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魔導世界の不適合者 作者:真中文々

第二話『二人目のデヴァイスクラッシャー』  (Episode02 『SECOND・IRREGULAR』)

第二話 第四章  破壊と再生 1

  第四章  破壊と再生

         1

 作戦の決行は、昼過ぎであった。
 テロ(テロル)と定義するには、あまりに小規模であったが、確かに巨大体制への攻撃であった。
 最初、優樹は成功するはずがないと思っていた。
 失敗して、それで自らの身と引き替えに、作戦立案者であり指示者であるケイネスの許しを請うつもりであった。

 弟――智志を返してくれと。

 父に確認した時にはすでに手遅れで、智志はケイネスの手に堕ちていた。
 ケイネスの要求は父にも届いていた。不法と裏世界との関わりから警察は頼れない。父よりケイネスに従えと命じられたが、命令されるまでもない。智志を取り戻す為ならば、なんだってする覚悟だった。
 ただし、それが成功するとは限らないが。
 それでも可能な限り命令に従ったのならば、智志だけは解放してくれるかもしれない。
(……と、思っていたんだけどね)
 拍子抜けだ、と優樹は肩を竦めた。
 後ろには、執事のロイドが付き従っている。
 そしてロイドは最大サイズの旅行用キャリーバッグを引いていた。

 中には、睡眠薬で眠らせてある那々呼が入っていた。

 此処は堂桜那々呼が所持している木造アパートが存在する区画であった。
 空からではなく陸からこの区画へ入るには、外壁のような濃密な森林部を抜ける以外では、統護が優樹を連れて使用した特別発車のリニアライナーを利用するしかない。
 統護は右手の静脈認証で改札を通過していた。
 ケイネスは優樹の右手でも同様にパスできると云っていたが、優樹は懐疑的であった。
 謎の女科学者は「国営中央駅のシステムにまで、堂桜は厳重なセキュリティはかけていないと断言できるわ。知られていない事が前提の経路なのだから」と云っていた。
 そして――第一段階として、優樹の右手で改札をクリアできた。
 ケイネスが指示した時間帯において一回限りとの制限付きであったが、自分の右手に対し、優樹は恐怖感を深めた。それに堂桜財閥のセキュリティと比較すれば脆弱というだけで、国営中央駅のシステム防御だって充分に強固である。そのセキュリティを易々と突破したケイネスという女科学者は、やはりただ者ではないと再認した。
 それだけではない。
 堂桜財閥の中枢頭脳と位置づけされている堂桜那々呼には、世話係も兼ねているルシア・A・吹雪野を隊長とした精鋭部隊【ブラッディ・キャット】が護衛についている。
 あらかじめルシアのタイムスケジュールを把握していたケイネスは、ルシアの不在時を突いて、他の隊員を無力化する方法と作戦を優樹に与えた。
 二度目の来訪――客人としてアパートを訪れた優樹は、那々呼の部屋には直接入らずに、ルシアの部屋で待つと意志表示した。
 ルシアへ確認をとる、と返答した隊員を、ロイドが不意打ちで倒した。
 そこから先の奇襲はまさに電撃作戦であった。
 ケイネスが指摘した通りに、ルシア抜きの【ブラッディ・キャット】は想像以上に脆かった。
 無力化の際に殺しはしなかったが、抵抗が激しかった者は軽傷に抑えられなかった。それだけが計算外であった。本当ならば全員軽傷で無力化したかった。
 もうじき駅へ到着する。
 このままではケイネスの思惑通りに、誘拐が成功してしまう。
「ねえ、ロイド。よくこんなんで今まで那々呼ちゃん、無事だったよね」
 罪悪感を誤魔化すように、優樹はロイドに話し掛けた。
 帰りのリニアライナーが来るのは、約十分後。そして優樹の右手で偽証パス可能な時間帯はその十分後からの三十分内で一回のみ。
 ロイドはすまし顔で応えた。
「元々堂桜那々呼の存在自体が知られていませんでしたし、Dr.ケイネスの指摘が的を射ていたという事でしょう」
 彼等【ブラッディ・キャット】は、自覚しない内にルシアに依存していた。
 想定内の敵襲パターンについては、ルシア無しでもいかなる局面だろうと、プロとして対応できるように様々な訓練を重ねていた反面、ルシアの友人として一度顔を見せていた優樹に対しては無警戒に近かった。
 想定外かつ未体験のパターンに対応が鈍かった。加えて、この地の護衛任務では、間違いなく初めての実戦であった。訓練と実戦の溝は、精鋭部隊にとっても決して小さくなかった。

「――見事な奇襲でした。そしてお礼を云わせて頂きます」

 凛とした声音が、優樹の思考を断ち切った。
 駅に着くまでの一本道。
 すぐ其処に駅が見えている中で、道の中央にメイド姿の少女が立っている。
 否、悠然と待ち構えていた。
 優樹は笑顔を作ったつもりだったが、頬はひくついていた。
 頬に一筋の汗が伝った。
「やっぱり、そう上手くはいかないよね」
「どうやら優秀なブレーンが作戦立案した模様ですね。大胆かつ美しい手際に感心しました。未熟な部下達の油断と隙を突いてくださいましたね。お陰で本当に貴重な実戦経験を得られました。今日の敗北と失策は、部下達にとって百の訓練よりも有益となるでしょう」
 メイド少女は深々と一礼した。
 顔をあげる。端正な人形めいた美貌は、緊急時にあっても普段とまるで変わっていない。
 ルシア・A・吹雪野――堂桜那々呼の守護者にして、飼い主。
 そしてケイネスからのデータによると、最強候補の一角に名を連ねる謎の魔術師だ。

「では……、ネコを返してもらいましょう」

 冷徹な口調で言い終わると同時に、ルシアの両手にはそれぞれバターナイフとペーパーナイフが手品のように出現していた。
 パキパキパキぃィ……、-―ン。
 彼女の周囲の温度が一気に下がり、急激に水分を失った空気が軋む。
 小振りなナイフを核として、氷の刃を纏った透明なコンバットナイフが創造された。
 歩幅が広がり、スカートの裾が舞った。
 二対の氷刃を肩口で交差させ、半身に構えたルシアへ、優樹は揺れる声で告げた。
「悪いけど、ボクにも引けないワケがあるんだよ……ッ!!」
 優樹は己の【魔導機術】を立ち上げた。

         …

 学校の昼休みを過ぎても、統護は胡乱としたままであった。
 授業内容どころか、食べた弁当の内容も覚えていない。
 何度か史基が話し掛けてきたが、上の空で「ああ」と返事するだけであった。
 美弥子の資料運びを手伝っている時でも、頭の中はたった一人の事で占められていた。
 優樹はどうしているのだろうか。
 予想どおりに優樹は欠席していた。そして明日も、明後日も欠席するだろう。
 彼女の事情は、淡雪から説明を受けた。
 想像を超えていて、ただ絶句するしかなかった。ショックから立ち直ると憤った。
 比良栄に乗り込んで優樹を救う、と主張した統護を、淡雪は悲しげに否定した。
『お気持ちは分かります。しかし比良栄家の事情に堂桜であるわたし達が首を突っ込んでも、ますます優樹さんが追い込まれます。優樹さんもそれを望んでいないからこそ、お兄様から去ったのでしょう』
 今の統護では、例の【パワードスーツ】についての調査には足手まといだと、淡雪は登校を勧めて、一人で横須賀の在住米軍基地へ向かった。
 米軍【暗部】と呼ばれる組織と昨日アポイントがとれたので、本日、非公式に面会するのだ。
 上手く事が運べば、顔写真すら記録されていないDr.ケイネスなる女科学者の素性を探り入れ、かつ今回のテロ事件から【HEH】を切り離せるかもしれないとの見通しだ。
 妹に重荷を背負わせ、不抜けている自分が情けなかった。
 これからどうするべきか。
 やはり後を追って止めるべきだった。
 ルシアに頼んで、無理にでも優樹の居場所を追跡してもらうべきか。
「……だけど」
 逢って、その先、いったい彼女に何を言えばいい?
 そもそも彼女は自分の元から離れて、何をしようとしているのだ? ケイネスと敵対するにしても、どういった形で? まさか直接闘うつもりなのか。無茶だけはしないで欲しい。
 どうか無事でいて欲しい。

 なによりも――どうすれば彼女を救えるのだ。

 頭の中は、その事で一杯であった。
 優樹の笑顔と優季の笑顔が重なり、一つになった。
(なぁ。教えてくれよ、優季)
 この異世界でのお前がピンチなんだよ。
 俺、もうお前を喪いたくないんだ。
 守りたいんだよ。

         …

 使用エレメントは【風】である。
 優樹は女子用制服の上をコーティングするかのように、疾風の衣装を纏う。
 その衣装はさながらウェディングドレスか、あるいは死に装束か。
 これが優樹の戦闘用魔術の【基本形態】――その名は【サイクロン・ドレス】だ。
 背後では、那々呼の入った大型キャリーバッグを守りながらロイドも魔術を起動させている。
 ルシアは微かに両目を眇めた。

 魔術戦闘の幕が上がる――

 ビスクドールのような可憐な外見から、圧倒的な威圧感が暴力的に押し寄せる。
 優樹は小さく喉を鳴らした。
 いつの間にか、カラカラに乾いていた。
 死を覚悟しているはずなのに――こんなにも恐い。
 二対一だが、全く優位性を感じない。
 彼女が率いる【ブラッディ・キャット】の戦闘系魔術師とは、明らかに次元が違っている。
 彼等は確かに強かったが、こんな威容ともいえる恐怖感は覚えなかった。
 ケイネスに見せられた、ルシアの魔術と挙動が脳裏に蘇る。
(本当に勝てるの? 本当にこの化け物に――)
 敵対が不可避となった麗容のメイド少女を見据え、優樹は自信なさげに自問自答した。
 そっと手を当て、スカートのポケットの中にあるアンプルの感触を確かめた。

         ◆

 ケイネスの要求に屈した優樹の隣に、別の席から様子を窺っていたロイドが座った。
 ロイドと一緒にいたミランダは、ケイネスの隣に移った。
「合意に至ったという事で、作戦の概要から話し始めましょうか」

 堂桜那々呼を強奪する。

 存在自体が厳重に外部に対して秘匿されていた彼女の在処が、優樹の右手という餌によってケイネスに知れる事となった。
 ケイネスという経歴不明の女科学者は、どうしてか那々呼の存在を知っていた。
 そして那々呼との面会を強く望んでいた。
 彼女の言葉を信じるのならば、決して那々呼に危害を加えないという。
 むろん優樹は信じていないが。
 説明を一通り聞き終えて、優樹は不安げに言った。
「そんな作戦で上手くいくの?」
「失敗したのならば、それで計画は延期して、リトライするわ。所在が知られていなかったという事は、すなわち堂桜那々呼の護衛部隊は間違いなく初実戦になるでしょうし、その初実戦に対しての対応データが取れるというだけで大いに意義はあるわ」
「にしても、いくら油断を誘えるかもしれないからって、ボクとロイドだけだなんて……」
「相手も決して大部隊ではない。だからこちらも少数精鋭よ。それに一個部隊で空襲なんてかけても、そちらの方が失敗するでしょうしね。そういった想定可能なケースに対しては、充分な実戦経験を積んでいるので、逆に迅速かつ的確に対応するでしょうね」
 あくまでルシアと那々呼の知人として堂々と正面から乗り込むのが重要だと、ケイネスは再度、念を押した。
 それでも優樹の不安は晴れない。
「ボクは比良栄の嫡子として【ソーサラー】としての高度な教育を受けて鍛錬してきた。右手のチカラだってある。けど……本当に堂桜財閥の特殊部隊と戦えるのかというと、プロの戦闘系魔術師のロイドはともかく、正直いって自信ないよ」
「意外ね。貴女が喧嘩を買った楯四万締里だってプロの特殊工作員よ」
「あの時は……、彼女がベストには程遠いって分かっていたし」
「ベストコンディションなら戦わなかった? 私はそうは思わないけれど」
 ケイネスは楽しげな顔になると、ノート型PCをコートの内ポケットから取り出した。
 そしてモニタに動画を再生させると、優樹へと向けた。
「これを見なさい」

 モニタ内では――黒髪黒マントの少女と革ジャンを羽織った大柄な青年が戦っている。

 優樹は眉をひそめた。
 魔術戦闘ではなく、二人とも肉弾戦を行っている。
 ただし並の肉弾戦ではなく、両者共に常人の域を遥かに超えた身体性能をみせていた。
「要するに、もっと投薬してパワーアップしろって意味?」
 定期摂取している、サイバネティクス化した右手の拒絶反応を抑える薬には、右手の性能に振り回されない為の身体機能強化(違法ドーピング)効能も含まれていた。今のところ副作用の自覚はないが、いつまでも健康体でいられるとは思っていなかった。
 優樹は強気に言った。
「いいよ。もっとクスリの量を増やせば、こんな風にボクもなれるんでしょう?」
 画面内で拳を交えている二人は、もはや人間とは思えなかった。
 けれども、これだけの強さならば、きっと――
 右手の手術の際、心臓に埋め込ませてもらった、と脅された爆弾を思い出す。むろん爆弾の存在に屈したのではない。いっそ自決できればマシといった状況なのだから。
 もう死は――恐くない。
 恐いのは、弟と弟の未来を守れない事だけだ。
 ケイネスは首を横に振った。
「結論を先走らないで。とりあえず説明させて欲しいわね、お嬢さん。まず大柄で下品な男の名は、乱条業司朗。ちょっとした縁があって、この私が彼にサイバネティクス化を施したの。当時としては最先端の技術を投入したわ。現状では、お嬢さんの右手に比べると随分と旧式といったところかしら」
「まさか……。心臓の爆弾だけじゃなく、ボクにも全身サイバネティクス化を?」
 身を竦めた優樹を、ケイネスはたしなめた。
「先走らないでと言ったでしょう。私は近い将来的に【魔導機術】に替わる『とある研究』を秘密裏に進めているのだけれど、サイバネティクス化という選択肢は早々に慮外したわ」
「じゃあ、やっぱりドーピング?」
「いいえ。そちらの研究も行っているけれど、最適解ではないと結論したわ」
 ケイネスは黒マントの少女を指さした。
「私が求めている正解に近いのは、むしろこの子かしらね。この少女は、オルタナティヴと名乗っている新人の『何でも屋』よ。彼女もご覧の通りに驚異的な身体機能を誇っているけれど、回収されている髪の毛などの解析から、サイバネティクス化も違法ドーピングも認められていないわ」
「それなら、魔術のリソースを身体強化のみに振り分けているの?」
 そうだと仮定しても、これだけの超人ぶりだと、相当な魔力と意識容量を必要とする。それに全リソースを身体強化に注いでも、ここまで身体機能が向上するなど聞いた事がない。
「そうじゃないわ。ほら、見なさい――」
 画面内の肉弾戦に決着がついた。
 オルタナティヴが業司朗を豪快な右ストレートでノックダウンさせた。
 しかし戦いは、第二ラウンドの魔術戦闘へと突入した。
 業司朗の攻撃魔術の前に、オルタナティヴは防戦一方に追い込まれていく。
「え? この子って魔術を使えないの」
 従って魔術による身体強化という線は消えた。
「そうよ。つまり彼女の超人的身体能力は推測するに、一種のDNAブーステッドというところかしら」
「貴女が行っている研究って、まさか遺伝子強化?」
 DNAを書き換える事によって人為的に引き起こす才能・身体強化は、禁断の研究として、違法ドーピングやサイバネティクス化よりも厳重に取り締まられている。
 人クローンの研究も同様だ。
 ケイネスは首を横に振って否定した。
「医療面――遺伝子病の克服や遺伝子治療ではともかく、DNAブーステッドはバイオハザードを起こすリスクと、なによりも遺伝子を書き換えても、得られる効果は個人差が激しすぎてとても量産には向かないと私は結論したわ。試算では、オルタナティヴと同等の身体機能を与えるDNAブーステッドが成功する確率は、実に八百万人に一人以下よ。それも献体に適性があるという前提条件で。ちなみにDNAブーステッドによる身体強化に適性のあるDNA配列を持つ者は、多く見積もっても七千人に一人かしら」
「ええと……つまり?」
 優樹は困り顔というか、半笑いになった。
 どれだけの低確率なのか、聞いただけでは想像できなかった。
「確率論で語るのがバカらしくなる『夢の強化技術』ってオチよ。要するにあの子は、DNAブーステッドではないって事。その程度は、DNAブーステッドが成功したのではないか、と彼女を観測していた数多の研究機関、研究者達も早々に結論づけたわ。――ほら、見なさい」
 絶体絶命のところまで追い込まれたオルタナティヴに、救いの使者がやってきた。
 メイド服を着た少女――ルシアであった。
 彼女が業司朗相手に披露した、謎の魔術に優樹は戦慄した。
 そして局面は動く。
 ルシアに指輪型の【DVIS】を手渡されたオルタナティヴは【魔導機術】を立ち上げた。
 その魔術の【基本形態】に、優樹は目を見開いた。
「なんで? これって【ファイブスター・フェイズ】じゃないか……!!」
 基本となる五大エレメント――地・水・火・風・空を一つの【基本形態】によって、自在に切り替える魔術だ。
「だってこれって……」
「そう。かつての堂桜統護が使っていた魔術よ。今の堂桜統護は魔術すら使えないけど」
 どういう事なんだ、と優樹は首を傾げた。
 よく見ると、少女の貌はどことなく統護に似ていた。
 この黒マントの少女と、統護はいったいどういう関係なのだろうか。
「――画像はここまで」
 ケイネスはノート型PCを畳んでしまった。
 いい場面でお預けを食った形になった優樹は、不満げに訊いた。
「結局どっちが勝ったの?」
「ミッションに成功したら続きを観せてあげるわ」
「じゃあ、つまりオルタナティヴって子は、実用不可能と結論されているDNAブーステッドでないのなら、どうやって強化されたの?」
「いくつかの仮説は立てているけれど……、堂桜統護の超人化と同じく人為的な再現は不可能に近いでしょうね。よって私は別のアプローチで人を進化させる研究を始めているの」
 その言葉と自分を見るケイネスの目に――嫌な予感がした。
 そして先に言っていた、近い将来的に【魔導機術】に替わる『とある研究』だと分かった。
 優樹の心拍数が上がっていく。
「もったいぶらないでよ。長々と余計なモノを見せてさ」

「ルシアの情報と、既存の人体強化方法の復習は無駄ではないわ。何故ならば、貴女に施した人体強化方法は従来のどれとも異なるのだから――」

「え」と、優樹は目を丸くした。
「理解したかしら? 貴女の挙動は違法ドーピングによるものじゃないのよ。そもそも貴女の右手は拒絶反応が起こるような安い代物じゃないから」
 優樹の顔が恐怖で固まった。
 ならば、自分がケイネスの指示で定期的に注射していたアンプルの中身は――?
 薬でないのならば、あの液体はいったい?
 血の気が引いて青ざめる優樹。
 カタカタと全身が震えだした優樹に、ケイネスは誇らしげに告げる。
「それとね。私が【HEH】に接触した本当の理由は、実は貴女なのよ優樹ちゃん。私が検索した膨大な生体データにおいて、第一次献体に貴女は最も適していたから」
「ボ、ボ、ボクにいったい何をしたの?」
「超人よ。薬物投与のような副作用がなく、DNAブーステッドのような不確実性を排除し、そしてサイバネティクス化のような外科手術やメンテナンスを必要としない――最も効率的で最も効果的な、人類の新しい進化のカタチ。その第一次献体が貴女ってわけ」
 これが最後のアンプルよ、とケイネスは小指大のガラスケースを優樹の前に転がした。
 貴女がどこまで戦えるか――とても興味深い実験になるわ、とケイネスは嗤った。
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