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リビティウム皇国のブタクサ姫 作者:佐崎 一路

第二章 令嬢ジュリア[12歳]

昔日の夢と未来の希望

今回はちょっと短めです。
 屠殺場の家畜のように、死屍累々といった感じで転がっているエルフたち(カトレアの娘は「魚河岸の冷凍マグロみたい」と評していたが、多分似たような感想なのであろう)。
 いずれも200歳前後の血気盛んな――怒りの精霊に取り憑かれやすい――里の若者ばかりである。

 幸いにして、全員が打ち身や打撲、単純骨折程度で、即座に命に関わるほどの怪我を負った者はいないのだが、その間を甲斐甲斐しく動き回って治癒術を施している娘は、こちらが恐縮する程真摯な様子で陳謝を繰り返しては、疲れた素振りも見せずに治癒術での治療を献身的に行ってくれている。

 里で一番年の若い『雨の空(プリュイ・シエル)』が、好奇心から人里近くへ近寄り、人の子に拐われた。その為にこれを取り戻しに行く……という、事の発端と彼らの取った行動は理解できるし、至極当然であると思えるが、結果的に『雨の空(プリュイ・シエル)』を救い出してくれた恩人に対して、「人間族であるから」という理由だけで、話し合いもせずに攻撃を加えようとした。

 もともとの理由はどうあれ、そもそもエルフ族の価値観では個の罪はあくまでその個に対して負わせるものであり、全体に転嫁することや、ましてや関係ない個に対して報復するなどあってはならないことである。

(人間のことは言えぬな。我らも狭い社会に生きてきたため、偏見に蝕まれているか……)

 草の上に並べられて呻き声をあげている、彼ら若いエルフ達の暴走を内心苦々しく思いながら、私は密かにため息をついた。

 彼らの行動はエルフの価値観から見れば自業自得ともいえる。非は彼女達にないし、怪我をさせたことに対して謝罪をするのは見当違いどころか、怒りの矛先を向けるのが普通だと思うのだが、どうやらあの娘にはそうした発想はないらしい。人間とは思えぬほど、驚くほど無欲で誠実な人柄である。
 比べてみれば、彼女の母親である『リビティウム皇国のカトレア』こと聖女教団筆頭の巫女姫であったクララには、目から鼻へ抜ける聡明さがあったが……反面、どこか脆さと不安定さを常に感じていた。

 およそ20年前であろうか。
 当時、約80年ぶりにふらりと私の前に現れた、里の恩人であり至高天の主であるかの御方(、、、、)に誘われて、レジーナ殿と三人で数年間大陸中を漫遊して歩いたのだが(私も600歳近くになり無聊を託っていたため、好奇心の赴くまま旅の友となった)、その際に訪れたリビティウムで出会った彼女には、そんな風な危うい印象を受けたものだが……不思議と、この娘にはそうした部分が微塵も感じられない。

 人の子とは思えぬ繊細に整った顔立ちと、可憐な仕草、どこか儚い表情は、確かに母であるクララと瓜二つと言っても良いが、彼女にはなかった透明感と温かさがある。

 魔術師の杖の先に淡い治癒の光を携えて、まるで戦場のような現場を跳ね回っている黒衣のドレスと帽子に付いた薔薇の飾りを眺めながら、私――エルフ族の里長である『天空の雪(ウラノス・キオーン)』は、ふと在りし日の幻影をその上に重ねて、自然と頬に微笑みが浮かんでいるのに気が付いた。

「……なるほど。確かに見た目だけで、中身はあまり母親には似ていないようだ。それどころか、その心根は、かの御方(、、、、)……教団が崇める初代聖女たる、あの薔薇の聖女(ローゼン・ハイリガー)様に相通じるものがある。そう思いませんか、バルトロメイ殿?」

 私がちらりと傍らの巨体を見上げると、魁偉な髑髏の面相に謹厳な表情を貼り付けた死霊騎士(デス・ナイト)が、
「……ふむ。まだまだ未熟よ。だが、まあ、仮にお主の言う薔薇の聖女様がこの場に居れば、同じことをしたであろうな」
 憮然とした中にも、どこか誇らしげにそう付け加えるバルトロメイ。

(そういえば、かの御方は先代の巫女姫を指して、「弱弱しい外見とは裏腹に、あれは強者だね。見る者の保護欲を誘って相手に『庇護』という名の奉仕を強いる。そして、自分からは求められる以上の事はしない。ま、偶像(アイドル)なんてそんなモノかも知れないけど」と苦々しく評していたものだが……)

 手厳しい評価を思い出して、私はそれとは真逆の行動を取る娘――『シルティアーナ』――を、好ましく見詰めた。



 ◆◇◆◇



『カトレアの巫女姫』と呼び掛けられた私は、それがエルフ語であったことと、エレンとラナの二人が眼前のエルフの長――ウラノスさんに魂を奪われて、茫然自失しているのを確認して、軽く安堵しながらいささか堅い声で応えました。

『人違いですわ。わたくしはそのような名で呼ばれる者ではございません』

 私のハイエルフ語を聞いて、軽く驚きの表情を浮かべたウラノスさんですが、
『ふむ? その霊気、魔力の質、色彩、どれを見てもクララ殿そのもの……いや、そうか、もう外の世界では20年は経っているのだな。となれば……そうか! 君はシルティアーナであろう? そっくりだ!』
 合点がいったという顔で納得する彼を見て、誤魔化すのは無理だと観念した私は、手短に事情を説明しました。

『かつてそうした名で呼ばれたのは確かですが、今の私は単なる市井の一個人“ジル”と呼ばれる娘です。どうかそのような大仰な名で呼ばず、せいぜい呼び捨てにしてくださいませ。……というか、そんなに生母に似ていますか?』

 ふと、期待を込めての問い掛けに、長は「ふむ」としばし考え込んで、ゆっくりと首を横に振りました。
『……いや。言われてみれば特徴は似ているが、確かにまるで別物だな。失礼した、シルティアーナ嬢』

 どうやら絶世の美姫と謳われた生母と、生前に直接の面識のあるらしいエルフの長。その方に初対面で母と間違えられたことで、ひょっとして私って……と密かに期待して訊いてみたのですが、あっさりと否定されてしまいました。

 ……いえ、まあ、所詮は雑草、さほど失望はありませんけど。

『ジルとお呼び下さい。ウラノス様』
『ウラノスで構いませんよ。それと、私にとっては貴女の母であるクララ殿が付けた、その名を偽るのは心苦しいですので、変わらずにシルティアーナと呼ばせていただきたいのですが? 無論、必要であれば、人の言葉ではジル殿とお呼びしますが』

『むうう……。では、これから喋るのはヒトの言葉で、その際は「ジル」でお願いします』
 亡くなった生母を引き合いに出されると、無理に我を通すのも心苦しいですので、取りあえずそのあたりで妥協を申し出てみました。

「わかりました。では、ジル。改めて謝罪申し上げます。我が里の者が非礼を働いたこと、すべて里長である私の不徳とするところです」

 エルフの里長という立場に拘泥することなく、自然な動作で非礼を詫びるウラノスさんの態度に、「ほほう」とバルトロメイが鬼火の目を細め、見ていたプリュイが目を丸くして、アシミはショックのあまり卒倒して、そして私は……思いっきり焦って両手を振りました。

「そ、そ、そんな風に頭を下げないでくださいませ。もともと私ども人間族がこの地で勝手をしたのが原因ですし、そもそも今日のことにしても、プリュイに怪我をさせて……って、あああっ! いけないっ、他のエルフの方々が先ほどのバルトロメイさんの反撃で、怪我をしたままですわ、すぐに治療をしないと!」
「長、ジルは“癒し手”です。私の怪我も治してもらいました。他の者を治療してもらってはいかがでしょうか?」

 おずおずと口添えしてくれるプリュイを、穏やかな眼差しで見るウラノスさん。

「ああ、よく知っているよ(、、、、、、、)。ジル殿、こちらの勝手な行動で、貴女に危害を加えようとして怪我をした跳ねっ返りばかりだが、大切な里に暮す同じ枝の一族ばかりだ。できれば彼らの治癒をお願いしたいのだが……無論、それなりの礼はさせていただく」
「と、とんでもないです! こちらの過剰防衛も良いところですので、私にできることであれば治癒いたします。いえ、是非やらせてください!」

 勢い込んで申し出た私の顔を、ウラノスさんはなぜかまじまじと見直し……ふっと、肩の力が抜けた笑みを浮かべました。

「……やはり違いますね。カトレアとは」

 まあ、親子とは言えあちらは『蘭の女王(カトレア)』で、こちらは『豚草(ブタクサ)』ですからね。いちいち比較されると余計惨めになるので、できれば止めていただきたいところです。

 そう視線で訴えたところ、
「ですが、私は貴女のような生き生きとした花の方が好きですよ」
 精一杯のフォローでしょうか。にっこりと邪気のない顔で微笑むウラノスさん

 その美貌と甘い台詞回しを耳にして、『きゃあ~~~~っ!!』と背後でエレンたちが黄色い嬌声をあげました。

 まあ、私としてはイロイロ背後関係がわかっている分、自分でもいささか僻みが混じっているとは思いますが、雑草が好きとは流石はエルフ、変わってますわね……程度の感慨でしたけれど。

「取りあえず手の空いている全員で、転がっているエルフをこちらに運んでください。何かの下敷きになっていて人手が足りないようでしたら、フィーアかバルトロメイさんに手を貸してもらいますので、すぐに呼んでください」
「うむ。かたじけないジル殿、バルトロメイ殿、お手数をおかけする」
「気にするな。袖すり合うも他生の縁、昨日の敵は今日の友である。我らお互いにわだかまりは無い故、遠慮は要らぬぞ」
『………』

 良いことを言っているのはわかります。
 脳筋…もとい、体育会系…もとい、騎士ならではの爽やかで後腐れのない素晴らしいご意見だということも重々理解しています。
 ですが……ですがです、まるで爆弾でも落ちたかのように、数十メルト四方が広大な、剥き出しの大地とさらにその向こう数百メルトに渡って瓦礫とエルフが散乱している現場で、これから自然を守る為の平和的な話し合いをするかと思えば、エルフ・人間ともその元凶に対してツッコミを居れずには居られませんでした。

「「「「「状況を悪くした貴方(お前)(あんた)(貴様)が、なんで場をまとめるのよ(んだ)!!」」」」」

 莞爾(かんじ)と笑う本人とウラノスさん以外の全員が、思わずその場で絶叫を放ちました。
世界のアイドルだった巫女姫クララさんについて、ちょっとだけ第三者の視点を入れてみました。

3/2 文章訂正いたしました。
×確かにかつてそうした名で呼ばれたのは確かですが→○かつてそうした名で呼ばれたのは確かですが
+注意+
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