第30話 誕生日打ち合わせ
「それではお嬢様。部屋から出ますね?」
「……っ」
オレの左腕に縋るように捕まっているお嬢様に声をかける。
彼女は外出着姿で小動物のように震えながらも、気丈に頷いた。
クリスお嬢様はイジメが原因で、引き籠もるようになった。
外が怖くなり、約2年間――自室から一度も出ていない。
しかし今日、ようやく部屋から出ようとしていた。
『リュートお兄ちゃんと一緒なら、部屋から出られると思います』とお嬢様が言ったからだ。
お嬢様は宣言通り手を握り締め、オレと一緒に部屋を出て、廊下をゆっくりと歩く。
向かう先は中庭だ。
最近オレはここでいつも訓練をしている。
中庭には旦那様、奥様、ギギさん、給仕を務めるメイドのメルセさんが待っていた。
オレたちに気付くと、旦那様と奥様は何気ない口調で声をかけてくる。
「いらっしゃいクリス。今日のお菓子はクッキーよ。おかわりもあるから一杯食べなさい」
「はははっっはは! 食べた後はちゃんと運動しないと太っちゃうぞ!」
「貴方ったら、いくら娘でも女の子に太るなんて言っては駄目ですよ。それにクリスは細すぎるから、むしろ少しお肉がついた方がいいわよ」
旦那様はすでに上着を脱ぎ、シャドーボクシングのようなことして体を温めていた。
奥様は日傘の下、椅子に座りながらメルセさんの煎れた香茶を飲んでいる。
今日のお茶請けはクッキーだ。
マルコームさんお手製のカスタードクリームが小壺に入り置かれている。
好みで、クッキーにカスタードクリームを塗り食べるらしい。
胸焼けがしそうなお茶請けだ。
ギギさんは片手で眼を押さえ、俯いていた。
両親やメルセさんが態度を変えず普段通りなのに、1人お嬢様が部屋から出られたことに感動している姿はやや怖いものがある。
お嬢様を奥様とは別の席に座らせると、ゆっくり手を離した。
「それでは行ってまいります、お嬢様。観察の方、どうかよろしくお願いします」
『精一杯頑張ります。リュートお兄ちゃんも気を付けて』
「ありがとうございます」
オレは肩を回しながら、旦那様の前に立つ。
今日も恒例の、午後の戦闘訓練が開始する。
旦那様との『模擬戦闘で20秒耐える』という課題はなんとかクリアした。
ギギさんが次に出した課題は、『旦那様に小さくても傷を付ける。または蹈鞴を踏ませる』というものだった。
要は防御一辺倒から、防御に攻撃も加えた訓練になったということだ。
しかしこれが想像以上に困難だった。
まず旦那様に一撃を入れても皮膚に1ミリも傷はつかないし、どんな攻撃をしても蹈鞴を踏むどころかびくともしないのだ。
お嬢様も窓から遠目で観察して弱点を探すのには限界を感じて、側で模擬戦闘を見るため中庭に降りてきたのだ。
ギギさんが考えた――お嬢様と二人三脚で目標をクリアすることで彼女に自信を取り戻させる作戦。
効果は今のところ大きく、ようやくお嬢様は約2年ぶりに外へ出られるようになった。
だが、まだまだこれからだ。
作戦を成功させるためにも、そしてお嬢様の決意に報いるためにも、今日は絶対に旦那様に傷を付けるか蹈鞴を踏ませてやる!
「よっし!」
頬を叩き気合いを入れ直す。
「ははははっはあは! 今日のリュートは一段と気合いが入っているな!」
「もちろんです! 今日こそ、旦那様に蹈鞴を踏ませてみせます!」
「うむ! 存分に頑張るがいい! ならば我輩も気合いを入れねばならないな! はははははっはははあは!」
余裕な態度を取っていられるのも今のうちだ。
昨夜、お嬢様と2人で考えた秘策がある。
オレは椅子に座るお嬢様に視線を向けた。
「…………」
彼女と確認し合うように頷く。
「そ、それではこれより旦那様とリュートの模擬戦闘をおこないます」
ギギさんが目元を押さえたままお嬢様、奥様がいる場所まで戻り、片腕を上げる。
……いい加減、感動から戻ってこようよ。
「貴方、気合いを入れすぎないでね」
『リュートお兄ちゃん、頑張ってください!』
女性陣から応援。
ギギさんは目元を押さえたまま腕を振り下ろす。
だからいい加減、泣きやんで欲しい。強面なのに涙もろ過ぎだろ。
「それでは模擬戦闘――初め!」
合図と同時に肉体強化術で眼と足の能力向上!
左へカッ飛ぶように移動する。
しかし旦那様はまるで合わせ鏡のように追従してくる――だが、ここまでは予定通り!
旦那様が絶対に超反応で追従してくると信じていたオレは、2歩目の足が地に着いてすぐ――今度は右へと飛ぶ。
旦那様は重心を前に落として右腕を打ち下ろしていたため、すぐ反対側に移動したオレについて来られずワンテンポ遅れてしまう。
その僅かな間に右側から回り込む。
「ふっ!」
旦那様が左腕を振るい裏拳を放ってくる。
オレはしゃがんで回避。
低く、低く地を這うように背後へと回り込む。
旦那様が我慢しきれず無防備に振り返った。
これも予定通り――相手は自分のタフさに自信を持っている。だから防御に対する意識が低い。
それが付け入る隙となる!
オレは打ち合わせ通り、両足に魔力を集中!
旦那様が振り返ると同時に、全身で飛び上がり右手の拳を痛いほど握りしめる。
チャンスは一度きり。
「でやぁあッ!」
お嬢様の打ち合わせ通り、右拳が旦那様の顎を捕らえる!
もちろん右手に魔力を集め、小さな抵抗陣も形成して拳の保護もしていた。
身長が高い旦那様は低く身を屈めていたオレを振り向いてすぐには発見出来ない。お陰で警戒心が更に薄まり拳を顎へ当てることができた。
旦那様も頭がある以上、顎先を打ち抜かれれば脳みそが揺れ、膝をつくはず。
それは生物である以上、必然だ。
問題は――想像以上に旦那様がタフだったことだ。
「はぁ?」
拳はこれ以上ないほど綺麗に入った。にも関わらず、旦那様の首に血管が浮いた以外は変化なし。顎は1ミリも上に動かなかった。
「ふん!」
「ぐは!?」
旦那様が小虫を払うように腕を一閃。
奥様とお嬢様たちが座る席とは反対側にオレはぶっ飛び、壁に激突、破壊しようやく止まった。
もちろん意識はそこでブラックアウトする。
今日も旦那様に惨敗してしまった。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
「旦那様が強すぎて、この特訓は達成不可能じゃないのか? と最近思うようになりました」
『私も同意見です。自分の父ながら、規格外過ぎます』
恒例の夜会で今日の反省会をする。
最近はお嬢様の希望で、給仕をオレだけが務めるようになった。
さすがに朝の身支度はメルセさんが行っているが。
「お嬢様は間近で見ていて気付いたことはありますか?」
『はい、いくつか。一番の収穫はお父様の苦手な攻撃が分かったことですね』
「苦手ですか?」
ミニ黒板の文字を消し、新たに書き込む。
『リュートお兄ちゃんとの身長差があるから、攻撃する際は身を屈めています。その時、どうしても無理をしないといけない。重心がやや前に傾き過ぎています。その隙を突けばあるいは――』
確かにその僅かな隙を突いて投げ飛ばし、地面に叩き付ければ息を詰まらせるぐらいは出来るかもしれない。
「「…………」」
お嬢様と2人黙り込み想像する。
駄目だ。どうしてもそうなる光景にいたらない。
お嬢様も同じ考えだったらしく、互いに顔を合わせ微苦笑する。
こちらの攻撃は効果無し。なのに相手は一撃でこちらを無力化できる力を持っている。さらにタフさは折紙付き――手詰まりも良いところだ。
「AK47とかがあれば、零距離射撃で全弾撃ち尽くせば掠り傷ぐらいなら付けられると思うんだけど……」
『AK47?』
考えが口に出てしまった。
お嬢様が可愛らしく首を傾げ、ミニ黒板を見せてくる。
少し考えるが、別に話しても問題無いだろう。どうせ、ここには無いし、作れる訳でも無い。今更隠し立てする内容でも無いからだ。
「AK47とは、破裂の魔術で小さな金属片を遠距離に飛ばして相手を殺傷する魔術道具です」
『そんな魔術道具があるなんて初めて聞きました。中々、興味深い魔術道具ですね。一度見てみたいです』
「お嬢様は魔術道具に興味がおありなんですか?」
お嬢様は居心地が悪そうに俯いた。
『私、魔術師としての才能が無いので、少しでも魔術関連のお仕事に就きたくて色々勉強していた時期があったんです……』
だからAK47という新しく聞くタイプの魔術道具に興味が湧いたのだと、尻すぼんで小さくなった文字が告げた。
部屋の雰囲気が暗くなる。
ちょうどお嬢様が最後の香茶を飲み干した。
「……明日はバーニー様、ミューア様がいらっしゃいます。今日の反省会はここまでにして、もうお休みになられたほうがよろしいかと」
『そうですね。明日は大切なお話があるから、もう寝ることにします』
お嬢様は空気を明るくするため、笑顔を浮かべミニ黒板を見せてきた。
オレも彼女の態度に合わせてなるべく明るい口調で、言葉を交わす。
お嬢様の寝る準備を手伝う。
彼女がベッドに入り、ランプを消す。
「それではお休みなさいませ、お嬢様」
部屋は暗く、黒板は見えない。
代わりにお嬢様は小さく手を振ってきた。
オレは笑顔で一礼して、彼女の自室を後にする。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
翌日、午後の茶会はお嬢様の自室で開かれた。
部屋には3つ眼族のバーニー・ブルームフィールド。
ラミア族(下半身が蛇)、ミューア・ヘッドの幼なじみ2名が座っていた。
給仕はオレの他に、メルセさんも担当している。
今日の集まりにケンタウロス族のカレン・ビショップがいないのは、別に仲間はずれにしている訳ではない。
ラミア族のミューアが香茶のカップを置いて切り出す。
「それじゃそろそろ、カレンの誕生日会の打ち合わせでもしましょうか」
魔人種族は15歳までは、前世の日本のように誕生日を祝う習慣がある。
今日の集まりは、カレンのサプライズバースデーパーティーを開くための打ち合わせだった。
そのため彼女を除いて他2人がお嬢様の部屋に集まったのだ。
3つ眼族のバーニーが指を折っていく。
「決めるのは誕生日プレゼント、バースデー会場、料理、飾り付けぐらいかな?」
「まぁそんなところかしらね。会場はこの自室を使わせてもらうけど、いいかしら?」
ミューアの問いにクリスお嬢様がミニ黒板を力強く提示する。
『だったら家の大広間を使いましょう。飾り付けや料理もこっちで全部準備しますから』
「で、でも大広間じゃ……」
3つ眼族のバーニーが表情を曇らせる。
お嬢様は申し訳なさそうに微苦笑を浮かべた。
『長い間、心配をかけてごめんね。もうお部屋から出られるようになったから大丈夫だよ』
「そ、そうなんだ! よかった! よかったね、クリスちゃん!」
お嬢様と波長が合うらしいバーニーが手を取り合い喜び合う。
一方、やや大人びたミューアは、赤い舌をチロチロ出しオレを見詰めてくる。
何かを理解したように微笑んだ。
「なるほど……やっぱり女の子が変わる理由なんて1つしかないわよね」
言葉の含みは何となく理解出来るが、まったく違う。
勘違いも甚だしい。
お嬢様の名誉のためにも誤解を解きたかったが、許可もえず使用人が勝手に口を開く訳にはいかない。
ミューアは全てお見通しと言わんばかりに、すまし顔で微笑んでくる。
だから勘違いだって!
「それじゃ会場は遠慮無くクリスさんのお家の大広間を使うとして、料理はこちらで準備するわ。全部押し付けるのは申し訳ないから」
「そうそう! 2人の家から持ち寄ればすぐだしね!」
『じゃあ、3人の家で持ち寄りましょう。それなら手間も3分の1で済みます』
お嬢様が皆の意見を取り入れた案を出す。
他2人はすぐに賛同の声をあげた。
「次はプレゼントね。当日に持ち込むとして、被らないようにそれぞれ何を渡すか、方向性だけは決めておきましょ。ちなみに私はカレンに似合う、可愛らしい服を準備するよ」
「もうミューアちゃんは意地悪なんだから。絶対、カレンちゃん真っ赤な顔であたふたするよ。『自分にこんなヒラヒラな服は似合わん! 嫌がらせか!』って」
『確かに言いそうです』
バーニーのモノマネにお嬢様が苦笑する。
「わたしは貯金箱を送るつもりだよ。クリスちゃんは?」
『私はまだ決めかねてて……』
「誕生日は来週でまだ時間あるし、ゆっくりきめるといいよ」
「そうね。服と貯金箱以外の物を探せば、被る心配もないし」
ちらり、とラミア族のミューアがオレに目配せしてくる。
「部屋から出られるようになったなら、誕生日プレゼント探しに街へ出たらどうかしら? 部屋で1人考えるより、色々品物を見て回った方が良い物が見付かると思うわよ」
『街ですか……』
まだ一度部屋を出ただけだ。
さすがにいきなり街はやり過ぎだと思う。
しかしお嬢様は『ギュッ』と拳を握り締め、
『そうですね。カレンちゃんのためにも街に出て探してみます』
「うんうん、それがいいわ」
「クリスちゃん、頑張って!」
お嬢様は他2人に励まされ、すっかりその気になっている。
お嬢様が街に買い物に出かけるとギギさんが知ったら、少なくとも3時間は顔から手を離さなくなるだろうな。
そんなことを考えていると、お嬢様は上目遣いでオレを見詰めてくる。
おずおずと恥ずかしそうにミニ黒板を差し出してきた。
『なので街にリュートお兄ちゃんも付いて来て欲しいのですが……いいですか?』
「もちろんです、お嬢様。自分で良ければ、是非荷物持ちをさせてください」
オレ達のやりとりに、バーニーはただ純粋に友達が立ち直る姿を手放しで喜んでいた。一方、ミューアが意味深な目を向けてくる。
だから、彼女が想像するようなことは無いから、とオレも視線で返答だけした。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご意見なんでも大歓迎です!
明日、12月20日、21時更新予定です。
また、お陰様で200万PV突破しました!
これもいつも読んで下さっている皆さんのお陰です!
これからも頑張って書いていきますんで宜しくお願いします!
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。