第48話 手打ち式
奥様を救出して約半月後。
クリスお嬢様&奥様とヴァンパイア当主の間で話し合いの場が設けられた。
場所はクリスお嬢様の友人、ケンタウロス族カレン・ビショップの屋敷。
その訓練場でおこなわれた。
サッカーグラウンドが楽に3つは入るほど訓練場は広い。
さすがに武器商人だけのことはある。
日頃はここで私兵の傭兵達が訓練に励んでいるらしいが、現在その姿は無い。
訓練場には簡素な椅子が向かい合わせに2つずつ、計4つ並べられている。
上座に位置する場所には、木製のテーブルが置かれていた。
その上に見慣れない秤が並び、異彩を放っている。
片側の椅子にブラッド家――奥様とお嬢様が座り、彼女達の背後にオレ、メリーさん、メルセさんが並び立つ。
反対側にでっぷりと太ったヴァンパイア族当主の長兄ピュルッケネン・ブラッドと、痩せて細長い次男のラビノが座り、背後にギギさんと他2名の護衛者が立っている。
上座に当たる場所にカレンが立会人&司会進行役としてその場に居た。
通常、このような話し合いの場は室内でおこなわれる。
だが今回はブラッド伯爵家の提案で野外で話し合いの場が持たれたのだ。
天気は相変わらず曇りだが、風もなく、気温も程よく暖かい。
外での話し合いに特別支障はなさそうだ。
誰もが押し黙る中、カレンが皆を見回し、司会役を務める。
「ではこれより、ヴァンパイア族ブラッド家に属する者達による話し合いを始めたいと思います。立会人はホース家、長女カレンが務めさせて頂きます。この場での暴力、それに準ずる行為をした場合、ホース家と敵対関係になることをお忘れなく」
ホース家はこの街でトップクラスの戦闘集団を抱えている。
ホース家を敵に回す意味が分からない者はいないだろう。
ヴァンパイア族当主ピュルッケネンが手を挙げる。
「この話し合いでホース家が、ブラット家の肩を意図的に持った場合はどうするのかね?」
「ホース家の名に誓って、公平さを欠く事は絶対にありません。もし不当に一方の利益を優先した場合、多額の賠償金・納得いただける諸権利を差し出す所存です。またそのような不正を防ぐため『真実の秤』も持参させていただきました」
『真実の秤』。
魔術道具だ。
秤の両端に羽を置く。片方が白で、片方が黒。
秤に手のひらをかざし、公平に執り行うことを責任者、今回はカレンが宣言をした場合――もし彼女が一方的にお嬢様の肩を持つようであれば、白い羽の方に傾く。反対にヴァンパイア族の肩を持てば黒い羽の方に傾く。それ以外のことでは絶対に秤や羽は動かない。
裁判などでも使われているらしい。
「確認しても?」
「はい、かまいません」
「おい、ラビノ!」
「ああ、兄者」
2人は立ち上がり、『真実の秤』が本物かどうか確認する。
手で持ち裏側を見たり、羽を触ったり、手のひらをかざしてちゃんと魔力が篭もっていることも確認する。
満足行くまで確かめると席に戻った。
「ブラッド家の方々、ご確認は?」
「わたくし達の方は問題ありませんわ」
お嬢様も頷き辞退する。
「では、これより会合を開かせていただきます」
カレンが手のひらを真実の秤にかざす。
「カレン・ホースは一切の私情を捨て、公平に会合を進行することを誓います」
真実の秤が淡く発光する。均衡はもちろん保たれたままだ。
これで準備は万全。
最初に口火を切ったのはヴァンパイア族当主のピュルッケネン・ブラッドだ。
「我々はヴァンパイア族当主、そしてブラッド伯爵家家長代理として約半月前の深夜襲撃は許すことは出来ない! 今すぐ法と秩序を守る警備兵に突き出したいぐらいだ! しかし我々も鬼ではない。ヴァンパイア族の家名に泥を塗るようなマネはしたくない。だから、手打ちとしてセラス・ゲート・ブラッドとクリス・ゲート・ブラッドの身柄引き渡しを要求する。もしこの条件を受け入れれば、今回は矛を収めよう」
「さすが兄者だ、その通りだ!」
ピュルッケネンはまるで自分が正義の使者のような態度で椅子に踏ん反り返る。
次男のラビノは相変わらず追従しかしない。
この条件を奥様は一蹴する。
「わたくし達は貴方のような人をブラッド伯爵家家長代理などに認めた覚えはありません。人質を取り家長の座を掠め取った盗人などを……ッ」
「ふん! あれは家督争いで起きた不幸な事故のようなものだ。だいたい家督争い自体、魔人種族内ではありふれた一族内のごたごた、他種族でもよくある話だ。恨まれる筋合いはない」
ピュルッケネンは人質に取った張本人に罵られても、余裕の態度を崩さない。
まったく面の皮が厚いやつだ。
さらにピュルッケネンは畳みかける。
「第一、ブラッド伯爵家の現家長は運悪く奴隷に落ちて現在は行方不明だそうじゃないか。だからこそ我々は親切心で家長の座に納まってやって居るんだ。感謝こそすれ、罵られるとは心外の極みだよ」
「……それなら問題はありませんわ。家督はうちの娘、クリス・ゲート・ブラッドに相続させますから」
この台詞にさすがのピュルッケネンも狼狽する。
彼は唾を飛ばし、罵声を浴びせた。
「馬鹿な! 家長がいない今、勝手に家督を引き継がせるとは!? しかも魔術師としての才覚も無い、無能の小娘に! 子供にブラッド家の家長など勤まるわけがないだろうが!」
今度は逆に奥様が余裕の態度を崩さない。
「運悪く主人は奴隷に身を落として現在は行方不明中。ですからわたくしの判断で娘に家督を継がせると判断したのですわ。もし仮に主人がここにいたら反対しないでしょう。そして確かにまだ娘は12歳。成人までの15歳には少々時間があります。なのでその期間は力不足ではありますが、わたくしが家長代理を務めさせて頂きますわ」
ヴァンパイア家当主、ピュルッケネンと次男ラビノの顔色が赤くなったり、青くなったりする。
自分の発言を利用され反論されてしまった。
投げたブーメランが自分に刺さった形になる。
奥様はさらに追い打ちをかけた。
「それに娘は確かに魔術師としての才能はありません。しかしブラッド家の家督を継ぐだけの才覚はありますわ」
「こ、言葉だけ並べるなら子供でも出来るわ! 我々が納得するだけの証拠を見せてみろ! 証拠を!」
ピュルッケネンはようやく見付けた反論の箇所に駄犬のように食いつく。
そのエサが致死毒性を含んだ物とも知らずにだ。
「それでは証明してみせましょう。カレンさん、証明のためある魔術道具の実演を行いたいのですが、よろしいですか?」
「私は構いません。ピュルッケネン様、問題はありませんね?」
もちろんピュルッケネン側が拒否する理由がない。
カレンは同意を取り付けると、許可を出した。
彼女の合図にオレが『ある魔術道具』を持ってくるため、その場を一時離れる。
カレンの屋敷から金属ケースを丁寧に抱えて持ち運んでくる。
さらにカレンの家の使用人達が、約300メートル先に木で出来た人形を運び、金属製の甲冑一式を着せる。
「「?」」
ヴァンパイア族当主&次男は首を傾げた。
ギギ達は襲撃の夜を思い出したのか、大量の冷や汗を浮かべ震え上がる。
お嬢様は慣れた手つきでM700Pを取り出す。
弾倉を詰め込み、ボルトを前後させる。
スコープは無し。
お嬢様は席からやや距離を取る。
肉体強化術で身体能力向上。
オフ・ハンドの立射で約300メートル先の甲冑を狙う。
左手で銃床を支え、右手の指先がそっと引鉄に触れる。
ダン!
弾丸は右腕の付け根を弾き飛ばす。
お嬢様は慣れた手つきでボルトを前後させ薬莢を排出。
ダン!
胸プレートを貫通。
薬莢排出。
ダン!
右足の付け根を吹き飛ばす。
薬莢排出。
ダン!
次は左腕の付け根を吹き飛ばす。
ダン!
最後に弾丸はフェイスマスクの薄いスリットの右目を突き刺し、頭部をはじき飛ばした。
ヴァンパイア族長兄&次男が呆然とする。
オレがお嬢様に代わって発言をする。
「カレン様、お嬢様は一身上の都合で声が出せません。今の攻撃――射撃に関してのご説明を自分がしても宜しいでしょうか?」
「ヴァンパイア族当主、問題はありませんか?」
カレンが許可を求める。
彼らは頷くしかなかった。
オレは一度咳払いして、説明を始める。
「自分はブラッド家執事見習いの人種族、リュートと申します。僭越ながら、先程の魔術道具に関してご説明させて頂きます」
皆の視線が全てオレに集まる。
「お嬢様がお持ちになっている魔術道具は、スナイパーライフル『M700P』と呼ばれる物です。このような――」
ポケットから『7・62mm×51 NATO弾』を取り出し見せる。
単三電池の約1・5倍ほどの大きさだ。
「この弾丸と呼ばれる弾を撃ち出します。有効射撃距離は約1・5キロメートル。お嬢様がその気になれば肉体強化術無しで1キロ圏内なら標的の頭部、足、腕、胸……お好きな場所に弾丸を撃ち込むことが可能です。さらに銀などの各種特殊効果を弾丸に付与することも出来ます」
つまり、1キロ圏内なら相手が散歩中、食事中、買い物中、トイレ、入浴、夜伽――魔力の気配を察知されず対象者を暗殺出来ると匂わせているのだ。
実際の実用的有効射撃距離は約900メートルだが、交渉の席だからこれくらいのハッタリは許されるだろう。
「しかもお嬢様の腕は超一流。昼夜を問いません。むしろ夜間の方がお得意だそうです」
奥様がオレの発言を引き継ぐ。
「確かお2人には、可愛らしい娘さんと息子さんがいらっしゃいましたわよね? 後、奥様のご親戚、姪なども」
「「!?」」
ヴァンパイア族当主と次男は熱くもないのにびっしょりと顔中に汗を掻く。
この遠回しな脅しが口だけだったら一蹴出来た。
しかし今、目の前で嫌と言うほど実演された。
では常に狙撃に怯え約1キロ四方を警戒し続けるか?
しかも自分自身だけではない。
娘、息子、妻、姪、親戚全員を!
不可能だ。
現実的ではない。
何より常に死の恐怖に怯え続けるほど心身を消耗することはない。
奥様は最後通牒を突き付ける。
「こちらの要求は1つのみ。二度と我がブラッド伯爵家に手を出さないこと。もしその禁を破った場合、貴方や親しい人々の皆さんに不幸が訪れますわよ」
ヴァンパイア族当主と次男が白旗を揚げるのに、数分も要しなかった。
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会合の後、ヴァンパイア族当主&次男は、ギギ達を置いて逃げるように帰ってしまった。
彼らは前から多額の借金があり、それ故に伯爵家を手に入れようとしていた。そして伯爵家の領地や事業を完全に手に入れた事を前提に、来年分の金までも借金し使いまくっていた。
ピュルッケネン達は伯爵家から金をかき集め持ち逃げしようとしていたが、それは既に押さえている。奴らは自分が掘った穴に埋まり、破産する羽目になるだろう。
その後、彼らがどうなろうとこちらの知ったことではない。
ギギを除いた2人の護衛者も『やってらんねーよ』という態度でホース家を後にする。
その場に、ギギさんだけが残った。
オレは約半月前、尋ねた台詞を再度問いかける。
「ギギさん……どうしてブラッド家を裏切ったんですか?」
「――自分は、獣人大陸の奥にある山岳を根城にしていた山賊の両親の間に生まれた」
ギギさんがゆっくりと過去を語り出す。
だが、山賊達は若かりし頃の旦那様が率いる冒険者達によって討伐された。その時、両親や仲間達が命を落とす。もちろん旦那様が直接殺した訳でも、意図して殺害しようとした訳でもない。
戦った結果、命を落としたのだ。
ギギさんは捕縛されると治安維持部隊の兵に引き取られた。
当時はまだ子供だったため、縛り首にはならず奴隷として売られた。
幸い、魔術師としての才能があったため酷い扱いはあまり受けなかったらしい。
魔術師としての才能を伸ばす機会も与えられた。
そして当時の主が亡くなると、親族がギギさんを手放した。
奴隷館に売られて次に買われた先が、ダン・ゲート・ブラッド伯爵家だ。
ギギさんは魔術師としての腕、前主人の時の従順さが評価された。
ギギさんは旦那様に出会うと、すぐに自分達を捕縛した冒険者達のリーダーだと察する。
まぁ旦那様みたいな人が2人、3人いても困るが……。
自分では正面から挑んでも、奇襲をしかけても勝てないと理解していた。
だが、ギギさんは復讐の機会をずっと狙っていたのだ。
「自分の親、当時一緒に居た山賊の仲間達がどれだけクズだったのか、今ではよく理解できる。だが、俺にとっては家族だ。俺を庇って死んでいった家族なんだ……なのに仇が目の前にいて、何もしなかったら死んでいた仲間達に顔向けなど出来ない。だから、俺は――」
そのため取った手段がヴァンパイア族当主&次男と手を結び、奥様を人質に取る――というものだ。
ギギさんはその場に胡座をかく。
「……これが裏切った動機、真相だ。後は煮るなり、焼くなり好きにして欲しい」
彼は一切の抵抗をしないと示すように体から力を抜く。
剣呑な雰囲気を漂わせながら、奥様が一歩出た。
「ッ……」
旦那様の安否は未だに分からない。
ギギさんの働きかけによりブラッド家に死者や男性に乱暴されたメイド達がいなかったとはいえ、損失は莫大。
一介の使用人でしかないオレに、奥様を止める資格は無い。
オレが苦しそうに俯いていると、腕に温かな手が重ねられる。
顔を上げると、お嬢様がオレを安心させるように微笑む。
「ギギ、貴方の処遇を伝えます。ブラッド家を裏切った罪として……我が夫であるダン伯爵を探し出すこと。今回の事件で迷惑をかけた方々に対して謝罪をして回ること。そして――最終的な処分は夫が決める。以上です」
「……奥様?」
さすがのギギさんも罰の軽さに、唖然とした顔をして見上げる。
「自分はあなた方を裏切り、奥様を銀のナイフで刺し、監禁をしたんですよ! なのに即座に復讐をしないなど……ありえない! 命じていただければ自害だって致します!」
被告人であるギギさんが怒りで声を荒げた。
しかし奥様は涼しい顔で受け流す。
「確かにブラッド家を裏切ったのは重罪。ですが主人はギギが昔、捕らえた山賊の子供だと最初から知っていましたよ。裏切られる可能性を想定済みで雇用したのです」
「!?」
意外な事実にギギさんは珍しく驚きの表情を作る。
「なのに何時の間にか誰よりもブラッド家のことを真剣に考えるようになったので、夫もわたくしも油断してしまいましたわ。なのでわたくし達の失態も鑑みて、全てを夫に委ねたいと思ったのです」
ギギさんはメリーさん、メルセさん、他使用人達と同じぐらいブラッド家を本気で愛し、考えていた。それは普段無口無愛想な彼から、伝わってくるほどあからさまだった。
でなければ裏切った家人に対して、『自分に対する罰が甘い』『命じてくだされば自害する』など忠誠心の高い台詞は出てこない。
だから、旦那様達は完全に油断してしまったのだろう。
ギギさんの復讐心は本当だったのだろう。
だが同時に長い年月を旦那様、奥様、お嬢様、他使用人達と過ごしたせいで、ブラッド家を愛する気持ちが芽生えてしまったのだ。
だが、長年抱えてきた復讐心――自身で決めた『親の仇を討つ』ということも、無かったことには出来なかったのだろう。
オレとお嬢様があの日館から逃げ出すことが出来たのも、ギギさんがオレが戦いに参加するのを止め、お嬢様を守れと言ったからだ。
旦那様の命が取られなかったのも、もしかしたらギギさんが裏で働きかけていたという事が大きかったのではないか?
今回死人などが出なかったのも、ギギさんがブラッド家への忠誠心と復讐心の間で揺れていたからなのかもしれない。
奥様はギギさんに厳しい視線を向ける。
「罪を償うまで自害という逃げなど許しませんわよ。ブラッド家の元警備責任者として恥ずかしくないよう振る舞いなさい。まずは夫を探し出すこと。分かりましたね、ギギ」
「――不肖、ブラッド家、元警備担当責任者ギギ。謹んで罪を償わせていただきます。……必ず旦那様は見つけ出します。この命に賭けて」
ギギさんは居ずまいを正し、両手の拳を地面に付け深々と頭を下げる。
雨など降っていないのに、渇いた地面にぽたぽたと雫が落ちているのはきっと気のせいだろう。
しかしギギさんはなぜ、もっと早くこの計画をしかけなかったのか?
わざわざオレを鍛えることをしなければ――さらにお嬢様が部屋から外に出られるよう協力せずにさっさと計画を実行していれば、彼女を城外に逃がすこともなかっただろう。
オレとお嬢様が逃げれば、何らかの手を打ち、ピュルッケネン達を追い落とす可能性は高かった筈だ。銃を持って少人数で戻ってきたのは予想外だったろうが、お嬢様の存在を生かせば何らかの手を打つことは出来る。取引をすればカレンの実家を動かすことも可能だろう。
もしかしたら……ギギさんは初めから失敗して死ぬつもりで計画を建てていたのかもしれない。
だが、今その事実を問い詰めるのは野暮過ぎる。
オレは黙って思い至った推論を胸の奥へと沈めた。
こうして第二次ブラッド家襲撃事件は、旦那様の行方を除いて完全に幕を下ろした。
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400万PV突破! やっふぃーーー!
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