第2話 魔術液体金属
オレ堀田葉太こと、この世界での『リュート』は3歳になった。
ようやく問題なく歩き、喋れるようになる。
外へ出て町の様子などを見て回りたかったが、孤児院の規則で禁止されていた。
1人で町に出ていいのは7歳になってからだ。
外へ出て町に行くのは禁止されているが、孤児院内を歩き回る分には問題ない。
午前中、オレは決まって孤児院の大部屋でおこなわれているエル先生の授業を受けた。
エル先生は孤児院と町の子供達を集めて読み書き、算数、この世界の歴史や一般常識などを教えている。
だから、おばちゃん達から先生と呼ばれ、慕われていたのだ。
(算数はともかく、この世界で生きていくためにはまず読み書きや一般常識を学ばないと)
授業を受ける子供は、小学校1年生ぐらいの年齢だ。
3歳の子供は自分だけだったが、後ろの空いている席に座って静かにしている限り追い出されることはない。
算数――足し算、引き算、かけ算、割り算はもちろん問題なし。
外見年齢は3歳だが、中身は今年で30歳。
高校中退だが、四則演算ぐらい身に付けている。
文字の読み書きも頭がまだ柔らかいのか、生まれ変わった脳みその出来がいいのか、両方の理由からなのか特別苦労ぜず覚えられた。
歴史の授業では、この異世界ができた成り立ちを詳しく教えてもらった。
全て話すと1日が終わるので、要約すると以下となる。
約10万年前――天神様と呼ばれる神様が天上界と地上界のふたつを作り出し、平和に統治していた。
しかしある日、6大魔王が天神様が使う神法と呼ばれる秘法を盗み出す。
魔王達は神法を自分達にも扱えるよう魔法に劣化改造し、地上界へと逃げ延びる。
そして6大魔王は、魔法の力で地上界を征服してしまったのだ。
しかし5大大陸に住む5種族の勇者達が立ち上がり、魔王から魔法の秘法を盗み出す。そして自分達が扱えるように魔術へと改造した。
そして、魔術と仲間の力によって6大魔王の内、5大魔王は倒し、封印。
今でも最後の魔王は、魔界大陸の奥深くで存命し息を潜めていると伝えられている。
だが、5種族の勇者達のお陰で再び地上界に平和がおとずれた。
以上がこの世界ができた歴史だ。
10万年って……。前世の人類の歴史が始まったのが約700万年前。それと比べれば大した時間ではないか……。
5種族の勇者達は、この世界を構成する人種――人種族、妖精種族、獣人種族、魔人種族、竜人種族の計5種族からきている。
人種族は、自分のような普通の人間だ。この世界でもっとも人口が多い。
妖精種族は、エルフやドワーフ、妖精などを指す。
獣人種族は、エル先生のようなウサギ耳など、獣の容姿が顕著に出た種族を指す。 竜人種族は、人種族と姿形は似ているが頭に龍の角が生えている。5種族中、もっともプライドが高い一族だ。
最後は魔人種族。この種族の分類は難しく、他4種族以外を魔人種族と呼ぶ場合もある。
今でも5種族の勇者達は『5種族勇者』として親しまれ、童話や英雄譚などの下地によく使われている。
次に一般常識。
歴史で学んだように魔王から盗み出した魔法を、地上大陸の種族が扱えるように改造した魔術というものがこの世界には存在する。
魔術を扱う者を、この世界では『魔術師』と呼ぶ。
魔王を倒し封印した歴史的経緯から、魔術師の社会的地位は高い。
もちろん魔術師にもピンキリ、ランクが存在する。
ランクが高ければ、高いほど社会的影響力も増大する。
以下がそのランキングになる。
SSS級
SSプラス級
SS級
SSマイナス級
Sプラス級
S級
Sマイナス級
Aプラス級
A級
Aマイナス級
Bプラス級
B級
Bマイナス級
Cプラス級
C級
Cマイナス級
一般的才能の場合、Bプラス級が限界。
A級は一握りの『天才』と呼ばれる者が入る場所だ。
S級は『人外』『化け物』『怪物』と呼ばれる存在。
SS級は魔王クラスと呼ばれる存在が入る場所。
SSS級は神法、神術と呼ばれる神の領域。
基本的に『魔術師としての才能がある』と呼ばれる子供達は、Bマイナス級以上の魔力を持っている。
これは潜在的な魔力量で、外部から大雑把に感知できる。
本人の努力と相性、工夫しだいでB級の魔力量しかないがA級、S級に行く者だっているらしい。
だがCプラス級の魔力を持っていて、Bマイナス級になった人材は過去誰1人いない。つまり、通用する魔術を使うには、一定以上の魔力が必要だということなのだろう。
Bマイナス級以上の魔術師になれば仕事は選びたい放題、高給取り、いわゆる勝ち組だ。
「生まれた時から勝ち組、負け組が明確に別れるなんて……」
しかも負け組判定を受けた者がBマイナス級以上の魔術師になった例は歴史上存在しない。
下克上は不可能という想像以上にシビアな世界だ。
そのため王族や貴族、高貴な血族達は魔術師以外との婚姻を嫌う傾向がある。
魔術師の才能が高い者同士が結婚すると、より才能のある子供が生まれてくる可能性が上がるためだ。だから古い血筋や高貴なほど魔力量が基本的に高い。
そして魔術は大きく分けて4種類が存在する。
①属性魔術
②無属性魔術
③回復魔術
④補助魔術
属性魔術は、読んで字の如く、魔力を火などの属性魔素に変換し操る魔術。
無属性魔術は、属性魔術以外の攻撃魔法などで、魔力そのものを操ったりするものを指す。
回復魔法は、体内に作用し主に怪我などを治す魔術。ゲームなどでは白魔法と呼ばれていたものだ。
補助魔術は、防御、移動補助などの攻撃以外の魔術を一括りで指す。
ちなみにエル先生の魔術師のランクは、Bプラス級。
ただし攻撃魔術より、回復魔術の方が得意だ。
そんなエル先生にオレは授業が終わると尋ねてみた。
「エル先生、聞きたいことがあるんですがいいでしょうか?」
「授業で分からないところがあったら、すぐに聞きに来るなんてリュート君はまだ小さいのに頑張り屋さんですね」
エル先生はほんわか幸せそうな笑みを浮かべて、頭を撫でてくる。
「授業で分からない所があったのではなく、ぼくには魔術師としての才能があるのか確認してほしいんです」
「あっ……」
撫でていた手が止まる。
両親に『赤ちゃんってどこから来るの?』と尋ねた時のような気まずい空気が流れた。
(えっ、そんなまずいこと聞いたのか?)
「その、あの、ですね……………………リュート君には魔術師としての才能はありません」
逡巡していたエル先生は、覚悟を決めると断言する。
「私が直接、リュート君がまだ赤ちゃんだったころに確認したので、間違いありません」
(赤ちゃんの頃、確認……ああ、そうか! 赤ん坊の頃、抱き上げられて頭に手のひらを押し当てた後、悲しそうな顔をしたのはそういう理由だったのか!)
長年の疑問が解けた合点のいった表情を、彼女はショックを受けたものと勘違いする。
エル先生は膝を床に付き、目線を合わせると真剣な声音で話し聞かせる。
「例え魔術師としての才能がなくても、決して嘆かないでください。魔術師になることだけがこの世界の全てではありません。先生はこの孤児院で何人もの、多くの子供達を見てきました。リュート君と同じように魔術師としての才能がなくても商人として大成した子や職人として独り立ちした子なんかもいっぱいいます。大抵そういう子は魔術師になる以上の幸せを見付けるものです。しかし、才能がないのに魔術師になるのを諦めきれず、現実と折り合いをつけられなくて不幸になった子達も何人も見てきました。リュート君は良い子ですからないとは思いますが……現実をちゃんと見据えて、身の丈に合った人生設計を立ててくださいね」
3歳児の子供に『才能がないから、現実と折り合いつけて、身の丈に合った人生設計を立てて』なんて普通言うか?
いや、それだけ魔術師の才能がないのに無茶をして身を破滅させる奴らが多いんだろうな。
「ちなみに……これは興味本位なんですが、ぼくの魔力量は魔術師のランクに当てはめるとどのくらいなんですか?」
「そうですね……C級ぐらいですかね」
C級、つまり下から2番目か。
エル先生は遠慮せず、ばっさりと答える。
『魔術師を目指すのを諦めてくれればいい』という目論みもあるのだろう。
ここは子供らしく、大人の思惑に乗って返事をする。
「本当にぼく、才能がないんですね……。ならエル先生の言うとおり、魔術師以外の道を探したいと思います」
「いい返事ね。それじゃ先生、この後まだ用事があるから行くわね」
「質問に答えてくださって、ありがとうございます」
エル先生は、立ち上がると最後に頭を撫で部屋を出て行く。
(オレには魔術師の才能はないのか……普通、こういう転生物語って、主人公に魔術の才能があったり、小さい頃から鍛えて魔力量を莫大にあげるとかじゃないのかよ)
前世ではイジメ主犯格に殺され、生まれ変わったら両親に捨てられ、さらに才能もないと断言される。まさに踏んだり蹴ったりだ。
(人助けするのにも、自衛のためにも力を付けるのは必須だが、魔術師になれないとこの世界ではキツイな……もう少し大きくなったら剣術や拳法でも習うか?)
ないモノを妬み羨ましがってもしかたがない。
オレは次善策に考えを廻らせる。
しかし翌日の授業で、光明が差した。
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一般常識の授業で、魔術道具について学んだ。
魔力を持たない一般人でも魔術を使用する方法がある。
それが『魔術道具』だ。
魔術道具とは、魔術の力を付与した道具全般を指す。
魔術の力で切れ味が増した剣、炎への耐性を得た鎧、風のように足が速くなる靴など――魔術道具は多種多様に存在する。
当然、普通の武器より値段は高い。
そんな魔術道具の説明で、実に興味深い代物があった。
『魔術液体金属』
金属スライムと呼ばれる魔物を倒すと得られるアイテムだ。
魔術液体金属は特殊な金属で、触れながら武具をイメージして魔力を流すとそのモノの形になる――という特性を持つ。
メリットは少量なら持ち運びが楽で携帯しやすい。
そのため暗殺者が好んで使っている魔術道具だ。
デメリットは一度形を固定したら二度と魔術液体金属には戻らない。
鮮明にイメージを描かないと、剣ならただのなまくらに、鎧は厚さが均一でない上、サイズも合わない品物しかできない。
使い所が限られ、扱いにくい上、値段は魔術道具のため高い。
不人気商品の代名詞とも呼ばれる品物だ。
脳裏に天啓にも似た電流が走る。
(この魔術液体金属を使って銃――ハンドガンが作れるんじゃないか?)
この世界の冶金技術はそれほど高くないが、火縄銃ぐらいなら作れるだろう。
しかし火縄銃のような撃つ度、いちいち弾を込める『先込め式』では意味が無い。
この世界の魔術師と渡り合う日が来た時、現代兵器――少なくてもリボルバーぐらいは必要になる。
『この魔術液体金属なら部品を作り出し、組み立て現代兵器――ハンドガンを生み出すことが出来るのではないか?』とオレは思ったのだ。
試してみる価値はおおいにある。
すぐにでも購入してチャレンジしたいが、そんな資金は持っていない。
魔術の勉強も一切していないため、『魔力を流す』が文字通りただ魔力を流すだけなのかどうかも分からない。
(別に魔術師になる必要はないけど、魔術について一通り勉強する必要はあるな)
オレは赤ん坊のうちから『魔術師としての才能はない』と烙印を押された。
だが、オレはそんな魔術の勉強に取りかかる決意をする。
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