ごめんなさいろ

(世の中では数学が好きで得意な人はこういう人が多い。全国で選ばれし百名の秀才のみが入ることを許される東大理科三類には毎年灘、開成、筑駒の数研が何十人と入るらしい。そのうち半分は国語が苦手だが他教科はほぼ完璧とのこと。多分理詰めで考えればどんな教科でもできるようになるということなんじゃないだろうか。(これは俺の哲学の基礎論の話だがなにか難しいことを成し遂げようという時に最も大事なことは「考えること」だと俺は思う。)俺も多分こんな性格じゃなければ理三に入るくらいの素質はあるのかもしれない。というかやはり学ぶ環境というのはあると思う。灘高生と俺の高校の生徒では環境から勉強に対する態度が大きく違って、同じくらいの素質でも合格率は大きく違ってくるのだろう)バスケ部で運動も得意。家事は何でもこなせる。夢は数学の教師。ピアノだけでなくバイオリンも弾ける。友達もたくさんいる。東大理一現役合格。俺が思うに彼は自分のレベルを上げるためにこそ日々心血を注いでいたのだと思う。友達と談笑してても彼が時折見せる物寂しげな表情が切なくて俺にはとても印象的だった。彼も彼なりの地獄を生きていたのかもしれない。考えすぎか。その中で彼は身につけた能力の中でも数学を愛することができたようだ。だから俺に好意を持ってよく話しかけに来てくれたのだ。でも口舌学がなかった頃の俺は今よりもっと喋るのが下手で、ほとんど何も喋れないみたいな人だった。だから話しかけてくれても空返事しかできなかった。昨日(4/5)も写真撮影を待ってる時ベンチに腰掛けて本を読んでいたら偶然俺を見つけた彼が俺に話かけてくれた。あいにくその時もらったばかりの学生証を置き忘れたことに気づき、置き忘れた場所に向かわなければならなかった。あと五分で写真撮影が始まるというので急がなければならず、また彼とは話すことができなかった。彼はとても残念そうだった。俺が彼と別れる理由はもっともらしいけど、本当はただの言い訳だったのかもしれない。俺はあの時から何も進歩していない

ごめんなさいい

俺は常々好意に報いる事の出来ない者はクズだと思っている。
でもそれは幻想で現実はそんなにうまくいくものじゃない。
そんな時俺はいつも非常に居た堪れない気持ちになる。

俺の高校の学年には数学の二強がいた。俺とK氏(こう書くと夏目漱石の『こころ』みたいですね^^;)
自分で言うのもなんだが俺は天才型、K氏は努力型。というか俺は他人と全く数学に対する考え方が違う(違うということ①から三連投のコメントを参照)
勿論わかりやすい典型問題は普通に解けるがこんがらがってくると閃くかどうかの運になってくる
K氏は日々の血のにじむような鍛錬による経験で確実に解く。
ただ典型問題がないような高度な数学的センスが要求される難問の時K氏は最初から解法を諦める。
俺はどんな問題であれ閃けばけっこうな確率で解けてた。だから俺と彼では明確な上下はなかったな。
彼は非常に優秀。数学以外はほとんど俺より上だった。ま試験でいつも数学以外全教科負けてたわけではないんだけどね。

失敗

昨日(四月三日)と今日で全く合う人を見つけられなかった。
みんなちゃんと話す友達作っててすごい惨めだった。
はぁ浪人の時と諸手続きの時はうまくいったのになぁ
何なんだよ五つ前と八つ前の投稿は・・・
とても悲しかった。でもいろんなことを考えた。三年ぶりに口舌学が進展しそう。
辛い時こそ有用な哲学が生まれる。対偶を考えるとそれは哲学がないということが「幸せ」だということ。
でもそれは幸せではなくカッコ付きの「幸せ」だと思う。
というか俺は三年前の辛い時期に戻ったのかもしれないと思った。
俺の人生でなぜか決まって三年周期で訪れる厄年。今年は見事その厄年なよう。
さて今回はどんな地獄か。見事乗り越えた向こうには何があるのか

不誠実

アーチェ:テルル、送ったメールがすぐ返ってこないからって落ち込むのやめなさい
テルル:

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      / :::/;;:   ヽ ヽ ::l . :. :. .:: : :: :: :::::::: : ::::::::::::::::
 ̄ ̄ ̄(_,ノ  ̄ ̄ ̄ヽ、_ノ
アーチェ:落ち込むよりやることはいっぱいあるでしょ
テルル:デザインサークルのskypemeetingに参加するのに必要な情報をまだ教えてもらってないんだ。テニサーの方も
アーチェ:・・・
テルル:俺は見捨てられたんだ
アーチェ:・・・
テルル:・・・
アーチェ:・・・あなたは高校の頃の論文の宿題先生に一週間でだすって言って結局出したのは長期休みの後だったよね。
テルル:・・・
アーチェ:あなたは同じ悲しみを先生に与えたの。因果応報だよ。
テルル:その通りだ
アーチェ:泥臭くしがみついてついていきなさい。それがあなたの宿命

[表象の哲学]殴り書き哲学の意義

読者さんはいい加減タイトル哲学って書いてあるのに哲学以外のこと呟きすぎだとキレかけてるところだと思うのでいい加減このブログの趣旨を詳しく説明しときます
一.表現力を磨く
俺は使命感で生きてます。基幹理論を一般に普及することが俺の使命。将来どうするか考えていることはありますが、今死んでしまえば俺の構想はすべて破綻するので、命の駆け引きも視野に入れた選択ができないです。本にして残せばいつ死んでも悔いがなくなるわけです。だから本を書きたい。そのための練習としてブログを書こうと思ったわけです。ブログのランキングみればどのくらいうまく書けたかわかるじゃないですか
二.内面の逃げ場
俺の全力を受け止められた人間はネット上で二人しかいません。リアルではもう諦めてます。むしろリアルでは自分の内面を封じ込めることが必要だと思うのです。すがるものを見つけるのも大事ですが、一方で内面の鋭さを保つ事も必要。その訓練のためにここが必要なのです。それは哲学だけじゃないわけです
三.器用な思考
良い文章を書くには頭がトップ回転でないといけません、しかし頭は急には働きません。迅速に文章を書き、とっとと終わらせて切り替えるには頭の回転を止めなければなりません。しかし高速で回転している頭脳は簡単には止まりません。だから器用に頭を回転させられるように訓練する必要があるわけです。それは考えることが唯一の取り柄である俺にとって将来必ず必要になる能力なわけです。

テルル:一石三鳥の作戦だぜ(# ̄ー ̄#)ドヤッ
アンリエッタ:偶然ですわ^^;初志は一だけです。
アーチェ:三とか大変そう。潰れないように気を付けないと(;^ω^)
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