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魔導世界の不適合者 作者:真中文々

第二話『二人目のデヴァイスクラッシャー』  (Episode02 『SECOND・IRREGULAR』)

第二話 第四章  破壊と再生 14

         14

 統護はロイドへと語りかける。
「一応いっておくが敵対する意志はない。那々呼の件だったら既に片がついているぜ」
 追跡中に、淡雪とルシアからそれぞれ連絡が入った。ケイネスの正体と、彼女が那々呼との再会を諦めて撤退しているという報告である。ルシアの手配により、堂桜の他の派閥も動きを自粛している。後は、統護が那々呼を連れ帰るだけだった。
 ロイドはすまし顔を揺るがせない。
「ええ。私も事の顛末は存じています。同業のミランダからの報せがありましてね」
「だろうな」
「すでにご承知かと思いますが、私もミランダと同様、執事を擬態しておりますが、本職は裏社会の非合法【ソーサラー】でして」
「知っているよ」
 淡雪からミランダの事も知らされていた。ミランダは今回の件を契機に、ケイネスとは切れたという事も。
 ロイドの声が愁いを帯びた。
「執事の真似事とはいえ……、あの少女はあまりにも哀れです。所詮は仮初めの主人であり、擬態した執事であり、雇い主であるケイネスによる便宜上の主従関係だったとはいえ、それでも私は優樹様の執事として『最後の命令』に忠実に従いたい」
 本来のロイドの役割は優樹の監視と管理役である。しかし、いつしかロイドはその役割よりも優樹の執事であろうとしていた。
 その命令を最後として――優樹とロイドの主従関係は終わる。
 同時に、命令の完遂が意味するのは――優樹の命の終わり。
 統護は最後の確認をする。
「俺がアイツを救えるとしても、穏便に道を譲る気はないか?」
「証拠もなしに信じられるはずがないでしょう。彼女はもうじき絶命する。その姿はもはや人ではない。彼女の死を確認後、私はあの子の亡骸を燃やし、そして堂桜那々呼をルシア殿へと返す。それでお終いです。私もミランダ同様、この地から去りましょう」
「そんな終わり、俺は認めない」
 二人の男は、互いに視線をぶつけ合った。
「堂桜統護。貴方が彼女を救えるというのならば、口先ではなく是非とも実力で証明してください。私程度を倒せない男に、今の彼女を救えるとは到底信じられません」
「分かったよ。口ではなくこの手で証明するよ。俺がアンタを倒して、優樹を救えるってさ」
 あの夜と同じだ。
 統護はそう感じていた。双方、優樹の為に戦おうとしている。信念と想いに差はない。
 戦わなければならないのは、悲劇ではなく、どちらの主張する結末が正しいのか、己が力によって答えを出すために他ならない――
 ロイドの背後の山小屋に、優樹と那々呼がいるのは間違いない。
 キャンプ場であるのか、戦いの場としては申し分なく拓けている。
 真のチカラは使えない。
 それは優樹を救うために温存しなければならない。だから――

 ――【デヴァイスクラッシャー】でロイドを倒す。

 この異世界【イグニアス】で唯一無二の、堂桜統護だけのチカラで。
 統護は間合いを詰めずに、右手を振るって魔力を放射した。
 しかし魔力放射による【デヴァイスクラッシャー】は通用しない。ロイドは自身の専用【DVIS】を魔力コーティングする事で、【DVIS】が機能不全に陥るのを防いだ。
「その手は通用しませんよ。【エルメ・サイア】のユピテルが破ったのを忘れましたか」
 ロイドは右手につけている白い手袋――白手を掲げてみせた。
「それがお前の【DVIS】か」
 統護の魔力をロイドの魔力がガードをした感覚を、確かに察知できた。
 光るギミック付きの蝶ネクタイと、優樹が爆発させたと見せかけたブローチ。
 二度もフェイクに引っかかったけれど、ようやく本物を確認できた。
「もう小細工はなしです。少しだけ言い訳をさせてもらいますと、本当ならばあのような騙し手は使いたくなかった。優樹様と一芝居打つために、忸怩たる思いだったのです」
「それも含めて、決着をつけようぜ」
「ええ。同意します。――ACT」
 ロイドは掲げている白手を、手の甲から掌へと反転させた。
 掌に埋め込まれている真紅の宝玉が輝き――【魔導機術】が立ち上がる。
 清潔に切り揃えられていたロイドの金髪が漆黒に染まり、無尽蔵に増殖するタコ足のごとく周囲へと張り巡らされていく。
 ロイドの【基本形態】である【ミッドナイト・ダンシング】が発動したのだ。
 統護は間合いを詰めにダッシュする。
 遠方からの魔力放射は、相手の魔力コーティングでガードされる。ゆえに拳から直接、魔力を【DVIS】に叩き込んで、魔力コーティングを突き破る必要がある。
「そうはさせません」
 ざざざざっざざあああああぁぁあああ――
 触手のように蠢く頭髪。
 伸縮自在のロイドの髪の毛が四方八方へと駆け巡り、統護の行く手を塞ごうとする。
 周囲の木々に巻き付き、進入禁止のテープのように張り巡らされて術者を守る。
 ドンッ!
 統護は目の前に張られた頭髪に、渾身の右拳を打ち込む。
 拳から魔力を流し込み【デヴァイスクラッシャー】を試みるが、頭髪から伝導してロイドの【DVIS】まで魔力が届く事もなければ、頭髪そのものを破壊する事もできなかった。
 学園の屋上に張られた【ブラック・メンズ】の【結界】や、対東雲黎八戦で彼の魔術力場を破壊したようにはいかない。
 頭髪に通っている魔力を破壊する事はできても、弾性と剛性に恵まれているロイドの頭髪を打撃による衝撃で破壊はできなかった。頭髪を消すには、はやり魔術を根本的に消失させるしかない。すなわち【DVIS】の破壊が必須であると判断した。
 刹那。
 頭髪に通じている魔力が復活するのを、拳越しに察知する。
「ちぃっ!」
 統護は両手で髪の毛を握ると一気に引きちぎった。
 文字通りの間一髪で、引きちぎった先端に発火のスパークが煌めく。
 加えて、統護が引きちぎった地点へ、新たな毛髪が槍のように降ってきた。
 地面に突き刺さったが、統護はすでにいない。
 真横に移動して、周囲の木々へと飛び移りながら、ロイドへの突入口を探っている。
 この展開は予想通りであった。
 ロイドはリスクを背負ってまで、無理に統護を仕留める必要はない。ひたすら防衛に徹して時間切れ――優樹が永遠の眠りにつくのを待てばいいのだから。
 この山小屋の敷地は、目算で二十メートル平米以下。
 外周の木々を飛び移りながら迂回して、山小屋の背後に出るという選択肢もあるが、それではロイドに真のチカラを見られてしまう。ましてロイドがその程度を考慮していないはずがない。なによりも根本的にそんな逃げで優樹に辿り着いても、ロイドに『優樹を救う資格』を認めさせられるはずがない。
 統護はそんな迷いの隙を突かれた。
「なっ!?」
 目の前に、ロイドの頭髪によってバラ撒かれた枯葉の群が広がっていた。
 一斉に着火して、統護の飛翔を妨害する炎の瀑布となる。
 意表を突かれた統護は、炎による直接的なダメージこそ軽微だったが、バランスを崩して次の樹に激突し、転落した。
 受け身に失敗して全身に激痛が走るが、幸い落ちたのはコンクリではなく腐葉土だ。統護は反射的に転がって場所を変える。墜落地点に、ロイドの髪の毛が襲いかかっていた。
 ごごぉぅううッ!
 吹き上がる爆風が夜の冷えた空気を熱する。
 仕切り直しだ。
 しかし、先程よりもロイドを守る毛髪の量――防御の陣が増えている。
 ユピテルとの戦いと同じ様相だ。
 相手は持久戦を前提に、こちらを【デヴァイスクラッシャー】が有効な至近距離まで近づかせまいと、細心の注意を払っている。統護には有効な攻撃手段はない。
 あの時――ユピテル戦は、隠している真のチカラを解放して、ユピテルを倒した。ユピテルを倒しさえすれば事態が終わる状況だったから。けれど今は違う。ロイドを倒して終わりではなく、その先で優樹を救わなければならない。
 このままでは――勝てない。敗北は必至である。
(やるしかない)
 統護は覚悟を決めた。

 ――あれから何度も、ユピテル戦の内容を反芻していた。

 木々を飛び回って相手の隙を窺うのではなく、足を止めて仁王立ちする。
 決意を込めた視線を、頭髪の陣に守られているロイドへと定めた。
 そんな統護に、ロイドは告げる。
「どうしましたか? まさかもう彼女を諦めるというのですか?」

 ――俺の【デヴァイスクラッシャー】は弱点を晒され、もう強敵には通用しないのかと。

 統護はゆっくりと右手を眼前へと持ち上げる。
「いいや。絶対に諦めないね。俺の気持ちだけじゃなく、俺を此処に導いてくれた淡雪とルシア、俺の背中を押してくれた締里と委員長の為にも」
 持ち上げた右手の形は、拳ではなく――五指を拡げた手の平である。
 それは何かを掴もうとするカタチであり意志。

 ――欠点は明らかなのだから、それをどう克服するか、ずっと考えていた。

 ずさぁぁぁあざざあああっ!
 ロイドの髪の毛が、足を止めた統護へと殺到して、四肢に絡みついた。
 しかし統護は動じない。
 四肢を引き込んで体勢を崩そうとする毛髪からの張力に、超人的な身体能力で抗った。
 据えた視線は揺るがない。

 ――ヒントは例の【パワードスーツ】の疑似爆弾のトリックだった。

 ロイドは失望を隠さない声色で告げた。
「チェックメイトですよ。そのままだと、私は貴方を丸焼きにしてしまいます」
「いいや。アンタの期待にも応えてみせるよ、ロイド・クロフォード」
 間を置かずに魔術の炎を着火させないのは、やはりロイドも優樹を救いたいと本心では願っているからだ。だからこの戦いの勝敗は、どちらの主張する結末が正しいのか、己がチカラで証明できた方が勝ちになる。
 統護が優樹を救えるのだと証明してみせろ、とロイドは視線で訴えている。
 ああ、じゃあ、その気持ちに応えようか。

 ――前面への魔力放射ではなく、意識した三次元座標への魔力転送という遠隔操作。

 むやみに飛び回っていたのではない。
 統護は意識を集中し、木々を飛び回る事によって脳内にインプットした、ロイドの空間座標へと魔力を遠隔転送した。
 例の【パワードスーツ】のパイロットのように、神経リンクされた座標データによる補正や補助がないので、ピンポイントに【DVIS】を狙えないが。現段階では、おおまかにロイドの囲う直径二メートルの球体を生成するイメージだ。
「なんだと?」
 異質な魔力で包まれた感覚を察知したロイドが、この戦いで初めて動揺する。
 危険を悟ったロイドは統護を捉えた頭髪へと、着火させようと魔力を流し込んだ。

 ――通常ならば人間の脳機能で、魔力の精緻な遠隔転送など不可能なのだが……

 統護はロイドを囲っている魔力球体への魔力濃度を上げた。
 頭髪からの着火魔術で統護の身が焼かれる前に、ロイドの【DVIS】は軽い機能不全を起こして、魔術は不発に終わった。統護を縛っていた頭髪が張力を失って緩まる。
 下地は整った。
「失策だよ、ロイド。お前は決定的に選択肢を誤った」
 統護は決着だと告げていた。
 正しい選択肢は、統護を焼きにいくのではなく、移動して魔力球体から逃れる、である。
 視線の立体感覚は、脳内の空間座標とアジャストしようとしている。

 ――生憎と、俺の魔力は特別製で、標的と相反する手応えを脳内に伝えてくれる。

 ロイドは【DVIS】を守り、機能不全から復旧させる為に【DVIS】である白手を魔力コーティングした。
 それを待っていた。
 掴んだ――という確信と手応え。
 そのコーティングによって統護の魔力が遮断されるのを、統護は感覚で精確に掴む。
 視線の立体感覚と脳内座標がアジャストする。
 精確な【DVIS】のピンポイントな位置を脳内で――掴んだ。

「……――これが俺の新しい【デヴァイスクラッシャー】だ」

 文字通り掴んだ。
 統護は突きだしている右手の開かれている五指を――力強く握り込む。
 ロイドを囲っている魔力球体が一気に圧縮された。
 圧縮される一点は――ロイドの【DVIS】。
 拳で叩き込むよりも高密度かつ高圧力の統護の魔力が一点収束されて、ロイドの魔力コーティングを突き破り――彼の専用【DVIS】に流し込まれた。
 ロイドの【DVIS】が小爆発を伴って破壊された。
 周囲を覆っていた魔術が、霧が晴れたようにかき消える。
 ロイドは唖然と立ち尽くした。その無防備な一瞬で、統護には充分であった。
 ぐしゃッ!
 統護はロイドの懐へと間合いを詰めて――左フックを顎先へと炸裂させた。
 ぐるん、と半回転して身を捩りながらロイドはダウンする。
 倒れ込んだロイドは辛うじて意識を繋いでいた。微かに頭を持ち上げて、統護を見つめる。
 統護は彼を見下ろして言った。
「任せてくれ。アイツは俺が必ず救うから」
「フ。あの子に謝っておいて下さい。そして……あの子をお願いします」
 その言葉で力尽きたロイドは、意識を閉じた。
 すとん、とロイドの頭が地面に落ちた。
 決着はついた。勝ち負けをいうのならば、両者の勝ちにしてみせると統護は決意する。
 完全に失神しているのを確認し、統護はロイドを置いて歩を進める。
 また一人分、新しい想いを背負った。

 眼前の山小屋コテージが、今回の事件のラストステージとなる――
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