新たな「安全神話」が形づくられようとしていないか。

 安倍政権が示したエネルギー基本計画案に、原発再稼働の手順が示された。

 安全性は原子力規制委員会の専門的判断に委ねる。規制委が新規制基準に適合していると認めた原発は再稼働を進める。国は立地自治体などの理解と協力を得られるよう前面に立つ。

 要するに、規制委の基準に適合した原発は国が全力で支援して動かすというわけだ。

 安倍首相は参院予算委員会で「世界で最も厳しい基準で安全だと判断されたものは再稼働していきたい」と述べ、閣僚らからも規制委の判断を「安全宣言」とみなす発言が相次ぐ。

 だが規制委の田中俊一委員長は「私どもは絶対安全とかそういうことは申し上げていない」「お墨付きを与えるためにやっている意識はない」という。

 確認しておきたい。新しい規制基準は原発事故以前よりもずっと厳しいが、万全ではない。

 たとえば、放射能が原発敷地外に放散した場合には周辺住民の避難が必要だが、規制基準に避難計画は入っていない。具体的な計画づくりと実施は、自治体や国の仕事になっている。規制委が基準適合を判断したからといって、住民の安全が保証されるわけではない。

 人口密集地に近い東海第二(茨城県)、浜岡(静岡県)の両原発や、県庁所在地にある島根原発についても、電力事業者は再稼働をめざしている。防災計画の策定が義務づけられた30キロ圏内の人口は、東海第二が98万人、浜岡では86万人、島根で47万人にのぼる。

 格納容器が破損する事態となれば、25時間以内に30キロ圏内の避難が必要という試算もある。津波や地震を伴う複合災害となれば、道路の寸断や大渋滞も起きるだろう。そうした中で、これだけの人を被曝(ひばく)させずに避難させることができるのか。

 日常を砕かれる住民への賠償の仕組みが全く不備だったことも、福島での事故で明らかになった。日本最大だった東京電力ですら支払いは不安だらけだ。他の事業者ならなお困難なのに、新たな仕組みも詰めないまま見切り発車するのか。

 事故の教訓のひとつは、万一に備えることだ。規制委の適合判断でどこまでリスクが減らせるか。それだけでは足りないものは何なのか。

 そこを見極め、国民に正直に説明することが、政治の使命である。規制委の判断をもって、住民を守る安全論議に終止符を打つことではない。