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魔導世界の不適合者 作者:真中文々

第二話『二人目のデヴァイスクラッシャー』  (Episode02 『SECOND・IRREGULAR』)

第二話 第四章  破壊と再生 4

         4

 執事であるミランダを引き連れて、ケイネスは【ネオジャパン=エルメ・サイア】の六名を潜伏させている某輸出会社の大型コンテナへと向かっていた。
 すでに敷地内であり、ミランダの事を知る、買収済みの数名しか勤務していない社屋を無視して、集配エリアにある特注大型コンテナを目指して歩いている。
 この会社は事実上、倒産しており、最後の不渡り手形が出されるまで、可能な限りの在庫処分と債務整理を行っているだけの場所である。
「マスター。ロイドからの報告です」
「なにかしら」
 ミランダに視線をやる事なく鷹揚に訊き返した主人に、ミランダは独自法則により暗号化して送られてきた事実のみを告げる。通信機はミランダが開発したワンオフ品で、傍受の危険を徹底して排除していた。
「堂桜那々呼の確保に成功。ルートCを選択して移動中との事」
「へえ。成功したの」
 その口調から、ミランダは意外そうな顔をした。
「まさか失敗前提だったのですか?」
「成功確率は三十七パーセントと計算していたわ。三度に二度は失敗。けれども失敗したとしても私にとっては貴重なデータであるし、逆に今回の成功データは次回以降は使えないわね」
「そういうものですか」
「科学者にとっては、都合の悪い失敗データの方が後に重要だったりするのよ」
「……」
「分からないのならいいけれど」
「移動経路の変更パターンはどうしましょう? それからマーカーの発信は?」
 執事の確認に、ケイネスは足を止めた。
「マスター?」
「移動経路のパターンはロイドに一任するわ。それからマーカーの発信は夜の二十時まで切っておいて構わない。その程度ではルシアは誤魔化せないでしょうけれどね。優樹ちゃんについては――解放したければ好きになさい」
「優樹様を好きにしていい、とは?」
 ケイネスは平然と言った。

「音声データだけで充分把握できているけれど、もう助からないわ、あの子」

 ケイネスは横に追いついたミランダを流し目で睨む。
「随分と不満げね。その目」
「用が済んだら棄てる――のも、科学者にとって重要ですか」
 ケイネスは攻撃的な笑みを返した。
「そうよ。あの子の魔力と体力における推定値からして、ルシア・A・吹雪野との戦闘時間は予想以上だったわ。第一次検体としては充分に成功といえるわ。本音をいえば、堂桜那々呼の確保に失敗したとしても、ルシアとの最後の勝負を聞きたかったくらい」
「ならば最初からルシア・A・吹雪野との戦闘だけを命じればよかったのでは?」
「それだけだと、単に優樹ちゃんの自殺で終わっちゃうでしょう? 真剣に戦っても、絶対に勝とうとはしないわね」
 あの子は優しい子だから、とケイネスは肩を揺すって嗤った。
「とにかく誘拐は成功しました。当初の約束通りに優樹様の弟君を返してあげて下さい」
「貴女も意外と優しいのね。安心しなさい。ちゃんと手筈は整えてあるから」
 最初から狂言誘拐だと知っているのは、ケイネスと比良栄忠哉だけだ。
 ケイネスは形の上だけでも智志の身柄を預かると提言したが、ケイネスを信用できずに息子の身を危惧した忠哉は、提言を拒否した。よって現在は、申し合わせ通りに智志は忠哉によって表に出られない状態のはずだった。
「……ま、それが致命傷にならなければいいけれど」
 ボソリと、ケイネスは呟いた。
「何か言いましたか?」
「いいえ。何でもないわ。ふふふ。ただね、嘘をつくのならば徹底しないと、逆に自分の身に嘘が跳ね返ってくるのではって思っただけよ」
 智志の身柄譲渡を拒否された時点で、ケイネスは忠哉を見限っていた。
 すでに比良栄家と【HEH】に用はない。興味もない。
「優樹ちゃんや弟クンについては、今は後回しよ。堂桜那々呼の身柄引き受け時期について、これから調整する必要もあるし」
「例の特殊部隊ですね」
 まだ堂桜一族は那々呼が奪取されたと知らないはずだ。
 よって那々呼奪回については、情報を一手に握っているルシアがトップに立っている。
「ええ。子飼いの【ブラッディ・キャット】って女の子達もそうだけれど、現時点でルシアがどの程度の強権を発動して、他の堂桜の特殊部隊を動かしてくるのか――」
 追跡を振り切れれば、その時点で最適の答えが出る。
 逆に追跡を振り切れなければ、こちらから合流に対してのリアクションを起こす予定だ。
 ミランダに説明するつもりはないが、逆探知を攪乱する目的の偽マーカーもすでに発信させている。協力者である米軍【暗部】による超一流かつ最先端の妨害工作だ。いかにルシアといえど那々呼を失っている状態では、そう簡単にロイドを把捉する事はできまい。
「早く顔が見たいわ。……那々呼」
 ギラリ、とケイネスの双眸が獰猛に輝いた。

         …

 その店構えは、見る者に年期を感じさせる古びた木造であった。
 みみ架の祖父が経営している古書堂【媚鰤屋】を目の前にして、統護は緊張していた。
 店の名はクラスの女子に教えて貰えた。店の場所はネット検索で見つかった。
 目的は古本ではない。
 此処で療養している締里の見舞いだ。
 今は放課後である。まずは締里の様子を窺ってから、優樹の件を相談しにルシアと那々呼のアパートに行くつもりだ。淡雪からの連絡は途絶えているが、米軍【暗部】に接触しているので、外部との遮断は当然ながら想定していた。
(さて……。どうしたものか)
 みみ架とはクラスメートであるが、御世辞にも友人といえる関係ではない。
 しかも女子である。
 加えて――

 元の世界にあった公立藤ヶ幌高校の、とある図書委員長を思い出す。

 彼女は周囲から【読書ジャンキー】と変人扱いされていた。
 名前は、累丘覧架という。
 遠目でしか見た記憶がないが、間違いなく【イグニアス】世界の累丘みみ架と同一だった。
 噂では、累丘覧架の家は大型図書店を経営しており、母方の祖父は小さな合気道の道場を開いていた。しかし覧架そのものは合気道をやっておらず、運動も大の苦手だった。
(元の世界ではクラス違ったし、面識なかったんだよな)
 だが、こちらの世界では同じクラスで、しかもクラス委員長をやっている。
「やっぱり予め訪問をメールしておくべきだったか」
 今さらながら統護は後悔した。
 いや、正確には訪問を拒否されると傷付くので、メールできなかったのだ。
 引き返せないようにと、見舞い品である高級マスクメロンも用意した。このメロンを渡せない限り、撤退という二文字は許されない。

 女子の家を訪ねる――など、統護にはハードルが高すぎた。

 なにしろ、つい最近まで『ぼっち』だったのだ。
 考えてみれば、高校に進学してから男子の家だって訪ねた記憶がない。というか、友人の家に遊びに行った記憶は、小学校時代の優季まで遡らなければならない。
 呼吸が乱れ、心拍数が上がり、大量の汗がしたたり落ちた。
(くそっ! 頑張れ俺! もう『ぼっち』じゃないはずだろうが!)
 しかし『女子の家』という試練は、現在の統護のレヴェルでは、まだ分不相応であった。
 おまけに訪問相手は親しいどころか、単なる顔見知り程度の関係なのだ。
 ゲーム風に表現すれば、統護の現在の対人スキルはLV5くらいで、女子の家に単身訪問という高難度のクエストをクリアするには、LV30は必須だろう。
 よし、納得できた。
「あれだ。まずは史基の家に遊びに行って経験値をためてからの方がいいのかもしれん」
 統護はわざわざ声に出して言い訳していた。
 締里の件については、みみ架が定期的に報告してくれる。つまり――転じて、わざわざ様子見に来るなと牽制しているのではないか?
「うん。そうだな。委員長に迷惑をかけちゃいけないよな」
 笑顔になって、うんうん、と何度も頷いた。
 店前に、書き置きを添えてメロンを残しておけば、きっと意図は通じるだろう。
 統護の心は折れていた。
 こんな様だから、元の世界で『ぼっち』だったのだ。彼女など夢のまた夢なのだ、と理解はしていても、緊張感と重圧感と、なによりも得体の知れない恐怖感には勝てなかった。
 さて、そうと決めたのならばメモ用紙を――

「おぉおッ 君はいつぞやの彼ではないか!」

 そんな老人の声が背中から掛けられた。
 統護が振り返ると、そこには作務衣の上に大人用の赤いちゃんちゃんこを羽織っている、見るからに屈強な老人が、満面の笑みを湛えていた。
「久しぶりだのぅ。また来てくれて嬉しいぞい、少年」
 その台詞に、統護は戦慄した。
 この世界の本来の堂桜統護は、過去にこの店を訪れていた事があるのだ。単なる古本屋の客なのか、それともみみ架を訪ねたのか――
 顔を引き攣らせる統護に、老人は訊いてきた。
「なんじゃ、ワシを忘れたのか?」
「あ、いえ。みみ架さんのお祖父さんですよね?」
 当てずっぽうだが、間違いである可能性は低いはずである。
 老人――みみ架の祖父は首肯した。
「そうじゃ。よかったよかった。忘れられたのかと思って、ちょっとビクビクしたぞい」
 熊のような外見の割に、心は繊細そうな台詞であった。
「あの~~。で、みみ架さんは?」
「孫娘ならば道場で若手連中に稽古を――って、そぅうかぁぁぁああああ!」
「な、なんだぁ!?」
 突如として素っ頓狂な声を上げた、みみ架の祖父――黒鳳凰弦斎に驚き、統護は慌てて周囲を見回した。
 優樹や締里の件もあり、敵でも潜んでいるかと思ったのだが、特に異変は感じられない。
 首を傾げた統護の両肩を、弦斎は力強く掴んできた。
 老人なのに大した握力であった。おそらく左右共に八十キロは下らないだろう。

「君がみみ架の子作りの相手――つまり恋人か!」

 予想外の台詞に、統護はポカンとなる。
 皺だらけの強面をくしゃくしゃにして、弦斎は涙ぐんだ。
「そうかそうか。よかったぁぁ……」
「え? 何言ってるんだ、爺さん」
 アタマ大丈夫か、という言葉は辛うじて飲み込んだ。
 弦斎は統護に縋り付いたまま離そうとしない。万力のような膂力である。
「ワシはずっと心配しとったのじゃ。前に一度、君――いや婿殿が来てくれて以来、誰も友達が遊びに来てくれなかったのじゃ……。いわゆる『ぼっち』だとばかり」
「じ、爺さん……!!」
 恋人とか婿殿という誤解はともかく、『ぼっち』という単語に統護は激しく胸をうたれた。
 何故ならば、統護も優季以外は誰も家に遊びに来てくれなかったから。
「孫娘を頼みますぞ、婿殿」
「あ、ああ」
 誤解を解かないまま、統護は力強く頷いていた。
 同じ『ぼっち』を経験した身として、首を横に振るなどできるはずもなかった。
「大丈夫だ。俺と委員長は、」
 クラスメートで知人なだけという現実を余所に置き、更についさっきまで逃げ帰ろうとしていたにも関わらず、「友達だ」と宣言しようとした統護を、弦斎は遮った。
「末永く、どうか見捨てずに、孫娘をお願いしますぞ!」
 あまりの剣幕に押され、「あ、はい」と、つい受諾してしまう統護。
 なんか話が重たくないか? と、流石に引き始めていた。
 とにかく一段落ついたので、統護が締里について訊こうとしたが、その前だった。
「あの子があんな性格になってしまったのは、実はワシにも責任の一端があるのじゃ……」
「そ、そうすか」
 みみ架には、本ばかり読んでいる堅物というイメージしかないので、何とも言えない。
 というか、随分と強引な爺さんだな、と呆れ始めてもいた。
「孫娘は我が黒鳳凰一族が伝える武術の継承者なのじゃが。あ、婿殿は知っておるよね?」
「ええ、まあ」
 みみ架が優樹を一蹴した戦闘データは、ルシアに見せてもらっていた。
 加えて、彼女が封印しているという『変態魔術』なる存在も史基から聞き及んでいる。その魔術についても、ルシアは軌道衛星が記録した観測データを保管・解析していたが、今は個人情報保護とプライヴァシーの観点から、どういった魔術かは教えられないとの事だった。
「ワシなりの愛情をもって育てたつもりじゃったのだが、ちょっとばかり厳しくし過ぎたのか、あの子は歪んでしまったのじゃ。本の世界に逃げ込むだけじゃなく、冷血というか、人の心が分からぬというか」
「自分の孫に対して、酷い言い様だな」
「アレの母親も早々にワシから離れて嫁入りしてしまったのも、やっぱりワシの教育に問題があったのかもしれん……」
「娘と孫娘が揃って同じ結果なら、間違いなく一番の原因は爺さんじゃね?」
 統護の言葉に、弦斎は大粒の涙を流し始めた。
 泣かれてしまって、統護は途方に暮れた。しかも両肩は掴まれたままで、放してくれない。
 事態は急を要しているというのに、いったい何をやっているんだ、俺は……
 弦斎は駄々っ子ように声を張り上げた。
「で、でもでもっ! みみ架はいい子なんじゃ! 本当はいい子なのじゃ!」
「そうだな」
 悪い人間ならば、不必要なリスクを冒してまで締里の面倒を見たりはしない。
「性格はかなりダメじゃが、ほれ、見た目というか、着飾ってないが素材はなかなかじゃろ」
「確かにルックスは抜群だと思うけど、一番に褒める点が外見かよ」
「むむ。じゃあ婿殿は、みみ架のどこを好いておるのじゃ? 正直いって、我が孫ながら見た目以外に理由が思い浮かばんのじゃが」
 返答に詰まった統護に、弦斎はしたり顔になった。

「すいません。ちょっといいですか、店主」

 四十代のサラリーマン風の男性が、弦斎に声を掛けてきた。
「おお、お客じゃ!」
 店への来客によって、ようやく統護は解放された。
 みみ架の部屋で締里が寝ていると教えられて、締里を見舞うついでに、みみ架の帰りを待つ事となった。直接、挨拶と礼くらいはしたかった。

         …

 扉のロックが掛かっていない時点で予想はできていた。
 匿っている六名の仮住まいである特殊大型コンテナの中を見回し――ケイネスは牙を剥くように口の端を釣り上げていた。
「優樹ちゃんに構っている内に、どうやら想定外の展開になったようね」
 ギリ、と奥歯が軋む。
 第二陣の最終ミーティングを行う予定だったが、離反されてしまった模様だ。
 主人の許可を待たずに、ミランダは簀巻きにされている人物に駆け寄り、拘束を解除した。
 たった一人、もぬけの殻となっていた室内に残されていた少女――

 ――笠縞陽流は、簀巻きから解放されても無反応であった。

 ミランダに軽く頬を叩かれても、陽流は虚ろだった。
 ぽつり、と少女は言葉を零した。
「また……あたし棄てられちゃった」
+注意+
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