第34話 戦
第34話、第35話、第36話、第37話の計4話を連続で更新しました。
『第31話 お買い物』修正しました。
ご報告ありがとうございます!
クリスお嬢様に付き添い、お嬢様の友人であるカレン達を見送る。
そしてその後、お嬢様が自室へ戻るのに付きそった。
メイド長のメルセさんがお嬢様の気分を和らげるため香茶を煎れている。
お嬢様はベッドの端に腰掛けながら、心配そうな表情をしていた。
『お父様達は大丈夫でしょうか……』
「大丈夫に決まっています。相手が誰だろうと、こちらには魔術師A級の旦那様がいらっしゃるんですよ? 万が一にも負けることなどありませんよ」
メルセさんが香茶を煎れて戻ってくると、お嬢様の相手を彼女に代わって貰う。
「少々席を外しますのでお嬢様をお願いします」
「……分かりました。無理をしないように」
「?」
メルセさんは察したらしく、すぐに許可をくれた。
しかしお嬢様はさらに不安げな顔で、オレの裾を小さな手で掴んできた。
『リュートお兄ちゃん、どこへ行くつもりですか?』
「ご安心を。自室に忘れ物があったのを思い出したので、取りに戻るだけです」
『……そう、ですか』
お嬢様も察したらしく、暗い顔だが小さな指を離した。
何かを堪えるような苦い笑顔を健気に作る。
『気を付けて、行ってらっしゃい』
「はい、行ってきます。すぐに戻ってきます」
オレはお嬢様の自室を後にすると、大広間へ急ぎ戻った。
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「駄目だ。リュートを連れて行くことは出来ない」
旦那様達は大広間で準備を進めていた。
残った料理は陶器の器に入れて、即席の野戦食にする。
武器庫から武器や防具類を取り出し、傷の有無を確認していた。
旦那様は既に上着を脱ぎ、シャドーボクシングのようなことをして体を温めている。
奥様はメイド達が運び込んだ装備を慣れた様子で身に付けていく。
恐らく海賊狩り時代使っていた武器・防具なのだろう。
戦準備の指揮を執っていたギギさんに駆け寄り、自分も今回の戦に参加したい旨を伝えた。
先日の1件――お嬢様だけじゃなく、旦那様方皆を侮辱したあの馬鹿兄弟の顔に1発入れないと気が済まないからだ。
しかしギギさんは一蹴する。
オレは食い下がった。
「どうしてですか! オレなら魔術も多少は使えますし、戦力になるはずです!」
「駄目だ。リュートはお嬢様の護衛だろ? 任務を放棄して戦場に出てどうする。第一、戦の経験など無いだろう? 未経験者を連れて行っても足を引っ張るだけだ」
ギギさんの正論に言葉を詰まらせる。
旦那様側の参加人数は少ない。
50人に満たないだろう。
しかし皆、前回の戦を経験している人達や昔から付き合いのある元冒険者ばかり。
そのため連携など文句の付けようがないレベルだ。
そこに未経験で場数を踏んでいない新人が入る方が、不協和音の原因になりかねない。
さらに執事長のメリーさんまでギギさんの味方をした。
「そうですよ、リュート。貴方はお嬢様の護衛兼血袋。今回の戦は私達に任せておきなさい。何、あんな烏合の衆、私達にかかればあっという間に殲滅ですメェー」
確かにこちら側には旦那様がいる。
他の使用人達の士気も高い。
一部戦に参加するメイド達は殺気立ち、メイド服の上から鎧や楯、武器を手にしていく。
料理長のマルコームさんも参戦するらしく、体中に包丁をぶら下げていた。
何かのホラー映画っぽくて滅茶苦茶怖い。
だがオレは食い下がる。
「た、確かに戦の経験はありませんが、きっと何かの役に……」
「駄目だと言ってるだろ、諦めろ。それにリュートはお嬢様の側にいろ。そして……お嬢様を命に替えても守ってくれ。頼む」
「ギギさん?」
ギギさんが妙に迫力ある目力と声で頼んでくる。
一瞬、疑問に思ったが彼は再び準備に取りかかった。
「ギギ、念のため銀毒を治療する反銀薬を用意するように。もちろん備蓄してありますメェー?」
ヴァンパイア族は前世の世界に出てくるドラキュラのように銀が毒となる。
この毒は通常の解毒剤では除去出来ず、ヴァンパイア族にとっての天敵。
銀毒に犯された場合専用の薬品、反銀薬でしか治すことが出来ない。
だから普段の食器やアクセサリーにも銀製品をまったく使っていなかった。
「もちろんだ。いざという時に十分対応出来るよう警備長の責任として準備してある。もう馬車に詰め込むよう指示も出し済みだ」
「さすがギギ、仕事が早いですメェー」
これ以上いたら、邪魔になるだけだ……。
オレは一礼して大広間を後にした。
啖呵を切って家出したのに出戻って来た子供のように、お嬢様の自室へと帰ってくる。
ノックをして、返事の後、扉を開いた。
「失礼します。申し訳ありませんでした離席してしまい」
お嬢様はオレが顔を出すと、安堵の溜息を漏らす。
『お帰りなさい、リュートお兄ちゃん。忘れ物は見付かりました?』
心配させた仕返しなのか、お嬢様は珍しく意地悪な返しをしてきた。
オレは微苦笑を浮かべ、
「いえ、大切な忘れ物はここにあることを思い出して、急ぎ戻って来ました」
お嬢様はオレの返答を聞くと、恥ずかしそうに頬を染めミニ黒板で顔を隠す。
お嬢様は反応が本当に可愛らしいな。
「こほん」
メルセさんの咳払いでピンク色だった空気が、通常の物に戻る。
彼女は口元を少し弛め、
「それでは旦那様方の勝利と無事を願って、私達はお城でお待ちしましょう」
メルセさんの言葉にオレ達は頷く。
オレもこれ以上一緒に行って戦いたいと我が儘を言わず、彼らの勝利を願うことにしよう。
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――第三者視点――
ヴァンパイア族本家当主、ピュルッケネン・ブラッド。
ラビノ・ブラッド
彼らの下に付いているヴァンパイア族本家の魔術師Bマイナス級以上が約50人。
他、冒険者斡旋組合で依頼し掻き集めた傭兵が約950人以上。
合計約1000人ほど。
対する伯爵家はダン・ゲート・ブラッド伯爵を筆頭に、セラス・ゲート・ブラッド。
警備長のギギ、執事長のメリー、料理長のマルコーム。
他、使用人40人以上。
合計約50人。
戦力差は20倍。
しかし伯爵側は誰1人悲観しておらず、悲壮感は全く無い。
むしろ余裕の態度を崩さなかった。
両家が向かい合っている場所は、リュート達がプレゼント選びに行った街から約2時間ほど離れた平野。
魔人種族は互いの一族内の問題に口は出さない。
だが他種族に迷惑がかかるようなら話は別だ。
そのため問題を起こす場合、他種族に迷惑をかけないよう配慮するのがマナーとなっている。そのため、人の居ない開けた場所が選ばれたのだ。
「逃げ出さずよく来たな愚弟! 今日こそ貴様がヴァンパイア族に行ってきた叛逆行為を正す時! 必ず成敗してくれる!」
太った長兄のピュルッケネンが無駄に豪奢な甲冑に身を包み、真っ白な角馬に乗って怒声をあげる。
横にいる身体の細い次男のラビノも、ピュルッケネンの言葉に大きく頷き、下卑た表情を浮かべている。
「反逆行為とは前回と同じ一族の資金を不正に使った――というものですか? 我輩の魔術師学校資金を不正とは……。第一その資金は一族に援助という形で倍額以上仕送りしてるではありませんか」
「だ、黙れ! 金を戻せば罪が消えると思うなよ!」
「兄者の言う通りです!」
「まったく兄君達は相変わらず執念深いですな。いい加減、我輩のことなどほっておけばいいのに」
対して伯爵は呆れたような溜息をつく。
そんな態度がさらに相手の神経を逆なでした。
「お、オマエは昔からそうだ! 三男坊の分際で魔術師の素質を持ち、A級にまで上り詰め寄って! 弟の分際で! 身を弁えろ! かかれ者共!」
ピュルッケネンの掛け声で傭兵達が一斉に駆け出す。
魔術師達は全員バラバラに魔術を唱え始めた。
「兄君は本当に変わらないですな」
伯爵は皆に片手を上げ1人歩き出す。
自分がやるから控えろと言うことだろう。
上半身裸の2メートル半はある筋肉の塊が優雅に歩いてくる。
ヴァンパイア一族本家の魔術師達が一斉に伯爵へ向け魔術を放つ。
氷の刃、炎の槍、水の矢、風の鞭――小手調べなのか傭兵を傷つけないためか、初級の攻撃魔術が雨霰と伯爵に降り注ぐ。
「ははははははは! うむ、前より練度をあげているな。感心、感心!」
伯爵は大量の攻撃魔術を浴びながら変わらぬ速度で足を進める。
体に毛ほどの傷も付かない。
「くたばれ!」
ようやく傭兵が伯爵と接触。
傭兵の1人が大剣を振り下ろす。
伯爵は気にも留めない。
「……はっ?」
大剣は伯爵に当たると玩具のように簡単に折れる。
もちろん伯爵は無事だ。
「はははっはははは! 君はまだまだ修行が足りないな! 踏み込みが甘いぞ! これならうちのリュートの方がまだ強い!」
「ぶぼ!?」
大剣の男は伯爵のデコピンに吹き飛び転がる。
その間にも大斧が振り下ろされ、ボウガンの矢が頭部に当たる。槍が鋭い踏み込みで腹部を狙ったりもした。
だが、誰1人、伯爵を傷つける者はいない。
「では、我輩もそろそろ攻撃しようか!」
伯爵は右拳を握り締めると、ゆっくり後方へ引き絞る。
巨大な筋肉がさらに膨れ上がり、血管が浮かぶ。
「ふん!」
一閃!
余波で伯爵に群がっていた冒険者達は、枯葉のように吹き飛ぶ。
さらに伯爵が放った魔力衝撃波は、魔術師達が10人がかりで作った抵抗陣をあっさり貫通し、破壊した。
もしその場にリュートが居たら、ボーリングを連想し『ストライク!』と叫んで居ただろう。
「こ、この化け物め!」
ピュルッケネンは青い顔で、実弟を心底罵倒する。
彼の弟であるダン・ゲート・ブラッドは、魔術師A級である。
気を弛めると体外に溢れるほど膨大な魔力を持って生まれたが、彼自身は攻撃魔術も補助魔術もどちらかといえば苦手だった。
そのため伯爵は最初の頃は周囲から馬鹿にされて育ってきた。
宝の持ち腐れだと。
しかし伯爵はまったく気にせず、魔人大陸を飛び出すための武器として体を鍛え、技術を身に付け、魔術の練習を熱心に続けた。
お陰で攻撃魔術、補助魔術に頼らない伯爵オリジナルの攻撃・防御方法を会得する。
体外から溢れ出る魔力を使い防御し、攻撃に転用。先程のように遠距離で叩き込むことまで出来るようになった。
結果、伯爵は在学中に魔術師A級の称号を得る。
兄であるピュルッケネン、ラビノは2人とも魔術師としての才能が無い。
彼らは最初は膨大な魔力を持ちながら、使いこなせない伯爵を馬鹿にしていた。だが、蓋を開けてみたら末弟は魔術師A級になってしまったのだ。
子供の頃、憧れた魔術師。
格下に見ていた弟が一握りの天才しかなれない魔術師A級になった。
嫉妬、敗北感、羨望、劣等感――様々な感情がせめぎ合い伯爵を親の敵のように敵視するようになってしまったのだ。
もしこれが他人だったら、ここまで憎悪はしない。
血を分けた兄弟だからこそ狂おしいほど妬んでしまうのだ。
たった一度の攻防で、本家側の人々は意気消沈する。
伯爵に剣は刺さらないし、魔術も効果無し。
対抗する手段がなければ、勝利は望めず士気が落ちるのは必然。
だが伯爵自身も自分の優勢を訝しむ。
これでは前回の戦争の焼き直しだ、と。
兄達は必勝の策、または方法があるから戦を仕掛けてきたはずだ。
自分に対する致死性の罠か、それとも特別な魔術か、秘宝級の魔術道具か――どんなものかは分からないが。
伯爵はピュルッケネン陣営を注意深く観察する。
それが仇となる。
自身の陣営の変化に気付くのに遅れてしまったのだ。
「――ガハ……ッ!」
奥方であるセラスの悲鳴。そして吐血。
鎧の隙間をぬい、彼女の脇腹に銀の短剣が深々と突き刺さる。
刺した相手は――警備長のギギだった。
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