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リビティウム皇国のブタクサ姫 作者:佐崎 一路

第二章 令嬢ジュリア[12歳]

エルフの娘とジルのクッキー

『可及的速やかにエルフと交渉すべし。現場の判断はそちらに一任する。絶対に武力紛争に発展させないことを厳命する』

 来る時に馬車でほぼ半日費やした距離を4時間あまりで往復してきた――多分その半分以上は、こちらからの連絡を受けて、大慌てで対応を協議したクリスティ女史の苦悩と煩悶の時間でしょう――天狼(シリウス)にして私の使い魔(ファミリア)のフィーアの背中を撫でて、仔狼の頃から好物にしている私の手作りクッキー(小麦粉に栄養価の高いチコの実等を混ぜて作った素朴なもの)を与えて労をねぎらいながら、私は女史からもたらされた手紙の簡素な文面を読んで、ため息をつきました。

 気楽に言ってくださいますが、事ここに至ってはかなりの難題でしょう。
 そもそもエルフから見ればこの開拓村の住人は紛れもなく侵略者です。その上、彼らの土地と大切に育ててきた自然を奪った略奪者でもあります。更に言えば、なおも30年以上もじっと我慢した上で、ついに堪忍袋の緒が切れての最後通牒となります。

 はい。完全に詰んでますね。

「これはもう、エルフ側の要求を全面的に受け入れる他、交渉の余地はありませんわね」

 用意された別室に集まった面々を見回して、私は対策とも言えない当然の帰結を口に出しました。
 それを聞いて、執事(バトラー)のカーティスさんが冷然とした表情で頷き、今回の警備責任者である騎士のウォルターさん、冒険者パーティのリーダーであるノーマン氏も、苦虫を噛み潰した顔で同意しました。

 ただ一人、デメリオ村長だけが不満顔ですが、流石に空気を察したのか自分からは発言せずに、ソファーに腰を下ろしたまま、貧乏揺すりなんかをして、それとなく自己主張をしていますが、部屋に詰めている全員が完全に無視の体勢です。

「とは言え、ある程度の譲歩を引き出す必要もあるでしょう。万一、皇帝陛下からの直接の謝罪や、この地の割譲、独立などと言い出された場合、逆に帝国側の不興を買って取り返しの付かない事態になる事もございますから」
「その通りです! あの礼儀知らずのサル……いや、杣人(そまびと)どもは、事もあろうに我ら帝国民を見下しておりますから、下手に譲歩などすれば図のぼせて何を言い出すかわかったものではございません。断固たる処置をすべきです!」

 ため息混じりのカーティスさんの台詞の尻馬に乗って、デメリオ村長が唾を飛ばして力説しました。
 とは言え聞いている方は、全員が冷めた目でそれを見るだけですが。

『……なんでこの馬鹿がこの場にいるんだろう?』

 壁際に控えている侍女のエレンやラナも含めた全員の心が、ひとつになった瞬間でした。

「幸い……と言っていいのか不謹慎な部分もございますが、現状はギリギリ相手(エルフ)側が理性を保っている状況ですので、事がこれ以上大きくならない内に……可能な限り、統治官たるブラントミュラー家で処理できる内に、最善の手を打つべきでしょう」
「そうなると伐採した山を数十年かけて、植林による原状回復するのは当然として、少なくともこの村の廃村くらいは視野に入れないと駄目よね」
「はっ?! あの、廃村とか、あのそんな……!」

 私とカーティスさんの話し合いの合間に雑音が入ってきますけれど、当然のように無視いたします。

「しかしそれではただ元の状態に戻しただけで、失われた30年の損失を考えればエルフ側にとってはまだまだマイナスでしょう。何か付帯条件プラスアルファを添付しないと、到底納得しないと思われますが」
「難しいな。エルフってのは人間とちょっと価値観が違うからな。金品を与えたところで、さほど興味はないだろう。まだしも人間の街に出てくるような好奇心旺盛な連中ならともかく、山里に隠れ住んでいる“本物”となると、俺も見当がつかないな」
「ふむ。人間相手であれば、相手側の責任者の首でも差し出せば済む話なのだがなあ」

 何人かのエルフとも交流があるという経験豊富な30代の冒険者リーダーのノーマン氏が、古武士風の風格を湛えた顔をしかめ、同年輩の騎士小隊長ウォルターさんも面倒臭そうに嘆息しました。

「まあ最悪、責任者の首を要求されたら従うしかありませんな」

 冷徹なカーティスさんの言葉に従って、全員の視線がいままで無視されていたデメリオ村長――正確には、その首から上――へと向かいました。

「へ……っ?! ど、どういう意味で?」

 不穏な気配を察して、素っ頓狂な声をあげる村長……を再び無視して、全員が共犯者の顔つきで一斉に頷きます。

「「「「「「じゃあ、そういうことで」」」」」」

 なにか喚いている、私たちの共通認識としては既に亡き者であるデメリオ村長を華麗にスルーして、話し合いは次にどうやってエルフとコンタクトを取るかの議題へと移ろうとしていました。

「取りあえずは、こちらから出向くしかないでしょうね。私とフィーア、それとこの手の交渉となればカーティスさんと、できればノーマン氏にもご協力願えれば幸いですが」
「俺がいてもどこまで役に立つか、あまり期待しないでくれよ。それと、追加料金は貰うぜ」
「それについては充分な補償をさせていただきます。――できれば、お嬢様にはお残り願いたいのですが」
「そうは参りません。責任の所在を明確にして、こちらの誠意を見せるためにも、養母(はは)の名代である私が前面に出るのが筋と言うものでしょう」
「ご立派っ。口で言える奴は多いが、実践できる奴は少ないからな」

 痛快そうなノーマン氏の口上を受けて、なんとなくまた全員の視線が、いまだ「私は村の為を思って!」「そもそも国が国民を守るのが筋だろう」と益体(やくたい)もない自己弁護と責任転換をしているデメリオ村長(故人)へと向かった。

「それと、ウォルターさんは私たちが不在の間に、村人が軽はずみな行いをしないよう監視をお願いします」
「……わかりました。確かに必要な措置でしょうな。お嬢様を直接お守りできないのは痛恨の極みですが」
「そいつは俺に任せてもらおう。このお嬢さんは将来“いい女”になりそうだからな。“美人”は少なからず居るが、“いい女”はなかなか居ない。ここでなくすのは惜しいってもんだ」

 ウォルターさんの嘆息を受けて、ノーマン氏がニヤリと男臭い笑みを浮かべて請け負いました。
 その言葉を聞いて、思わず顔がニヤケそうになるのを必死に取り繕います。
 なんでしょうね。『美人』って言われるより『いい女』って言われた方が、ずっと嬉しいと思える私がいました。

「それでは、取りあえずエルフがいると思われる山間部を、重点的に探索して接触を図るということにして、くれぐれもエルフに対して敵対的行動を取らないことを第一とすること……宜しいですね?」

 今後の方針を総括しての私の言葉に、全員(デメリオ村長を除く)が真剣な表情で頷きます。

 さて、これからは時間との勝負です。いちおう先ほどまで村の主だったメンツを集めて、くれぐれもエルフと交渉するまで軽はずみな真似をしないよう厳命しましたから、しばらくは大丈夫だとは思います。ですが、世の中どんな不測の事態が起きるかわかりませんから、くれぐれも注意しないと!

 と、まるでそのタイミングを待っていたかのように、部屋の外が慌しくなった……かと思った瞬間、会議に不参加だったデメリオ村長の息子のダミアンが、妙に晴れやかな顔で部屋の中に飛び込んできました。

「オヤジ、やったぜ! 山に仕掛けといた罠で、あの杣人(サル)の餓鬼を1匹捕まえたぜ! これを人質にすれば、一発で問題解決だぜ!!」

 凍りついた部屋の空気を省みることなく、テンション高く、意気揚々とはしゃぐダミアン。
 ひとしきり得意絶頂で大騒ぎしたところで、流石に父親のデメリオ村長も絶句しているのを見て、ようやく不審を覚えたらしく、首を傾げました。

「ん? どうした、オヤジ」
『………………』

 頭が真っ白になっている一同を代表して、逸早く再起動した私が、涙目で全力の叫びをあげました。

「こ、この……この、この悪魔――――っっっ!!!」



 ◆◇◆◇



 エルフ族。元は精霊と人間族の中間種族とも言われています。
 見た目は男女共に小柄で眉目秀麗。美しい女性と思って秋波を送ったところ、男性だったなどという哀しいお話も数多くあるそうです。
 人間の倍以上ある長い尖った耳が有名ですが、特別に耳が良いというわけではなく、割と単なる飾りに近いとのこと。

 基本的に精霊の多い自然豊かな環境に身を置くことを好み、肉食をせずに果実や木の実を主食として、巨木の上に住居を作って生活しています。
 総じて鉄にアレルギーがあるために文明世界とは距離をおくのが普通ですが、長い寿命(ほぼ人間の10倍)を持ち、また成人後の老化がほとんどないことから、怖いもの知らずの若いエルフや老後の暇を持て余したエルフが、好奇心に駆られて人里に下りてくることもままあるとのこと。

 とは言え、ほとんどのエルフがいまだに人類文明に背を向けて独自の文化を担っているわけです。
 この地で『杣人(そまびと)』と呼ばれるエルフも、そうした集団の一部でした。

「――こちらです」

 案内された先は古臭い、たぶん今は使われていない炭焼き小屋かなにかなのでしょう。薄暗くて埃と黴の臭い、そして蜘蛛の巣が張ってある天井の下、痛々しくも荒縄か何かで後ろ手に縛られたエルフの少女が、憎々しげに入り口から入って来た私の顔を睨み付けました。
 大きくて切れ長の目が薄闇の中でも、ぎらぎらと輝きを放っているのがわかります。

「“光よ我が(かいな)を照らせ”」

 すでに時刻は夜半と言っても良い時間です。
 私はため息をついて、掌から【光芒(ライト)】の明かりを作って、天井付近に浮遊させました。

『……妖術師(ソーサラー)か』
 急な明かりに目を細めたエルフが、短くエルフ語で呟きました。彼女達にとっては自らが使う精霊魔術以外は、基本『邪道』『妖術』であり、その使い手は『妖術師(ソーサラー)』ということで、侮蔑の対象になります。

 一応、私はレジーナからエルフ語や謎のハナモゲラ語などを教え込まれたので(いちおう多言語話者(マルチリンガル)ということになるのでしょうか)、その独り言が理解できたのですが、あえて聞こえないフリをしました。

 眩い明かりの下で改めてみれば、寒々とした小屋の中、見た目14~15歳と思える草色のワンピースに、何かの植物の蔓で編んだと思しい履物を履いたエルフの少女が、革紐で縛られて荷物のように転がされています。

「植物の縄を使わないのは、精霊魔術を警戒しているからかしら。ここも土蔵造りで床は直接地面だし……妙なところで、悪知恵だけは発達してるわねえ」

 さらに彼女をよく見れば、右足首に何かギザギザした刃物で挟まれたような傷があり、その傷自体はさほど深いものではないのですが、傷の周囲が膿んで紫色に変色していました。
 エルフ特有の鉄アレルギーの症状です。多分、トラバサミかそれに類する罠にかかっての傷でしょう。放置すると患部が壊死して足首を切り落とさないといけなくなるかも知れません。早急な治療が必要でしょう。

「――これから傷の手当をして、お話し合いをしますので、申し訳ありませんが殿方はご遠慮願えますか?」

 付いてきたカーティスさんやウォルターさんが口々に懸念を表明しましたけれど、「まあ、ムサイ野郎が詰め掛けるより、女の子同士の方が気が許せるだろう」というノーマン氏の助言もあり、しぶしぶ男性陣は小屋の外に出て行きました。
 残ったのは私、エレン、ラナ、フィーアの(一応)女の子ばかりです。

 エルフの女の子は、私とエレンを親の(かたき)でも見るような目で睨み付け、次に獣人族であるラナを見て少しだけ表情を和らげ……その首に巻かれた奴隷の証である『奴隷帯(ステイグマ)』に気付いて、痛々しげなものに変わり、最後に神獣であるフィーアを見て目を丸くしました。

『これから傷の治療を行いますので、騒いだり暴れないでもらえますか?』

 私のエルフ語――正確には、レジーナ曰く『ハイエルフ語』らしいですが。先ほどの彼女の呟きを聞いた限り、若干の訛りは感じましたが、ほとんど違和感がなかったので、通じないことはないでしょう――を聞いた彼女の表情が、まるで鳩が豆鉄砲を食らったような顔になりました。

『お前、我々の言葉がわかるのか?!』
『ええ、座学ですので実際にエルフの方と喋ったのは初めてですけれど、どうやら通じているようですわね』
『………』

 人間族がエルフ語を使うのが、どうにも不可解という顔で黙り込むエルフの少女。

『……お前の言葉は我々の中でも正統なものだ。なぜ人間が知っているのか、理解に苦しむ』

 ややあって……眉根を寄せた彼女が、呻くようにそう言いました。ちなみに『正統』という言葉の中に、『神聖』とか『古典的言い回し』というようなニュアンスが混じっています。

『そうなんですか? 私の魔術の師匠が、ハイエルフから教わった言葉がこれだと聞いているのですが』
『ハイエルフだと!? 馬鹿な、彼らはすでにこの地上から姿を消した筈! お前の師匠とやらはどこで彼らと接触したのだ?!』
『さあ。そこまでは聞いていません。あと、師匠は現在、行方不明なので確認のしようもありません。……それで、そろそろ治療を始めるのにあたり、その革紐を解きますから暴れないでいただけますか?』
『………』

 無言のまま私の顔を睨み付ける少女。
 人間であれば嘘でも「抵抗しない」と口に出すところですが、どうやらエルフにはそうした姑息な概念はないようで、大いに好感を覚える姿勢ですけれど……ですが、この場合は「縄を解いたら即座に暴れる」と言われているようなものですので、どうにも困りものです。

『それでは、革紐を解く役目は人間族の私たちではなく、ラナ――獣人族のその子にやって貰います。まだしも人間族よりは信用できるのではないですか?』
『……私がその子を人質に取ったらどうする? いや、“奴隷”など人質にならんと言うわけか』

 吐き捨てるような彼女の挑発に、私は淡々とした口調で返しました。

『貴女が恥知らずにも子供を人質に取るようであれば、私は貴女というエルフを軽蔑するでしょう。もともと治療を終えたら貴女を解放するつもりですので、そのまま安全な処まで手出しをしないでお見送りいたしましょう。ですが、この子は私の“妹”です。この子に危害を加えることがあれば、私は生涯貴女を許しません』
『……あの子はお前のモノではないのか?』
『違います。大切な家族です』
『………』

 私の言葉の真偽を疑っているのでしょう。煩悶しているエルフの少女から視線を外して、私は背後を振り返りました。

「エレン、ちょっとここは寒すぎるので、そこの(かまど)で火を焚いてくれないかしら。それと、ラナ。あのエルフのお姉ちゃんを縛っている革紐を切ってくれませんか?」

 私は【収納(クローズ)】しておいた、以前にルークに渡した短剣より一回り半小さい『竜牙の短剣』を取り出して、ラナに渡しました。金属アレルギー持ちのエルフでも、これなら肌に触ったところで問題はないでしょう(純金か純銀なら大丈夫らしいですが、流石にそういう悪趣味な装備は持ってません)。

「はい」
「うん!」
 二人とも一瞬の躊躇もなく頷いて、それぞれ部屋の隅に積んであった薪の元へ、私の手から短剣を取ってエルフの少女の元へと、向かいました。

 丈夫そうな革紐ですが、下級竜とはいえドラゴンの牙で作られた剣の切れ味の前では、湿った紙紐も同然です。
 子供(ラナ)の力でも、簡単にスパスパ切れて、たちまち彼女は自由になりました。

「……おい、獣人の子よ。ひとつ聞くが、あの人間はお前の何だ?」
 軽く縛られていた手首を揉み解しながら、エルフの少女が私たちにもわかる言葉で質問をしました。『あの人間』というところで、私の事を顎で指して。

「ジル様? んー……優しくて、ぽかぽかして、一緒に居ると嬉しいの」
「そうか……」
 屈託のないラナの笑顔に目を細めて、彼女はそのまま何もしないで身体のマッサージを続けます。

「はい。ジル様」
 何事もなく戻ってきたラナに短剣を返された私は、ホッと肩の力を抜いて、「ありがとう」万感の想いでラナの髪と、狐耳を優しく撫でました。

「それでは治療を始めますね。じっとしていてください」
「……ああ」

 竜牙の短剣を仕舞って、代わりに取り出した魔法杖(スタッフ)の先端を彼女の傷口へ向けると、不承不承の様子ですが、一般的な言葉で頷きました。

「“我は癒す、汝が傷痕を”」
 淡い金色の光が、彼女の足首を中心に全身を紗幕のように覆って淡く輝きます。
「“治癒(ヒール)”」
 途端、かすり傷を含めた怪我が全て傷痕も残らず癒え、エルフの少女は唖然とした顔で、艶やかな肌触りの自分の足首を確認しました。

 それと破傷風などの心配もありましたので、念のために【回復(キュア)】で状態異常も治しておきます。

 立ち上がって――種族的な違いの為、目線の高さが私より20セルメルトほど下です――足首に違和感がないことを確認した彼女は、少しだけ感嘆を含んだ眼差しで、私の顔を見上げました。

「驚いた。お前は“癒し手”だったのか。“癒し手”に逢うなど100年ぶりだ」
 その口調に微かな親愛の情が篭っています。

「以前は“癒し手”が居たのですか?」
「ああ。当時は私はまだ子供だったが、エルフの里が壊滅するような災厄に見舞われ、多くの死者や怪我人、病人が出たのだが、そこへ一人の“癒し手”がふらりと現れて、そうした者たちを救ってくれた。そのまま何の見返りも求めず、立ち去って行った彼女を見て、私は里の外にも尊敬すべき人物がいると知ったのだ」

 懐かしげに語る彼女の様子に、ひょっとするとこの村の暴虐を30年も我慢してくれたのは、その名も知れない100年前の“癒し手”のお陰だったかも知れないと思い、心の中で幾重にも感謝いたしました。

「……君は不思議な人だな。神獣を友とし、獣人族を家族と呼び、ハイエルフの言葉を操り、癒し手でもある。いままで逢ったどんな人間とも違う(それに風の精(シルフ)が教えてくれる、本来の姿。事によれば里の長にも匹敵する美しさではないか。まさかエルフ(わたし)が人間の美貌に見惚れるとは)」

 ため息を付きながらの彼女の感想に、火を熾しながらエレンが何度も勢いよく頷いていますが、二人とも何か思い違いをしているのでしょう。
 私は至って平凡です。至って平凡な雑草(ブタクサ)ですが、何か?

「まあ、そのあたりの摺り合せは追々行うことにしまして、取りあえず暖かいところで座ってお話しませんか? あと何かお腹に入れた方が良いでしょうね」
「……別にいらん。それに我々は人間のように肉だとか卵だとかを食わんからな」

 ぶっきら棒に言いながらも、誘われるまま竈の前に移動する彼女。
 薪のところ置いてあった、切った丸太の切り株をフィーアが何個か転がしてきたので、それを椅子代わりに置いて座りました。

「ありがとう、フィーア」
 私はいつものように手作りのクッキーを取り出して、フィーアに食べさせます。

 興味を引かれた顔で、私の手元を見詰める視線に気付いて、
「そういえば、これなら小麦粉と水、木の実だけで作ったものなので食べられるかも知れませんわね。宜しければ、ご賞味してみますか?」
 追加で何個か取り出したクッキーの一枚を半分に割り、自分でまずそれを食べてから残りを差し出しました。

「む……」
 逡巡してから、興味深げに注視する周りの視線に気が付いて、エルフの少女は平然とした態度を取り繕って、クッキーを受け取り口に運びます。
「(ぱくり)……ほう。なかなか美味いな」

「お口に合ったようで何よりです」
 案外素直に褒めてくれたことにホッとしながら、私は追加のクッキーを渡しました。

 口では何と言ってもお腹が空いていたのでしょう。パクパクと口に運ぶ彼女に、これまた【収納(クローズ)】しておいた水筒に入れた水を差し出しながら、ふと思い立って尋ねました。

「そういえば自己紹介がまだでしたわ。私はジュリア・フォルトゥーナ・ブラントミュラーです。ジルと呼んでください。彼女達はエレン・バレージと、ラナ、それとそっちの天狼(シリウス)がフィーアです」

「ふん。私は『雨の空(プリュイ・シエル)』だ。プリュイと呼ぶが良い」

 クッキーを水で流し込みつつ、傲然と胸を張りながら自己紹介をする彼女――プリュイを前に、なんとなく野生動物の餌付けに成功したような、生温かい気持ちになったのでした。
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