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魔導世界の不適合者 作者:真中文々

第二話『二人目のデヴァイスクラッシャー』  (Episode02 『SECOND・IRREGULAR』)

第二話 第四章  破壊と再生 7

         7

 統護は【ブラッディ・キャット】の三名を引き連れて、孤児院【光の里】に急行した。
 テロに対する包囲網が厳重に敷かれており、一般人は近づく事さえ許されない。しかし統護は堂桜一族の嫡子というカードを切って、強引に現場に立ち入った。
「よけいな真似はするなよ、ボーズ」
 今回の【ネオジャパン=エルメ・サイア】に対する捜査本部から派遣された、年配の私服警察官が、煙草を吹かしながら言った。彼は警視庁捜査特課(通称、魔術犯罪・魔術テロ対策課)に所属している綱義光兼警視で、鋭い眼光で統護に睨みを効かせた。
 五十代後半のいぶし銀――といったベテラン刑事の一睨みに、統護は気圧される。
 そんな統護を庇うように【ブラッディ・キャット】の三名が前に出て、綱義警視に警告した。
「警察側の邪魔はしませんが、そちらも堂桜側の邪魔をしないようお願いします」
「おう。久しぶりだな、赤猫のお嬢ちゃん達」
「そうですね。コロ●ボかぶれの薄汚れたオジサマ。そのコート、そろそろ匂いがキツイのでクリーニング出すか、新品に換えた方がよろしいのでは?」
「莫迦が。やっと良い感じにくたびれてきたのに、何いっていやがる」
「そのロマンは理解できませんが、とにかくお互いに不可侵という事でお願いします。すでに捜査特課課長と警視総監には話を通しておりますので」
「へっ! 勝手にしやがれ」
 綱義警視は、メイの足下に唾を吐きかけてから、離れていった。
 警察側も、マスコミやネット環境への情報統制において、堂桜財閥に多大な借りを作り続けている為、少なくとも表向きは大きく出られなかった。
 強面の年配刑事とメイの会話に、統護は軽く驚いていた。
「警察と面識あるんだな」
「はい。隊長は基本的に那々呼様のお世話と護衛に専念しておりますが、配下である我ら【ブラッディ・キャット】は、魔術犯罪をメインに、様々な任務をこなしてまいりました。当然ながら、その過程において、警察機構や国側の特殊機関との衝突も数多くありましたので」
 アンが付け加えた。
「此度の件、淡雪様が米軍【暗部】とのコンタクトに成功しておりますが、この孤児院襲撃に関しては、米軍側も計画外のイレギュラーとの情報が入りました」
「そうだろうな」
 前回の襲撃事件は、制圧からの撤収も迅速であった。
 いわば完璧なデモンストレーションともいえた。
 比べて、今回は孤児院という社会的弱者を襲うという暴挙に、山根夕と名乗っていた女――つまり楯四万締里の身柄要求をし、人質までとって施設に立て籠もってしまった。
 その行動に、政治的主張や宗教的主張は一切みられない。
 移動手段として用いられた特殊トラックは、彼等の要求によって、建物の玄関前に横一列の並びで停車させられていた。バリケード代わりであり、逃走手段でもある。
「この襲撃は明らかに締里に対する復讐が目的か」
「そうでしょう。パイロット達による独断での出撃である可能性が極めて高いです」
 新型【パワードスーツ】の搭乗員の内実と、楯四万締里の関係を知る統護達だからこそ理解できる話であって、情報が不足している警察やマスコミには訳が分からない状況だ。
(どうする?)
 警察側の突撃作戦は一度、失敗に終わっている。
 不幸中の幸いで、【ネオジャパン=エルメ・サイア】は人質に手を掛ける事はなかった。
 しかし次はないと通告されてしまった。
 現在の警察側は【ネオジャパン=エルメ・サイア】との、人質解放についての交渉に、ウェイトを掛けていた。人質にされている孤児と園長の身心の安全確保で精一杯だった。
「……なあ。俺とお前達三人で突撃して、あの【パワードスーツ】五体を倒せるか?」
 統護の問いに、メイは即答した。
「我ら三名で一体を八分以内に――といったところでしょうか」
「って事は、残りの四体を俺一人ってか」
 統護は歯軋りした。
 警察側はバックアップしない、統護達も警察側に協力しない、というのが互いの前提だ。
 正直いって、一人で四機どころか一機すら倒せる自信がなかった。なにしろ【パワードスーツ】との戦闘経験がない。【パワードスーツ】に対して、統護の【デヴァイスクラッシャー】が有効とは思えない上に、自身の超人的身体能力もさほどのアドヴァンテージを発揮できるとは思えなかった。
 アンとクウがそれぞれ言った。
「防御用【結界】が時間稼ぎにすらならず、人質をとられたのが致命傷でした」
「こういったシチュエーションにおいて、予想外に【パワードスーツ】が有用だという事もありました。黎明期で運用勝手が悪い兵器のはずでしたが、意外でした」
 人質さえいなければ、単純に物量で圧せばいいだけの状況だ。
 通常兵器による火力と警察精鋭の【ソーサラー】部隊が組めば、いかに新型【パワードスーツ】が高性能であっても、時間は掛かっても倒すのは難しくはない。
 だが、この状況を突破するのには……

「……統護様。ひょっとして何か策がおありで?」

 メイに訊かれ、統護は俯いた。視線を合わせられなかった。
 策――というか『奥の手』ならば、ある。
 隠している本当のチカラを解放すれば、確実に奴等【ネオジャパン=エルメ・サイア】を極短時間で制圧して、人質を救い出せるだろう。
 マスコミに情報統制を掛けている状況であっても、おそらくは大多数の特務機関や各国家に本当のチカラを知られてしまうが、その程度のリスクはもう些事である。
 人質を無事に救い出せるのならば、この後、自分がモルモット扱いされようが、構わない。
 しかし、ここで魔力を使い果たしてしまえば、魔力が回復するのが間に合わずに――

 ――優樹は死んでしまうだろう。

 優樹は一刻を争う危険な容態で、すぐにでも彼女のもとへ駆けつけなければならない。
 統護の全身から大量の汗がしたたった。
【光の里】の孤児達の顔が、次々と脳裏に浮かんでくる。
 園長先生である琴生の笑顔を思い出す。
 彼等の顔は、今は恐怖で強ばっているに違いない。助けを求めているのだ。
 なによりも……
「アリーシア」
 統護は赤毛の少女の名を呟いた。
 この孤児院は、ファン王国次期女王という責務を背負ったアリーシアの、ニホンでの大切な居場所なのだ。
 だから統護が守らなければならない。特にアリーシアが不在の今こそ。
 アリーシアを悲しませる者は、相手が誰であっても許さないし、この手で倒す。
 しかし優樹の事も諦められない。
 迷う統護に、クウが報告した。
「情報が更新されました。攪乱されていた比良栄・フェリエール・優樹のマーカー特定に成功との事。現在、追跡中です」
「ッ!!」
 なんてタイミングなんだ、と統護が顔を歪めた。
 この場を警察に託して、すぐに優樹を追いかければ、彼女を救えるかもしれない。
 間に合うかもしれない。
 助けたい。追いかけたい。
 もうユウキを、二度もユウキを喪いたくない。
 あんな悲しみは、二度と味わいたくない。
 本来ならば、こういったテロを相手にするのは、警察や自衛隊の責務で、統護が責任やリスクを負う話ではないはずだ。

 ……ホントウに?

 ここで背を向けて優樹を追いかけたとして――
 優樹を想う。
 優季を想う。
 二人とも、きっとこう云うに違いない。

『孤児院のみんなを見捨てて、ボクを選んだりしたら許さないよ』

 優樹と優季の笑顔が重なった。
 統護は大きく息を吐いた。
 ゴメンな、と小く呟き――覚悟を決めた。
 真のチカラを解放して、孤児院のみんなを救う。この手で、このテロ事件を終わらせる。
 ここで目を逸らして、どうしてこれから先、【エルメ・サイア】と戦えるのか。
(結局、これが俺とユウキの運命だったのか)
 メイが心配げに訊いてきた。
「統護様?」
「大丈夫だ。俺にとっておきの手段がある。そいつを使うから――お前達三人は、同時に建物に突入して人質を確保してくれ」
 統護は三人に決然と告げた。
 表情は能面のようだった。

         …

 みみ架は自室の学習机で、本を開いていた。
【ワイズワード】は本棚に仕舞ってある。しばらくは使わないつもりだった。いや、ひょっとすると、二度と本棚から出さないかもしれない。
 弦斎が珍しくノックしてから、部屋に入ってきた。
 もぬけの殻のベッドを目にして、孫娘に訊いた。
「……やはりあの子は行ってしまったのか」
「ええ」と、みみ架は頷いた。
 視線は、開いた本の紙面に釘付けのままだった。
「引き留めなかったのか?」
「彼女は自発的に出ていったわ。楯四万さんの所属している組織からの呼び出しがなくとも、結果は同じだった」
 固い声だった。締里は『投降してテロリストの隙を作れ』と指令を受けて出立した。
 弦斎はみみ架の背中を、悲しそうな目で見つめた。
「それで? お前はどうするのじゃ」
「どうって?」
「あの子を助けに行かないのか? 十中八九、向かった先は――」
「事件現場に行ったところで、警察が包囲網を敷いているから近付けないわよ。それとも追いかけて、力ずくで彼女を連れ戻せとでも? 結果的にあの子の立場が更に追い込まれるわ」
 弦斎は声を荒げた。
「そうじゃなくでじゃ!」
 怒りというよりも、悲しみに満ちている声音に、みみ架はそっと嘆息した。
 冷たい声で、祖父を突き放した。
「何がそうじゃないのよ? お祖父ちゃんは私に何を期待しているの?」
「ワシ、知っておるのじゃよ。あの子を連れてきた日から――夜中になったら、みみ架があの本型の【AMP】を使った稽古をしておるのを」
「……そう。私もまだまだ未熟ね。気が付かなかったわ」
「気配など消しておらなかった。あんなに熱心に没頭するみみ架は久しぶりじゃった」
「座興よ。私自身、武術に対する現実の在り方に意味を見いだせずにいたから。【ワイズワード】――あの本型【AMP】を併用してどう戦えるのか、少し興味があっただけ」

「嘘じゃ」

 弦斎は震える声で、しかし力強く断言した。
「お前は嘘をついておる」
「何に対しての嘘よ」
「祖父ちゃんはとっくに気が付いておるよ。みみ架はワシのような凡才とは異なり、己の中に鬼神を棲まわせておる。じゃが黒鳳凰の血脈が継いできた【不破鳳凰流】はもはや過去の遺物に成り果て……、みみ架は誰よりも、ワシよりもずっと失望しておった」
「勝手に決めつけないで。私が一番好きなのは、本であり読書よ」
「それも真実じゃと分かっておる。けれど、それとは全く違う場所に、みみ架にとっての【不破鳳凰流】が――」
「だからぁ!」
 腹の底から叫び、みみ架は祖父の言葉を遮った。
 自分が封印した魔術の正体――
 その事実からも、みみ架自身、己の本性に気が付いてはいた。
 けれども……
「仮に私が裡に鬼神を棲まわせているとして、お祖父ちゃんは私に何を望んでいるわけ!?」
 攻撃的に問いかける。
 弦斎は静かに答えた。
「楯四万締里さんを、お前が助けるのじゃ」
「莫迦いわないで。私は正式な資格を得た【ソーサラー】じゃないのよ。警察の包囲網を突破して事件に介入なんて真似をしたら、下手をしなくとも公務執行妨害等でこっちが犯罪者よ」
「それは名誉の罪じゃ!」
「本気で言っているわけ!? それだけじゃないわ。そんな真似をしたら私には【ソーサラー】以外の道が閉ざされてしまうわ。お祖父ちゃんは嬉しいかもしれないけど」
 現在進行形で、マスコミに大々的に報道されている。
 噂通りに堂桜財閥が情報統制を掛けていたとしても、飛び入りの女子高生までリアルタイムで秘匿してくれる可能性は、ほぼゼロだ。
 そんな中で、実力を披露してしまえば、その時点で平穏な技能系魔術師としての将来は潰えるだろう。仮に介入が罪の問われなくとも、みみ架の実力を周囲が放っておく道理がなく、否応なく進路は戦闘系魔術師の一択に追い込まれる。
「……私は本に関する職業に就きたいの」
「あの子を見捨ててもか!」
「それなら、だったら、お祖父ちゃんが助けに行きなさいよッ!」
 ついに――ついに、みみ架は振り返って、吠えた。
 みみ架の悲痛な視線に、弦斎も叫び返した。
「見損なうでない! ワシにお前のような力があれば、そうしとるわッ!」
「~~っ!!」
 歯を食いしばり、顔を歪めた孫娘に、弦斎は声のトーンを抑えた。
「思い返せば、色々と悪かったと反省しておるよ。みみ架にも、お前の母親にも。ワシは酷い師匠で、ダメな祖父で育ての親じゃった……。お前がそんな風になってしまったのは、ワシの責任じゃ。けれど、みみ架を信じてもおるのじゃ。ワシはダメでも、本当のお前はダメじゃないと……」
 返事をせずに、みみ架は再び本に向かった。
 背中を向けたみみ架に、それ以上は何も言わず、弦斎は部屋を出て行った。


 みみ架はジッと紙面を注視し続けた。
「行けるわけないじゃない」
 苦渋が口から漏れた。

 住んでいる世界が違うのだ。

 楯四万締里は、裏社会の人間で、自分とは本来なら接点のない者なのだ。
 それは堂桜統護も同じだ。
 巨大財閥の御曹司であり、表社会だけではなく、裏社会にまで多大な影響力をふるえる。
 自分は――ただの一般人だ。
 単なる魔術師候補の、クラス委員長をやっているだけの女子高生に過ぎない。
「彼等は、庶民でただの女子高生の私とは、世界が違うのよ」
 手出しをしたならば、進路が、将来が、人生設計が、粉々に砕けてしまう。
「そもそも、私がテロを制圧しなければならない、なんて義務も責任もないじゃない。そういうのは警察や自衛隊の仕事で、その為に庶民は税金を――」

『見損なうでない! ワシにお前のような力があれば、そうしとるわッ!』

 祖父の一喝が耳朶に蘇った。
「なんで。どうしてよ……。どうして、私は、」
 みみ架は本を閉じた。
 内容が少しも頭に入ってこない。
 勢いよく立ち上がり、本棚に仕舞ってあった【ワイズワード】を手に取ると、

 それを全力でゴミ箱へと放り込んだ。

         …

 統護は奥の手を使おうと、精神を集中させた。
 認識を切り替え、普段は意図して抑えているチャンネルを開く。
 すると、この【イグニアス】世界に芳醇に溢れている、様々な神秘の――

「――待て、統護」

 背中越しからの声色に、統護は驚いて振り返った。
 すぐ後ろには、締里がいた。
 学園の女子用制服をきっちりと着こなしているが、顔色は土気色で、汗も滲んでいる。
 一目でコンディション不良が判ってしまう。
「お前……。どうして此処に?」
「命令が下ったのよ。身柄を投降して隙を作れって。私だけではどうにもならないけど、統護と【ブラッディ・キャット】が協力してくれれば、どうにかできるかもしれないわ」
「だけど、その身体で」
 今の締里は軽く押しただけで倒れてしまいそうに見えた。
 統護にとっては願ってもないチャンスだ。とはいっても、今の状態の締里に無理をさせて、危険な目に遭わせたくもなかった。
 心配そうな統護を余所に、締里は【ブラッディ・キャット】の三名と、作戦を打ち合わせた。
 そして最後に、統護に告げた。
「お前は、私が危険になったら助ける為に突入してくれ。人質の救助等は全て【ブラッディ・キャット】の方に頼んだから」
「大丈夫なのかよ」
 締里は儚げに笑った。
「うん。これは任務や命令だけじゃなく、私自身の意志でもあるのだから」
 そう言って、締里は【光の里】の正面入口へと歩み始めた。


 締里は自然と微笑んでいた。
 統護の心配が嬉しかった。
 それだけで、鉛のように感じられる自身の足取りが、少しはマシになった。
 締里は懸命に歩を進める。
 油断すると、それだけで倒れ込んでしまいそうだ。
 周囲の景色が陽炎のように揺らぐ中。
 たった一人の少女を想う。
「御免なさい、ハルル。もう何もしてあげられないけれど……」

 友達だよって、本当の名前を教えるから。

 ただ一目でいいから、逢って、そして任務とはいえ裏切って、消えた事を謝りたかった。
 気が付けば、三機の【パワードスーツ】が締里を囲っていた。
 締里の足が止まる。
 茫洋とした視界に移る数は、みっつ。
 足りない。
 人質救出の為には、せめてもう一機引きつけないと――
 中央の【パワードスーツ】から、スピーカー越しの声が投げつけられた。
『久しぶりだな! 裏切り者ぉ!』
「ハルル。ハルルは何処?」
『随分とフラフラじゃねえか! とりあえず、捕まった仲間の礼をいっとくかぁ!』
 問答無用だった。
 捉まえにくるのではなく、容赦なく攻撃しにきた。
 黒い人型外装機体が、搭乗者のモーションに合わせて、黒い腕を突き出してくる。
 締里は動けない。
 迫り来る【パワードスーツ】の鋼鉄の拳を、胡乱な瞳で見つめていた。

 眼前の黒い機体が――消えた。

 切り替わった視界に、締里の双眸が驚きで見開かれた。
 ズズゥン、という地響きめいた音がした。
 何が起こったのか、締里は全く理解できないで立ち尽くすのみだ。

「ったく……。世界が違うって、この【イグニアス】はたった一つじゃないの……ッ!」

 聞き覚えのある声音。
 気が付けば、手品のように、すぐ傍に見知った女子高生が立っている。
 いつの間に? そして――何をしたの?
 締里は彼女の背を呆然と見つめる。
「お前は……どうして?」
 学園制服姿の彼女――累丘みみ架は凛と宣言した。

「最後まで面倒みないと後味が悪すぎだからよ。よって――この状況に介入するわ」
+注意+
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