を発見。
合計で30本ほどの角を確保する。
1人頭10本の計算だ。
真っ直ぐ冒険者斡旋組合換金所へは行かず、一度家に戻ってAK47とM700Pを置いてきた。あくまで用心のためだ。
もちろん冒険者斡旋組合新人記録を塗り替える。
スノー&クリスは冒険者レベルⅡへランクがアップ。オレは据え置き。
こうして順調なニューライフを始めることができた。
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明日、1月6日、21時更新予定です。
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