魔導世界の不適合者
作者:真中文々
第三話『光と影の歌声』 (Episode03 『DREAMING・SINGER』)
第三話 第一章 ストリート・ステージ 4
4
ゲームセンターの裏通りへと、統護は駆け戻った。
淡雪と優季の姿はない。ルシアの作戦に従事してくれていた役者の皆さんも撤収済みである。
だが、日の光が乏しい湿気の多い空間は――無人ではなかった。
二人いた。
男女であり、明らかに逢い引き等といった、仲睦まじい雰囲気ではない。
そして、統護には男性の方に見覚えがあった。
彼は一見して粗野なのが瞭然で暴力的な空気を発散させている。年齢は二十代後半。二メートルに迫る長身で、筋骨隆々としているが、ビルダーのような不自然な筋肥大はなく、実用一点張りの鍛えられ方をしている。裸の上半身にファー付きの革ジャンを着て、前をはだけているので、大胸筋と腹筋の陰影がカットラインとして浮かび上がっていた。
逆立った赤い頭髪は、彼の獰猛な気質によくマッチしている。
「乱条――業司朗」
統護が彼の名を呟くと、業司朗も統護の方を振り向いた。
「なんだテメエぇ、勝手に俺様の名を……って、統護じゃねえか」
意外そうに目を丸くする。
業司朗は統護の伯父に当たる堂桜栄護の関係者であり、統護とも認識があった。
とはいえ、今の統護が業司朗と顔を合わせるのは、これが初めてとなる。
「ゲーセンに遊びに来たついでに、裏口でナンパか?」
統護の軽口に、業司朗は牙を剥く。
「そういうこった。だから余計な邪魔しないで、とっとと帰れよ」
二人のやり取りに、残りの一名である女性が泣きそうな声をあげる。
「違います! 違います! そこの格好いいお兄さん! チンピラに絡まれているか弱き乙女にどうか救いの手をっ」
そう主張する女性は、未成年の少女が無理にビジネスウーマンのコスプレをしている様な、色々とアンバランスな人物である。体型や顔立ちといった各ファクターは平均的なのだが、それを合算した印象が、なぜかチグハグなのだ。
救いを求める声に対し、統護はスマートフォンを取り出した。
「じゃ、警察呼ぶから」
「へっ! 俺様は別に構わないぜぇ。好きにしやがれ」
業司朗は平然としたまま。
慌てたのは、絡まれている女性の方であった。
「ストップ、ストォーーップ! えへへ。警察は、その、ちょっと良い思い出がなくて」
気まずそうな愛想笑い。頬に汗が一筋伝った。
統護は顔をしかめた。なんてこった。この女の方がワケありかよ……
(まあ、だからこそ俺をこの場に誘導したって事か)
業司朗が言った。
「……で、お前どうすんだよ、統護ぉ。テメエはどっちの味方をする!?」
統護から肩の力が抜ける。
元の世界では『ぼっち』であり、男女付き合いどころか、男同士の友達付き合いも過度のプレッシャーを感じる気質である。この【イグニアス】世界に転生してから、男友達との付き合いは改善傾向にあるが、それでも人付き合いはまだまだ苦手である。
反面――こういった敵意丸出しのやり取りは、ストレスを感じずに、実に心休まる。
殴る覚悟と殴られる覚悟を有している者同士の会話は、変な気を遣わなくて済むので気楽だ。
統護は確認する。
「お前がこの女性をどうしようか、によるな」
「拉致る。そして叔父貴に引き渡す。それだけだな。余計な情報は一切知らないぜ。っつっても、叔父貴が俺様に命じるくらいだから、色々と嗅ぎ回っているんだろうよ。時期が時期だ」
「ああ、そうだな」
開催間近であるMMフェスタか、と統護も当たりを付けた。
統護の視線に対し、絡まれている女性は反論しない。どうやらビンゴのようだ。
そして拉致という剣呑な単語を耳にしても、女性はパニックにならない。すなわちある程度以上のリスクを覚悟して行動をとっているとみていい。
(ジャーナリスト、マスコミ、あるいは特殊工作員……ってところか)
女性は観念したのか、統護に訴えてきた。
「私! フリージャーナリストの琴宮深那実という者です! 警察が苦手なのは職業柄といいますか、事情聴取されて荷物検査されると、ほら、そっちの恐いお兄さんの飼い主さんにも、ちょ~~とヤバイ情報も漏れちゃうっていうか!」
ギョロリ、と業司朗に獣じみた眼で睨まれ、深那実は小さく飛び上がる。
「やだなぁ、そんなに怒らないで下さいって。とにかく、この場を助けて貰えると、色々とありがたいんですよ! 堂桜栄護に関するスキャンダルも後々正式に交渉して、穏便かつ平和に買い取って頂けるはずなんですから!」
言外に、買い取って貰えなければ他の買い取り口を探す、と脅迫している。
おおよの事情を把握した統護は、当面の方針を固めた。
この場を引く――という選択肢はやはり無しだ。
みみ架が【ワイズワード】の記述によって自分を此処へ戻したという事は、間違いなく女性を統護が確保する必要があるはずだ。
「とりあえず、俺がこの人に話を聞く。だから悪いが引いてくれないか?」
栄護には自分から話をつける、と統護は付け加える。
業司朗は快心の笑みを浮かべた。
「その返事を待っていたぜ! ぎゃははははっ。で、テメエは俺様が素直に引くとでも?」
「思っていないよ」
欠片も落胆をみせず、当然とばかりに統護は戦闘態勢に入る。
業司朗は堂桜一族でも名が知れ渡っている戦闘狂であり、同時に超一流ともいえる戦闘系魔術師――【ソーサラー】だ。
「ご期待に添うから、とっとと魔術を立ち上げろよ」
「いやいや。俺様の魔術特性じゃ、こんな狭い場所じゃすぐに騒ぎになっちまう。それは互いに上手くない話だろ? 加えてテメエの新しい【デヴァイスクラッシャー】の情報も入っているんだ。よって魔術戦闘はなしだ」
「じゃあ、どうするんだよ」
拍子抜けする統護。まさか業司朗が尻込みするとは想像していなかった。
業司朗は楽しそうに言葉を続ける。
「バッカ、誤解するんじゃねえよ。無意味に騒ぎを大きくしたり、魔術使わないってのに俺様の【DVIS】を壊されたら割に合わないってだけで、バトルで決着つけるって方針は変更なしだぜ。……慌てんなって、ちょっと待ってろ」
スパイク付きの革靴の踵で、業司朗は自分の後ろと統護の後ろに二本の線を地面に刻む。
統護に正対し直して、言った。
「テメエも知っているだろうが、俺様の身体はオルタナティヴとか名乗ったクソ女にバラバラにされちまった。だが単に修理しただけじゃなくて、更なるバージョンアップを経たんだよ。クスリの量は以前の半分以下に、出力は三割以上も上がった」
業司朗の身体は真っ当な生身ではない。
違法であるサイバネティクス強化が全身に施されているのだ。ドーピングも併用されているのだが、クスリは強化目的というよりも、拒絶反応抑制の意味合いが強い。
「分かった分かった。もったいつけなくていい。要するに殴り合いでケリつけようぜ、っていう話だろ。なんでもいいから始めようぜ」
「案外せっかちだな、お前。ルールくらい説明させろや」
「ルール?」
統護は眉根を寄せる。投げ技、間接技、寝技での攻防に制限でもつける気か。統護としてはシンプルに拳主体での打撃でKOするつもりだから、余計な制限など必要ない。
業司朗は岩のような右拳を、統護へ突きつけた。
「ああ。その名も――アルティメット・ジャンケンだぜ!」
「なんだよそれ」
胡散臭い名称に、統護のやる気が一気に削がれた。
しかし、業司朗はそんな統護の反応など無視し、得意げにルールを説明する。
衆知されている通常のジャンケンであれば、出すのは『グー・チョキ・パー』の三種類であるが、アルティメット・ジャンケンにおいては『グー』しか使用できない。
そして通常のジャンケンのように同時ではなく、交互に『グー』を出していくのだ。
互いの顔面目掛けて。
ダウンする。あるいは後ろの線からはみ出る。避けてしまう。ブロックしてしまう。
以上の四パターンをもって勝敗を決し、双方踏ん張った場合は『グー』と『グー』だから、引き分け――よって次のジャンケンへと移るのだ。これを決着がつくまで繰り返す。
以上が、アルティメット・ジャンケンのルールである。
「どうよ? 俺様が開発した新しいジャンケンだぜ。凄いだろ?」
「莫迦かお前」
心底から呆れ返る統護。
とはいえ、台詞と表情とは裏腹に、すでに『グー』を打ち出す構えをとっていた。
業司朗は左頬を突きだして笑った。
「俺様から挑んだジャンケンだ。先攻はそっちでいいぜ」
「ああ。遠慮しないよ」
二人はアルティメット・ジャンケンを始めようと――
「あ。ちょっと待って下さい。面白そうなので撮影オッケーですか?」
深那実がカメラを構えて撮影許可を求めてきた。
水をさされる格好になった統護と業司朗であるが、異口同音に「好きにしろ」と返事する。
そして――統護の先攻でアルティメット・ジャンケンが幕を開けた。
「ジャンケン、グーッ!!」
グシャァッ!!
鋭い炸裂音が裏通りに響き、統護の『グー』によって業司朗の顔面が派手に捻転した。
舞う血飛沫。
ガクン、と腰を落としたものの、どうにかダウンせずに持ちこたえた。
折れた奥歯を吐き出した業司朗は、恍惚とした表情になる。
「いぃ~~い、グーだったぜぇ。思わず勃起しちまいそうだ。最高だぜテメエ」
「ち。手応えあったんだがな」
一撃で決められなかった。統護は両足を踏ん張って、左頬を晒す。
ニタリ、と頬を釣り上げる業司朗。
「じゃあ今度は俺様の番だ」
「足にきているみたいだけど、へなちょこなグーで俺を失望させるなよ」
「心配すんなよっ。ジャンケン、グゥゥウウウウウ!!」
ゥガゴォッ!!
拳の炸裂音と、カメラの連続シャッター音が、忙しなく裏路地に鳴り続ける――
…
次で――ついに三十回目のジャンケンであった。
もはや原型を留めていない程に顔が腫れ上がり、瞼が塞がり、鼻は潰れ、ほとんどの歯が吹っ飛んでいる業司朗。
しかし戦いのエクスタシーで、これ以上なく幸せそうだ。
「ったく、あのオルタナティヴといい、テメエといい、どんな身体の構造してんだよ」
熱心に撮影している深那実も同感であった。
統護の顔は、ジャンケン開始当時とほとんど変わりない。
多少、肌が赤みがかっているが、腫れも少なく、鼻も曲がらす、歯も折れていない。
「面の皮の厚さと、歯茎の健康には自信があるんだ」
そう嘯く統護。
だが、外観上の損傷はゼロに近いが、何度も脳を揺らされた影響で、ダメージ自体は深刻なレヴェルで受けていた。その証拠に、両膝が微かに笑っている。
統護の番である。
「じゃあ、そろそろ決めさせてもらうぜ」
今までは全て利き腕の右で『グー』を出していたが、初めて左手での『グー』を打った。
軌道は左フックである。
全体重を拳に乗せて、背中が相手に見える程に、肩を回して振り切った。
業司朗の頭部が左側へと弾かれ、大きくグラついた。
それでも業司朗は――倒れなかった。
確かに下顎を砕いた感触があったのだが、決定打とはならず、統護は動揺する。
(これでもダメかよ。流石に危険だな。これ以上続けると……)
――殺しかねない。
いくらサイバネティクス強化されているとはいえ、業司朗が受けた脳への衝撃は許容範囲を超えているはずだ。死ななくとも、このままではパンチドランカー等の後遺症が残るだろう。
(仕方がないか)
潮時だと判断する。統護は次の一撃で倒れようと決めた。
敗北は甘んじて受けよう。命には換えられない。
深那実の扱いについては、同伴して栄護と交渉するしかない。
「ぉぉおおおおおらぁぁあああああ!! ジャンケン、グゥウーーーーーーッ!」
絶叫と共に業司朗が右拳をオーバーハンドで振ってきた。
統護は頭部に炸裂する衝撃を待つ。
――が。
業司朗の拳は、統護の横を通過する。
上半身が頼りなく泳いだ業司朗は、右拳の勢いに振り回されて、そのまま倒れ込んだ。
前のめりに転がった業司朗は、起き上がろうとはせず、手足を伸ばして仰向けになった。
大の字だ。
天を仰ぐ業司朗は清々しく笑った。
「あ~~。俺様の負けかぁ。ま、面白かったから良しとするぜ」
その声色からは負け惜しみの色は微塵も窺えず、純粋な充足感のみで満たされている。
統護は大きく息を吐き、緊張を解いた。
「俺の勝ちだな。約束通りに、ここは引いてくれるか?」
「分かっているっての。景色がグニャグニャで、こりゃちとヤベエ状態だ。その女云々じゃなくて、早いところ修理しないとマジで死んじまうっての。ぎゃははははははっ!」
「栄護には俺から話をつけるから、病院に急いだ方がいい」
「叔父貴は気にするな。無理そうなら大人しく手を引けって最初から云われているからな」
業司朗は緩慢な動きで起き上がると、左右に蛇行しながら裏通りから去った。
表通りでタクシーでも拾って、そのまま堂桜系列の病院へ直行だろう。とりあえず命に別状はなさそうなので、一安心といったところか。
実際、統護にも余裕はない。
下半身がフワフワしている。頭がクラクラしており、気を抜けば倒れてしまいそうである。
「……さて、と」
統護は琴宮深那実と名乗った女性ジャーナリストへと向き直った。
何処かで見た記憶のある顔だ、と怪訝に思う。
深那実はアルティメット・ジャンケンを撮影していたカメラをポーチに仕舞うと、深々と頭を下げた。顔を上げると親しげに話し掛けてくる。
「助かった助かった。ホント、ありがとうございました」
「感謝はいいんだけど、いったいどんな情報を掴んでいるんですか?」
その内容によって彼女への対応を変えなければならない。
「嫌だなぁ……。そんなの素直に教えるわけないじゃないですか」
「だけど、それだとコトミヤさん、でしたっけ。貴女はこれからも堂桜栄護に狙われ続ける事になるけど」
名前を口にして、初めて気が付く。ん? コトミヤ? そしてこの顔……
「いえいえ。どうにも齟齬があるみたいですね」
「齟齬?」
深那実の様子に、統護は警戒し始める。
「だって、その気になれば――乱条業司朗くらいは何とでもできましたし。ただ彼が言った通りに、彼と魔術戦闘すると此処じゃ大騒ぎだったから『交渉していた』だけでして。というか餌を撒いてゲーセンに呼び出していたのは、実は……私の方だったりして」
ぺろり、と舌を出す深那実。
統護は思わず後ずさる。
「な!?」
くそったれ。ある意味、業司朗にも嵌められていた。統護とバトルをしたいが為に、あえて深那実の被害者演技を指摘しなかったのだ。
「乱条業司朗を痛めつけて追っ払ってくれたのは余計なお世話だったけれど、代わりにもっと大物が飛び込んできてくれたから、結果オーライでオッケーかな。だよねぇ?
……――『堂桜』統護くん」
統護は歯軋りする。
この場では堂桜を名乗らなかった。この女、自分が堂桜だと最初から知っていたのだ。
むろんジャーナリストで、ある程度の情報網を有していれば、堂桜嫡男の自分の顔と名前を知っていても何ら不思議ではない。業司朗との会話の流れからも、統護が堂桜関係者と類推するのも容易であろう。
しかし――これまでの状況を総括して考えると、明らかにこの先の展開は。
統護の焦りを見透かしたように、深那実は両目を細めた。
完全に獲物を狙う目である。
「そっれじゃあ、遠慮なく独占取材をさせてもらおうっと。ちなみに拒否はできないからね。実力行使でやるので」
というわけで、と一呼吸置いてから深那実は【ワード】を唱えた。
「――ACT」
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