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魔導世界の不適合者 作者:真中文々

第二話『二人目のデヴァイスクラッシャー』  (Episode02 『SECOND・IRREGULAR』)

第二話 第四章  破壊と再生 2

         2

 淡雪はようやく目隠しを解かれた。
 エスコート――という名目の連行によって到着した場所は、殺風景な会議室だ。
 間違いなく横須賀米軍のベース内であるはずだが、位置口からの位置関係は完全にロストしていた。
 学園中等部の制服姿を正装として来訪した淡雪を出迎えたのは、ほどよくノリの利いた米軍制服に数多の勲章を付けている四十路前後の逞しい壮年男性だ。
 角刈りの金髪に、いかつい顔立ち。そしてニホン人とは根本的に鍛え方が異なる、太く分厚い肉体は、たとえ将校クラスであっても米兵共通だ。ニホン人とは違い、ホワイトカラーであっても華奢なアメリア軍人など存在しない。
 淡雪は丁寧に腰を折った。
「無理をいってご多忙な中お時間を割いて頂き、堂桜一族を代表してお礼を申し上げます」
 米軍将校は、音を立てて踵を揃えると、鋭い所作で敬礼を返した。
「こちらこそ。堂桜財閥の姫君を迎えられて、光栄です」
「ニホン語、お上手なんですね」
 淡雪が流暢な英語で返すと、将校もビジネスライクな口調で英語に切り替えた。
「大して喋れませんよ。細かいニュアンスが曖昧で、どうにもニホン語はビジネスには使いにくい。ああ、忘れていた。私については『ショーグン』とでも覚えておいて下さい。プリンセス・パウダースノー」
 ニコリともせず、ショーグンは淡雪に着席を勧めた。
 椅子はクッションなどない無骨なパイプ椅子だ。
 テーブル上には、お茶や菓子どころか、コップ一杯の水すら出されていない。
 録音させてもらう、とボイスレコーダーが置かれた。
 淡雪も自前のボイスレコーダーを翳して見せた。
 こうしてデータが二つ存在すれば、録音データの偽造は不可能になる。
 白と黒の色彩のみで構成されている無機質な空間で、淡雪は米軍【暗部】との交渉に入った。

         …

 すでに魔術戦闘は始まっている。
 メイド少女は、氷製のコンバットナイフを構えたまま、微動だにしていない。
 優樹はルシアの隙を窺うが、ルシアに一切の隙は見られない。
 ざざぁっ!
 背後にいるロイドが、攻撃魔術――【クレイジー・ダンス】による黒髪を、導火線として伸ばした。
 一斉に追い被さってきた黒髪の群を、ルシアは氷刃を超高速で振るい、ことごとく斬絶する。
 舞うような剣技で切断されたロイドの髪は、その断面が凍りついていた。
 ルシアがロイドの魔術に反応した、その瞬間。
 最大速度で、優樹が飛び出した。
 身に纏っている疾風のドレスによって、前面の空気をスクリューのように掻き分け、背面の空気をジェットエンジンのごとく押し出すことによって加速する。
 掛かってくるGに耐え、優樹は一瞬でルシアの懐に入った。
 ルシアは右手の氷刃を一閃させて迎撃した――が。
 優樹は間一髪でバックステップしていた。通常ならば慣性を殺せずに、確実に斬撃の餌食となっていた間合いとタイミングであった。しかし、この驚異的かつ不自然な挙動を生み出す事こそ【サイクロン・ドレス】の本領だった。
 必中であるはずのカウンターを外されたルシアは、すかさず位置取りを変えた。
 ルシアがいた位置に、ロイドの髪の毛が突き刺さった。
 ドン、という爆発が起こり、土煙が舞う。
 ロイドの魔術――【クレイジー・ダンス】は、己の頭髪を自在に操るだけではなく、導火線として爆発を起こすのだ。
 土煙の中から、氷の閃光が二筋、煌めいた。
 一つはロイドの足下へ。
 もう一つはロイドが守っている大型キャリーバッグへ。
 ロイドの足下に投擲された氷のコンバットナイフは、粉々に砕けると彼の足下を凍りつかせて動きを封じた。
 大型キャリーバッグに当たった氷のコンバットナイフは、標的を破壊する事なく、遥か後方へと移動させる。ナイフが激突した瞬間、ナイフが破裂して衝撃波で押したのだ。
「まずはネコを確保させてもらいます」
 土煙が薄まった中から、目標物へ一直線ではなく、左から弧を描く軌道でルシアが飛びだしてきた。獲物を狙う豹のような疾走ぶりだ。
「させないよっ!」
 優樹はキャリーバッグとルシアの直線上に待ち構えていたが、【サイクロン・ドレス】の風による推力で、強引にルシアの前に躍り出た。
 カマイタチによる風の刃を発生させて牽制する。
 だが、姿勢を低くして疾駆するルシアは、右手を横凪してカマイタチをかき消した。
 正確には、ルシアもカマイタチを発生させて相殺したのだ。
【風】を『風』で打ち消されても、優樹に焦りはない。
 ケイネスから、彼女の推定ではあるが、ルシアの魔術特性の正体を知らされていたからだ。
 優樹は魔術を解除した。
 無効と知りつつあえてカマイタチを相殺させたのは、この一瞬の切り替えを行う為――
「やはり右手と魔術の併用は不可能ですか」
「ッ!」
 ルシアの呟きにギクリとなった。しかし――
 眼前まで迫っているルシアに、右拳をテイクバックした。

「偽物だろうと――ボクの【デヴァイスクラッシャー】を防げるかなっ!」

 不可避のタイミングだ。
 ルシアは高速で突っ込んでくる。上下左右、どこに移動しても斜角は限られる。
 狙いは急所である必要はない。ルシアの胴体の中央に右拳を放つ。拳が当たったインパクト時に、疑似【デヴァイスクラッシャー】による爆発を起こせば、それで決着なのだから。
 ルシアの魔術特性ならば、上下左右ではなく、物理法則を無視しての後方回避も可能だと分かっている。
 だがその際は、ロイドの魔術によって回避経路を捉えればいい、そして優樹は更に真っ直ぐに追い込めばいい、という二段構えの作戦だ。
 果たして――
 上下左右へのスライドもなければ、後方退避もなかった。
 そのまま、ど真ん中から来た。
 優樹は渾身の右ストレートを打ち込んだ。
 メイド少女は微塵の動揺もみせずに、優樹の右拳を真正面から右手でキャッチした。
 ややタイミングをズラされたが、それでも優樹は勝利の笑みを浮かべた。
 キャッチされた右拳へと魔力を注ぎ――

 右手が爆発した。

 ルシアの手ではなく、優樹の拳が。

 爆発の起点は拳と手の平の接面ではなく、優樹の右拳そのものであった。
 後方に弾かれた右手に引っ張られて、優樹の体勢が泳いだ。
 ドゴォ、とルシアの豪快な左フックが、無防備になった優樹の脇腹を抉った。
 優樹様っ! というロイドの悲鳴が空しく残響する中。
 ドンドンドンドンドンッッ!!
 ルシアの左右の拳による連撃が、情け容赦なく優樹の身体を破壊した。
 拳の一発が胴にめり込む度に、骨が砕け、皮と肉が波打ち、内蔵が破裂していく。
「かはっ」
 派手に喀血する。
 十数メートルも吹っ飛ばされた優樹は、力なくゴロリと仰向けに寝転がった。
 ごぼ、と口の端から大量の血が零れた。

 やはり強い。いや強過ぎる――

 手加減されているな、と優樹は身体のいたるところにある骨折の激痛を感じながら思った。ルシアが本気ならば、頭部を狙って必殺できていた。頭は意図的に一度も打たれなかった。
 ロイドと二人掛かりで、まるで歯が立たずにこの様だ。
 メイド少女は表情を変えずに淡々と告げた。
「貴女の右手の手品のタネは、とっくに承知しております」
 その言葉に、激痛のお陰で辛うじて意識を繋いでいた優樹は、空を流れる雲を眼球の動きだけで追いながら微笑んだ。
「はは。やっぱりバレてたんだ……」
 優樹の右拳がルシアの右手にキャッチされ、優樹が右拳に魔力を注ぐ直前。
 ルシアは優樹の右拳に魔力を注いだのだ。
 刹那の差で、優樹のサイバネティクス化された右手に仕込まれている、とあるモノに、優樹ではなくルシアの魔力が届いた。

 ――そして『魔術的な反応』による起爆が発生した。

 起爆元は、本来ならばルシアの体皮へ撃ち込まれていたはずの――ロイドの頭髪だった。
 ロイドの頭髪が、優樹の拳に留まっている状態で、ルシアの魔力によって爆発した。
「貴女一人による【DVIS】爆発ならば、それはご主人様の【デヴァイスクラッシャー】と全く同義といえたでしょう。しかし実際は貴女と貴女の執事の二人による現象でした」
 確かに優樹は魔術を使っていない。ただ魔力を右拳に込めただけだ。
 しかしロイドは、瞬間的にだが、裕樹の右手に仕込まれていた自身の頭髪へ作用する魔術を立ち上げていた。発火性質をもつロイドの【火】の魔術に、他者の魔力をぶつける事によって意図的に引き起こす魔術的なスパーク現象。
 それが優樹の疑似【デヴァイスクラッシャー】の正体であった。
 ゆえに対象が【DVIS】である必要はなく、硬度をあげるようにコーティングされた僅かな頭髪を、右手の射出機構によって埋め込める物体ならば、なんでもよかった。
 たとえ現場から頭髪の燃焼片が残り検出されても、このような使用方法をされているとは、短期間で解析するのは至難である。しかし回数を繰り返して、データが蓄積すればいずれは真実に到達する。
「例の新型【パワードスーツ】が使用した【結界破りの爆弾】も同様のタネでしょう。ただし貴女の右手の疑似【デヴァイスクラッシャー】とは真逆のフェイクで、貴女が自身の魔力だけで魔術的爆発を引き起こしたと錯覚させた様に、あの爆弾は、ほぼ同時に追従爆発させた爆薬による物理反応によって結界を破壊した――と誤認させたのです」
 ルシアの言葉を聞きながら、優樹はゆっくりと自分の右手を眼前に翳した。
 セーフティが働いて粉々に吹っ飛ぶ事は免れたが、辛うじて五指がくっついているだけの、使い古した軍手のようになっている自分の右手――機械の義肢を。
 自分の元の右手との差異を感じていなかったが、一皮剥けば中身はこれだ。
 やっぱり……これが現実だよね。
 もう引き返せないし、取り戻せもしない。
 優樹は覚悟を決めた。
「大丈夫だよ。――お姉ちゃん、頑張るからね。智志」

         …

 時を同じくして、場所は【HEH】本社ビルの社長室である。
 身なりの良い上等な格好をした、小学校高学年ほどの少年が不満げに、来週に迫った学力テストの対策を行っていた。
 小学生の割には背が高い。肉付きの薄い体つきはまだまだ華奢であるが、健康そのものといった肌の色つやだ。利発そうな顔立ちで、かつ芯の強そうな雰囲気の児童だ。
 中年太りが著しい凡庸な容姿の父ではなく、今だに美貌を保っている母譲りの外見である。
 この部屋の主――忠哉は息子に言った。
「どうだ智志、勉強の調子は?」
「普通だよ」と、智志は父には目を向けずに素っ気なく応えた。
 彼の目は教材の文字を高速で追っている。学力はすでに高校生の標準を超えている。
「今度のテストも頑張るんだぞ」
「分かっているよ」
 小学生には似つかわしくない、大人びた口調だった。
 兄以外とコミュニケートする時は、両親に課せられた帝王学もあってか、とにかく全てにおいて年齢不相応であった。彼が年齢相応の愛想を振るうのは兄だけであった。
「それよりも。どうして俺は学校を早退させられて、オマケに家には帰れないんだい?」
「そ、それは、その……」
 分かり易い程に狼狽えた父親に、智志はため息をついた。
 後ろめたい事情があるのが瞭然だ。
「ねえ、お父さん」
「な、なんだ」
「お兄ちゃんはいったいどうなっているのかな」
「あ、アイツの話はもういいだろう! アイツは勝手に家を出て行った。アイツの我が儘を聞いて関東に転校までさせてやったんだ。お前ももう、アイツは気にするな。いいか【HEH】の跡取りは優樹ではなく、お前なんだからな。だから将来のために勉強を頑張るんだ」
「分かっているよ」
 心中で呟く。優樹が母の子ではないから、家を放逐された事くらいは。
 それだけならばまだしも――
 ここ最近の父の様子。
 そして兄の様子から、智志は胸騒ぎを抑えられなかった。

         …

 辛うじて、左腕は動いてくれた。
 優樹はスカートのポケットから、最後だとケイネスに告げられていたアンプルを取り出す。
 瀕死の状態にあっても手慣れた指使いで、アンプルを注射器にセットした。
 針を首筋にもっていく。

 ……やっぱり、コレしか道はなかった。

「はは。どうせ死ぬんだったら、人間辞めたって同じ事じゃないか」
 なのにどうして泣いているのだろう、と優樹は自分を不思議に思った。
 ルシアはすでに那々呼が入れられているキャリーバックを確保していた。ロイドは彼女に手をだしあぐねている。
 感情の窺えないルシアの声が、辛うじて優樹に届いた。
「ここで投降するのならば、可能な限りの便宜をはかる事をお約束します」
「せっかくの気遣いを無駄にしてゴメンね。それは無理な相談なんだ」
 心臓の爆弾はともかく、このまま降伏してしまえば、ケイネスの期待には添えない。
 勝敗や成否は別で、ケイネスの意図に背けば大切な弟が――
 弟を守らなきゃ。その為には。
 ぷしゅっ。
 優樹はアンプルの中身を首筋へと打ち込んだ。
 そして――体内で構成されている『集合体』へと意識を飛ばして、起動命令を下した。
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