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魔導世界の不適合者 作者:真中文々

第三話『光と影の歌声』  (Episode03 『DREAMING・SINGER』)

第三話 プロローグ  歌姫の凱旋

    プロローグ  歌姫の凱旋


 通称・羽場空港。
 あるいは一般的には羽場国際空港でお馴染みとなっている。あまり衆知されていない正式名称は、『ネオ東京シティ国際空港』といい、ニホンにおける国際空路の拠点である。
 設営と運用は、ネオ東京シティ国際空港公団と堂桜グループ内の【堂桜航空】が共同して行っている。約四十年前に第一期の工期が終了し、現在は第四期の拡張工事が継続中だ。
 ネオ東京シティの国営中央駅からは、各電鉄の羽場線のみではなく、リニアライナーによる直通便でのアクセスも可能となっている。

 その羽場空港の国際線乗り場に、山のような人集りができていた。

 それだけではなく、厳重な警戒態勢が敷かれている。
 パイロン(カラーコーン)とトラバーによって仕切られている区画。
 空港に常勤している警備員だけではなく、国から【ソーサラー】として正式認可されているガードマンも特別に四十名が配置されていた。
 概算というか――ぱっと見でも、かるく二千人は超えている人集りだ。
 なにかのイベントだろうか?
 集まっている人々の年齢層は統一されていない。
 この場は一般乗客の使用を禁止され、人々が待つ『ある人物』専用の通路となっていた。
 空港内に入ることができなかった者も、数千人規模で空港外で待ち構えている。
 無音ではない。
 固唾をのむ緊張感と熱気。ランダムに聞こえてくるざわめきと囁き。
 発着を報せるアナウンスが、どこか遠く感じられる。
 そんな中。
 ニホン人女性としては平均的な体格の女性が、人垣の一番外側でピョンピョンと、小刻みに飛び跳ねている。靴はローファーだが、着地する度に微妙にバランスを崩している様子が、かなり危なっかしい。
 ピンクのビジネススーツに着られている、といった態の彼女は、首からマスコミに配布されている『取材許可証』をぶら下げている。
 縁厚のダテ眼鏡に、女子高生が無理に背伸びをしているとしか思えない、下手くそなメイク。瞳が大きい童顔は――とても二十五歳とは信じられないほど初々しい。
「くっそ、見えない。くっそ、見えない」
 フリージャーナリストを自称する彼女は、フルネームを琴宮深那実という。
 取材に駆けつけているのは深那実だけではなく、雑誌社からの記者や生放送やニュース報道の為のTVクルーと総勢で二百名を超えていた。
 マスコミ関係者だけではなく、警察関係者と思しき者もさりげなく警邏している。
「……ったく、警察ジャマだなぁ」
 深那実は焦りを滲ませた。
 完全に出遅れてしまった格好だが、警察さえいなければ多少の無茶をしてでも、この人垣を突破できるというのに。
「ヤバイ、ヤバイ。ここでいい画撮れないと、今月の生活費ヤバいんだよなぁ」
 右手のカメラを見る。
 超薄型で軽量のコンパクトカメラはいえ、【DVIS】が内蔵されていて、レンズに撮影用の魔術――【魔導機術】が施されている最新モデルである。
 この安くないカメラをローンで購入してしまった為に、支払いで生活費がピンチなのだ。
 いい画を撮影するだけではなく、どうにかして彼女に突撃取材を……、そして付き合いのある雑誌社に売り込んで――

 ――ゆりにゃんがきたぞぉ!

 人垣の中の誰かが、あるいは演出としてマスコミの誰かが、大声を張り上げた。
 この二千人を超える人集りは、そう、『彼女』を待っているファンだ。
 彼女――『ゆりにゃん』こと榊乃原ユリを一目でいいから生で見たいと参集している。
 ゆりにゃん! ユリちゃーん! といった歓声が怒号のように重なった。
 観衆の大興奮。
 熱波といえるそれを取り押さえようと、警備員が必死に身体を張っている。

『ついに、ついに! ファンの熱い期待に応えて榊乃原ユリさんがニホンに凱旋です!』

 芝居がかった女性アナウンサーの口上に合わせるように、チェックゲートを通過してくる者が――六名。通路は彼等の貸し切り状態となっている。
 パイロンと共に設置されていた施設用【DVIS】に魔力が作用し、薄い輝きを放つ。
 ほぼ透明の薄膜が、通路の外郭を覆う。

 魔術師でもあるガードマン数名によって、通路内部に【結界】が施術されたのだ。

 この【結界】は、あくまで魔術攻撃と銃撃、刃物、爆弾といった危険物のみを自動識別して防御する代物である。
 クレーム対策として、ファンの手やプレゼントは通過する仕様だ。
 施術内の通路を進む彼等は、前方と左右を三名のボディガードで固めている。
 酒場の用心棒といったイメージそのままの、肉厚の巨躯を誇る黒人だ。
 中央には、明るい色調だが、シックなデザインのブラウスとフレアースカートを着ている若い女性。彼女は顔半分を覆い隠す大きな鍔の帽子を被っていた。
 彼女の右には、三十代のいかにも切れ者といった雰囲気のスーツ姿の男性が付いている。
 左には付き人らしい若い女性が、二つのキャリーバッグを引いていた。
 そして一番後ろには、漆黒のパンツスタイルに黒のネクタイ。黒の革手袋。ローファーも黒。そして頭髪も黒で、サングラスまで黒といった、黒ずくめの細身の人物が歩いている。
 その人物を遠巻きに観察する警察関係者は――【ブラック・メンズ】という単語を脳裏に描いていた。
 飛び交う黄色い声援。
 ファンが仕切りから身を乗り出して、必死に手を伸ばす中――六名は粛々と歩いていく。
 投げ込まれるプレゼントや花束。
 マスコミも突撃しようと試みるがガードマンとボディガードに阻まれていた。
 カッ! と甲高くハイヒールを鳴らして、中央の若い女性が足を止めた。
 にぃ、と楽しげに頬がつり上がる。

「みんなぁ! あったしの歌が、聴っきたいかぁあぁぁ~~~~~ッ!?」

 どこか甘ったるいが、それでいて滑舌のよい特徴のあるボイスが、大歓声を切り裂いて響く。
 帽子を脱いで、軽くロールのかかっているツインテール(ツーテール)を披露する。
 相の手のように大歓声が一致した。

「「「「「「 きぃきたぁぁあああぁーーい!! 」」」」」」

「おっけ。じゃあ! ライブ会場で待っているよっ!」
 オーバーリアクションで、彼女――榊乃原ユリはファンの群へ、帽子を放った。
 ユリが帽子を投げ込んだ方向は、軽いパニックになる。
 美人や美少女といった美貌面よりも、やんちゃ坊主といった感じが先行する挑戦的な容姿のユリは、周囲の熱気を満足そうに眺めながら、時折、申し訳程度に手を振ってみせる。
 ぅぉぉおおおおおおおおおおっ!
 カメラのフラッシュが煌めき、TVクルーが懸命にICレコーダやマイクを向ける。
 熱気は加速する一方だ。
 この後のフィーバーを予感させるに充分な光景である。
 盛り上がる観衆から取り残されていた深那実は、蚊帳の外で悲しげに繰り返す。
「ゆーりにゃん……、ゆーりにゃん、……ゆーりにゃん……トホホ」
 小さく上下する右拳。やがて動きが止まる。
「――帰ろ」
 肩を落とし背中を丸めた深那実は、ひっそりと場を後にした。

         …

 とりあえず、無事に入国できた……
 ユリは安堵と共に、多大な気疲れを自覚する。
 別口から入国したスタッフとは別に用意させていた、高級ホテルの最上階スイート。
 名称は『堂桜ネオ東京ホテル』といい、三十五階建ての内、上の五階は政財界の大物か国際的な著名人しか宿泊を許されていないニホンの聖域である。
 基本的にプライスレスだが、あえて値段をつけるとすれば一泊五百万円と云われている。
「ふぅ。やっと落ち着けるわ」
 ユリは表情に疲労を滲ませて、キングサイズのベッドに身を投げ出した。
 チェックインしたのは、主役であるユリと世話係の付き人、そして黒ずくめのパンツスタイルの人物だ。
 マネージャーの男性は、他のスタッフと合流して近場のホテルに滞在する。
 ボディガードは移動の都度、ランダムに選抜して派遣してもらう契約だ。これはボディガードによる裏切りや盗聴・盗撮などを防ぐ為の保険である。
 付き人の女性は、下層階に別部屋を取っている。
 よって――このスイートルームには、ユリと今回の帰国の為に専属契約した黒ずくめ――噂では超凄腕の【ソーサラー】だという『何でも屋』の二人だけだ。
「明日から色々と面倒くさいわぁ」
 ちらり、と壁際に立ったままの『何でも屋』に視線を向ける。
 話し相手を期待したわけではないが、三日前に会ってからまともに口を利いていない。サングラスを一度も外していない。資料にも顔写真は添付されていなかった。
 顧客に媚びへつらう態度は一切見せずに、とにかくマイペースな人物であった。
「……アンタはいいわね、気楽で」
 つい、ユリは本音という名の愚痴を漏らした。
 帰国初日である今日は、移動と休養のみで許されているが、明日からはそうはいかない。
 ビジネス的な面談は全てマネージャーが初日から各関係者と行っているが、公式記者会見をはじめとした各インタビューや、お偉いさん方への挨拶回りなど営業活動が控えている。
 本当は歌だけに、ステージだけに集中したいが、そうはいかない。
 スケジュールは分刻みでビッシリだ。
「そもそも大丈夫なのかしら? こんな危険な仕事を貴女に任せて」
 ユリが凱旋帰国を渋っていた本当の理由――

 ニホンのストーカーから脅迫されて、命を狙われているのだ。

 しかし仕事の都合で、ユリはニホンに戻らざるを得なくなってしまった。
 それでも帰国を渋るユリに、所属する芸能事務所はこの『何でも屋』を見つけてきたのだ。
 とはいっても、ユリは彼女を信用していない。
 ユリの言葉に『何でも屋』は初めて反応を示して、壁際から背を離し、歩み寄ってくる。
 そっとサングラスを外す。
 初めてユリが目にする彼女の漆黒の双眸は――切れ長で静謐、そして怜悧だった。
 晒されたノーメイクの素顔に、ユリは目を丸くした。
 年齢不詳、とプロフィールにあったが。
「驚いた。思っていたよりもずっと若いわね。まだ十代後半くらい?」
 間違いなく少女であった。
 それもミステリアスな雰囲気を発している、やや中性的な美少女である。
「年齢は問題ないわ。依頼内容に関しては、百パーセント完遂してみせるから」
 自信に満ちた返答に、ユリは挑発的な笑みを浮かべていた。

「――ならば期待するわね。オルタナティヴさん」
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