第4話 リバーシ
リュート、4歳。
オランダのサッカー元代表のヨハン・クライフ曰く――『まずボールをコントロールする、それがすべての基盤だ。もしボールをコントロールできないなら、ボールを追って走ることになる。それは別のスポーツだ』
と、言うわけでオレはいきなり魔術を使うのではなく、まず魔力をコントロールする訓練から始めることにした。
4歳になると下の子供達の面倒を見なければならない。
逆に面倒さえ見ていれば後は何をしていても許される。
面倒を見る子供は2~3歳の男女、3人だ。
彼・彼女達を、オレ達4歳の4人で面倒を見ないといけない。
オレ達は自室――2~4歳が寝起きする『子供部屋』で年下の相手をすることになっている。
だがオレを除いた3人が女子のため、勝手に子供達の面倒を全て見てくれる。
お陰で魔力をコントロールする技術磨きに専念できる。
オレは子供部屋の隅に陣取り、一般授業でエル先生が講義した内容を思い出す。
エル先生は『魔力』というモノが何なのか具体的に説明してくれた。
魔力はその人物が持つ魂の器に入るエネルギーそのもの。
体、精神を維持する魂の量は、種族に関係なくほとんど変わらない。
魔力とは体や精神の維持に必要な分を除いた、魂の器に残ったエネルギーの量を指す。
魔力量は、種族によっても千差万別。
湖のように大きかったり、洗面台ぐらいしかなかったり、コップ1杯程度しかない場合もある。
だから、魔力を根こそぎ使うと体や精神を維持するエネルギーが不足して意識を失ってしまうのだ。
(オレが気絶したのも、調子に乗って体や精神を維持するために必要な魔力まで使ってしまったからか)
なら、まず自分の魔力総量を把握して、どれぐらい使ってもいいのか限界値をはかる作業から始めよう。
目を閉じ内側に意識を向ける。
ぼんやりと温かな塊が胸の中心部にある気がする。
その温かな光から右腕にゆっくりと少しずつ流すイメージ。光は胸の中心部から、右腕に移動する。
魔力を消費する感覚はなく、体に疲労や虚脱感もない。
試しに右腕に集めた魔力を外部に放出してみる。
「うぉっ……」
光を半分程度、放出する。
体が徹夜明けのように重くなった。
(この光の塊そのものが使える魔力総量なのか)
恐らくその予想は当たっているだろう――自身の直感が告げる。
翌日。
『子供部屋』で、年下の面倒を少女達が見ている。
オレはそれを横目に部屋の隅に座り、再び魔力コントロールの特訓を開始した。
目を閉じ、胸の中心にある温かな光の塊をまずは感じる。
その温かな光から右腕にゆっくりと少しずつ魔力を流すイメージ。
昨日はただ右腕に移動させるだけだったから気にしなかったが、流れは真っ直ぐとは進まない。
マウスで直線を描くように光の道は歪んでしまう。
道の幅も波打っているように歪み、均一ではない。
(このままだと送りたい箇所に素早く、想定した量を安定的に運ぶのは無理だな)
まずは流れを真っ直ぐ、幅も自分で調整できるようになろう。
これができるようになれば必要量の魔力を、素早く必要な箇所に送れるようになる。
そこまで行けば、魔力をコントロールしていると言って差し支えないだろう。
腕をまくり、気合いを入れ直す。
だが、少女3人の抗議で、訓練は中断させられる。
「リュートくんもちゃんと下の子の面倒みなきゃダメでしょ」
代表として注意してきたのは、スノーという少女だ。
髪は銀髪のセミロング。
肌は真っ白で、犬耳と尻尾が特徴的な少女だ。
彼女は白狼族と呼ばれる北大陸の雪山に住む珍しい種族だ。
彼女と自分は同じ日、仲良く一緒に孤児院の前に赤ん坊の時、捨て置かれていた。
この異世界では意外と赤ん坊を無断で置き去りにする親は殆どいない。
この孤児院に来る子供達は両親が病気、事故、戦争等で死亡。
経済的な理由、他孤児院がいっぱいになったためなどだ。
残りの少女2人も、3歳の時に両親が病気と事故で亡くなり頼れる親戚もいないため引き取られた。
同じ日に孤児院の前に捨てられ、赤ん坊の頃から同じベッドで寝かされてきたオレとスノーは孤児院の中でも幼なじみ度が高い。
そのせいで2人でペアを組ませられることが多かった。
オレは愛想笑いを浮かべながら、言い訳する。
「そうしたいのは山々なんだけど、みんなのあやしかたが上手いからぼくの出番がなくてさ。だから邪魔にならないよう隅にでも座ってようかなっと思ったわけで……」
彼女達は子供をあやすのが本当に上手い。
すでに子供達は気持ちよさそうに布団で眠っている。
スノーは勝ち気な大きな瞳を、オレの顔へと寄せ要求を突き付けてくる。
「だったら、スノー達のおままごとを手伝って。役が足りないの」
「おままごと?」
視線を向けると、他2人の少女達が部屋の中心で座って待っていた。
「遊んでくれないと、先生にリュートくんがお仕事さぼってたって言うから」
「別にサボってたわけじゃないんだけど……わかったよ。一緒に遊ぶよ」
エル先生の名前を出されたらお手上げだ。
魔力コントロールの特訓を中断して、重い腰を上げる。
「それでぼくはいったい何の役をやればいいの? お父さん、それとも旦那さんとか?」
「リュートくんはね、ペットのピンクスライム役ね」
「それ本当に必要か……?」
思わず素で返事をしてしまった。
その日、オレは彼女達に解放されるまで、隅で『ぷるぷる』と言い続けた。
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ペット役をやってから3日連続で、彼女達のおままごとに付き合わされた。
その間にやった役は『白黒ウサギ』『長髭イタチ』『極楽オウム』などのペット役だけ。
一度、彼女達にペット役以外の役がやりたいと声をあげた。
しかし素気なく却下される。
彼女達がやるおままごとは、貴族のお嬢様ごっこだ。
今、富裕層はペットを飼うのが流行っている。だから自分達にもペット役が必要なのだと力説された。
前世の世界でも異世界でも、男が女子に口で勝てるはずがない。
しかも相手は3人で数でも負けている。
いくら精神年齢が30歳を過ぎていても、オレが彼女達に勝てる道理はないのだ。
だが、オレとて大人しく4歳の子供に顎で使われていたわけじゃない。
時間を見付けては孤児院近くの河原に行って、白く平べったい石を拾い集めた。
片面をインクで黒く塗り、陽に当てて乾燥。
いらない木板をもらい、ナイフで8×8=64のマス目を彫り刻む。
4回目のおままごと。
彼女達はいつものように、ペット役をするよう申し込んできた。
今回はこちら側もある条件を出す。
「ぼくが(前世の知識で)作ったゲームで誰か1人でも勝てたら、ペット役をやってあげるよ」
『リバーシ』を彼女達の前に突き出した。
「「「リバーシ?」」」
少女達は声を合わせて首を傾げる。
自作の盤とコマを使って、3人にリバーシのルールを説明した。
日本人でリバーシの名前を知っていて、ルールが分からない人はいないだろう。
それぐらい単純で覚えやすい。
だから、オレは数あるボードゲームの中でリバーシを選んだのだ。
狙い通り、少女達もすぐにルールを覚えてくれた。
まず1人目のチャレンジャーは、スノー。
彼女はもちろん白を選ぶ。
「先行はスノーからでいいよ」
「リュートくんに勝って、今日は金色マルマル役をやってもらうんだから」
なんだよ、金色マルマルって……。
スノーは嬉々として黒を塗りつぶしていく。
オレは最初、彼女に花を持たせるように黒い石を白く変えさせる。
「リュートくん、自分で作ったゲームなのによわーい」
スノーは自身が優勢だと思いこみ、調子に乗った発言をする。
得意気に犬耳をぴくぴく動かす。
「はっはっはっ。スノー、冗談を口にするならもっと面白いことを言わないと。足し算も引き算もまだできないスノーに、このぼくが知的遊戯で負けるとでも?」
「むぅー、やな感じ! だったらリュートくんが負けたら、金色マルマル役の他に、スノーの命令をひとつ聞いてもらうからね!」
「望むところだ。もしぼくが勝ったら犬耳と尻尾を思う存分モフモフさせろよ」
「犬耳じゃなくて、狼! スノーは白狼族なんだから!」
「はいはい、約束忘れるなよ」
『ぷんぷん』と怒るスノーを宥め、盤面に目を落とす。彼女は相変わらず考えなしに、黒コマを白へと変えていく。
スノーは誤解している。
リバーシとは最終的にもっとも多くコマの色を変えた者が勝者なのだ。
ゲーム途中のコマ数を誇っても意味はない。
白石がある程度増えたところで反撃に転じる。
隅を押さえて白石を黒に変えていく。
隅を押さえているから、スノーは石の色をもう変えられない。
盤面は一瞬で黒が優勢になる。
「うぅぅうぅ……負けました」
「素直に負けを認めるとは潔し。でも、モフモフの件は忘れるなよ」
「わ、分かってるよ。……夜、寝る時に触らせてあげる」
「お、おう」
スノーは恥ずかしそうに、犬耳をぱたんと倒して上目遣いで同意する。
こちらが照れてしまうほど、しょげた彼女の姿は可愛らしかった。
(なんかそんな言い方されると、ちょっとエッチな約束をしたような気分になるよな……)
「どうしたのリュートくん。顔、赤いよ。風邪でも引いちゃった?」
「い、いやなんでもない。次の相手は誰?」
汚れた考えを落とすように首を振り、勝負を挑む。
視界の端でスノーが不機嫌そうに頬を膨らませる。
その理由にオレは思い至らなかった。
(さっきのリバーシで大人げなく勝ちすぎたせいか? だったら次はもう少し手加減してやるか……)
そんなことを考えながら残る人種族の2人の相手する。
もちろんスノー同様、圧勝した。
勝負後、スノー達はリバーシを貸して欲しいと要求してきた。
強くなってオレを倒し、おままごとのペット役をやらせるためらしい。
心優しいオレは、快く敵に塩を送るようにリバーシを貸し出す。
彼女達はおままごとそっちのけで、リバーシの練習を開始する。
翌日も当然のようにスノー達はリバーシ勝負を挑んできた。
練習してきただけありそこそこ腕は上がっていたが、敵ではない。
リバーシをあえて選び作ったのは『ルールが覚えやすい』の他に、オレがやりこんでいたからだ!
引き籠もってた高校時代&一人暮らし中、遊ぶ友達もいなかったため時間を潰す時によく無料ボードゲームに熱中した。
リバーシはその中でもやりこんだ方で、一時はコンピューター相手では満足できなくなり公式試合に出ようかと真剣に考えたほどだ。
結局、初対面の人と会うのが怖くて参加しなかったが……。
そんなオレに4歳児が少し練習した程度で勝てるはずもなく、スノー達は惨敗を喫する。
外見は子供だが、中身は今年で31歳!
例えやりこんでいなかったとしても、子供に負けるほど弱くないわ!
……あれ、なぜだろう。目から水が溢れてきたぞ。
さらに数日間は勝負を挑まれたが、軽く全勝。
スノー達も実力差のあるオレと勝負するより、仲間内で遊ぶ方が楽しいと気付き以後、挑んでこなくなった。
子供達を寝かせた後は、スノー達は3人で交替しながらリバーシで遊んでいる。
さらにリバーシは、オレ達より年齢が上の子供達にまで流行する。
オレが作ったリバーシの盤、コマを真似して自分のを作り遊ぶ姿をよく見掛けた。
エル先生やボランティアのおばちゃん達も興味を示し、実際にやって好評を博した。
ルールが単純で一度覚えたら誰でも遊べるのがよかったのだろう。
スノー達のペット役から解放されたオレは、あらためて魔力コントロールの訓練に励む。
約30日ほどかかって魔力を糸のように細く、直線で素早く体中に移動させる技術を身に付ける。
慣れると意外と簡単だった。
さらに訓練期間で気付いたことがいくつかある。
ひとつは『魔力の塊から、魔力の欠片を引き離しても消えない』ことだ。
魔力の塊から、欠片を千切って右手人差し指まで移動する。
次に中指、薬指、小指と順番に。
体外に放出しない限り、魔力はどこへ移動させても決して消費したりしないのだ。
この技術は体のある一部を一時的に強化したい場合に重宝する。
例えば右腕を一時的に強化したい場合――魔力の塊から3秒分だけを千切って右腕に移動。
その魔力で右腕を包み込めばいい。
もうひとつは『魔力で包む量が多ければ多いほど力が増大する』だ。
しかしその分、魔力消費量は高い。
ほどほどに強化したい場合は、少しだけ魔力を使えばいい。
魔術コントロールの訓練がある程度終わると、抵抗陣の研究&訓練も開始した。
抵抗陣も研究の結果、才能のある魔術師をマネて空中に展開すると魔力を大量に消費することが分かった。
例えば右腕を突き出し手のひらを起点に抵抗陣を作り出すと、ただの空中に出すよりずっと魔力消費を押さえることができる。
この事実を知ると、自分とBマイナス級以上の魔力を持つ人達との絶対的な魔力量の差に愕然とする。
彼・彼女らはまったく気にせず肉体強化術や抵抗陣を使用している。
さらに攻撃魔術まで使えるのだから、才能差は歴然だ。
禁止されている魔術師基礎授業の様子を思い出し愕然とする。
才能という壁が圧倒的に違うことに。
彼・彼女達ももちろん長時間の戦闘を想定して、魔力消費を抑えた戦い方をしている。
だが元々持っている魔力量が違うためこちらが爪先に蝋燭を灯すような節約をしているのに対して、彼・彼女達は『さっきのスーパーより100円安いのを見付けた』と喜んでいるレベルだ。
『才能がない』と判断された者が、Bマイナス級以上の魔術師になれない理由がこれでよく分かる。
魔力量が根本的に違うのだ。
とりあえず手のひらを突き出せば、最小の魔力で抵抗陣を瞬時に作り出せるぐらいにはなった。
オレはこの研究と実験、練習で1年を使い切ってしまう。
時間ができたので続きをアップします。
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