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リビティウム皇国のブタクサ姫 作者:佐崎 一路

第二章 令嬢ジュリア[12歳]

妖精王のおもてなしと世界樹の祝福

 北方諸国――リビティウム皇国と、東部のグラウィオール帝国を分断する、壮大な熾天山脈(してんさんみゃく)は、山裾付近まで純白の雪化粧に覆われ、その頂は今日も(はる)けき黎明の彼方に霞んで、窺い知ることはできません。

 深緑(みどり)豊かな森の木々の間から透かし見える霊峰は、まるで純白のドレスを着た貴婦人のように壮麗で、常に孤高の美しさをまとって聳え立っています。物語によれば、かつてその美しさに魅せられた熾天使(セラフィム)が、その翼を休めたとされる聖なる山は、今日も今日とてしんと音もなくその場に佇んでいました。

 エルフの若者達とのゴタゴタから数時間後――。
 どうにか全員の治療を終えた私たちは、エルフの里長『天空の雪(ウラノス・キオーン)』の招待を受けて、彼らが暮す隠れ里へと案内されることになりました。

 私たちが歩いているのは、人一人がすれ違うのも難しい鬱蒼とした森の細道です。足元にはたっぷりの腐葉土と尖った岩、太い木の根が顔を出してお世辞にも歩きやすいとは言えませんけれど、先行するエルフたちが歩いたところは、不思議にも均された道のように歩きやすくなっていた為、最初のうちはその足取りを辿るように注意して歩いていました。

 そのうち私の直前を歩くウラノスさんとプリュイが、私の歩幅に合わせて歩きやすい道を選ぶか、或いは精霊魔術で道を作ってくれているのに気が付いたため、その後はあまり気張らずに自然体でその背中を追う形で歩けば良いのに気が付きまして、割とすいすい歩ける様になりました。
 ちなみに私の後にはフィーアが続き、その背中にエレンとラナが乗っています。

 フィーアの方はどちらかといえば足取りよりも、その臭いを追っている感じで危なげなく付いてきています。私が余計な指示を出すよりもフィーア自身の判断に任せたほうが安心だと思って、口出ししないことに決めて無言で歩くことにしました。

 やがて森の奥に進むに従って道はいよいよ細くなり、歩くというよりも木の葉や枝を掻き分けて前に進んでいる気がしてきました。幾重にも重なった森の木に邪魔されて、既に熾天山脈の雄大な姿さえ目に入らなくなっています。

「これは、本当に道なのでしょうか? なにか下を見ても、足元すら覚束ない有様ですけれども」

 流石に不安に思って前を歩くプリュイに声をかけました。

「心配はいらん。人間の目には見えないだろうが、我々にははっきりと“妖精の道”が見えている。エルフ(われら)の里へ入るにはこの道を行くしかないからな」そう言った後で、少し考えるような間を置いた後付け加えました。「そんな訳で、逆にここで道を踏み外すとどこに出るかわからん。間違っても迷わないことだ」

「うへええ」
 フィーアの背中でエレンが盛大に顔をしかめて呻きました。

「――ふん。心根の卑しい人間や妖魔の類いは、一生辿り着けないと云われている。途中で迷っても俺は知らんぞ」
 フィーアのさらに後、バルトロメイの背後をおっかなびっくり歩きながら、エルフの若者(実年齢は182歳だそうですが)アシミが、まるで私たちがそうなる、ざまあみろと言わんばかりの口調で毒舌を振るいました。

『………』
 森に遮られて右も左もわからない状況で、すぐ前を行く相手の姿も見えないまま、そう脅されると不安で一杯になります。

「貴女方に関しては問題ありませんよ」

 姿は見えないまま、ふわりと柔らかな口調でエルフの里長――道すがらプリュイに聞いたところによれば、カーディナルローゼ超帝国神帝その方より『妖精王』の称号すら頂いている、『ライト・エルフ』の中では最高位に位置するお方だそうです――ウラノスさんが、私たちの不安を払拭してくださいました。

「心身ともに穢れなき乙女は『聖』なる存在ですから、精霊達は貴女方を歓迎します。また、バルトロメイ様はまごうことなき戦の神霊です。我らエルフは古来より勇敢な武人を、客人(まろうど)として歓待する風習がありました。……一族だけで暮していると、忘れがちになりますが」

 どこか自嘲するようなウラノスさんの言葉に、周囲の枝葉や梢すら揺るがしそうな胴間声で、バルトロメイが応じました。

「うむ。(ふる)きをたずねて新しきを知れば、以って師と為るべし! 旧き習慣だからといって捨て置くべきではないな。このバルトロメイ、いかなる戦場においても背を向けた事など一度としてなし! それゆえ戦以外は能のない不調法者であるが、逆に汝らエルフでは知り得ぬ事も多々あろう。
 武人は本来その武を示すのは戦場であり、ぺらぺらと口で語るなど愚の骨頂である。しかし、客人として招かれた以上、そちらの流儀にあわせる程度の作法は身に着けておる!」

「……どの口が自分を寡黙だとか言うのかしら。まったく、なんでこう自己評価が斜め上なのかしら、鏡を見ろって感じよね」

『がははははははっ!!』と呵呵大笑している声を聞きながら、思わず頭を押さえてそう呟きます。
 それに対して、
「「「いやいやいやいや」」」
 なぜか前後からプリュイ、エレン、ラナの否定の返事が返ってきました。
 え?! なんですの、これ!?

「同じ同じ」
「ジル様も鏡見る?」
「流石に私もその感想はどうかと思うぞ」

 口々に非難される私。なにげにアウェー感が半端ないです。なぜ!?

「ジル様はそろそろ自覚を持ったほうが良いと思いますけど」
 周囲の葉擦れの音とともに、エレンのため息混じりの声が追いかけてきます。
「エルフって物語とか吟遊詩人の歌では、“美神に愛された麗しい種族”ってのが謳い文句なので、そうとう美形かとあたしも期待したのですが……今回、実際にエルフを軒並み見ても、あたしもラナも里長のウラノス様以外はさほど、感動しませんでした。ぶっちゃけ看板に偽りありのガッカリ美形、ナヨナヨして貧弱なモヤシ程度にしか思えません」

『なんだと、この人間族(ビーン)風情がっ!!』

 むっとした怒気が前後を固める回復したエルフの若者達から上がりますが、特に気にした風もなくエレンは続けます。

「なぜかといえば、簡単です。あたしたちはそれよりも遥かに綺麗で、生き生きと魅力的な相手を知っているからで――」
「そろそろ到着です」

 鼻息荒く何か言いかけたエレンの台詞に被せるようにして、ウラノスさんの涼やかな言葉が聞こえた瞬間、目の前の鬱蒼と折り重なった枝葉が消えて、まるで魔法のように、明るい日差しが降り注ぐぽっかりと開けた場所に入り込んでいたのでした。

「ようこそいらっしゃいました。我がエルフの里『千年樹の枝(ミレニアム・ラームス)』へ」



 ◆◇◆◇



 そこはまるで城砦のようでした。
 ちょっとした小山ほどもある巨木――枝の一本が数メルトの幅がある、気の遠くなるほどの規模の大きさです――の上に、集落というよりも立派な街が存在しているのです。

 緑深い青葉に囲まれて現在位置は不明ですが、相当の高地にいるはずです。
 どこをどう通ってこの場所に辿り着いたのか理解できませんが、幅広い枝の先には一際壮麗な緑の葉で屋根を葺いた美しい館がありました。
 その他にも枝のあちこちに建物がぶら下がるように建っていて、お互いの間に蔓で作った滑車のようなモノが張られて、自在に行き来しています。さながら空中都市といったところでしょう。

「凄い。ひょっとしてこの木が伝説に謳われる『世界樹(ユグドラシル)』ですの?」
「いえ、この地上にある世界樹(ユグドラシル)は全て枯れ果てました。この木はその子孫に当たる千年樹です」
 ちょっとだけ感慨深げに、巨大な樹木を見渡すウラノスさん。
「かつてみた世界樹(ユグドラシル)に比べれば、小枝も良いところです……まあ、それは置いて、取りあえず、私の屋敷へご招待します。ようこそ、花の娘よ」

 振り返って大仰に両手を広げ、歓迎の意を表す彼に向かって、私も改めてスカートを抓んで深々と腰を落として、正式なお辞儀(カーテシー)をしました。

「感謝いたします、妖精の王よ」

 私の作法に則った挨拶を受けて、満足げに周囲を見回すウラノスさん。この時になって、私は初めて沢山のエルフたちに囲まれているのに気が付きました。

 ちくちくと突き刺すような視線の多くは敵意を含んでいるようですが、
「到底人の子とは思えんな」
「癒し手だそうだ」
「随分と精霊に好かれている」
「神獣ではないか」
「長の知人の娘だそうだ」
 それよりも好奇心の方が優先されるようで、さほど居心地が悪いというほどではありません。

 ちなみにエルフは男女ともに髪が長い美形で、女性でもスレンダーな体型ですので、成人ならどうにか区別がつきますが、これ子供だったら見分けるのは苦労しそうです(後から聞いたところでは、エルフは長命なせいか野生のパンダ並みに繁殖力に乏しく、最年少が144歳のプリュイだそうです)。

 屋敷へ向かう内に、いつの間にか付いてきていたエルフの若者達が、プリュイとアシミを抜かして姿を消して、代わりにどこか落ち着いた――見た目は青年でも年長者なのでしょう――物腰のエルフたちに護衛されて、光るキノコや草花に飾られた小道を誘われ歩いて行きました。

 木造……というよりも組木細工のような不思議な構造の屋敷を先導されて、広い部屋へと案内されました。

「お座りなさい、花の娘とその仲間達よ」
 差し渡しが7~8メルトはありそうな一枚板でできたテーブルに案内されて、椅子に座ると、どこからともなくエルフの侍女が現れてテーブルの上に料理を並べ始めました。

 立場を考えて、慌てて席を立とうとするエレンとラナを、視線でやんわりと制すると、ウラノスさんは渡された磁器の杯を手にして立ち上がりました。
 併せて私たちも杯を手に立ち上がります。

「久方ぶりの客人の来訪だ。それも我が知人の娘であり、里の子の恩人でもある。この出会いに感謝と世界樹の祝福があらんことを願い、まずは乾杯といこう」
『世界樹の祝福があらんことを』
 それに応えて、周囲のエルフたちも唱和しました。
 そして杯に口をつけます。

 私たちも形式上、赤い液体が張られた杯に口を付けましたが、
「これは……」
「葡萄酒ですわね」
「美味しい」
「ほう。まずは一献のつもりでいたが、なかなかに甘露であるな。これは杯が進むわい」
 軽く口を付けるだけのつもりが、するすると一気に杯を空にしてしまいました。

 お酒なんて前世を含めても甘酒か玉子酒くらいしか飲んだことがありませんが、この葡萄酒はこれまで口にしたことがないほどの馥郁(ふくいく)たる香りと、芳醇(ほうじゅん)な味わいで舌が蕩けるようです。

「いかがですか。最高の当たり年に摘んだ葡萄で作った葡萄酒を、長期保存の魔術で300年寝かせた自慢の品ですが」
 ウラノスさんが瓶を抱えて、手ずから私たちの杯に二杯目を注いでくれました。

「さ……」
 300年ものの年代物(ヴィンテージ)と聞いて跳び上がりそうになりましたが、考えてみればエルフのタイムスケールから云えばさほど驚くほどの事ではないのかもしれません。が……。

「あの、もしや100年モノとか蔵に有り余っていらっしゃるとか……?」
「ふむ。確かにその程度のものであれば、かなりの量がありますが、それがなにか?」
「いえ、もしもそうであるならば、値段の調整は必要でしょうが、販売目的で放出するのでしたら、凄まじい値段がつくのではないかと思いまして……下世話なお話で申し訳ありません」

 周囲の反応があまり芳しくないのを感じて、私はウラノスさんに頭を下げました。

「いえいえ。そうした考えは我々にはなかったもので、なかなか興味深いですね。そもそも酒精の類いの販売は、ドワーフ族の専売特許と思っていましたし」

 微笑を浮かべるウラノスさんの周りでは、“ドワーフ”と聞いただけでアレルギー反応を起こしたらしいエルフ達が、「あの金臭いビア樽どもが!」「酔っ払う以外に芸のないウスノロの髭面」「穴倉の中で岩と暮らして居れば良いものを」等々、人間族を相手にしたよりも余程憎々しげに陰口を叩き始めました。
 話には聞いていましたけれど、本当に仲が悪いのですねこの種族同士は。

「まあ、取りあえずそうした実利的な話は後ほどゆっくりと行いましょう。まずは宴をお楽しみください。エルフ族の食事ですから、人間族の方にはお口に合わないかも知れませんが」

 並べられた料理を勧めながら、にこやかに軽く手を打ち合わせるウラノスさん。それに応じて、リュートや横笛などという楽器を持ったエルフ達が現れました。

 すると黙って座っていた、プリュイとアシミも立ち上がって、各々竪琴とリュートを持って一団に加わりました。そのまま、緩やかに演奏を始めます。
 昔話で語られる妖精の歌――その技量は草木や禽獣の心すら動かすという、エルフの手になる演奏にうっとりと聞き惚れながら、私たちは並べられたご馳走に舌鼓を打ちました。

 確かに肉類は一切ありませんが、百合の根や山芋、タラの芽などを擂り潰して作った真薯(しんじょ)牛蒡(ごぼう)廿日大根(はつかだいこん)、若葉などを()えたサラダ、玉葱と刻んだパプリカを塩で味付けしただけのスープ、南瓜を潰して小麦粉に練り込んだパイ、大麦とえんどう豆、レーズンを入れたドリア等々、食べる端からこれでもかと出てきます。

 バルトロメイは葡萄酒の方を豪快に、並べた瓶ごとラッパ飲みしていますが、エレンとラナは完全に食べるほうに専念していました。

 私の方は食事を口にしながら、半分上の空で今後のエルフと人間(正確にはこの里とブラントミュラー家と)の関わり方について、考えていました。

 先ほどの葡萄酒の件ですが、もしも輸出できるほどの量があるのでしたら、積極的に交易をすることで相互に経済効果が望めるのではないでしょうか。
 とはいえ、私の勘ですが、そうした算盤勘定はウラノスさんはあまり興味がないように思えます。
 また、既得権を脅かされる恐れのある人間族の商売人にも、余り歓迎はされない気がしますし……ここは数量限定で、王侯貴族専門に客層を絞って、あとは人員の交流による波及効果を言及する程度でしょうか。

 悩む私の心中を見透かした顔で、ウラノスさんが微笑ましいものを見る顔で笑っています。
 どうにもあの相手に腹芸は通用しそうにないので、この先は素直にぶっちゃけたほうがよさそうですわね。

 そう開き直って、私も料理に没頭することにしました。
 ちなみに考え事の半分は、この料理のレシピをどうにか解明しようという下心でしたけど。
次回更新は1/27の予定です。(間に合わない場合は1/28には更新いたします)

某熾天使「確か大陸を勝手に出歩いていた姫を探すのに、あの山で一休みしてたんですよね」
某薔薇姫「それが見られたってことは、そんなところまで登ってくる人も居たんだねえ」
某熾天使「それももともと姫が北方諸国で奇跡を連発して騒ぎを起こし、そのまま山に逃げ込んだせいで、教団員が総出の山狩りみたいになったためですが」
某薔薇姫「・・・・・・」

1/26 葡萄酒につきまして、300年ものは無理!というご意見をいただいたことで「長期保存の魔術で300年寝かせた」という形に変更しました。

1/26 脱字の追加をしました。
×気の遠くほど→○気の遠くなるほど
1/29 
×どこをど通ってこの場所に→○どこをどう通ってこの場所に
1/30 脱字の追加をしました。
×ウラノスさん涼やかな言葉が聞こえた瞬間→○ウラノスさんの涼やかな言葉が聞こえた瞬間
+注意+
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