第14話 旅立ち
リュート、9歳。
夏半ば――町の出入り口に孤児院の子供達、町の人々、出入りの商人達が集まっていた。
魔術師学校に進学するスノーの見送りだ。
彼女の他にも、町の少女1人が魔術師学校近くの街に就職を決めていた。
2人はその街へ向かう商人の馬車に乗せてもらう。
もちろん相応の報酬は払っている。
目的地の街まで約3ヶ月かかる馬車旅だ。
また魔術学校は、妖人大陸(人種族と妖精種族がメインで住む大陸。孤児院も妖人大陸にある)の北にある。
そのため雪が多く降り積もる。
夏に出発するのは、本格的に雪が降り出す前に魔術師学校まで移動する為だ。
「リュートくん、やっぱり一緒に魔術師学校に行かない? 冒険者斡旋組合なら学校側の街にもあるし、生活費はわたしが稼いで養うよ」
「養うって……僕はヒモになるつもりはないよ」
オレは呆れながら、胸に顔を埋めるスノーの頭を撫でる。
この年、オレの身長も大分伸び、スノーとの差が出始めた。
「僕も町を出て落ち着いたらすぐ手紙を書くし、余裕ができたら会いにいくから。スノーはちゃんと魔術師の勉強をするんだぞ」
「……わたしも手紙書くし、時間を作って会いに行くから。絶対に」
「うん、その時は楽しみに待ってる」
「最後にふがふがさせて、これで当分新鮮なふがふがはできないから」
了承も得ず、スノーは人前で匂いを嗅ぎだす。
オレは人目があるため、すぐに引き剥がした。
「人前で恥ずかしいから止めてくれ」
「あぅ、リュートくんの意地悪」
「お詫びといっちゃなんだけど、これ僕からのプレゼント」
持ってきていた袋から、スノー専用のハンドガンとホルスターを取り出し手渡す。
「これってリュートくんのリボルバーより小さい?」
『S&W M10 2インチ』リボルバーだ。
銃身がオレの使っているのより明らかに短い。
色は銀。
リボルバーを吊り下げるホルダーは茶色の革色。
特注品で、腰から下げるタイプではなく、肩から吊す『ショルダーホルスター』だ。
早撃ちには適さないが、スノーの場合はあくまで護身用。
攻撃魔法が使えるようになったとしても、銃の方が詠唱が必要無い分、小回りが利いて便利だろう。
だから護身用に、秘匿性が高い『ショルダーホルスター』タイプを選択したのだ。
また最近、さらにスノーの胸が成長している。
胸の大きな女性が『ショルダーホルスター』を使用すると強調度が高くなる。
だから個人的趣味として選択した結果でもある。
「銃身が短い分、射程と命中率は下がるけど持ち運びには便利だろ。あくまで護身用だからむやみやたらに使ったりするなよ」
射程と命中率については、遠距離狙撃する訳じゃないから考慮する必要は殆ど無いと思うが、念のため注意しておく。
弾薬も特注の50発入った木箱2つを渡す。
合計100発。
ちなみにスノーにも弾薬を作らせてみたが、一度として成功しなかった。おそらくエル先生にも無理だろう。
発射薬のイメージができないうえ、弾薬諸々の厚さ、長さ、バランス――どれも上手く作り出すことができなかったのだ。どうやらこの世界の知識しかない魔術師では、弾薬を創り出す事は出来ないようだ。
「ありがとう、リュートくん。大切に使うね」
「風邪や怪我には気を付けろよ。後、無茶だけはするな。スノーは意外と後先考えず突っ走るところがあるから」
ゴブリン事件の時がそうだ。
彼女は涙を浮かべながら『分かってるよ』と微苦笑する。
オレと入れ替わり、エル先生がスノーの前に立つ。
「スノーさんには魔術師としてBプラス級以上になれる才能があります。ですが、決して傲らず謙虚に努力してください。いいですね?」
「はい、分かりました」
「最後にスノーさん、あなたは決して1人ではありません。リュートくんもいれば、孤児院のみんなも、先生もいます。だからもし辛いことがあったら無理をせず、この町に帰ってきてくださいね。なぜならこの町がスノーさんの故郷で、孤児院が実家なのですから」
「は……ひ、分かりました。先生、ありがとうございました」
スノーの堪えていた涙が、先生の言葉によって決壊する。
彼女は周囲の目を気にせず、先生に抱きつき涙を流した。
そんな彼女をエル先生がまるで本当の母親のように抱き締める。
スノーが落ち着いたところでエル先生は彼女を離す。
スノーは手に木箱とリボルバーを持ち、幌付きの馬車へと乗り込む。
すでに荷物はこの中に積み込み済みだ。
商人が御者台から角馬へうながす。
2頭の角馬はゆっくりと歩き出した。
「エル先生、みんな今までありがとう! リュートくん、絶対に手紙ちょうだいね! 会いに来てね!」
スノーは涙を流し、懸命に手を振る。
先生や孤児院の子供達、そしてオレ自身も、馬車が見えなくなるまでずっと手を振り続けた。
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スノーを見送った3日後、早朝。
孤児院の出入り口に、1頭の角馬が繋がれていた。
背には小樽が2つほど左右にバランスよく繋がっている。
他にも荷物がいくつかぶら下がっていた。
「何もこんな朝早く出かけなくても……」
「僕はスノーの時みたいな派手なのは苦手なので」
オレは借りてきた角馬の背に、最後の荷物である完成したAK47を括り付ける。
いつもの普段着の上に、買ったばかりのマントを羽織る。
腰にはガンベルト。
すでに弾薬は全弾入れている。
護身用にはリボルバーで十分だ。
角馬は、町から片道10日の距離にある商業都市ツベルで返却する予定だ。
スノーより荷物が多い。だが幌馬車と御者を雇うのは無駄遣い過ぎる。
そのため角馬を借りて、商業都市ツベルを目指す。
ツベルほど大きい街であれば乗り合いの馬車が出ている。
荷物分の割り増し料金を支払い約2ヶ月の旅をする予定だ。
スノーが向かった魔術師学校は雪の多い北。
一方、オレは正反対の南――獣人大陸近くに目指す街があり、そこにエル先生の双子の妹が住んでいる。
オレは彼女の元で冒険者としてのイロハを習う。
そして約5年後。
人助けの軍団――軍隊を創りあげて、魔術学校卒業したスノーと合流するつもりだ。
エル先生が1枚の封筒を差し出す。
「中に紹介状と妹の自宅住所が書いてありますので、決して無くさないように」
「ありがとうございます。背負い袋の一番奥に入れておきますね」
オレは背中から袋を下ろし、口をあけて受け取った封筒を仕舞う。
エル先生はそんなオレを見て、懐かしそうに語り出す。
「……実は、今だから言いますが。正直、わたしは最初リュートくんが苦手だったんです」
「……えっ、突然、衝撃的な発言をしないでくださいよ。僕って先生に嫌われてたんですか?」
封筒を仕舞い終え問い返す。
彼女は微苦笑で手を振った。
「いえ違います。嫌いではなく、苦手なだけです。だってまだ3歳なのに授業を大人しく聞いてたと思ったら、魔術師の授業に出て問題を起こして、次はリバーシや玩具を作って沢山お金を稼いだりして……。私が今まで見てきたどの子にも当てはまらないんですもの、苦手にもなりますよ」
確かに振り返って見ると、いくら前世の記憶を引き継いでいるからと言って、少々子供らしくないことをやりすぎてしまった。
もしも自分の子供がオレみたいな奴だったら、と想像しただけで肩の辺りが重くなる。
今頃、エル先生に多大な迷惑をかけていたことに気付いた。
「ですが今ではリュートくんを誇りに思っています。ゴブリンを倒すほどの魔術道具を作り出し、大金を稼いでも増長せず、将来は世のため人のためにその力を使いたいなんて、普通考えませんよ」
「いえ、そんな……。褒めるほどのことじゃありませんよ」
「いえ、本当に凄いことですよ。私は心からリュートくんの夢を応援します。ですが――」
そしてエル先生は、スノーにそうしたようにオレをギュッと抱き締める。
まるで本当の母親のように、だ。
「スノーさんにも言いましたが、リュートくんも決して1人ではありません。スノーさんもいれば、孤児院のみんなも、先生もいます。だからもし辛いことがあったら無理をせず、この町に帰ってきてくださいね。なぜならこの町がリュートくんの故郷で、孤児院が実家なのですから」
「……ありがとうございます。エル先生」
これが早朝、先生以外の見送りを拒否した理由だ。
精神年齢はすでに30歳を超えている。
だが、胸からこみ上げてくる熱いものを堪えきる自信がなかったからだ。
前世の世界でも異世界でも、人前で涙を見せるのはやっぱり恥ずかしい。
オレはエル先生の胸から顔を離し、瞳を強く拭う。
小鳥のさえずり、頬に当たる早朝の空気の冷たさ、周囲を漂う薄い靄。太陽が昇り始め、空は澄んだ青色に染まっている。
約9年と半年――育った町から初めて出る日としては上々だろう。
「エル先生、長い間お世話になりました」
「妹によろしくね。落ち着いたら、また顔を出しに戻ってきてね。音信不通は嫌ですよ」
「もちろんです。それに一度は絶対にスノーと一緒に結婚報告に来ますから」
これは旅立ちだが、二度と出会わない別れではない。
だから、オレは元気よくエル先生へ声をかける。
「それじゃ行ってきます!」
「はい、行ってらっしゃい。体には気を付けるんですよ」
「はい!」
頷き、そして歩き出す。
角馬に乗り、手綱を引くとゆっくりと馬は前に進む。
振り返り手を振ると、エル先生も目元を指で拭い、精一杯の笑顔で振り返してくれた。
こうしてオレ、堀田葉太改めリュートは、1人朝日を浴びながら夢を叶える新たな第1歩を踏み出した。
<第1章 終>
装備 :S&W M10(リボルバー)
:AK47(アサルトライフル)
次回
第2章 幼少期 冒険者編―開幕―
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明日、12月6日、21時更新予定です。
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