特定秘密保護法を問う(19)「テロ権益」公安の手に、ジャーナリスト・青木理氏
2014年3月2日
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安倍政権の右傾化、不都合な情報を隠したい官僚の思惑という側面から語られる特定秘密保護法だが、「それでは問題の本質は見えてこない」とジャーナリストの青木理さんは指摘する。誰によって作られ、誰を利する法律なのか。背後に潜む存在に目を凝らせと警告する。
青木さんが切り出した。
「この法律は事実上、警備・公安畑の警察官僚によって作られた、警察のためのものです」
1990年代、共同通信社の記者として警視庁の公安部を担当して以来、警備・公安警察を継続して取材してきた。長年の蓄積があってゆえの見立てである。
断言するには根拠がある。法案のたたき台を作った内閣情報調査室(内調)の存在だ。内調とは国内外の情報収集に当たる総理大臣直轄の機関。青木さんが続ける。
「スタッフの多くは警察庁や全国の警察からの出向者。トップである内閣情報官は歴代、警備・公安部門出身の警察官僚が就いてきた。つまり内調は警察、とりわけ警備・公安の出先機関なのです」
秘密保護法制の必要性が強調されるようになったきっかけは2010年11月、沖縄県・尖閣諸島沖での中国漁船衝突事件を収めたビデオ映像の流出だった。翌年1月に「秘密保全のための法制の在り方に関する有識者会議」が発足。民主党政権下ではあったが、このとき内調が作った法案のアウトラインが今回のベースになっている。
果たして成立をみた法律が対象とする特定秘密は(1)防衛(2)外交(3)防諜(スパイ防止)(4)テロ活動防止-に関する4事項。そして、秘密指定を行うのは「行政機関の長」と定める。
ここに「警察のための法律」という意味が浮かび上がってくる。
「外務省や防衛省なら大臣たる政治家が一応担うが、治安に関する情報を扱う警察庁のトップはいずれも官僚だ。つまり、外部の目に触れることなく警察内部だけで秘密の指定が完結する」
そして最後の事項に盛り込まれた「テロ」。中曽根政権が1980年代に画策し、世論の猛反発で廃案となった国家秘密法(スパイ防止法)に、その2文字はなかった。
■お墨付き与える
なぜ警察は、警備・公安警察は、秘密保護法制を欲したのか。
警備・公安は思想的背景に基づく犯罪やスパイ防止のための捜査をする部門だ。著書「日本の公安警察」(講談社現代新書)で、その役割を歴史的経緯からひもといた青木さんの分析はこうだ。
「歴代の警視総監、警察庁長官に公安出身が多いことから分かるように、公安はエリートであり、花形だった。だが、オウム真理教による一連の事件、さらに警察庁長官の狙撃事件を防ぐことができず、権威は失墜。人員も減らされていくことになった」
東西冷戦は終わりを告げ、共産圏諸国の脅威は去った。国内でも過激派や左翼勢力は衰退の一途。存在意義が揺らぐなか、失態が追い打ちをかけたというわけだ。
組織の危機。そのとき内部にはどのような力が働くか。「組織維持のため権益を守り、その拡大を目指す」。その意味では挽回の機会をずっとうかがっていたことになる。
そして2001年9月11日、米中枢同時テロが起きる。「テロとの戦い」が叫ばれ、翌年、警視庁公安部に国際テロ対策を担う外事3課が新設される。今回さらに、法律という権益拡大につながり、かつ使い勝手のいい「道具」を手に入れることができた。
「安倍政権だからこの法律を作ったというよりは、このタイミングで安倍政権だったことが彼らにとって幸運だった。それも彼らにとっては満点以上の結果でしょう」。青木さんは続ける。「情報活動には曲がりなりにも歯止めがあった。少なくとも理由の説明が必要だった。それが今回、テロを防ぐ名目で捜査手法の隠蔽(いんぺい)にお墨付きが与えられたわけですから」
■信じる「正義」
警備・公安警察が、その活動によって正義の実現を志しているのも確かだだろう。その信じる「正義」の形が明るみに出た事件があった。10年10月、外事3課などが作成した国際テロ捜査の関連文書がインターネット上に流出。在日イスラム教徒を対象にした監視記録から、ベールに包まれてきた公安活動の一端が暴露された。
青木さんはその内部資料を入手。「住所に携帯電話の番号、職業、家族構成や交友関係…。まるでテロリスト扱いだった」。ある中東系大使館の日本人を含む全職員の銀行の出入金記録や都内の大学に提出させたイスラム教徒の留学生名簿のほか、主なレンタカー会社からは車を使った顧客の記録も手に入れていたことを示す資料もあった。
「『セブン-イレブンでセロハンテープを購入(目的は不明)』という記述まであった。それが治安を守ることに役立っているし、スパイを取り締まる法律がないから日本はスパイ天国なんだと、彼らは半ば本気で思ってる」
イスラム教徒というだけで捜査の対象になる。それは人ごとではないはずだ。外出すれば尾行がつく。喫茶店で人と会えば、その人が対象になる。交友関係を調べられ、そのまた友人も、と対象は広がっていく。それも自分のあずかり知らないところで。
実際、ムスリムの男性は本国の家族と会えなくなった。本人に身に覚えがなくても、当局にマークされていることが周囲に知れたら、どんな目で見られるか。その情報が本国に伝わっていれば、どんな事態が待っているのか-。国家権力によりプライバシーが侵されるということは、そういうことだ。
■危機意識利用
青木さんは、特定秘密を扱える人物かどうか、身辺を含めて調べる適性評価にも警鐘を鳴らす。
「例えば、外務省が何百人という該当の職員を調べられるはずがない。代わりに警備・公安警察が調べることになるだろう。対象は役所だけでなく一般企業や研究者などにも広がり、データは蓄積される」
危惧するのは6年後の東京五輪だ。「テロが起きる危険性は高まる。警察はそれを利用する。国民の危機意識をかきたて、情報は広く集めておいた方がいいと活動の範囲を広げていく」
それにしても、と青木さんは言う。
「オウム真理教の事件のときもそうだった。信者は車の免許の住所を変更していないだけで逮捕され、社会もマスコミもそれを許した。オウムだから仕方がない、と。オウム信者だろうが、ヤクザだろうが守られなければならない権利があるのに、そういう意識が国民の間で崩壊している。安全・安心のためといって、ルールもないまま増え続ける監視カメラも背景は同じです」
そして、また断言した。「市民の自由を監視する情報機関や治安機関の力が強くなれば、社会は息苦しくなる。それは洋の東西、社会体制の左右を問わず、歴史をみれば分かるはずです」
青木さんが切り出した。
「この法律は事実上、警備・公安畑の警察官僚によって作られた、警察のためのものです」
1990年代、共同通信社の記者として警視庁の公安部を担当して以来、警備・公安警察を継続して取材してきた。長年の蓄積があってゆえの見立てである。
断言するには根拠がある。法案のたたき台を作った内閣情報調査室(内調)の存在だ。内調とは国内外の情報収集に当たる総理大臣直轄の機関。青木さんが続ける。
「スタッフの多くは警察庁や全国の警察からの出向者。トップである内閣情報官は歴代、警備・公安部門出身の警察官僚が就いてきた。つまり内調は警察、とりわけ警備・公安の出先機関なのです」
秘密保護法制の必要性が強調されるようになったきっかけは2010年11月、沖縄県・尖閣諸島沖での中国漁船衝突事件を収めたビデオ映像の流出だった。翌年1月に「秘密保全のための法制の在り方に関する有識者会議」が発足。民主党政権下ではあったが、このとき内調が作った法案のアウトラインが今回のベースになっている。
果たして成立をみた法律が対象とする特定秘密は(1)防衛(2)外交(3)防諜(スパイ防止)(4)テロ活動防止-に関する4事項。そして、秘密指定を行うのは「行政機関の長」と定める。
ここに「警察のための法律」という意味が浮かび上がってくる。
「外務省や防衛省なら大臣たる政治家が一応担うが、治安に関する情報を扱う警察庁のトップはいずれも官僚だ。つまり、外部の目に触れることなく警察内部だけで秘密の指定が完結する」
そして最後の事項に盛り込まれた「テロ」。中曽根政権が1980年代に画策し、世論の猛反発で廃案となった国家秘密法(スパイ防止法)に、その2文字はなかった。
■お墨付き与える
なぜ警察は、警備・公安警察は、秘密保護法制を欲したのか。
警備・公安は思想的背景に基づく犯罪やスパイ防止のための捜査をする部門だ。著書「日本の公安警察」(講談社現代新書)で、その役割を歴史的経緯からひもといた青木さんの分析はこうだ。
「歴代の警視総監、警察庁長官に公安出身が多いことから分かるように、公安はエリートであり、花形だった。だが、オウム真理教による一連の事件、さらに警察庁長官の狙撃事件を防ぐことができず、権威は失墜。人員も減らされていくことになった」
東西冷戦は終わりを告げ、共産圏諸国の脅威は去った。国内でも過激派や左翼勢力は衰退の一途。存在意義が揺らぐなか、失態が追い打ちをかけたというわけだ。
組織の危機。そのとき内部にはどのような力が働くか。「組織維持のため権益を守り、その拡大を目指す」。その意味では挽回の機会をずっとうかがっていたことになる。
そして2001年9月11日、米中枢同時テロが起きる。「テロとの戦い」が叫ばれ、翌年、警視庁公安部に国際テロ対策を担う外事3課が新設される。今回さらに、法律という権益拡大につながり、かつ使い勝手のいい「道具」を手に入れることができた。
「安倍政権だからこの法律を作ったというよりは、このタイミングで安倍政権だったことが彼らにとって幸運だった。それも彼らにとっては満点以上の結果でしょう」。青木さんは続ける。「情報活動には曲がりなりにも歯止めがあった。少なくとも理由の説明が必要だった。それが今回、テロを防ぐ名目で捜査手法の隠蔽(いんぺい)にお墨付きが与えられたわけですから」
■信じる「正義」
警備・公安警察が、その活動によって正義の実現を志しているのも確かだだろう。その信じる「正義」の形が明るみに出た事件があった。10年10月、外事3課などが作成した国際テロ捜査の関連文書がインターネット上に流出。在日イスラム教徒を対象にした監視記録から、ベールに包まれてきた公安活動の一端が暴露された。
青木さんはその内部資料を入手。「住所に携帯電話の番号、職業、家族構成や交友関係…。まるでテロリスト扱いだった」。ある中東系大使館の日本人を含む全職員の銀行の出入金記録や都内の大学に提出させたイスラム教徒の留学生名簿のほか、主なレンタカー会社からは車を使った顧客の記録も手に入れていたことを示す資料もあった。
「『セブン-イレブンでセロハンテープを購入(目的は不明)』という記述まであった。それが治安を守ることに役立っているし、スパイを取り締まる法律がないから日本はスパイ天国なんだと、彼らは半ば本気で思ってる」
イスラム教徒というだけで捜査の対象になる。それは人ごとではないはずだ。外出すれば尾行がつく。喫茶店で人と会えば、その人が対象になる。交友関係を調べられ、そのまた友人も、と対象は広がっていく。それも自分のあずかり知らないところで。
実際、ムスリムの男性は本国の家族と会えなくなった。本人に身に覚えがなくても、当局にマークされていることが周囲に知れたら、どんな目で見られるか。その情報が本国に伝わっていれば、どんな事態が待っているのか-。国家権力によりプライバシーが侵されるということは、そういうことだ。
■危機意識利用
青木さんは、特定秘密を扱える人物かどうか、身辺を含めて調べる適性評価にも警鐘を鳴らす。
「例えば、外務省が何百人という該当の職員を調べられるはずがない。代わりに警備・公安警察が調べることになるだろう。対象は役所だけでなく一般企業や研究者などにも広がり、データは蓄積される」
危惧するのは6年後の東京五輪だ。「テロが起きる危険性は高まる。警察はそれを利用する。国民の危機意識をかきたて、情報は広く集めておいた方がいいと活動の範囲を広げていく」
それにしても、と青木さんは言う。
「オウム真理教の事件のときもそうだった。信者は車の免許の住所を変更していないだけで逮捕され、社会もマスコミもそれを許した。オウムだから仕方がない、と。オウム信者だろうが、ヤクザだろうが守られなければならない権利があるのに、そういう意識が国民の間で崩壊している。安全・安心のためといって、ルールもないまま増え続ける監視カメラも背景は同じです」
そして、また断言した。「市民の自由を監視する情報機関や治安機関の力が強くなれば、社会は息苦しくなる。それは洋の東西、社会体制の左右を問わず、歴史をみれば分かるはずです」
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