魔導世界の不適合者
作者:真中文々
第三話『光と影の歌声』 (Episode03 『DREAMING・SINGER』)
第三話 第一章 ストリート・ステージ 3
3
首都圏の外れにある――森林と田園によって田舎風景を演出されている、とある地域。
その中に埋没するようにポツンと建っている年代物の木造アパート。
オンボロの外観とは裏腹に、この建築物は世界最先端の技術と魔術の中枢といえる場所だ。
特に、二階の205号室は別格である。
「にゃん、にゃん、なぁぁあああああぁ~~んっ!」
205号室内に猫のような声が響く。
猫の声ではなく、あくまで猫の鳴き真似のような少女の悲鳴だ。
少女は鳴き真似のみならず、その姿までも猫に扮している。赤く染めた髪の毛に猫耳付きのカチューシャ。つり目気味な大きな瞳も猫を想起させる。
下着の上に身体測定用の検査着のみを羽織っている十代前半の彼女の名は――通称・ネコ。
本名は、堂桜那々呼。
この【イグニアス】世界に浸透している【魔導機術】を統括している堂桜一族においても、特に重要な存在として秘匿されている、超天才児にして、自身を猫と信じている狂人だ。
那々呼の眼前にある大型モニタの映像――
――統護が、二人の少女に挟まれて絶体絶命の窮地に追い込まれている。
「にゃにゃん!? にゃぁん?」
那々呼は傍らに佇んでいる少女を振り返り、身振り手振りで焦りをアピールする。
しかし、紺色を基調とした袖膨らみの衣装にフリル付きの真っ白なエプロンドレス――つまりメイド服を着ている少女は、彼女の異名通りに冷静なままだ。
十代後半と思われる彼女の名は――ルシア。ルシア・A・吹雪野という。
【アイスドール】と異名される冷たい美貌を持つ少女。全てが整い過ぎともいえる、どこか創り物めいた美しさと、その冷静・冷徹さから人形、あるいは氷の彫像と揶揄されている。
ルシアは那々呼に応えるのではなく、独り言のように呟く。
「ワタシとしてもベストは尽くしましたが……」
「にゃっ!?」
「そもそも、こんな作戦が成功するはずがないでしょう、ご主人様」
「にゃぁあぁああああああ」
作戦失敗を確定させたメイド少女の台詞に、那々呼はゴロンと寝転がった。
手足をジタバタさせる那々呼に、ルシアは一瞥もくれない。
ルシアは堂桜那々呼を守護する特殊部隊【ブラッディ・キャット】の隊長で、また彼女自身も那々呼の世話係を拝命されている。那々呼が従順に命令を聞くのはルシアのみだ。
だがルシアがメイドとして主人と定義するのは、那々呼ではなく統護である。
ルシアは那々呼を飼い猫として扱っており、那々呼もそれを甘受しているという間柄だ。
「にゃにゃん!」
「もう無理です。駄々を捏ねるのではありません、ネコ。ベストは尽くしたでしょう」
今回の作戦に投入した資金は、約四百万円。
訓練費という名目で捻出・計上した予算とはいえ、実に不毛な作戦であった。
最初のシミュレートでの成功確率は、僅か九パーセント。リハーサル後で十二パーセント。初めから成功するはずがなかったのだ。
「……では、現時刻をもって作戦終了です。各員撤収しなさい」
メイド用ヘッドドレスに付いているマイクから、ルシアは命令を飛ばした。
堂桜一族が所持している超高性能独立型の軌道衛星【ウルティマ】からの観測映像が映されている大型モニタを、ルシアは別画像に切り替えた。
「さて、ネコ。今度のMMフェスタに対しての――例の可能性を演算しなさい」
「にゃぁあ~~~~~~ん!」
勢いよく起き上がった那々呼は、膝上にキーボードを置くと、猛然とブラインドタッチでコマンドを入力し始めた。超速度といっていい指捌きである。
ヴン、と空間が一瞬だけ烈震した。
古びた六畳間にひしめいているPC群が【DVIS】として機能し、那々呼と軌道衛星【ウルティマ】の演算機能を超次元内でリンクさせる、大規模魔術が立ち上がった。
部屋内が、世界一のスーパーコンピュータと化す。
ルシアはモニタ内を埋め尽くす様々な情報群に対して、冷たく囁く。
「……――【エルメ・サイア】からの、ユピテルに続く二人目となる【エレメントマスター】が、近いうちに『堂桜統護』の前に立ちはだかる確率は、九十六パーセントですか」
宝石のような双眸が微かに細まった。
さあ、今度も勝てますか? 我が最愛のご主人様……
…
頼みとしているメイド少女からの助けは――ない。
いよいよ進退窮まった。
二人の少女――淡雪と優季の剣呑な視線に射貫かれて、統護は今にも泣きそうであった。
実際、泣いて済ませられるのならば、泣き喚きたい心境だ。
「と、とにかく俺の話を聞いてくれないか。な? な?」
淡雪が言う。
「言い訳など聞くまでもなく、状況から理解できます」
優季も言う。
「約束がブッキングしちゃったみたいなのは、うん、しょうがないよね。問題なのはその後の統護の対応だと思うんだ。ボクはそれに怒っているんだよ」
「わたしも同じです、お兄様。約束が被ってしまったのならば、何故、正直に打ち明けてくれずに、こんな真似をなさったのですか?」
二人は腹立たしげであり、――そして悲しげであった。
統護は表情を歪めた。自分が間違っていた、と。
(俺は莫迦だった。大馬鹿野郎だ)
淡雪の言う通りに、正直に打ち明けるべきであった。素直に謝って、そして三人で話し合うべきだった。信じていなかった。二人がちゃんと話し合って互いに譲り合ってくれる、ベストを模索してくれると。二人を信じられなかったから、ルシアに助けてくれと泣きついた。
統護は深く己を恥じる。どうして二人を信じられなかったのか――
「ゴメン。俺、俺……」
声が震える。後悔する。最低だった。卑怯だった。
淡雪がため息混じりに言った。
「きちんと打ち明けて、優季さんにわたしの方が大切で特別だから、申し訳ないけれど今回は遠慮してくれと、どうして正直に言えなかったのですか」
優季が苦笑混じりに言った。
「そりゃ淡雪に、妹よりも幼馴染みで恋人のボクの方を優先したいから、今回はキャンセルって言い出し難いのは理解できるけどさ」
二人は各々言い終わった後、お互いの台詞を理解して、鋭い視線をぶつけ合う。
統護は唇を噛み締めて俯いた。
お前等がそういうリアクションをとると予想したから、言えなかったんだよ……!!
考えを再度、改めた。
結果は失敗に終わってしまったが、作戦決行自体は間違った選択ではなかった。
やはり二人を信じなくて正解だった。とはいえ、――これからどうしよう?
睨み合い、罵り合いながら、今にもキャットファイトを始めそうな二人の少女は、有り体にいって――容姿の美しさに反比例して、とても醜かった。
エゴと自己主張を前面に押し出す二人の辞書には、『譲り合い』『妥協』『話し合い』といった単語は載っていないに違いない。
とりあえず妥当な提案をする。
「と、と、とにかく、こうなった以上は三人仲良く、一緒に行動しないか?」
「断固として嫌です」
「そんなのヤダ」
二人は揃って即答する。
くそ。なんなんだよ、お前等。統護は頭を抱えて掻きむしりたくなるのを、必死に抑えた。
そして精一杯の笑顔を添えて訴える。
「どうしてだ? 二人よりも三人の方が楽しいのが普通じゃないのか!? それにゆりにゃんのライヴだって何人で聴いたって同じじゃないか。さあ、みんなで楽しもうぜ!」
そもそもライブ会場には万単位のファンが集結するのだ。二人も三人も誤差の範囲だ。
「ふぅ。やはりお兄様は何も分かっていませんね」
「統護の朴念仁ぶりには、ちょっとガッカリだよ」
「いや、俺が一番悪いのは理解できているけれど、お前達も少しは俺の立場と気持ちを理解しようとしてくれると、凄く助かるんだけど……」
その言葉に返事はない。
淡雪と優季が統護ににじり寄ってくる。
明らかに口論を捨てて、実力行使で統護を浚ってしまおうとしている。
再々度、統護は己の間違いを悟った。
作戦決行も誤った選択で、本当の正解は――二人からトンズラであったのだ。
「――はい、そこまでにしなさい」
三人目となる少女の声が、ゲームセンターの裏通りに浸透した。
綺麗な発音で、かつ理知的な響きの声色に、統護のみならず淡雪と優季も声の主を振り返る。
「ったく、見ていられないから、この状況に介入するわ」
統護達の通う学園の制服姿の少女がいた。
端的に表現すると、朴訥だけれど素材はいい田舎美人。印象は――深窓の文学少女。
長い黒髪を二房の三つ編みにしている、統護の学級のクラス委員長である。
「どうして委員長が?」
「ちょっと用事があって立ち寄ったら、ゲームセンターでトラブルがあったって聞いて」
彼女――累丘みみ架は一冊のハードカバー本を掲げて、やや棒読み口調で言った。
淡雪はみみ架を見て、視線の温度を下げる。
優季は苦手意識も露わに、顔をしかめた。
そんな二人に落ち着いた視線で牽制し、みみ架は続ける。
「おおよその事情は察する事ができるけれど、ここは喧嘩両成敗にしなさい。これ以上醜く争っても、堂桜くんに対しての女の株を下げるだけよ」
その言葉で冷静さを取り戻したのか、淡雪と優季はばつが悪そうになる。
二人の感情が収まったのを確認し、みみ架は統護の手を引いて、この場から離れた。
統護は大人しく従った。
淡雪と優季は気まずそうに顔を合わせたまま、追っては来なかった。
場を離れてからすぐに、統護のスマートフォンに二人からのメールが送信されてきた。
仲直りした二人は、一緒に武道館ライヴに行くとの事だ。
統護に対しては、後日それぞれフォローするように、と記されていた。
二人は表通りを並んで歩いている。
「……助かった。礼を言うよ委員長」
安堵した表情でスマートフォンをポケットにしまい、みみ架に感謝を伝える。
みみ架は苦笑しつつ、肩を竦めた。
「まったく、忙しいってのに人をこき使ってくれるわねぇ」
みみ架は開いていた本――正確には本型の【AMP】を、ショルダーバッグの中に戻した。
彼女が【ワイズワード】と命名した、曰く付きのワンオフ品である。
ちなみに【AMP】とは『アクセラレート・マジック・ピース』の頭文字を繋げた専門用語だ。魔術師の【魔導機術】を補佐する目的の、いわば魔導具といったところだ。
「その『本』に導かれたってワケか」
「いいえ。偶然よ」
統護は【ワイズワード】について、大まかな情報を締里から聞いていた。みみ架も特に統護に対して隠していないが、それでもこの場では白を切った。
「見ての通りに、学校に用事があったんだけれど、ちょっとこっちに野暮用ができたの」
「学校の用事?」
みみ架は普段の休日は、祖父が道楽で経営している古書堂の店番をしているはずだ。
「それって図書委員関係か?」
クラス委員長であるが、本来は図書委員志望である彼女は、時に率先して図書委員の仕事を手伝っている。頑固者で変わり者であるが、人望が厚いのはそういった面がある故だ。
「いいえ。琴宮先生のサポートよ。体育祭の対抗戦に関して。今年は学外からの参戦も予定されていて色々と初の試みが多くて大変なのって、泣きつかれて」
「そいつはご愁傷様だな」
「堂桜くんはこれからどうするの?」
「予定は未定、だよ」
淡雪と優季から逃げられただけでも、今日は僥倖であった。もう何もなくていい。
みみ架は年齢不相応な妖艶な笑みを浮かべる。
「だったら、約束の為の予行練習、そこのホテルでする?」
彼女が口にした約束、とは『みみ架の家業を継ぐ為の後継者を産む為の協力――つまり子作りをする』という非常識な契約である。過日の事件によって、統護はみみ架と子供を作る契約を、半ば強引に結ばされていた。堂桜一族も了承しているので、現状では逃げられない。
「遠慮しておく。アリーシアにバレたら、淡雪や優季どころじゃなくなるし」
アリーシアとは、フルネームをアリーシア・ファン・姫皇路といい、このニホンの友好国であるファン王国の第一王女にして、次期女王である。
学園のクラスメートであったアリーシアは、過日の事件を経て統護と婚約している。
「冗談よ。高校を卒業するまで、あるいは貴方と彼女が正式に婚姻するまで、私と堂桜くんは子を成さないってアリーシアと約束しているし」
アリーシアは統護とみみ架の約束に対し、当然ながら婚約者として怒髪天を突いた。
統護としては彼女との婚約は、過日の事件に対しての形式的なものと解釈していたのだが、みみ架との約束を契機に、アリーシアが本気でこのまま婚姻する気だと知った。
幼馴染みで恋人を自認する優季の存在もあり、真剣に女性関係がハーレム化して、引き返せない状況に追い込まれている統護であった。
「頼むからあまり虐めてくれるなよ。なんか気が付けば大変な状況なんだから」
「そうね。私は貴方に黒鳳凰の次代を授けれもらえれば、それで充分だけれど、アリーシアに比良栄さん、そして楯四万さんも色々と納得しないだろうし」
「締里? なんでアイツが?」
「本当に鈍いわね。個人的には貴方には楯四万さんが似合っている、なんて思っているけれど、それは通常の男女の話であって、きっとセカイが定めている堂桜くんの運命の相手は――」
意味ありげな視線を向ける、みみ架。
思わず統護も表情を改める。
堂桜淡雪――
その名が脳裏に浮かぶ。元の世界には存在していなかった、妹、と定義されている少女。
ユピテルとの戦いの最中、意識内に割り込んできた、光と闇の堕天使の貌。
同一だったのは、間違いなく偶然ではない。
統護も薄々感づいている。
淡雪とは――何者なのだろうか?
「……なあ。お前は【ワイズワード】から、いったい何を知らされている?」
「それは私自身も知りたいわ。そして残念ながら、これから先にある貴方の三度目の戦いには、おそらく私は関与を許可されていない。だから云いたくても何も言えないの」
みみ架は颯爽と踵を返した。
肩越しに統護を見やり、言い残す。
「最後に一言。【ワイズワード】に記されているわ。もう一度さっきの場所に戻りなさい」
これで今回の私の出番は終わりと、少し寂しげにみみ架は去った。
残された統護は、迷わず元の方向へと駆け出した。
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