第43話 夜の女子会
スノーと寝室を共にした翌朝。
ケンタウロス族のカレン・ビショップは魔人大陸へ戻るため、メイヤ邸を後にした。
オレ達はもう少しゆっくり滞在することを勧めたが、本人は早く他2人の親友にお嬢様の無事を知らせたい&メリーさん達に作戦を伝えたいから、と、矢のように飛び出してしまった。
さすが武人系女子。
脳筋だ。
スノーは引き続きメイヤ邸に滞在。
さらにスノーには、オレの代わりにクリスお嬢様の体術&剣術訓練を担当してもらった。
オレとメイヤはその間にM700Pの制作に集中する(メイヤは手伝い程度だが)。
衣食住や魔術液体金属も提供してもらっている手前、銃の知識を教授していたが、時間が無いのでスナイパーライフル制作に集中することをメイヤに了承してもらった。
このお礼は旦那様と奥様を救い出した後、必ずすると約束した。
現在のスケジュールを現すと以下になる。
午前――オレとメイヤはスナイパーライフル制作。お嬢様は魔力コントロール。
午後――オレとメイヤはスナイパーライフル制作。お嬢様はスノーと体術&剣術練習。また最近はお嬢様の訓練内容に、リボルバーと突撃銃の発砲練習も追加している。
これが最近の1日だ。
お嬢様は弱音を吐かず運動し続けたことで、体力も人並み以上になった。
体術&剣術も、自分の身を守る程度には出来るようになる。
その一方で、お嬢様の射撃の腕前は天性の才能としか言えないレベルだ。
彼女にスナイパーライフルを持たせるのが待ち遠しい。
で、肝心の製作進行というと……ライフリングを刻むための芯棒さえ出来れば、本体制作はそれほど難しくない。
芯棒を魔術液体金属に漬け、コールドハンマー法の如く棒周辺に銃身をイメージ制作する。
振動を抑えるため太い(肉厚の)重い銃身をイメージした。
銃身を長くすれば照星・照門の距離が取れて『狙いの誤差』が検出しやすくなるメリットがあるが、長くすると先端部分が振動で大きくブレる可能性がある。そのため銃身を肉厚にする。
ライフルの銃身はだいたい500mmくらいあれば十分とされているが、今回制作するM700Policeの銃身長は、660mm。
この銃身長の長さによってより精密な命中精度を叩き出しているのだ。
また重くすることで安定するメリットもある。だが、あまり重量を増やすと持ち歩くのが大変なため、太い銃身の外側に溝を掘って軽くする等の工夫も必要となる。
しかしヴァンパイア族は人種族より腕力がある。お嬢様も例外ではなく、肉体強化術無しで腕相撲をしたらオレの方が負けてしまうほどだ。
他にも銃身で気を付けている点は、銃口に『クラウン』――と呼ばれる角度をちゃんと付けていることだ。
銃身の先端、銃口は傷が付きやすい部分だ。
銃口部分に傷があると、銃口から弾が放たれる瞬間、傷部分にガスが(ほんの僅かではあるが)偏り弾丸の軌道に影響を与えることがある。
銃口は銃身を切ったままの切断面で無く、角を取っている。その方が傷つきにくいからだ。これを『クラウン』と呼ぶ。
他にも機関部(銃身やボルトが付いた部分)と銃床を密着させることを『ベディング』という。
機関部と銃床が密着していないと、接する所が安定する『面』ではなく不安定な『点』になるため、命中精度が悲惨なことになる。
反面、銃身と銃床を密着させてはいけない。
発砲する際、銃身はどうしてもごく僅かな距離ではあるが、激しく振動してしまう。その時、銃床にぶつかったら、ますます振動が激しくなり、さらに毎回異なる振動を起こし命中精度を下げてしまうからだ。
だから銃身を銃床から1mm以上浮かしている。このように銃身を銃床から浮かせていることをバレル・フローティング(またはフローティング・バレル)と言う。これによって発砲時銃身は(弾と火薬が同じであれば)毎回同じ振動が起こり、命中精度には影響が少なくなる。
さらにスナイパーライフルが他の銃器と違う点は、引鉄にある。
普通の軍用ライフルの引鉄の重さ(引鉄を引き落とすのに必要な力。トリガープル)は約3キロ以上あるが、スナイパーライフルではその半分以下と軽くなっている。このように僅かな力で動く引鉄を『フェザータッチトリガー』と呼ぶ。
しかしこれだけ軽い引鉄でも、引鉄を弾が進む方向と同じ方向、つまり真っ直ぐ後ろへ引かなければ発射する弾に影響し、弾丸はほんの僅かでもそれてしまう(前後の揺れは弾道にあまり影響が無い)。
そうならないためにもスナイパーは自分を引き金を引く人間とは思わず、自らを石だと言い聞かせ銃と一体となる、等の逸話がある。また旧日本軍では引鉄を引く時は『闇夜に霜の降る如く』と教えていたとも言われている。
人間の身体は、生きているが故に息もすれば心臓も動く。完璧な静止は不可能。
それ故に様々な工夫が必要ということなのだろう。
スナイパーライフル本体にはまだまだ注意しないといけない点は多いが、製作については細心の注意を払えばほぼ問題は無い。あるとしたら弾薬の方だ。
リボルバー、AK47の時もハンドガン本体より、製作で一番苦労したのが弾薬の方である。
制作する弾薬は7・62mm×51だ。
大きさは単三電池の約1・5倍ほど。
300メートル先を狙う場合この弾薬を使う。
これにどれぐらいの時間がかかることやら……。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
夜、オレの部屋の扉がノックされる。
相手は決まっている。幼なじみで婚約者のスノーだ。
彼女とは再会してから毎日、夜は一緒のベッドで眠っている。
お陰で自制するのが本当に辛い……。
しかし今夜はどうも様子がおかしい。
扉をあけると、スノーは開口一番謝罪を口にする。
「ごめんねリュートくん、今夜は一緒に寝られないの」
「別に構わないけど、なにかあったのか?」
「昼間、クリスちゃんから夜のお茶会に誘われちゃって、2人で色々お喋りしようって約束しちゃったんだ」
なるほどパジャマパーティー的イベントか。
「リュートくんの執事生活を教えてくれるっていうから、凄い楽しみなんだ。……それに、色々気になることもあるし、お話したいなって思って」
「了解。それじゃしかたないな。けど、あんまり夜更かしするなよ。お嬢様にもそう言っておいてくれ」
「ふふふ、リュートくんまるでクリスちゃんのお母さんみたい」
「お母さんじゃなくてオレはお嬢様の執事だよ」
「そうだったね。それじゃまた明日ね。お休みなさいリュートくん」
「おう、お休み」
オレはスノーと挨拶を交わすと、早々にベッドへ潜り込む。
今頃はスノーとお嬢様は、楽しい楽しいパジャマパーティーをしているんだろうな。
スノーと再会して久しぶりの独り寝は、やっぱりちょっと寂しかった。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
翌朝、着替えていつも食事を摂る部屋の前で、スノー&お嬢様と出会う。
2人共やっぱりちょっと眠そうだ。
2人共ドラゴン・ドレスに袖を通している。
どちらも似合いすぎていた。
「おはようスノー、おはようございますお嬢様」
「おはよう、リュートくん」
「ッ」
スノーはいつも通り挨拶を返してくれたが、お嬢様は顔を真っ赤にして彼女の背後に隠れてしまう。
その態度にショックを受ける。
お嬢様とはそろそろ約2年以上の付き合いになる。
未だに距離を取られるとは思わなかった。
(え? オレなんかしたか?)
朝から困惑顔になるオレが面白かったのか、スノーがくすくすと可笑しそうに笑う。
「リュートくんショック受けすぎだよ。ちょっと昨日の夜、リュートくんについて色々話してたから照れてるだけだよ」
「ちょっと待てスノー。一体オレの何を話したんだ」
『だ、駄目ですよ、スノーお姉ちゃん! あのことはまだ私たちの間だけの秘密なんですから!』
「大丈夫、リュートくんにも話さないよ」
2人はオレを置いて姉妹のように仲良く部屋に入って行く。
オレは1人取り残された。
(オレの話ってなんだ? スノーは『色々』って言ってたよな……ま、まさか孤児院時代の脱糞や失禁した時の話をしたんじゃないだろうな!? だとしたらお嬢様が赤面したのも頷ける! うおおおぉぉ! マジか! オレの紳士的イメージが大暴落じゃないか!)
「どうかなさいましたか、リュート様?」
部屋の前で1人身悶えているオレに、メイヤが話しかけてくる。
オレは彼女の呼び声も無視して、ただひたすら身悶え続けた。
こうして、ここに来てから数ヶ月が過ぎ去る。
――救出作戦決行の時は、着実に近づいていた。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、12月29日、21時更新予定です。
明日はいよいよ救出作戦決行! お楽しみに!
また活動報告で、感想返信を書きました。
よかったら覗いていってください。
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