魔導世界の不適合者
作者:真中文々
第二話『二人目のデヴァイスクラッシャー』 (Episode02 『SECOND・IRREGULAR』)
第二話 第四章 破壊と再生 12
12
堂桜一族の血族のみに設定されている拡張認証――【スーパーユーザー】。
通常の【ノーマルユーザー】から【スーパーユーザー】へ再ログインする為、淡雪は「スーパーACT」と認証ワードを口にした。
学園制服の胸元に潜り込んでいる淡雪の専用【DVIS】――八角形のペンダントが輝く。
正確には、ペンダント内の紅い宝玉が、白銀の光を発した。
声紋認証がパスされて、通常認証時にアクセスされる軌道衛星【ウルティマ】のみではなく、対になっているステルス型軌道衛星【ラグナローク】への精神接続を試みる。
世界中から随時、膨大なアクセスがあり、絶えず魔術演算とコンパイラを行っている【ウルティマ】とは異なり、【ラグナローク】は堂桜一族が【魔導機術】を行使する為だけの外部演算領域である。
状況をコード化して転送し、瞬時にアクセスが許可された。
再ログインの設定開始。各パラメータの初期化および調整後――システム再起動。
ログイン完了。
二つの軌道衛星【ウルティマ】と【ラグナローク】が、量子的に同調して互いにサポートしつつ、淡雪の為の演算リソースを拡張形成し、並列演算を開始した。
封印――解除。
脳内に展開している高次元電脳世界が一新された。
淡雪は押さえ込んでいた魔力を全解放し、意識を電脳世界の隅々まで拡げていく。
電脳空間内に浮かぶ莫大な数の【アプリケーション・ウィンドウ】内にある術式を、全て再構成して、上書きしていく。
淡雪は起動していた魔術を一度キャンセルし、そして同時に新たな魔術を立ち上げた。
桜色に艶めく小振りな唇が紡ぐ。
「――【シャイニング・ブリザード】」
その【ワード】を皮切りに、淡雪を中心として、会社の敷地内が別世界へと変貌した。
荘厳で幻想的な純白のセカイへと――
…
視界一面が、白銀に輝く雪世界になっていた。
ミランダは目を疑った。
淡雪から莫大な魔力の奔流が噴き出した――と認識した瞬間には、彼女の【基本形態】である吹雪の【結界】がかき消えて、辺り一帯が、猛吹雪の吹き荒れる白銀に染まっていた。
分子運動を押さえつけて超低温化を促す吹雪は、ミランダとケイネスをターゲット外に設定してあった。もしも、この吹雪が自分を襲っていたら――と、ミランダは恐怖した。
まるで夢のように景色そのものが換わった。
「ひょっとして、これが……」
頬を引き攣らせるミランダに対し、ケイネスは嬉しそうに頬を緩めていた。
「そうよ。これが本気になった堂桜淡雪。その【基本形態】の名は――【シャイニング・ブリザード】というわ。枷を外した今のあの子は、堂桜一族のお姫様というよりも……」
ミランダも畏怖と共に同感だった。
封印解除した淡雪は、若く美しい雪女ではなく。
――雪の女王、という形容が相応しかった。
っごぉぉおおぉおおぉおぉおおおおぉおぉおおおッ。
白い嵐が凶暴に唸る。
最大設定値で半径二キロという広さを、ほぼ絶対零度まで下げる圧倒的な力。
辺り一帯を占める獰猛な雪世界が、今の淡雪の【結界】であり【基本形態】だ。
相対する陽流と彼女の魔導鎧ともいえる【パワードスーツ】は、淡雪の吹雪によって超低温に曝されて動けないでいる――が。
ゴォォオオオオ!
機体全身から赤色のオーラを吹き上げ、背中を反らせて、威嚇のポーズをとった。
赤色のオーラの正体は、魔術による放熱現象だった。
この放熱現象により、淡雪の絶対零度空間をキャンセルしたのだ。
【DRIVES】によって、外部演算機能に頼らずとも、機体に内蔵されている魔術エンジンのみで陽流の魔術は強化されていた。
大きくエビ反りになった反動を利用して、【リヴェリオン】が淡雪へと覆い被さる。
対して淡雪は冷静に右手を向けた。
「――【シャイニング・インターセプト】」
ドーム状の、光り輝く氷膜が多重に形成され、【リヴェリオン】の身体を受け止めた。
封印解除前とは異なり、今度の【結界】は破壊されない。
【リヴェリオン】は、掌から魔術の炎を叩き込んだが、通用しなかった。
漆黒の巨人は放熱出力をあげ、その鋼の身を赤色に染めた。
両足を踏ん張って、ドーム状【結界】を全身で押し込んで潰そうと、機体駆動力のギアを上げ、魔術による灼熱波を放射していく。
『ぅぁぁあああああああああ~~~~~~!!』
マイク越しの陽流の絶叫が響き、淡雪の氷膜にヒビが入った。
搭乗者であるのと当時に、魔導機体の【DVIS】でもある陽流に急激な負荷がかかる。
ヒビが蜘蛛の巣状に広がっていき――
バキン。
ついに氷膜が砕けた――瞬間に、内側から新たな氷膜が生成されていた。
再び力比べになった。
ミランダは感嘆の息をついた。
「凄い。あれだけの出力の【結界】を、いとも容易く再起動させるなんて」
封印解除前よりも魔術の多重起動がスムーズになっているのを、ミランダは見逃さなかった。
今の淡雪と比較すると、先程までの淡雪の多重起動は何処かぎこちない印象を受ける。
ケイネスは淡々と説明した。
「PCに例えると、封印解除前の淡雪はCPUの性能とメモリ容量は大きいけれど、それを活かせない旧式のOSを騙し騙し使っていたようなものね」
「つまり封印解除した淡雪は、CPUの性能とメモリ容量をフルに活用可能な最新OSを載せたPCといった感じですか」
「ええ。封印解除前と封印解除後では、大昔のポケットコンピュータとハイスペックワークステーション程の差があるけれど、その解釈で間違っていないわ」
封印解除前の淡雪とは違い、今の【基本形態】――【シャイニング・ブリザード】は、彼女の全オペレーションを一括で担っている。
陽流は魔術熱源を【リヴェリオン】の両拳へと集中した。
その両拳を頭上で組み、一気に振り下ろそうと反動をつけた。
「――【シャイニング・エクスプロージョン】」
ヒュゴゴゴゴォォオオオオオオオッ!
冷徹な【ワード】に呼応し、展開していた【シャイニング・インターセプト】が粒子状となり、その数千以上の粒子が彗星のように前面へと放射された。
光を纏う氷の流星群を浴びて、黒い巨人は後退を余儀なくされた。
淡雪は片膝をついて、雪面に拳大の魔法陣を右手の人差し指で素早く描いた。
立ち上がり数秒間【ワード】を唱えると、魔法陣が回転しながら外層を追加して大きくなっていく。直径十メートルにまで拡張した魔法陣が、淡雪の前へとスライドし――
魔法陣から、透明な鎧を纏っている純白の巨人がせり上がってきた。
その身は圧縮強化された雪であり、纏っている鎧と楯、そして剣は氷でできていた。
外見の性別は女。西洋の騎士とギリシャ神話の天使を融合させたような姿形をしている。身の丈は、相対する機械の巨人とほぼ同程度である。
名は【ホワイトナイト・ガーディアン】だ。
「スノウゴーレムか!」
白き巨人の威容に、ミランダは息を飲んだ。
果たしてゴーレムで【パワードスーツ】に対抗できるのか。しかも【リヴェリオン】は【DRIVES】によって起動している魔導兵器でもあるのだ。
淡雪の【ホワイトナイト・ガーディアン】と陽流の【リヴェリオン】が、真っ向からぶつかり合った。
機動力は【リヴェリオン】に分があったが、挙動の滑らかさと精緻さでは【ホワイトナイト・ガーディアン】が一枚上手であった。
ゴーレムは【パワードスーツ】の魔術の拳を氷の楯で受け止め、【パワードスーツ】の魔術装甲は、ゴーレムの氷の剣に耐えた。
巨人同士の激しい戦いに、ミランダは呆けていた。
「そんな……莫迦な。あり得ない」
「何が?」と、ケイネスは愉快そうに質問した。
「いくら淡雪が膨大な魔力総量と意識容量を誇る怪物だとしても、魔術師が単独でアレを維持して、あれだけのコントロールを行えるなんて、あり得ない。この目で見ても信じられない。他に彼女を影からサポートしている魔術師がいるか、補助している【AMP】がゴーレムに仕込まれているとしか思えない」
通常のゴーレムで実現できる挙動ではない。
魔術師単体であれだけ高性能なゴーレムが実現できるのであれば、そもそも【パワードスーツ】という科学兵器を開発する必要性がなくなる。
ミランダの魔術的な常識に照らし合わせると、あの白銀の騎士をあれだけのレヴェルで操作するのには、超一流の魔術師が最低で三十人は必要になる。しかも、その三十人を完全に意識同調させなければならない。有り体にいって理論上不可能ではないというだけで、実現不可能といってよかった。
「――封印解除によって拡張された演算リソースは、封印時の二百五十五倍よ」
「え?」
「だから今の淡雪は、封印時の淡雪が二百五十五人いて、その魔術師集団が一個人として完全統制されている、と置き換えることができるわ」
「淡雪が……二百五十五人?」
それはどんな冗談なのだと、ミランダは薄笑いを浮かべていた。
「【エルメ・サイア】のユピテルが【エレメントマスター】化した時で、二百四十倍の拡張域だったかしら? こいつ等はそういった世界に棲む規格外ってやつよ」
「堂桜一族はあんな怪物揃いなのですか」
「いいえ。現役では淡雪が特別ね。あの子の兄――堂桜統護も天才魔術師として名を馳せていたけれど、妹程のパワーはなかったわ。技術・学術的には確かに彼は天才だった故に、周囲からの注目を一身に浴びており、そして慎ましい妹も、決して兄より目立とうとしなかった」
「大和撫子というやつですか」
「そう、それよ。真正面からの火力勝負ならば、実は兄よりも妹の方が強かった。いいえ、兄よりも強かったというよりも、力対力での魔術戦闘に限っては、おそらく――」
堂桜淡雪が最強だ、とケイネスは断言した。
雪の巨人と鉄の巨人の戦いは、徐々に【パワードスーツ】側へ形勢が傾きつつあった。
いや、違う。
ミランダはそう感じ取っていた。
淡雪のゴーレムが押され始めている理由は、淡雪がゴーレムへ供給している魔力を、意図的に減らし始めているからだ。
光が――在った。
ややうつむき加減の淡雪は、胸の前に輝く球体を編み上げていた。
胸の前に構えた左右の掌の間に、雪と氷によって外層を積み重ねて、光の玉を形成していく。
球体が放っている光は、虹の七色であった。
「どうして? 何故あの雪と氷の玉は光輝いている?」
ミランダの疑問を、ケイネスは鼻で笑った。
「気が付いていなかったの? あの子が放つ雪の閃光のカラクリが、あの球体よ」
光の玉が大きくなり、掌で抱えきれなくなった淡雪は、両手を頭上へ掲げ、球体を高々と浮き上がらせた。
淡雪はゴーレムへの魔力供給をストップした。途端、ゴーレムは雪へと還った。
光体が急激に膨れあがり、直径は二メートルを超えた。
交戦していたゴーレムが突如として崩れ落ち、自由の身となった【リヴェリオン】は、再び標的を淡雪へ定めた。
淡雪は【パワードスーツ】――いや、機体と同化している陽流に告げた。
「貴女にお見せしましょう。この堂桜淡雪の最大魔術を……」
頭上の両手を、胸の前でクロスさせて印を描き、半身になって右手を差し向けた。
爆発的に球体が輝きを増した。
ィィイイイイイイイイイイイイイイン! 光が不気味に咆哮する。
「その身で受けなさいっ!
――【シャイニング・ノヴァ】ッ!!」
ぐォん、と不気味な音を残し、淡雪の上から輝く球体が【リヴェリオン】へと放たれた。
光球は一直線に【リヴェリオン】に直撃した。
いや、身を丸めた【リヴェリオン】は光球を腹部で受け止めていた。
じゅぅごぅぉぅううううッ!
莫大な水蒸気が煙のように立ちこめる。
黒い機体が、魔術の放射熱と輻射熱により、絶対零度近い球体の外層を溶かしにかかる。
球体を抱えた両手からは、絶えず炎の魔術を連続起動していた。
陽流は己の限界を超えて機体に魔力を供給する。搭載されている【DRIVES】によって、外部拡張演算を要さずに、機体内の魔術エンジンによる魔力増幅が加速する。
『あっぁあぁああああああああ~~~~ッ!』
マイク越しの悲愴な雄叫び。
ゴーグルから紅い涙が溢れ、頬を伝った。陽流の全身の毛細血管が弾け、素肌が見えている顔の部分から紅い霧が発生する。
黒い装甲が真紅に輝き――球体の外層を破壊した――瞬間に、ソレが起こった。
超低温の外層に封じられていた超圧縮・超高温の水蒸気が、一気に解放されたのだ。
摂氏数万度の水蒸気による熱伝播。
擬似的な水蒸気爆発による衝撃波。
最後に、プラズマ化による直接発電と疎密振動の発生。
濁流のように【リヴェリオン】を襲った。
ゴーグルの奥で充血していた陽流の両目が、絶望で見開かれる。
発熱系の魔術によって球体外層の超低温をキャンセルしていた為、カウンター的にこれらのダメージを【リヴェリオン】は受けてしまった。
様々なダメージが【リヴェリオン】の機体だけではなく、機体を構成している物質の分子結合にまで、致命的な爪痕を刻み込んだ。
物理的な現象を魔術で制御した――さながら超新星のようであった。
盛大な爆発。
破壊現象は【パワードスーツ】という構成物だけではなく、各々のパーツ全てに及ぶ。
効果対象から除外設定されていた搭乗者を除く――【リヴェリオン】の全てが破壊し尽くされた。
バラバラというよりも粉々と形容するべき残骸から、爆発の余波を受けた陽流は後方へ放り出された。完全に意識を失っている様子だ。
想像を絶する殲滅・破壊現象を目の当たりにしたミランダは、愕然と呟いた。
「そうか。雪の閃光の正体は……雪と氷の管内に封じられていた超高温の水蒸気だったのか」
正解を知り、ミランダは隣のケイネスに確認しようとした。
だが、ケイネスが消えていた。
出し抜かれた事実に驚きを覚えつつ、ミランダはすぐにケイネスの気配を捉えた。
ケイネスは吹き飛ばされていた陽流の身を確保していた。
その事実が物語るのは、ケイネス自身も相当な戦闘能力を有しているという事である。ただそれに対しての意外性や驚きは、ミランダにはなかった。最終手段として自ら戦闘するという選択肢を用意しないケイネスではないだろう。
淡雪はケイネスに言った。
「わたしの勝ちです。そのハルルさんという方を返し、貴女自身も投降しなさい、那々覇」
拒否すれば撃つ、と淡雪は氷の槍を生成した。
ケイネスは快心の笑顔であった。愉悦の顔とも表現できる。
「流石だわ、淡雪。予想通りに貴女は強かった。流石に堂桜財閥の次期当主ね。【リヴェリオン】はよく持ちこたえた方かしら。そして――陽流は本当に頑張ってくれたわ」
タイムアップよ、とケイネスが告げた。
視線を上げたケイネスにつられ、淡雪も空を仰ぎ見た。
ステルス系の隠蔽魔術を解除した、米軍【暗部】のヘリコプターが上空から降りてきた。
淡雪は奥歯を噛み締めた。
彼女の【基本形態】である【シャイニング・ブリザード】は、上空索敵がやや苦手であるが、ここまで接近されて気が付かないとは、と驚きを隠せない。
ヘリコプターからマイク音声が聞こえてきた。
『喧嘩はここまでだ、Dr.ケイネスとプリンセス・パウダースノウ。両名共に我らの大切なフレンドであり同志だ。ここは我らの顔を立てる為にも、双方、収めてくれないか』
淡雪は悔しそうに視線を落とした。そして魔術を消した。一面の雪世界が、無機質なコンクリート地帯へと戻る。
ケイネスは降ろされた縄ばしごに捕まった。肩には陽流を担いでいる。
「こちらに来なさい、ミランダ。撤収よ。我が友人も今回の実戦テストには満足してくれている様子だし、上々だったわ」
ミランダは首を横に振って、依頼主を拒絶した。
「申し訳ありませんが、貴女との契約はここで打ち切らせてもらいたい。もう貴女をマスターとして扱う自信がありません。違約金は後で口座に振り込んでおきます」
ケイネスは気分を害した様子も見せずに、ビジネススマイルになる。
「違約金は要らないわ。退職金代わりにしましょう。貴女の仕事ぶりにはとても満足していたわ。契約解除は残念だったけれど、また縁があれば契約しましょう。ああ、そうそう。娘の件は手を引くから、同業の執事さんに伝えておいて。もう堂桜に返していいわよ、と」
顔をあげた淡雪はケイネスを睨み付けた。
「那々覇。貴女はわたしが倒します。そしてハルルさんを救い出します」
「ええ。次回、相まみえる時を楽しみにしているわ」
ケイネスを回収した米軍【暗部】のヘリコプターは、空の彼方へと――消えた。
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