第22話 勘違い
今回は連続3話(20、21 22話)更新です。
リュート、11歳。
どうも、堀田葉太【ほった ようた】こと、リュートです。
調子に乗って1人で冒険者をやっていたら、騙されて奴隷として売られてしまいました。テヘ☆
そして今、オレの買い取り候補の男性が目の前に居ます。
しかもただの男性ではありません。
妖人大陸で目にする高貴な人物が着る衣服を身にまとっているが、背丈が尋常無く高いです。2メートル半はあります。
しかも筋肉がボディービルダーのように発達していて、肌も黒。
今にも服が弾け飛びそうなほどパンパンで髭を生やし、唇はタラコのように分厚く、眉毛も濃く、金髪の髪はオールバックに固めています。
この筋肉お化け紳士がオレの買い手候補らしいです。
お尻がキュッと締まります。
ああ、オレの貞操やいかに!?
(……って! 現実逃避している場合じゃない! それにまだ相手は買い取り『候補』だ! 断られる可能性は十分ある!)
オレは『断れ、断れ』と念じながら、ラーノ奴隷館支配人ラーノと筋肉だるま紳士の会話を眺める。
「長い船旅で痩せて細いですが、健康には一切問題ありません」
「確かに健康そうな肌つやだ。病気の心配も無さそうだな!」
「もちろんです。当社で扱っている品物はいつだって最高品を心がけておりますから。年齢は11歳。性別は――」
「よし、買ったぞ! 金貨350枚だったな!」
(決断、早!)
しかも値段は相場より金貨50枚も高い。
ラーノとしては最初ふっかけて、適当な所で値引きして売りつけようとしていたのだろう。
だが彼も即断即決は誤算だったらしく、上擦った声をあげる。
「あ、あのまだ説明が途中なのですが」
「はははははは! 貴殿が薦めるのなら問題あるまい! 金はこの袋から持って行くがいい」
筋肉だるま紳士は豪快に笑い、金貨がパンパンに詰まった革袋をラーノに手渡す。
「あ、ありがとうございます伯爵様。それでは契約書をご用意致しますので、ご確認ください。問題が無いようでしたら、最後にサインをお願いします」
「うむ!」
筋肉だるま紳士は契約書を受け取ると、オレとは反対側のソファーに座り契約書に目を通す。
その間にラーノは預かった袋から金貨350枚を取る。
筋肉だるま紳士は契約書を読み終え、最後に自身のサインを書き込む。
ラーノは契約書を確認すると、深々と頭を下げた。
「お買い上げありがとうございます、伯爵様」
「我輩こそ、良い買い物をさせてもらった! また良い奴隷が入ったら知らせてくれたまえ!」
「はい、その時は一番初めに伯爵様にお知らせいたします」
筋肉だるま紳士はラーノとの握手を終えると、今度はオレへと手を差し出す。
「これからよろしく頼むぞ、リュート! 我輩はダン・ゲート・ブラッド伯爵! 誉れ高き闇の支配者、ヴァンパイア族である!」
「よ、よろしくお願いします。伯爵……人種族のリュートです」
「そう緊張せずともいいぞ! ははははっはは!」
「は、ははは……」
手が潰れると錯覚するほど強い力で手を握られる。
それが彼にとっては普通の力らしく、ラーノの手も赤かった。
「では、仮の主従契約を交わします」
ラーノは長方形の押し判子のようなものを机から取り出す。
オレの右肩にそれを押し付ける。
「っつっッ!?」
無数の針で刺されたような感触。
判子が離れると肩に入れ墨に似た魔法陣ができあがる。
「これで仮の主従契約が完了いたしました。5日以内に本契約を交わさなければ、契約は反故にされ権利は我々の元に戻ってしまいます。その際、返金は一切応じませんのでお気を付けてください。控えの奴隷契約書と本契約用の呪印は、リュートと一緒に送らせて頂きます」
「ではよろしく頼む。我輩は先に戻るゆえ、準備を終え次第送ってくるがいい!」
「畏まりました。伯爵には今回大変お世話になりましたので、サービス品を付けさせて頂きます。お屋敷で存分にお楽しみくださいませ」
「ははははっははは! 楽しみにしておるぞ! ではリュート! また我輩の屋敷で!」
笑い声と共に伯爵は退出する。
いっきに部屋の圧迫密度が激減する。
オレは右肩をさすりながら、ラーノに尋ねる。
「あ、あのなんですか仮契約って?」
「仮期間を設けることで、『買った後すぐに死んでしまった!』『騙された!』という非難を防ぐのだよ。たまに健康面や寿命を誤魔化して売る奴隷商人がいるからね。でも大抵はその日のうちに本契約の呪印を押してもらえるから、心配しなくても大丈夫だよ」
保証期間、クーリングオフ的なものか。
「これが伯爵用のサービス品兼リュートへわたしからの餞別だ。今晩の本契約を交わす時にでも着るといい。少しでも心証が良い方が大事にされるからね」
紙袋を渡される。
中を確認すると――黒いTバックにガーターベルト、ブラが入っていた。
やっぱりそういう用途で買われたんだよな……。
絶望に顔を青くしながら、ラーノへ一応礼を告げる。
「……ありがとうございます」
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一度地下に戻る。
風呂に入り、新しい洗いたての衣服に着替える。
食堂に連れて行かれると食事が用意されていた。
伯爵の屋敷まで馬車移動で半日かかるため、先に昼を済ませるよう勧められる。
もちろん絶望で食欲など湧くはずが無い。
いつもそこそこ美味しい豆スープも今は泥水を飲んでいるようだった。
オレは食堂のおばちゃんたちなどに別れを告げ、階段を上がる。
地下入り口前にはすでに馬車が用意されており、オレを5階の応接間まで案内したオブコフと私兵の1人が待機していた。
「馬車に乗る前に手と足を出してくれ」
オブコフは鍵束を取り出し、手足の枷を外してくれる。
ここがチャンスかと思ったが、魔術防止首輪までは取ってくれなかった。
もう1人が両肩を掴み押さえているため、力ずくで逃げ出すのも不可能。オレは大人しく彼らに従う。
馬車はもちろん鉄格子付きの鋼鉄製。4人乗りの小型のものだった。
外から鍵がかけられ、内側から開くことは出来ない。
オブコフたちは御者台に座り、2頭の角馬に鞭を入れる。
オレを乗せた馬車はゆっくりと動き出す。
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昼前に出発して半日ほど揺られて、伯爵の城へと辿り着く。
城は石造りで、高さもあるが横にも広い。城壁も見上げるほど高く、ツタが生え絡み年月を感じさせる。お姫様が囚われていそうな尖塔まで建っていた。
如何にもヴァンパイアが住んでいそうな城だ。
城門をくぐり、長い庭園を通り抜ける。
道の真ん中には大きな噴水があり、計算された配置で綺麗な飛沫があがっている。
馬車は噴水をぐるりと周り突き進む。
馬車が正面玄関につくと、降ろされた。
玄関には2つの人影がある。
1人は燕尾服を着た老人だ。
背丈は低く、子供の自分と同じぐらい。白髪でくるりと曲がった角が2本生えており、ズボンから出ている爪先がヤギや羊のような爪をしている。
その隣に、2m近い屈強な獣人種族が立っている。
見た目は狼が二足歩行している感じだ。
片耳が千切れており、毛深いが無駄な肉を削ぎ落とした鍛え抜かれた体躯をしている。目つきが悪く、人相は極悪人。体と顔には、隠しきれないほど傷が多数ついている。
オブコフがオレを馬車から降ろす。
「ラーノ奴隷館から、ダン・ゲート・ブラッド伯爵様がお買い上げになられた奴隷、人種族のリュートを連れて参りました。こちらが控えの書類と本契約用の呪印となります。ご確認を」
「お待ちしておりました。では、失礼して――問題ありません。引き渡しご苦労様ですメェー」
燕尾服の老人が、書類を確認し礼を告げる。
オブコフ達も頭をさげ、馬車へ乗り込むと来た道を戻って行く。
1人残されたオレは気まずそうに2人を見つめる。
先に口を開いたのは、老人だった。
「初めましてリュート。わたくし、ブラッド家に務める執事長の魔人種族、羊人族のメリーと申します。何か分からないことがあったら、気軽に声をかけてくださいメェー」
「よ、よろしくお願いします」
差し出された手を握り返す。
羊だから名前がメリーで、語尾が『メェー』って……安直すぎるだろう。
「彼はこの城の警備を担当する警備長、獣人種族、狼族のギギ。元奴隷だったので、色々困ったことがあったら気軽に相談するといいですメェー」
「…………」
「よ、よろしくお願いします」
オレが頭を下げるとギギは鼻を2、3度動かし黙ってこくりと頭を下げた。
見た目はほぼ二足歩行の狼なので黙っているだけで迫力がある。
こえぇぇぇぇッ!
気軽に相談なんて出来ねぇぇぇぇぇぇよ!
「早速ですが、旦那様、奥様ともどもお待ちかねです。準備に取りかかってもらいますメェー」
付いてきてください、と言われて城の中へと入る。
メリーとギギに挟まれる形で、素足のままペタペタと城内を歩いた。
「ところで先程から気になっていたのですが、その手にお持ちになっているのはなんでしょうかメェー?」
「旦那様に気に入られるようにと、奴隷商人さんから下着を渡されたんです。黒いすけすけのかなりエッチなのを。ははは……」
メリーが話を聞くと足を止め振り返る。
「はて、どうして旦那様に気に入られるのに、黒い下着が必要なのでしょうか? 旦那様からお話は聞いておられないのですかメェー?」
「話ですか?」
「……その様子では一切、お話をお聞きになられていないようのですメェー」
「す、すみません」
「いえいえ。旦那様は見た目通り細かいことにあまり拘らない方なので、きっと説明を省かれたのでしょう。第一、旦那様には奥様がいらっしゃいます。だから、リュートは変な心配をしないようにメェー」
よ、よかったぁぁぁっぁぁぁぁぁっぁぁ!
どうやらオレは、あの筋肉だるま紳士の慰みのために買われたわけではなかったらしい。
メリーの話を聞いて、一気に緊張がほぐれる。
良かった! 本当に良かった!
だが……それでは、オレは何の為に金貨350枚などという大金で買われたんだ?
好奇心に駆られてメリーに尋ねる。
「あの、だったら自分はどうして買われたのでしょうか?」
「10歳の誕生日を迎えるお嬢様の世話係兼血袋として買われたのですメェー」
「ち、血袋!?」
天国から地獄に堕とされたように再びオレは顔色を悪くする。
血袋って、どう考えても食料ってことだよな?
ヴァンパイアの食料――脳裏に前世の子供時代、日曜洋画劇場で観たヴァンパイア映画を思い出す。
メリーは脳内でスプラッタを想像するオレの勘違いを否定する。
「安心しなさい。リュートが今考えているような、悲惨な目に合いませんからメェー」
そしてメリーはヴァンパイア族について説明してくれた。
「ヴァンパイア族は10歳の誕生日に、血を嗜むという風習があるのです。資産のある裕福な者は、自身の世話係兼血袋用の使用人を雇うのが一種のステータスになっているのです。ですがヴァンパイアにとって血は、香茶や黒茶などと一緒で嗜好品なのです。少量の血を飲まれるだけで、死ぬまで吸われるということはないので安心するといいのですメェー」
再度、胸を撫で下ろす。
少量程度なら問題ない。
説明が終わると、ちょうどメリーが部屋の前で立ち止まる。
「では、中に服が用意されているので、着替え終わったら声をかけてください。旦那様と奥様にまずご挨拶をして、その後旦那様方とご一緒にお嬢様のところへ向かいます。なのでなるべく急いで着替えてくださいメェー」
「わかりました」
部屋に入る。
そこは6畳1間の個室だった。
簡素なベッド、机、椅子、必要最低限の家具が揃っている。
ベッドの上にはなぜかメイド服が畳まれ置かれていた。
「なんで男のオレにメイド服なんて……」
メリーはお嬢様のお世話係兼血袋としてオレが買われたと言っていた。
相手は女性。男性が側にいるとリラックス出来ないから、メイド服を着せるのか?
だったら初めから女性を買えばいいはずだ。
もしくはお嬢様は男の子にメイド服を着せるのが趣味なのかもしれない……。
だとしたら10歳にしてなんという趣味の持ち主なのだろう。
だが、男娼として男性の相手をさせられるより女装するほうが百億倍マシだ。
オレは手早く、クラシックなメイド服に袖を通していく。
着替え終わり、廊下に出るとメリーとギギがずっと待っていた。
彼らに案内されて、伯爵と奥様が待つ部屋と通される。
奴隷館で会ったダン伯爵は部屋でゆったりとしたソファーに座り、ハムスターのような耳をしたメイドが煎れた香茶を飲んでいた。
彼の隣に座る見目麗しい女性が奥様だろう。
金髪を腰まで伸ばし、高そうなドレスに袖を通している。胸の谷間は吸い込まれそうなほど豊かで、腰は内臓が入っているのかと心配になるほど細い。
容姿も美しく、10歳の子供がいるとは到底思えなかった。
前世のハリウッド女優でも、彼女ほど美しくスタイルのいい人はいないだろう。
伯爵はこちらに気付くと、笑顔で勢いよく立ち上がる。
「ははははは! よく似合ってるぞ、リュート! どうだい、セラス! 我輩の眼は確かだろ!」
「ええ、さすが貴方だわ。こんな可愛らしい子を買ってくるなんて!」
「ふわぁ! ちょっ、あの……!」
奥様はまっすぐオレの元へ歩み寄ると、迷わず谷間へ抱き締める。
奥様の背丈が高いのと、オレがまだ子供のため顔が巨乳の谷間に埋もれる。
おおおおおぉおぉ! おっぱい柔らけぇええぇぇ!
しかも、スノーとは違う甘い匂いがする。
自然と腰が引けてしまった。
男の生理現象を何と勘違いしたのか、奥様が手を離し胸の谷間から解放する。
もう少し、あの爆乳に顔を埋めていたかった。
「あら、ごめんなさい、わたくしったらあまりに可愛くてつい力を入れすぎてしまったわ。初めまして、リュート。わたくしは魔人種族、ヴァンパイア族のセラス・ゲート・ブラットよ」
「初めましてセラス奥様。人種族のリュートです」
奥様と改めて握手を交わす。
伯爵が豪快に笑いながら、話しかけてくる。
「ははははははは! リュート、メイド服がとてもよく似合っているぞ! だが窮屈だったり、大きすぎたりはしてないか?」
「はい、ちょうどいい大きさです」
「そうかそうか!」
「でも、どうしておと――」
「ははははははっはは! では、早速、我輩たちの娘に会ってもらおうか!」
伯爵の笑い声がオレのセリフを遮る。
ダン伯爵は笑いながら1人でさっさと歩き出す。
執事長のメリーは何時のまにか入り口側に立って、扉を開けていた。
「そうね、早くあの子にリュートを紹介しましょう」
奥様も、嬉しそうにオレの手を握り部屋を出る。
奥様の手は柔らかく、温かかった。
向かった先は2階。
大きな観音開きの扉の前に伯爵、奥様、オレ、メリー、ギギ、香茶を煎れていたメイドの順番で並ぶ。
「入るぞ、クリス!」
伯爵は声をかけるが、ノックはせず扉を開く。
部屋には分厚いカーテンがかかっており、夜空の星光を拒絶していた。
唯一の光源は天蓋ベッドの枕元にあるランプのみ。
伯爵と奥様の1人娘はベッドの上に座り、オレ達を見つめていた。
小さな背丈。
黄金色の髪は白いシーツに広がっている。
長い睫毛、大きな瞳は小動物のように怯え、濡れている。
肌は白く、大理石のようにツルツルだが、病人的不健康さはまったくない。
赤い唇から微かに覗く犬歯は、人種族の同世代よりは少しだけ長い気がする。
だが、それ以外はヴァンパイアというより、地上に舞い降りた天使が部屋で怯えているといったほうが正しい。
オレのご主人様になる娘は、庇護欲を異常に掻き立てられる、か弱い美少女だった。
「はっははははっはは! 誕生日おめでとうクリス! この子がパパとママからの誕生日プレゼント……血袋のリュートだ!」
奥様に優しく背を押され、挨拶をする。
「初めましてお嬢様。今後、お嬢様の血袋兼お世話係を務めます人種族のリュートです。よろしくお願いします」
「どう、とっても可愛らしくて、良い子でしょ? クリスもきっとすぐに気に入るわよ」
奥様もニコニコ笑顔で娘に話しかける。
クリスと呼ばれた少女は、手元にあった小さな黒板を掴む。指を走らせ、文字を書く。
そしてミニ黒板を皆へと向けた。
『誕生日プレゼントありがとうございます、お父様、お母様。でも――』
文字を消し、再び指を走らせる。
『どうして、男の子に、メイド服を着せているのですか?』
伯爵たちの視線が一斉にオレへと集中する。
『……男の子は怖いです』
クリスお嬢様はミニ黒板に最後の文字を残すと、羽布団を手にベッドを降り陰に隠れてしまった。
今回は連続3話(20、21 22話)更新です。
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明日、12月12日、21時更新予定です。
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