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魔導世界の不適合者 作者:真中文々

第二話『二人目のデヴァイスクラッシャー』  (Episode02 『SECOND・IRREGULAR』)

第二話 第四章  破壊と再生 5

         5

 みみ架のベッドで寝ている締里は、目を覚ます気配がなかった。
 寝顔は安らかとはいえず――苦悶しているように見える。
「はるる……、ゴメン」
 弱々しい寝言が、統護の耳に届いた。
 彼女には彼女の事情があるのは、とうに承知している。統護は何ともいえない気分になり、気まずさを誤魔化すように部屋の中を見回した。
 クラス委員長の渾名は――【リーディング・ジャンキー】だ。
 その異名に相応しい私室であった。
 学習机にベッドに衣装ケース。それ以外は、全て本棚と積み上げられている書籍と雑誌だ。
 デスクトップ型のPC群で囲まれていた那々呼の六畳間も異様に感じたが、この本で構成されている部屋も負けず劣らず、といったところか。
 とても女子高生の部屋とは信じられない。
「本が好きといっても限度があるだろ、これ」
 コレクションするのならば、電子書籍でも事足りる時代だ。
 電子書籍の利点は、この部屋の様にスペースをとらない事でもある。いくら紙の書籍を蔵書しようとも、一般人の書斎では物理的に限界がある。
 この景色は、それでもみみ架は、紙の出版物に拘っているという証左でもあった。
「確かに、電子書籍は味気ないし、俺も紙の方がいいけどな」
 元の世界では、この世界ほど電子書籍は普及していない。
 コスト的に優れていても、まだ出版形態における利権問題が拗れている印象だった。

「――あら、分かっているじゃない」

 聞き覚えのある声音に、統護は背後を振り返った。
 足音や気配を全く感じなかったが、ドアに寄りかかるように立って、豊満な胸を押し上げるように腕を組んでいる少女が統護を見据えていた。
「やっぱり本は紙で読むべきよね」
 統護は彼女――累丘みみ架の姿に噴き出した。
「お前、なんて格好してんだよ!」
「大きな声を上げないで。楯四万さんの休息の邪魔でしょう」
「いや、だって、お前……」
 至極冷静なみみ架に、統護は視線を彷徨わせた。

 何故ならば、風呂上がりであろう彼女は――タオルを羽織っているだけの下着姿だった。

 ブラジャーとショーツは清楚な白であった。そして布地面積はギリギリを攻めている。
 スタイルは抜群だ。百七十センチ程の身長に、バランス良い手足の肉付き。そして胸と臀部は張りが良く、その存在を誇らしげに主張している。皺やたるみ、無駄な肉が一切ない。女性としての魅力を損ねずに無駄なく鍛え上げられているのが、一見してわかる肢体だ。
 みみ架の艶めかしい下着姿から視線を外せずに、統護は顔を真っ赤にした。
「頼むから、隠すべき場所は隠してくれよ」
 弱々しい懇願に、みみ架は怪訝な顔になる。
「隠しているじゃない。ちゃんと下着をつけているでしょう」
「だから下着姿を恥じらってくれよ」
 みみ架は露骨に不愉快そうな表情になった。
「公共の場ならば、確かにこの格好は猥褻物に相当するでしょうけれど、自分の部屋でどうしてそんな事を、来訪者である貴方に言われなきゃならないのかしら」
「そ、そりゃそうだが……。お前、俺に見られて恥ずかしくないのかよ」
「だから恥ずかし部分は隠しているでしょう。その為の下着なのに貴方こそ変ね。海水浴場やプールでだって水着で隠すのと同じ理屈よ。むしろ、どうして貴方の都合で肌が乾いていないのに、私の部屋で服を着なければならないのかしら。服に匂いがつくじゃない」
「……悪かったよ」
 これが初めての、みみ架との私的な会話であったが、なるほど変人で性格に難があるなと、統護は実感した。
 見た目は知的で鋭利な美女なのに、色々と勿体ないなと思った。
「下着程度に、随分と興奮しているのね」
 タオルで身体を拭きながら、みみ架は衣装ケースをまさぐり始めた。
「いや、下着程度って、お前のその格好で興奮しない男はぶっちゃけ不能かホモだと思う」
「え? ひょっとして、女として魅力あるって褒めてくれているのかしら?」
 みみ架は意外そうな顔で、統護を振り返った。
 統護は声のトーンを抑えながら喚いた。
「そうだっつの! お前、自分を客観的にみられないのかよ」
 みみ架は自分の身体を見下ろして――青色のスポーツウェアの上だけを着た。みみ架にとっての部屋着であり寝間着でもある。

「だったら、私の子供の父親になってみる?」

「へ?」
 みみ架が何を言っているのか理解できず、統護はリアクションに困った。
「子供? 父親って?」
「おそらくというか、間違いなく状況的に屋上での私を貴方は知っているのでしょう? 私はあの祖父と母に押しつけられた黒鳳凰の名と【不破鳳凰流】を、早いところ次代――つまりは私が産む子供に、母が私にしたように、押しつけたいのよ。読書の時間を確保する為にね」
 統護は呆れた。そして納得というか理解もした。
 みみ架の祖父の不可思議な言動は、なるほど、こういった事情があったのだ。
「だったら普通に恋人作って結婚すればいいんじゃないか。できれば婿養子になってもらえ」
「至極真っ当かつ常識的な意見だけれど、私は恋愛や結婚に時間を割きたくないのよ。認知もいらないし、シングルマザーでいいから子供だけ欲しいのよ」
 統護は顔をしかめた。
「おいおい。それって子供の立場を微塵も考えていないだろ」
 みみ架は悪びれずに肯定した。
「その通りよ。我が子に愛情は注ぐでしょうけれど、根本的に黒鳳凰の名と【不破鳳凰流】の継承の為だもの。だからこそ父親は、誰でもいいというわけではなく、それなりの資質を持つ男でなければならないのよ」
「自分勝手過ぎだ」
「ええ。自覚しているわ。だから別に無理に抱いてくれ――なんて言っていないし」
「何人の男にそんな莫迦言ってきたんだよ」
 流石に不愉快に過ぎた。
「堂桜くんが初めてよ。それに私なりに子供の事も考えていて、子供の父親以外に身体を許すつもりもないわ。相手の男が他に誰を愛しても関知・関与はしないけれど、私が色々な男と寝ていたなんて、子供が惨めすぎるでしょう?」
「そういうもんか?」
「子供ってね、親の浮気に対して、父親の浮気よりも母親の浮気の方が嫌悪感が大きいというデータがあるのよ。子供が小さい内って限定だけれども」
 みみ架は本棚から児童心理学の専門書を取り出して、統護へと差し出した。
 統護はやんわりと本を押し返す。
「なるほど。委員長なりに将来産む予定の子供について考えているんだな」
「買いかぶらないで。単なる蘊蓄の一ジャンルに過ぎないわ」
 本当に変人だな、と統護は改めて実感した。正直いって、彼女の子供と未来の夫に同情を禁じ得ない。淡雪の盗聴だの焼き餅が可愛く感じるレヴェルの地雷女だ。
 みみ架は本棚に児童心理学の本を戻し、統護に向き合った。
「……で、わざわざ私を訪ねたって事は比良栄さんの件が悪化したのかしら? それとも、もう一人の堂桜統護について訊きたいのかしら?」
「――っ!?」
 思わず固まった統護に、みみ架は意外そうな顔になった。
「なによその反応は。違うの?」
「いや、単純に締里の見舞いと、委員長にお礼が言いたかっただけなんだけれど」
「義理堅いわね。ちゃんとメールでお礼を返してくれてたじゃない」
「逆だよ逆。委員長がドライ過ぎだって」
 自覚があるのか、みみ架は大げさに肩を竦めて見せた。
 統護はみみ架を真剣な目で見据えた。

「なあ、もう一人の堂桜統護ってどういう意味なんだ?」

 脳裏に蘇るのは、自分の前に立ちはだかって拳を交換した、黒いマントの女子高生だ。
「そんな恐い目で睨まないでよ。【DVIS】を扱えなくなる前の堂桜統護が私を訪ねた事があるってだけの話よ。彼――というか彼女、私に色々と悩みを打ち明けてくれてね。面識自体ほとんど皆無だったから、いきなり相談されて驚いたわよ」
「それで?」
「最後には、彼女と一緒に店内で古本探し。お望みの品だったのかは確認しなかったけれど、一冊購入して帰ったわね。あの子とはそれっきりね」
「どんな本だった?」
「魔導書の類だったわね。顧客への守秘義務があるから――と、言いたいのだけれど、とっくに絶版になっていたレアな自費出版物で、出版コードすら不明って曰く付きの品よ」
「なんでそんな物が……」
「お祖父ちゃんがホイホイ持ち込まれた品を買っちゃうからでしょうね。お陰で棚卸しの時に苦労するなんてものじゃないわ。反面、私の【ワイズワード】――あの本型【AMP】のようなお宝が眠っているけれども。彼女もお宝を発掘できたのでしょう」
「断言できるのか」
 みみ架は統護の頬に手を添えた。

「だって、【DVIS】を扱えなくなった目の前の堂桜くんは、確かに男性だから」

「委員長はどこまで知っているんだ?」
 統護は警戒を強めた。
 みみ架は静かに首を横に振る。
「いま話している事が全てよ。堂桜くんは間違いなく堂桜統護なのでしょうけれど、彼女とは別の堂桜統護なのでしょう。どちらが本物、偽物といった区分ではなく、間違いなく両方ともに堂桜統護。状況からそう判断できるというだけ。そして、貴方という堂桜統護が顕れたといいう事実は、イコールとして彼女は『なんらかの手段で』本懐を遂げたと私は推理するわ」
「委員長、お願いだ」
 みみ架は統護の唇に、人差し指を当てた。
「他言する類の話じゃないのは重々承知しているわ。それが分かっているからこそ、元の堂桜統護は、私を相談相手に選んだのでしょうし」
 統護は胸を撫で下ろした。
 全てを知る淡雪。断片的に知られてしまったアリーシア。そして、元の堂桜統護について知るみみ架――と、随分と秘密が広がっている気がする。
「あ、しまったわ」
「どうした?」
「どうせならば、あの時の堂桜くんに子作りを協力してもらえば良かったかも」
「莫迦いうなよ」
 そもそもこの世界における元の堂桜統護のメンタリティは女性のそれだ。
「確かに莫迦な失言だったわ」
「だろ」
「一回のセックスで妊娠する確率を考えていなかったわ」
「そっちかよ……」
 げんなりした。
 カチンときたのか、みみ架はウェアのジッパーを下げると、統護に胸元を誇示した。
 統護は慌てて視線を逸らした。
「そんな反応しているけれど、どうせ貴方だって経験はないし、興味はあるのでしょう?」
「そうだけどな。つい最近まで『ぼっち』だった俺には、彼女とかはハードルが高すぎなんだ。あ。『ぼっち』で思い出した。お前の祖父さん、お前に友達がいないって心配してたぞ」
「お祖父ちゃんには悪いけれど、私は『ぼっち』の方が理想なのよね……」
 胸元を戻し、みみ架はため息をつく。
「そういや委員長って、他人を遠ざけようとするけど、逆に色んなヤツが寄ってくるよな」
「読書の邪魔だから放っておいて欲しいのだけれど……で、話はこれで終わり?」
 確認されて、少し迷ったが、統護は思い切って打ち明けようと思った。
「いいや。優樹について問題が生じている」


 話を聞き終わったみみ架は、深刻な顔で目をつむって思案した。
 目を開け、統護を厳しい眼差しで見据える。
「状況を整理すると、彼女は完全にケイネスって女の掌で踊らされているわね」
「ああ。だから助けたいんだ」
 ふぅぅ……と、みみ架は長い息を吐いて一度、うつむいた。
「お風呂場での言動からして、比良栄さんは最悪で死ぬつもりかもしれないわ。良くて、この件が終わったら永遠に貴方の前からそのまま消える、でしょうね」
 統護は沈鬱な口調で言った。
「たとえ、このまま別れる事になっても、俺はアイツを救いたいんだ」
「ご執心ね。貴方という堂桜統護が顕れたのは、最速でも元の彼女が私を訪ねた翌日のはず。つまり――比良栄・フェリエール・優樹と貴方は、正確には幼馴染みとはいえないわ」
「そんなの俺には関係ない」
 統護は嘘をついた。
 少しの間だが一緒に過ごした優樹を救いたいという気持ちは本物だ。
 しかし、元の世界の優季への想いも、また本物だった。
「……委員長はさ、アイツを助けたいって思わないのか?」
「ええ。可能な範囲でならね。しかし今回の事件は、単なる女子高生の私には関与できない話だわ。堂桜財閥の嫡子である貴方とは、根本的に立場が違い過ぎるの」
 みみ架は深い眠りから覚めない締里に視線をやった。
「こうして楯四万さんの面倒をみているのも、行きがかり上、仕方がなくよ。他に対案があったのならば、そちらを採択していたわ」
 統護は何も言えなくなった。
 だから私にはアドバイスが精一杯よ、と念押しして、みみ架は言った。
「偽【デヴァイスクラッシャー】に、例の【結界破りの爆弾】が出たタイミング。ケイネスって女の狙いは、比良栄さん本人じゃなくて別にあるわ。その別に心当たりがあるのならば、そこへ急ぎなさい。きっと彼女はそれに利用されてるはずよ」
 統護は息を飲んだ。
 心当たりならばあった。この事象の流れならば、ケイネスの狙いは――自分が案内してしまった先にある。
 統護は慌ててルシアに連絡をとった。
 スマートフォンでの通話はできず、即座にメールが返信されてきた。
 いつものアパートに来るように、と記されていた。
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