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魔導世界の不適合者 作者:真中文々

第二話『二人目のデヴァイスクラッシャー』  (Episode02 『SECOND・IRREGULAR』)

第二話 第四章  破壊と再生 10

         10

 黒髪をなびかせて疾走する淡雪は、右手人差し指をミランダへ向けた。
 白銀の輝きが指先に灯る。
 纏っている吹雪の一部が指先へと集中し――氷の弾丸と化して撃ち出された。
 ミランダも同時に二丁拳銃を発砲する。
 先ほどと同様に空砲だが、射線上にある水分によって弾丸が形成されていく。
 ただし一発だけであった。
 もう一発は空砲のまま――淡雪の氷の弾丸を捉えて、砕き、そしてミランダの散弾となって淡雪へと反射された。

「――【ダイヤモンド・インターセプト】」

 キィィン!
 足を止めた淡雪は前面に雪層を形成し、瞬間圧縮により氷の防御壁を作りだした。
 ギャァギンィ!
 氷壁に全ての弾丸が阻まれた。
 攻撃をシャットアウトされたミランダは、二つの銃口を右と左の斜め上目掛けて、それぞれのトリガーをノックした。
 二発、三発目と間断なく連射する。通常の射撃であれば基本となる三点撃ちだ。
 しかしミランダの水弾魔術のスリー・バースト・ショットは、意味合いが違った。
 前面を氷壁で固めた淡雪の視界の外――左右の斜め上空。
 一発目の空砲が、射線上の水分を吸収しながら、今度は反射板になった。
 その反射板に二発目の空砲が炸裂し、粉々に砕け、三発目の空砲によりベクトルを与えられて、散弾となって淡雪へと襲いかかる。
 死角からの無音攻撃に、淡雪は反応していない。
「殺ったぞ、淡雪!」
 ズザァガガガガガガッ!
 氷の防壁越しに見える少女のシルエットに、数多の弾丸が左右斜め上から貫通した。
 撃ち抜かれた少女は倒れ込む――のではなく、ボロボロと崩れ落ちた。
「雪像によるフェイクか!」
 舌打ちと共に、ミランダは背後を振り返り、銃口を突き出す。
 完全に気配を誤魔化されていた。ミランダが三連弾の制御に意識を集中した一瞬の隙を淡雪は逃さなかった。気配を消し、身代わりである雪像を創りだしたのだ。
 そして本物の淡雪は――

 背後一面に広がる雪原の中で、静かに佇んでいた。

 いつの間に、とミランダはトリガーにかけた指を動かせない。
 静謐な双眸でミランダを見据える淡雪は浅く一礼した。
「では、改めて参ります」
 びゅぅぉぉぉおおぉおおおおおおおぉおおぉおおおおっ!
 雪原から一気に粉雪が吹き上がり――猛吹雪と化して淡雪の姿をブラインドした。
 吹雪の唸りは、猛獣の咆哮めいていた。
 我に返った様にミランダは二丁拳銃を連射するが、完全に淡雪を見失っていた。弾丸に使用する水分が潤沢であるが、肝心の照準がままならない。
 淡雪の残像が微かに見えるが――彼女は走っていなかった。
 佇んだ姿勢のまま、高速でスライドしている。つまり雪原の下に氷のリンクを創成して、滑っているのだ。残像のみならず、数体の雪像までフェイクとして交えていた。
 きゅいんッ!
 太陽光を複雑に反射して煌めく、雪の一閃がミランダの肩を擦った。
 焼けるような激痛に、ミランダは柳眉をしかめる。

 これが本気になった――堂桜淡雪か。

 戦慄と共に畏怖の念さえ抱いた。淡雪の魔力総量がミランダと比較して桁違いなのは最初から明らかだった。【水】のエレメントに準じた魔術を使用する場合、魔力の消費量を抑える為に、液体もしくは水源を用意して【基本形態】を起動する。空気中の含有水分から水・氷・雪を生成すると、最初からその分だけ余計に魔力を消費してしまう。
 淡雪の出力が大きいのは覚悟の上であったが、意識容量――つまり魔術を扱うキャパシティが此処まで大きいとは想定外だった。吹雪と雪原を【結界】として創成し、なおかつ雪像分身を創りながら自身も高速で移動可能とは――

「……まさに怪物だ」

 雪の光閃と水の弾丸がめまぐるしく交差する。
 しかし優劣は明らかだった。
 辛うじて応戦できてはいたが、ミランダは徐々に消耗させられていく。
 集中力が削がれ、照準すら億劫になってきた。
 ミランダは傷だらけであった。
 それほど広いエリアに淡雪の吹雪の【結界】が張られているはずはない。しかし、白い嵐が猛威を振るう雪山に、軽装で遭難したかのような錯覚に陥っていた。
 視覚と聴覚だけではなく、おそろしく寒い。
 手がかじかみ、銃巴を握る感覚すらあやふやになっている。
 すでに勝機がないのは理解していた。
 最強と噂される戦闘系魔術師に相応しい実力だ――と、ミランダは懸命に致命傷を避けながら、意識を繋いでいた。
 せめて契約通りにケイネスの脱出準備が整うまで、時間稼ぎをしなければ……

         …

 事件を解決に導いたスーパーヒロインとして祭り上げよう――とインタビューを敢行してきた複数のレポーターを適当にあしらって、みみ架は締里の隣へ駆け寄った。
 逮捕・連行されるテロリスト達を遠巻きから見ている締里は、悄然となっていた。
「立っているの辛いかしら?」
「違う。……五人しかいないわ。ハルルが、いない」
 みみ架は記憶を探った。
「笠縞陽流さん。楯四万さんが【エルメ・サイア】ニホン支部に潜入していた時に、貴女とお友達になった子ね」
 普段はポーカーフェイスを演じている締里が露骨に驚いた。
「どうして知っている?」
「これに載っていたのよね」
 みみ架は脇下の特殊ホルダから本型【AMP】を取り出して、該当頁をめくって見せた。
 開かれた紙面を目にした締里は怪訝な表情になる。
 その反応に、みみ架は少し得意げに微笑んだ。
「ね? 驚いたでしょう?」
「い、いや……。真っ白で何も書いていない。貴女には文字が見えるのか?」
 今度は、みみ架が驚く番であった。
 自分の目には、頁一杯に羅列されている文字が、小説として読み取れる。
(これは……まさか、……私にしか読めない?)
 この【ワイズワード】が意図的に自分を選んでいる、とすでに分かっていた。
 だから登場人物の一人としてこの物語を開示し、みみ架に道を――独力では行き詰まる統護をサポートする道を、啓示したと解釈していた。
 しかし自分にしか読めないとなると、それ以外の役割も課せられているかもしれない。
「教えて。貴女にしか読めない資料って、いったい何?」
「物語――堂桜統護と、『とある少女』を主人公とした長編小説よ。それが断片的に開示されて始めているの。今のところ未来篇は全て空白で、現代篇と過去篇の一部が読めるわ」
 すでに読んでいる幾つかの章を、みみ架は思い返す。

 書かれてる内容が真実だとすれば、堂桜統護という存在は……

 そして名を伏せられている、彼と世界の運命を共にする少女とは。
 途方もない物語だ。故に今はまだ誰にも内容は話せない。
「小説、だって?」
「そうよ。まるで創世神話のような堂桜統護と彼女の物語。その題名は――、

 ――『魔導世界の不適合者』よ」

         …

 ミランダとの戦いの最中、淡雪は決断を迫られていた。
 もう――時間がない。
 手加減して倒せないのならば、ミランダの命を絶つしか、道はない。
 元【エルメ・サイア】ニホン支部の残党が、孤児院【光の里】を襲撃したとの情報が入った時、米軍【暗部】に、とある連絡が入った。
 下地として淡雪が交渉していた【堂桜防衛産機】の幹部からだった。
 一度は社長である堂桜秋護に拒否されていた。しかし秋護の政敵であり、実妹でもある藍花から承諾の報が飛び込んできた。
 孤児院を襲った予想外の事態をチャンスとみた藍花は、副社長の権限をオーバーラインしてまで、実兄を出し抜こうと独断で【堂桜防衛産機】を動かした。後に役員や株主から責任追及を受けるのは必至だが、それでもチャンスと介入してきた。
 警察が押収するであろう【リヴェリオン】を、【堂桜防衛産機】が極秘開発していた機体がテロリストに流出した、と発表して泥を被ると申し出たのだ。
 藍花への見返りは押収された【リヴェリオン】の機体データと、米軍【暗部】へのコネクション、そして淡雪への貸しだ。対価として、彼女は副社長を引責辞任する事となるだろう。
 その申し出を、米軍【暗部】は淡雪を交渉人として承諾した。
 淡雪への見返りは――ケイネスの居場所を教え、【リヴェリオン】の実戦試験計画を中止して彼女を回収する段取りが整えるまで、猶予を与えるという事だった。
 つまり堂桜側が【リヴェリオン】の件について、警察上層部に根回しが終わるまでが、タイムリミットであり、それまでに淡雪はケイネスを捕獲しなければならない。
 米軍【暗部】はあくまで中立をとり、敵対するのは、淡雪とケイネスだけと明白にした。

 ――相手を殺さなければ、ケイネスに逃げられてしまう。

 途中から、ミランダは勝機を放棄して、牽制しながらの時間稼ぎに移行していた。
 ミランダ程の手練れが逃げの一手にまわると、いくら淡雪といえど無力化は容易ではない。
 ただし問答無用で殺害してよいのならば、――すぐにでも実行可能だ。
(殺す? 相手を?)
 覚悟を自問し、淡雪の脳裏に――統護の顔が浮かんだ。
 天才魔術師であった元の兄ではなく、【デヴァイスクラッシャー】によって不殺を信念とする、魔術を使えない今の兄だ。
「やはり殺せません、わね」
 たとえケイネスにこのまま逃げられようとも。
 時間切れによる敗北を、淡雪は受け入れた。

「上出来よ。よくもってくれたわね、ミランダ」

 よく通る女の声音が、吹雪の唸りを超えて、淡雪の耳に届いた。
 その言葉の直後、息絶え絶えのミランダは足を止め、両膝を地面に屈した。
 標的が止まり、今ならば確実に不殺で無力化できるが、淡雪はそうせずに吹雪を止めた。
 白い嵐が消え――白衣の女と黒いパイロットスーツの少女が鮮明に見える。
 女の声色に、聞き覚えがあった。
 しかし聞こえるはずのない声色であった。
 だから、咄嗟に確かめようとして吹雪を払った。
 ケイネスであろう女科学者を目し、淡雪は驚愕で眼を丸くした。
「そ、そんな。どうして……貴女が……」
 生きているのか、と言おうとしたが喉の奥が引き攣って、上手く声が出なかった。
 そんな淡雪をケイネスは楽しげに観察している。
 ミランダが言った。
「マスター。逃げなかったのですか?」
「米軍【暗部】からのペナルティがあるのよ。というか、個人的にもこれはまたとない機会だから、このまま迎えを待つなんてあり得ないわ」
 自信に満ちているケイネスは、パイロットスーツ姿の少女――笠縞陽流の肩に手を置いた。
 青白い陽流の顔は死体のように生気が抜けていた。
 淡雪は叫んだ。

「那々覇ッ! ――堂桜那々覇、どうして貴女が生きているのですか!」

 堂桜那々覇と呼ばれたケイネスは、淡雪を不敵に睥睨した。
「その名は棄てたわ。堂桜那々覇は死んだの。私はケイネスという名の一人の科学者よ」
 ミランダの情報にも、堂桜那々覇というデータはあった。

 自殺した、とされている堂桜那々呼の実母。

 幼い従弟を犯しながら殺し、那々呼を孕み、そして那々呼が天才として覚醒した翌日に、自ら命を断ったと記録されている、天才にして狂人。
 死亡確認時に、彼女に関する全てのデータがコンピュータウィルスによって一斉消去されており、顔写真の一枚すら残らなかった故人だ。
 いや、故人のはず――だった。
 故人でも幽霊でもなく、こうして実在、存命している。
 ミランダは理解した。ケイネスが堂桜に対して様々な特殊工作が可能だった理由を。
 ケイネスは嗤った。
「どうしてという言葉は、何故という疑問? それとも目的を聞く質問?」
「両方です」
「疑問の方は単純に偽装自殺だったからよ。目的の方は……、そうね、久しぶりに娘の顔が見たくなったのと、この子かしらね」
 淡雪はケイネスの隣の少女に視線を移した。
 パイロットスーツ姿という事は、この小柄な少女も【リヴェリオン】の搭乗者?
 だが表情がない。意志を感じない。マネキンのように棒立ちのままだ。
「紹介するわね。この子の名前は笠縞陽流といって、私の大切な『お友達』よ」
 小馬鹿にしたような白々しい台詞に、淡雪は怒りを覚えた。

 だが――友達という単語に、陽流の表情に生気が灯った。

 笑顔に見える壊れた顔で、傍らのケイネスを機械的な仕草で見上げた。
 そんな陽流にケイネスは優しく囁いた。
「ね? 友達である私の為に、あの子を倒してくれないかしら」
「分かりました。あたしは――もう友達を失いたくない」
 冷徹に表情を引き締めた陽流の元へ、四つん這いの体勢で四肢を折り畳んだ、走行モードの人型機体――漆黒の【パワードスーツ】が滑り込んできた。
 到着した【パワードスーツ】は四肢を展開して、陽流に空の胴体を向けて畏まった。
 その姿勢は、さながら主を迎える従者のようだ。
 淡雪の記憶にもあった。五機の【リヴェリオン】とは細部が異なっている、その挙動と性能から練習機ではないかと推定されていた機体だ。
 ケイネスが言った。
「教えてあげるわ。この機体名称は【リヴェリオン】というのよ。ああ、警察に押収された例の新型? あれって実は【リヴェリオン】をベースにした下位互換機だから」
 下位互換……?
 知らされた真実に、淡雪は愕然となった。
 つまり――まんまと自分も【リヴェリオン】の実戦試験に組み込まれていた、という事だ。
 ケイネスと淡雪、双方共に米軍【暗部】の掌の上だったのだ。
「そちらが……本物? 本命だったの」
「ええ。下位互換機はAIサポートによるセミオートで動かせる、即席パイロットでも扱える代物だけれど、これはそういったレヴェルではないわ。才能のあるパイロットにしか扱えない、特別製の超高性能機体で、けれど超じゃじゃ馬なのよね」
 ケイネスは陽流に注射器を手渡した。
「私が彼等に目を付けたのは、陽流とお友達になる為だったのよ」
「お友達。友達。――トモダチ」
 ブツブツと呟く陽流に、ケイネスは言い添えた。
「その注射が最後よ。次からは必要ないわ。実はね、その注射は神経接続促進のクスリじゃなくてね、私達が友達になる為に必要な儀式だったのよ」
 ミランダが息を飲んだ。
 注射器の中身が――人体強化用の有機ナノマシンであると、気が付いたのだ。
 陽流は注射器の針を、ゆっくりと首筋へともってきた。
「分かりました。マスター」
「マスター、なんて他人行儀な呼び方はやめましょう。だってお友達なんだから私達は」
 ニィィ、と攻撃的な笑みを、ケイネスは淡雪へ向けた。
 注射の意味を知らない淡雪は、怪訝な顔で陽流を眺めるしかできなかった。

「――イエス。マイ・フレンド」

 ぷしゅッ。
 銀色の針が少女の細い首に飲み込まれ、注射器の中身が押し込まれた。
+注意+
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