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魔導世界の不適合者 作者:真中文々

第二話『二人目のデヴァイスクラッシャー』  (Episode02 『SECOND・IRREGULAR』)

第二話 第四章  破壊と再生 3

         3

 優樹の体内で最低限の作用しかしていなかった、ある極小物の群が、宿主としている優樹の意志を感じ取り――急速にニューロリンク型のネットワークを構築し始めた。
 そしてネットワークが完成し、一つの『アセンブリー(集合体)』として完全覚醒した。
 どくん。ドクン。どクン。どくン。
 優樹の心臓が、脈拍二百・血圧二百五十を超えてフル回転する。
 びくん、と優樹の背が弓なりにしなった。

 口の端から零れている血液が、優樹の体内へと還っていく。

 それだけではない。骨折、打撲、内蔵破裂などの負傷が、高速で回復――否、再生した。
 のそり、と気だるげな動作で、優樹は立ち上がった。
 表情から感情が消えていた。
 優樹の様子をあえて観察していたルシアは、彼女に訊いた。
「違法ドーピングではありえない超回復ですね。DNAブーステッドによる変態にしても、明らかに不自然かつ変化が早過ぎます……。

 つまり――残る可能性は【ナノマシン】系の肉体改造ですか」

 ルシアの推知を、優樹は首肯した。
 ナノとは、十億分の一メートルを表す接頭語である。つまり、それ程の極小のメカが集合体として優樹の体内にネットワークを構築して存在しているのだ。
「正解だよ。ケイネスが開発を進めている新型の【有機ナノマシン】――それが、さっき注射したアンプルの中身だよ」
 優樹は悲しげに微笑んだ。

 ――【ナノマシン・ブーステッド】と、開発者のケイネスは名付けていた。

 ルシアは表情を変えずに、淡々と事実のみを述べる。
「ナノマシンを利用した医療技術の研究は、かなり以前から行われております。ナノマシンを血液内から体内に侵入させ、ウィルスやガン細胞を攻撃するといった使用方法です。使用後は汗や排泄物と一緒に体外に排出されます」
「ボクの中のナノマシンは、そんな生やさしいモノじゃないよ」
「そうでしょうね。ネコの研究テーマにも体細胞と融合する事により、iPS細胞を利用した体組織のクローニングを代替する機能をもたせた有機ナノマシンがありました。しかし貴女の身体を超回復させたソレは、明らかに宿主の体細胞にとって換わっていると思われます」
「うん。ボクの中のナノマシンは、ボクの生命エネルギーと魔力を糧に稼働する、一種のガン細胞みたいなモノ――と、ケイネスは云っていたよ」
 ガン細胞のごとく宿主を喰らうナノマシン集合体に対しての、極めて強い耐性。
 それが、ケイネスが優樹に見いだした適合性であった。
 ルシアは警句を発した。
「それ以上、ナノマシンを意識してはいけません。そのナノマシンは――」
「分かっているよ」
 他人に指摘されるまでもない。
 ケイネスから【ナノマシン・ブーステッド】の説明を受けた時、優樹は人間としての生を諦めた。これはケイネスが云っていた『人類の新しい進化のカタチ』などではない。
 あの女科学者は、優樹を献体と呼んでいた。
 その時点で、生きている人間扱いされていないのは、分かっていた。

「本当にゴメンね、ルシア。君に一番嫌な役回りを押しつけて」

 悪役はボクだからと謝り、優樹は己の機能を解放した。
 身体が羽毛のごとく軽く感じられるようになり、反面、力感が溢れてくる。
 五感の認識力も数百倍に拡張されていた。
「優樹様!」という逼迫したロイドの呼び掛けに、優樹は決然と応えた。
「ここから先は手を出さないで。当初の予定通りにボクとルシアの一騎打ちだ――」
 拳を構えてファイティングポーズをとった。
 ルシアも「ならば応えましょう」と、同じく両拳を肩口の高さに構える。
「ボクに合わせてくれて助かるよ」
「ロマンや矜持といった感情ではなく、最低減のダメージに抑えて貴女を確保する必要があるから、というだけです」
「悪いけど、確保されるつもりはないよ。できれば此処で――ボクを殺して」
 言葉とは裏腹に、優樹はルシアに接近戦を挑んだ。
 受けて立つルシアも重心を落として、鋭いステップインから左ジャブを三つ、カウンターのタイミングで放った。
 その神速のトリプルを、優樹は最小限の頭の移動によってコンマゼロミリ以下の差で躱す。
 ルシアのステップした左軸足への左ローキックをクリーンヒットさせた。
 体重が乗った左臑へインサイドからのローキックをカウンターでもらう格好になったルシアであったが、表情は微塵も揺るがない。
 対して、手応えのある攻撃をヒットさせた優樹の方が、一瞬、表情を変えた。
(初めてボクの攻撃が当たった!)
 続けて、アウトサイドからのローキックを見舞おうと、優樹は右足を低い軌道で廻した。
 同時にルシアは右足を踏み込んで、軸足と蹴り足を交換し、サウスポー型の逆半身になると――右肩から距離を潰して、優樹の右ローキックのヒットポイントを殺した。
 ずん! と、ルシアの右肘撃が優樹の鳩尾へ突き刺さった。
 ゴォキン! 轟音が鳴り、優樹の右肘でルシアの頭部が激しくブレた。
 追撃の左ストレートで、頭部を打ち抜かれたルシアは、上体を反らせて後退させられる。
 この間、開始から二秒に満たない超速の攻防だった。
(通用している! 信じられないけれど、ルシアに通用している!)
 左拳に残っている余韻が、優樹を興奮させた。
 右拳は使えない。
 これでフィニッシュだ――と、優樹は渾身の右ハイキックを繰り出した。
 寸でで体勢を立て直したルシアは、ダッキングで優樹の右足をくぐり抜けると、通過した右足に右手を、上体を沈めたまま伸ばした左手で、優樹の左足へと添えた。
 ルシアは右手と左手を同時に押した。
 蹴り足の慣性を加速され、軸足のブレーキを失った優樹の身体は、自身のハイキックの反動を殺せずに、回転しながら宙を舞った。
 フルスィングされたルシアのオーバーハンドライトが、優樹の胴体に着弾した。
 地面に叩きつけられた優樹に、ルシアは左右のローキックを連打する。
「ぐぅぅうううう」
 優樹は歯を食いしばって耐えた。
 さながら横凪からの暴風雨だ。優樹は辛うじてガードしているが、両腕がボロボロになっていく。
 ルシアは優樹のブロックが縦一列に固定されたのを確認し、すかさず右足を高々と後方へ振り上げて――ガードの隙間から優樹を上空まで蹴り上げた。
 死に体になって落下してくる優樹へ、ルシアは拳の連撃をフォローした。
 ダウンした優樹に、ルシアは無感情で告げた。
「なかなかの強さでした。それでもまだこのワタシには届きません。身を以て味わったでしょうから、ここでの投降を再度お勧めします」
「いいや。まだだ。まだ終われないよ」
 さながら幽鬼のように、優樹はユラリと立ち上がった。
 表情からはダメージは窺えない。しかし、彼女は満身創痍であった。
「脳内麻薬の分泌による痛覚や辛さの麻痺――ではなく、ナノマシンによって強制的にダメージ感覚を遮断していますね」
「うん。ついでに言えば、痛覚や辛さや疲労だけじゃなく、恐怖心も遮断しているよ」
「それは極めて愚かな選択です。痛覚や疲労は自身の消耗を把握するバロメータであり、恐怖は戦闘者が乗り越えるべき己に課す試練といえるでしょう」
「悪いね。ボクは卑怯で心が弱いから……」
 優樹は魔力を全開にして、体内のナノマシン集合体へと働きかけた。

 ナノマシンによって優樹の身体が復元していく。

 その様子を、ルシアは微かに揺れる瞳で、黙って見ていた。
 元通りになった優樹は自虐した。
「こんなのの、どこが進化した人間なんだろうね? ははっ。ただの化け物だよね」
 もはや人間とはいえない。宿主の命と魔力を動力源としている有機ナノマシン集合体が、人の形態を模しているだけだ。
 ルシアは厳しい声で告げた。
「そこまで理解しているのならば、もう止めなさい」
「やっぱりルシアにも分かっているんだ……」
 ルシアは首を縦に振った。
 この【ナノマシン・ブーステッド】の行き着く先――それは、人間をベース(素体)にしたバイオロイドの製造に他ならない。
 今はまだ、限られた適合者による、限定されたブーステッドおよびデザイナーズで済んでいるが、いずれは適合者以外――全ての人間に使用可能となり、そしてケイネスの意図した能力を自在に付加させられるだろう。
「そのままではナノマシンに喰われますよ」
「分かっているのならさ……。お願いだからボクを殺してよ」
 優樹は再び戦いを挑んだ。
 鋭い打撃音が交錯する。
 二度目のコンタクトは、一度目よりも拮抗した攻防であったが、一度目よりも優劣が明瞭でもあった。優樹の進歩よりも、ルシアの学習能力の方が上回っている証左だった。
 ルシアの左ミドルキックが唸り、優樹の胴体を根本的に破壊した。
 二度目のダウン。
 だが、ルシアの予想通りに優樹は力なく立ち上がる。
「はははは。どうやら限界みたいだね……」

 優樹の身体は復元しなかった。それどころか表皮が結晶化して崩れていく。

 ナノマシンに供給する魔力が不足し始めたのだ。
 それは同時に、魔力の不足分を宿主の命で代替し始めるという事でもあった。
 がは、と優樹は吐血し、制服の袖で口元を拭った。
「ここが最後のチャンスです。ナノマシンを停止させなさい。ナノマシンを停止し、魔術医療による集中治療ならば、あるいは一命を取り留める可能性も――」
 優樹はその言葉を、首を横に振って拒絶した。
 それどころか。

 ――ACT。

 魔力不足で身体が崩壊しかけ、命を削られている状態で、優樹は疾風のドレスを纏った。
 ルシアの目が、微かに見開かれた。
「馬鹿な……。貴女は本当に死ぬつもりなのですか?」
 優樹は笑った。吹っ切れた笑顔だった。
「うん。もうどうやっても助からないのは、ボクが一番わかっているから」
 キレイな紅が優樹を彩る。
 身体の崩壊が加速し、結晶化した皮膚の奥から血飛沫が舞った。
 その血飛沫を【サイクロン・ドレス】が巻き込んで、真っ赤なドレスとなっていた。
 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……――
 赤い竜巻が優樹の周囲に発生していた。
「【ナノマシン・ブーステッド】の力だけじゃ君には敵わないけれど……、ボクの全てを最後の魔術に込めるよ。命を賭けた最後の一撃――悪いけど付き合ってもらおうか」
 その言葉に応えようと、ルシアも己の周囲に竜巻を発生させた。
 優樹は眦を決する。
 ルシアの双眸はガラス細工のようなままだ。
 二つの竜巻と、二人の少女が激突しようとした、その時。

「間に合いました、優樹様」

 ロイドの声に、二人は振り返った。
 二人の視線の先には――ロイドに拘束されている、褐色の肌をした赤茶色の髪の毛をしている、異国の血筋であろう青年の姿があった。
 祖国の戸籍を鬼籍とされ、身寄りのないニホン人として那々呼のアパートに居候している、河岸原エルビスである。
 複雑そうな顔になった優樹は、唇を噛んだ。
 二段構えの計画はギリギリで成功したが、いっそここで終わりにしたかった。
「ルシア殿。取引です。この元王子の命を救いたければ、那々呼殿が入ったキャリーバックを置いて立ち去って下さい。彼の身柄はリニアライナーから降りた時点で解放します」
 この地域だけは、不可侵という事でエルビスに監視はついていない。
 逆にいえば、この地域から離れた瞬間から、彼は極秘の監視下に戻るので、その監視員へ彼を引き渡せばいいのだ。
 拘束されたエルビスは事態を飲み込めないのか、ハンズアップしたまま呆けた顔をしていた。
「ええと? なんかバイトを早退しろって連絡入って帰ったけど、いったい何がどうなっているだい? どうも物騒な様子だけど」
 竜巻を消したルシアは、呆れた視線をエルビスに向けた。
「まったく。本当に使えない人ですね」
「そんな目で僕を見ないでってば。最近はバイト先のお嬢さんにも冷たくされて、本当に傷付いているんだよ」
 ルシアはロイドに言った。
「ネコの身心に危害を加えない、と約束して頂けるのならば、この場は引きましょう」
「約束します。ケイネスに引き合わせた後までは保証できませんが、可能な限り無事にお返しできるよう尽力します」
「え? まさか僕って人質なのかい? でも今の僕にはそんな価値なんて――」
 困惑するエルビスの耳元に、ロイドが呟いた。
「そうですね。色々な人にとって今の貴方は亡き者になった方が好都合でしょうが、少なくとも彼女はそうではない、という事です」
 魔術を消した優樹が前のめりに崩れ落ちた。
 ナノマシンを停止した彼女に、ルシアはそっと息を吐いた。
 颯爽と踵を返したルシアは、エルビスに冷たい一瞥を添えて言い残した。
「家に戻ったらお仕置きですよ、エルビス」

         …

 帰途についたルシアに、物陰から姿を現した三名の部下が問いかけた。
「隊長。見逃してよろしかったのですか?」
 彼等――というか彼女達はみな若い女性で、表面を様々な模様に変化させる機能をもつ特殊なロングコートを部隊のユニフォームとしている。
 今は木々に溶け込む迷彩模様を解除し、【ブラッディ・キャット】の名に即した、真紅のデフォルトカラーに戻している。共通仕様のヘッドマイクも、側面から見るとネコ耳に見えなくもない特徴的なデザインであった。
 奇襲に遭った際、対抗するのではなく、予備戦力として奇襲者の退路である駅周辺へと退避していた者達であった。
 彼女等は、ルシアの指示であえてエルビスをロイドに捕獲させた。
 ルシアは部下達に答えた。
「こちらが引かなければ、比良栄・フェリエール・優樹は間違いなく絶命していました」
 それは統護が望む結果ではない。ゆえにケイネスの意図に乗るしかなかった。彼女の作戦では、こちら側が譲渡する理由までもを織り込んでいたに違いない。
 問いかけた隊員が、表情を曇らせた。
「しかし、もはやあの少女が助かる状態とは……」
「大丈夫です。ご主人様――堂桜統護ならば、きっと彼女を救えます」
「その為に、那々呼様を危険に晒して?」
「今までが不可侵に過ぎたのです。今後、この様なケースが起こる事も想定しての話です」
「那々呼様は敵の手に堕ちているのですよ。すぐにでも奪回しないと」
「追跡は怠らないように。ただワタシの命令があるまで手出しは禁じます」
 元より、那々呼の身に危険があるケースだと判断したのならば、そもそも優樹達をアパートに接近させなかった。こちらにも相応の思惑があっての対応だった。
「仮に……ネコの身や命に異常が生じたとしても、次善の策はあるので心配無用です」
 本来ならば、この場で比良栄・フェリエール・優樹の身柄を確保したかったが、あの状態では統護に託す他なくなってしまった。
 リスクは倍増するが、リターンも大きくなる、第二シナリオへの展開を脳裏に描きながら、ルシアは部下達を引き連れてアパートへと戻った。
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