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魔導世界の不適合者 作者:真中文々

第三話『光と影の歌声』  (Episode03 『DREAMING・SINGER』)

第三話 第三章  姉の想い、妹の気持ち 4

         4

 高校から帰宅する先は、堂桜本家の屋敷ではない。
 統護は深那実に指定された道順で迂回して、宿泊しているホテルへと帰った。
 裏通りに埋没している安ビジネスホテルや安モーテルとは違い、ホテル自体は一級品といってよい。事実、標準で一泊五万円という値段が全てを物語っている。
 それでも深那実は慎重と用心を統護に要求した。
(あの人、どんだけヤバイ橋を渡ってんだよ)
 広大なエントランス・ロビーを通過する。堂桜一族が使用するにはグレードが低すぎるが、統護のメンタルは一般庶民だ。とある技法と血脈を影ながら継ぐ一族――といっても、実態は安サラリーマン家庭で、住まいは中古マンションである。
 歩いている廊下は、中古マンションの狭くて小汚い共用廊下とはまるで違う。
「……どうにも贅沢には慣れないな」
 苦笑しつつ呟く。
 元の世界の生活を、ふと懐かしく感じた。
 技法を継ぐ為の生活は、この異世界とは対極で、清貧かつストイックであった。訓練や修行という名目で、年に三度は山籠もりを強要されていた。しかもほとんど身一つで行かされた。自然と対話するのに必要らしい。真冬であっても滝に打たれ、川で魚を捕らえ、野生の鹿や猪を狩るのも、遙か古に一族の祖が交わした神々との契約だそうだ。
「もう『ぼっち』には戻りたくないけれど……」
 高級品に囲まれるよりも、また独りで山に籠もり自然に囲まれたい――と思ってしまう。
 以前はあんなにも嫌で苦痛だったのに。
 やはり自分は『ぼっち』気質なのか。
 超人化している肉体に、もうトレーニングは必要ないかもしれないが、精神を研ぎ澄ます為に山に還りたい。元の世界では、山は様々な〔  〕を感じられる特別な場所だった。
 だが、この異世界――【イグニアス】は元の世界とは異なり、自然に溢れた山で精神を高めなくとも、容易に〔  〕に触れ、感じる事ができる。逆に意識のチャンネルを制御しなければ、過剰に反応してしまうくらいだ。
 気が付けば、深那実の部屋に到着していた。
 フロントで解錠用【DVIS】と鍵は受け取らなかった。
 統護は魔術が使えない。うかつに触れて扉の魔術ロックを解除しようとすると、ロック用の施設【DVIS】を破壊してしまう。よってノックするしかない。こういった時は、融通を利かせられる大財閥の御曹司でよかったと再認する。もしも一般庶民のままでこの異世界に転生していたのならば、日常生活すらどうなっていたか……
 コン、コン、……コン!
 リズムを変えて三度。打ち合わせ通りにする。
「深那実さん。俺だ。いま帰ったよ」
 ドア前に防犯カメラは設置されているが、用心として合い言葉を数パターン決めてある。
 今回は――
「質問。貴方にとって琴宮深那実という女性は?」
「宇宙で最愛の人」
「よし、入って」
 ドアが開けられた。もう少し暗号の言葉を何とかして欲しかった。


 深那実の部屋――というか統護が宿泊費を出している部屋は四人部屋である。
 統護が深那実の延滞料金を支払った時には一番安いシングルルームであったのだが、統護が宿泊代を受け持つ事になると、深那実は四人部屋に引っ越してしまった。統護としても深那実とシングルルームで同居するわけにもいかないので、引っ越し自体は否定できないが、ここまで広い部屋にする必要性は見いだせなかった。
 深那実は部屋に据え付けてあるPCではなく、自前のノートPCを熱心に弄っている。
 晄との会話は、すべてICレコーダに記録してあった。レコーダは口頭での簡単な報告の後、深那実に引き渡している。
 授業の予習復習に身が入らず、手持ちぶさた気味の統護は、深那実に声をかけた。
「なあ? ちょっといいか?」
「ん~~? なぁに?」
「どうして深那実さんは宇多宵に目を付けたんだ?」
「言ったでしょ。金になりそうな歌だからって。統護くんと一緒で、個人的なコネを作っておきたい相手。世に出る手助けをして恩を売れれば、なお良しって」
「本当にそれだけかよ」
「何が言いたいのかなぁ?」
 別に悪い意味ではない、と統護が言おうとした時。

『ルームサービスでございます』

 インターホンから、若い女性の声が届いた。
『お待たせいたしました。ご注文の品をお届けに参りました』
 統護と深那実はほぼ同時に言う。
「深那実さん、また頼んだ?」
「あれ、統護くんが頼むなんて珍しいわね」
 顔を見合わせる。
 戦闘態勢を整えようとした統護に、深那実は唇の動きだけで「隠れなさい」と伝える。
(落ち着いていやがる)
 微塵も動じていない深那実に、統護は内心で舌を巻く。すかさずソファーの下に隠れた彼女に続いて、統護もカーテンの影に身を潜めた。二人とも音は一切立てなかった。
 遠くでドアが開く音。
 小気味よい足音が近づいてくる。
 メインルームである居間に、小型カートを押した給仕服の女性が入ってきた。
 濃紺を基調とした簡素な従業員用制服で、メイド服と呼べるようなフリルは付いていない。
 統護は息を押し殺す。
 魔術ロックと電子ロック、共にこちらの操作パネルから解錠していない。
 不法侵入だというのに、セキュリティ・システムは沈黙している。
 山籠もりで餓えたヒグマと遭遇した時でさえ――こんなプレッシャーは感じなかった。
 給仕服の女性は部屋の中央で足を止め、グルリと睥睨した。
 薄く横長い唇の端が、微かにつり上がる。
「それでは、ご注文のお品――『死』をサービスさせて頂きます」
 次いで「ACT」と給仕女は口にした。
 彼女の【魔導機術】が立ち上がり、その外見に変化をもたらしていく。
 カーテンの影から覗く統護は、左胸の布地の奥が微かに光ったのを見逃さなかった。
 給仕女の全身が、虹色に色彩を変化させ続ける燐光に包まれた。
(使用エレメントは【光】か)
 給仕女は身に纏っている給仕服を剥ぎ取り――チャイナドレス姿になる。
 腰までスリットが大胆に入っている黒と赤を基調とした衣装だ。特徴は身体に絡みつくように描かれている昇り龍の刺繍。
 地味で無印象な給仕女から、蛇めいた印象の艶やかな中華美人へと変貌していた。
 ソファーの下から、深那実が小馬鹿にした口調で言った。

「わざわざ着替える必要あるぅ!? ミス・ドラゴンさん」

 ミス・ドラゴンと呼ばれた中華女は、声に反応し、視線をソファーへ向けた。
 その一瞬を、統護は見逃さない。
 カーテンの影から躍り出ると、姿勢を低くし、相手に向かって一直線に突っ込んでいく。
 狙いは――左胸布地の奥。
 すなわち敵の専用【DVIS】を、右ストレートで打ち抜く。
 ぱぁん! という甲高い音が鳴る。
 統護のダッシュナックルが炸裂した。
 だが、炸裂した箇所は敵の【DVIS】ではなく、敵の右手の平であった。つまりキャッチされてしまった。中華女の視線は深那実が潜むソファーへと向けられたままである。
「……甘いですね、堂桜統護。いえ、【デヴァイスクラッシャー】」
 着弾時に、手の平の上からでも魔力を流し込んだが、敵の魔術に影響は及んでいない。
 もはやお約束の対策ともいえる『魔力コーティング』で防がれているようだ。
 読まれていた。
 不意打ちだけではなく、統護が初撃で【DVIS】を破壊しにくる事まで。
「なら、これならどうだ?」
 空いている左手による左ボディフック――とみせかけて。
 キャッチされている右拳を開き、小手返しの要領で手首を支点に外回しする。相手の右手の付け根を抑え、手の平を上から包み込む様に手首を極めにいく。
 くるん、と中華女の手も同調するように回転した。
 極められない。
 次の瞬間から攻防の質が変化した。
 ガガガガガガガガッ!
 手と手が、前腕と前腕が、ぶつかる音が連なる。統護と中華女の右腕が激しく、一定のリズムで小気味よく交錯する。腰を入れたパンチの応酬ではなく、肩関節から下を使った、挿し手争いに近い複雑な挙措だ。
 ガツン、と双方の裏拳が、鏡合わせのようにぶつかる。
 そこで両者、動きが止まった。
「ほぅ。クンフー(功夫)も使えたとは」
「嗜んでいるって程度だよ。そっちこそ中国拳法って事は――兇手と呼ばれる類か」
「イエス。私はプロの暗殺者よ」
 膂力を込めても、相手の腕はビクともしない。サイバネティクス強化されている様だ。相手の腕と肩を破壊し尽くしても構わないのならば、まだまだ筋力の上限まで余裕はある。しかし現段階でそこまではしたくない。甘いと自覚はあっても、安易に相手を壊したくない。
 ニィ、と女兇手は好戦的に頬を歪める。

「では、私の魔術――基本形態【カメレオン・ミラージュ】の妙を味わいなさい」

 ヴゥン、という音と共に、女兇手を包む燐光が膨らみ、その輪郭を曖昧にしていく。
 全身が眩く発光する。
 身体が左右に分かれ、三つに分身した。
 統護は迷わず中央の女兇手に左ストレートを放つ。
 すり抜けた。
 ミスブローしたと理解した瞬間、統護は拳を引き戻さずに、放った勢いを利して前転する。
 ひュごッ、と空気が鳴いた。
 刹那の差で、右側の女兇手の貫手が、統護の後頭部の髪の毛を掠めた。
 前回り受け身から素早く起き上がると、統護はファイティングポーズをとった。
「おいおい。お約束と違うだろ。普通は真ん中が本物じゃないのかよ」
 冷や汗ものであった。
 右に移動しつつ光学的残像を生成し、その残像が左に分裂していたのだ。真ん中が本物という分身の先入観を逆手に取るだけではなく、相手の側面に回り込めるという利点もある。
「なるほどパンチ主体であっても、ボクサーじゃないわけね」
 ボクシングの定石通りに拳を引き戻していたのならば、確実に倒されていた。
「まぁな。一番実戦的だからベースにしているってだけだ」
 投げ技主体だと一対一のケースでしか使用できない。寝技も同じだ。蹴りを主体とした格闘技だと、拳主体よりも空振りの隙が大きい。ハードパンチャーである事が前提になるが、やはりボクシングの実用性は、他格闘技よりも頭一つ抜けている。反面、ハードパンチャーでなければ最弱の格闘技ともいえる上、どの格闘技より防御技術に才能を要する。
 仕切り直しだ。
「無駄とは分かっていても、通報って手段はないのか、深那実さん」
「やっても無駄と分かることはやらない主義だから」
 深那実はソファーの底から這い出てきた。
 そして女兇手に右手を挙げ、にこやかに挨拶する。
「割とお久しぶり。ミス・ドラゴン」
「その異名はあまり気に入っていないわ」
「確かにダサいもんねぇ。見た目ドラゴンってよりも毒蛇って感じだし。じゃ、偽名だろうけれど、龍鈴麗って呼んであげる。貸し一つだからね」
 ロン・リンリー。統護はその名を記憶に刻む。
「深那実さん。この龍さんと知り合いかよ」
「悪の組織の手先よ、彼女。これが四度目の襲撃かしらね。どうやら私が魔術を使えないって知って、懲りずに口封じにきたってところかしら。モテる女は辛いわねぇ」
「正確には、その情報の真偽を確かめに来たってところよ」
 何度もヒットマンに狙われているっていうのは本当だったのか、と統護は顔をしかめる。
「アンタ、いったいどれだけヤバい情報握ってんだよ」
「そりゃもう沢山よ」
「手を引きなさい、堂桜統護。その女に関わるべきではないわ。今なら見逃せる。堂桜淡雪が健在である以上、貴方も殺して構わないと命令されているけれど、正直いって私は貴方を殺したいとは思わない」
「ご忠告、感謝するけれど約束は守る主義なんだ」
 プロの暗殺者といっても随分と饒舌でウエットだな、と統護は違和感を覚える。
 視線を鈴麗に固定したまま、深那実に訊いた。
「質問いいか深那実さん。この龍さんを差し向けた組織って分かっているのか?」
「もちろん。ニホン人なら誰でも知っている超巨大な悪の組織よ」
「やっぱりそうかよ」
 小さく畜生と呟く。超巨大な悪の組織とやらに心当たりがあり過ぎる。
「我が組織に気が付いたのならば、ここで引き返しなさい。これが――最後の警告よ」
 統護が返事する前に、深那実が声を張り上げた。
「ばーかばーか!! 統護くんはね、この私のダーリンで一蓮托生なんだっての! お前なんて統護くんにコテンパンにされちまえ!! ……さっ、頑張って統護くん。私達の愛の為に」
 一瞬、本気で手を引こうと思ってしまった。
 しかし統護は気を取り直し、鈴麗を睥睨する。
 表面上、おちゃらけを演じているが、深那実は深那実で対策や作戦を考えているに違いない。
 鈴麗は特に気分を害した様子を見せずに、両手に付け爪を装着した。
 ファッションではなく、長く鋭利な刃物として機能する爪だ。
「否定をしないという事は、琴宮深那実の為に命を賭す、と解釈していいのね?」
「ああ。ダーリンとか愛は関係ないが、護るって約束したからな」
 鈴麗から発散される気配の質が変わる。
 本気で――殺しにくる。
 MMフェスタ開幕前からハードな展開だ、と統護は両拳を握り直し、感触を確かめた。
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