挿絵表示切替ボタン

▼配色









▼行間


▼文字サイズ
魔導世界の不適合者 作者:真中文々

第三話『光と影の歌声』  (Episode03 『DREAMING・SINGER』)

第三話 第一章  ストリート・ステージ 5

         5

 深那実が唱えた言葉は【魔導機術】において【ワード】と定義されている。
 施術者が魔術プログラムを起動させる為に設定されるキーワードであり、その中においても「ACT」は全ての魔術師が共通して使用する基礎単語――起動呪文だ。
『アクセス・クリエイト・トランスファーメーション』の頭文字を繋げた、このACTという言葉によって【魔導機術】のプロセスがスタートする。
 深那実は薄い長方形の機器を胸ポケットから取り出して、掲げた。
 デジタルカメラである。
 着ているスーツと同じくピンク色が基調である撮影機器のスイッチを人差し指でノックした。
 カシャ! というシャッター音。
 中央の円筒型の溝が回転しながらせり上がり、蓋が左右に割れてスライド。

 奥から解放されたレンズは――赤色に輝く宝玉でもあった。

 この宝玉によって【イグニアス】世界の人間は、その身に秘める魔力を、【魔導機術】と呼ばれる技術機構に認識・通過させる事が可能となる。
 そして宝玉により使用者の魔力と【魔導機術】を繋ぐ機構リンケージを『ダイレクト・ヴジョン・インジケイター・サポートシステム』と名付け、接続の鍵となる宝玉内蔵の携帯機器を、機構名称の頭文字を繋げて【DVIS】と呼んでいる。
 一般人が持つ汎用の簡易型【DVIS】とは異なり、深那実が手にしているデジカメ型【DVIS】は所有者の専用【DVIS】――すなわち深那実が魔術師であるという証左だ。
 深那実の「ACT」という声紋を認識・解析した【DVIS】は、機器自体をIDとして、遙か天空に在る超高性能・新世代自己進化型の軌道衛星【ウルティマ】へとアクセス、そしてログインする。
 取得しているアカウントの種別は『ノーマルユーザー』だ。

 軌道衛星【ウルティマ】とは、【魔導機術】という技術を統括・管理する堂桜一族の所有物にして――【魔導機術】を人々に供給する演算・相互間転送機構でもある。

 ログインに成功した深那実の意識内に、【ベース・ウィンドウ】が構成・展開される。これは【ウルティマ】と精神接続した者にしか視えない、電脳世界での立体映像だ。
 この高次元世界において、軌道衛星【ウルティマ】と魔術プログラムをフィードバックおよびフィードフォワードさせて、施術者は魔術を現世に顕現する。
 システム・リンケージを認識した深那実は、自身の魔力総量と意識容量を解放。
【ウルティマ】に搭載されている超次元量子スーパーコンピュータ――【アルテミス】の演算領域を割り当てられ、深那実は【DVIS】内のRAM領域に記憶させている魔術プログラムを走らせる。この時点で、施術者の意識容量と【DVIS】の記憶領域が、電脳世界内で完全に同一・同調化する。
 魔術師の証は専用【DVIS】のみではない。国家認証の資格でもない。施術者がオリジナルで開発・構築した魔術理論とその実行プログラムこそが――真の証だ。
 深那実の【ベース・ウィンドウ】内に、多数の【アプリケーション・ウィンドウ】が表示され、その窓内に、膨大な数行の数式が上から下へと流れていく。
 これ等は【ウルティマ】の演算によってコンパイルされた魔術プログラムが、深那実へとフィードバックされてきた実行用の数式群だ。【スペル】と呼ばれる文字列であり、【イグニアス】世界の摂理に上書きされる事象の定義式でもある。

 施術者の魔力を源として、本来ならば仮想現実であるイメージを現実世界にエミュレートする【魔導機術】という技術を、この世界の者は『魔の技術』――すなわち魔術と呼ぶ。

「さあ……。シャッターチャンスよ、【ラヴリー・パパラッチャー】」

 起動した深那実の魔術が、此の世に事象として顕現する。
 それは――彼女に背後に浮かんでいる、黄色い手袋を嵌めたコミカルな手を生やし、レンズの下に唇が分厚い大きな口がある、巨大なデジタルカメラであった。
『くけけけけけ! いいねぇお兄さん。綺麗に撮るから裸を撮らせてくれない!?』
 ソレは全身を揺らしながら、ケタケタと嗤う。
 レンズ下の大きな口から、べろん、と真っ赤な舌を垂らしながら。
 統護は顔をしかめる。
「なんつー悪趣味な【基本形態】なんだよ」
 彼が口にした【基本形態】という単語は、魔術師が様々な魔術を顕現させる際、その起点となり、同時にオペレーションシステム的な役割を果たす魔術を指す。
 形態は様々であり、深那実やユピテルの様に『イメージ化した幻像の魔力塊』を独立させるだけではなく、魔術事象を直接その身に纏う者、逆に【基本形態】を隠す者、魔術特性として表面上に顕れない者、そして希に【結界】を【基本形態】とする者さえいる。
 深那実は得意げに笑った。
「あら、可愛いじゃない。これが私の【ラヴリー・パパラッチャー】よ」
「そうだな。お化け屋敷で目にしたら子供が泣き出しそうなくらい、ラヴリーなデザインだ」
 言い終わると同時に、統護は駆け出し、間合いを詰めた。
 くけけ! 嗤いながら【ラヴリー・パパラッチャー】が統護の前に出て、術者を守る。

「――【リフレクション・ラヴ】」

 己の前に出した【ラヴリー・パパラッチャー】へ、深那実は【ワード】を唱えた。
 カシャ!
 カメラからのフラッシュと同時に、シャッター音が鳴り、統護の眼前に透明な円盤状の反発力場――すなわち反射レンズが顕れる。
 防御壁、あるいは極小の防御【結界】とも定義できるレンズに、統護は右拳を繰り出す。
「ぉぉおおおッ!」
 雄叫びと共に、着弾した右拳へ――魔力を注ぎ込む。

 反射レンズの防御【結界】が砕け散る。

 結果としては痛み分けなのか、統護の身体もレンズの反射機能によって弾き返された。
 統護は着地して、体勢を立て直す。
 再び距離を開けられた。やはり、そう簡単には接近戦を許してくれないか。
 魔術を破壊された深那実は感嘆した。
「へえ? それが噂に名高い【デヴァイスクラッシャー】ってやつね」
 専用【DVIS】であるデジカメを挑発的に見せつける。
 壊せるものならば、壊してみろ――と。
「普通ならば多重のセーフティが施されている【DVIS】は絶対に壊れない。機能的に故障するケースはあっても、爆発するなんて、この魔術が根幹技術となっている社会にあって安全面からもあってはならない」

 しかし――堂桜統護の魔力は【DVIS】を破壊してしまう。

 元の世界とは違い、この【イグニアス】世界では、全ての人間が魔力を秘めている。だが、異世界人である統護は魔力の質が異なるのか、あるいは他に原因があるのか、統護が【DVIS】に魔力を作用させると、【DVIS】が壊れてしまうのだ。
 つまり、統護はこの魔導世界において唯一、魔術を使えない人間である。
 そして魔術を使えない原因である【DVIS】の破壊現象を、周囲の者達は軽蔑と嘲笑を込めて揶揄していた。彼自身とその現象を――【デヴァイスクラッシャー】と異名して。
「……まあ【DVIS】破壊の特化現象というよりも、私の【リフレクション・ラヴ】をぶっ壊してくれた点からしても、もっと根本的な魔力異常ってところでしょうね」
 だが今では、統護の戦闘能力を知る一部の者にとっては、畏怖の代名詞でもある。
「分かっているじゃねえか!」
 統護は不意打ち気味に魔力を放射した。
 振るった右手から扇状に広がっていく魔力の波が、深那実の【DVIS】に照射される。
 ほんの一瞬だけ、【ラヴリー・パパラッチャー】にノイズが走る。
 しかし深那実は自身の魔力で【DVIS】をコーティングして、統護の魔力による機能不全から瞬時にリカバリーしてみせた。
「その戦法も知っている。母校の屋上で君が【ブラック・メンズ】達を相手に使ったやり方。だから【結界】を破壊されるのも、実は織り込み済みよ。実際にこの目で、君のチカラを確かめたかったから、かるぅ~~く試しただけ」
 統護は深那実の台詞の中の、ある単語を聞き逃さなかった。
「母校……か。アンタやっぱり【聖イビリアル学園】の卒業生か」
「気が付いた?」
「顔が似ているし、そして琴宮って名字。アンタは……琴宮美弥子先生の親類か」
「大正解。姉貴――美弥子姉も喜ぶんじゃないかなぁ」
 道理で自分について知っているワケだ、と統護は納得する。
 しかし実妹が相手とはいえ、美弥子は職務情報を安易に漏らすような性格ではない。つまり巧妙な手口で情報を引き出したのか、もしくは情報を盗んだのだ。
「エリート中のエリートである【聖イビリアル学園】の魔導教師の妹が、危険なネタ追いかける怪しげなフリージャーナリストで、こんな裏路地で高校生相手に魔術戦闘かよ」
「実家からは勘当されているし、こっちもあんな堅苦しい家なんて見限っているし。それに私は姉貴みたいないい子ちゃんな優等生なんてまっぴらゴメンで、自由に生きていくのよ」
「俺も今じゃ有名な劣等生だけど、その口振りじゃアンタも成績酷かったんだろうな」
「学校の筆記テストはね。でもね――私は戦闘系魔術師としては、姉貴みたいな弱っちい雑魚なんかと一緒にしない方が、君の身体とプライドの為よ【デヴァイスクラッシャー】」
 キラリ、と彼女の伊達メガネのレンズが光る。
 深那実は美弥子を雑魚と云った。
 以前、統護は学校の【魔術模擬戦】で美弥子と対戦していた。美弥子は【地】属性の魔術の使い手で、彼女の【基本形態】――【グランド・フォートレス】には苦戦を強いられた。
 彼女の魔術は、施術者を守護する土の要塞にして砲台であった。
 締里との連携を策として、辛うじて術者である美弥子を気絶させて勝利を得たが、あの時の美弥子は、まだまだ底を見せてはいなかった。つまり本気とは言い難かったのだ。
 その美弥子よりも更に強いのか。
(ハッタリ……って雰囲気じゃないな)
 彼女から溢れ出る自信は、間違いなく――本物。
 統護は相手の隙を窺う。しかし安易に飛び込んでも先程の二の舞だ。遠距離からの魔力転送で【DVIS】を潰す新型クラッシャーを狙いたいが、彼女が手に持っているデジカメ型【DVIS】が標的となると、魔力圧縮を察知されてしまえば、簡単に的を外されてしまう。
 理想は、拳による高圧縮した魔力撃での、深那実の【DVIS】の破壊。
 そして魔術を封じてからの、可能な限り与えるダメージを減らしての無力化である。
 先手を取りたいと思っても、その前に深那実の魔術特性と攻撃手段を把握して、カウンターか回避かの選択肢を得なければ、話にならない。
 深那実は凄みのある表情になる。
「姉貴といい、乱条業司朗といい、『土系』魔術なんて粗野で下品で大雑把で、なによりも戦い方としては、可愛さと知性が足りていない。戦闘っていうのは愛嬌が大事よ」
 ならば、悪趣味としか思えないカメラのお化けは、【地】属性の具現化ではないようだ。
 確かに『土・岩・地面』を想起させる要素は皆無の魔術幻像である。
 となれば、果たしてこのカメラ型の魔像が秘める特性とは――!?
「……って事は、アンタは美弥子先生とは違って、使用エレメントは【地】じゃないのか」
「ええ。姉妹だからといっても同属性・同特性じゃないわ。それじゃあ、取材料の代わりに味わせてあげましょうか。世にも珍しくて稀少な、私のエレメントをね!」
 ここからが本番よ、と不敵に宣言する深那実。
 同時に、【ラヴリー・パパラッチャー】が腹を抱える仕草で、ゲラゲラと高嗤いした。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
▲ページの上部へ