魔導世界の不適合者
作者:真中文々
第二話『二人目のデヴァイスクラッシャー』 (Episode02 『SECOND・IRREGULAR』)
第二話 第三章 終わりへのカウントダウン 5
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翌日の夕刻。
統護と淡雪の二人は、例のテロを調査する為に学校を欠席した。堂桜財閥の各有力者を当たり、彼等を仲介として、可能ならば警察関係者や政府上層部、そして在住米軍へのコンタクトをとる予定といっていた。
優樹にとってはスケールの大き過ぎる話であったが、彼等堂桜一族の直系とは、本来それだけの権力と影響力を世界に対して持っている、選ばれし者なのだ。
そして堂桜兄妹の不在は、優樹にとって好都合であった。
優樹もロイドとミランダの仲介により、Dr.ケイネスとの面会を取り付けていた。
場所は先方が指定した横浜駅の地下街にある喫茶店であった。
「直接会うのは久しぶりね、優樹くん」
ケイネスは白衣の代わりなのか、夏本番が近づいているのに、薄手とはいえ白いロングコートを着ていた。
優樹は学園制服ではなく、可能な限り特徴を殺した、ゆったりとしたパンツスタイルだ。
二人の席から離れている窓際の席には、ロイドとミランダが座っている。
「そうですね」
「そんな恐い顔すると、せっかくの可愛さが台無しよ」
「男のボクに可愛いなんて、褒め言葉じゃないし」
運ばれてきたブラックコーヒーを、優樹は口に含んで肩の力を抜いた。
ケイネスは目の前のケーキセットに手をつけていない。
「こちらから訊くけれど、堂桜統護についての調査はどうかしら?」
「……順調、だよ」
陰りの差した声に、ケイネスは目を細めた。
「そうね。日が浅い割には随分と仲が良くなっているようで。いい傾向かしらね」
「仲良くなったお陰で、こういった情報も手に入れられたよ」
優樹はテーブルに数枚の資料をバラ撒いた。
それはルシアに頼んでプリントアウトしてもらった、【結界破りの爆弾】と優樹の【デヴァイスクラッシャー】の爆発比較についての解析データだ。
それらに目を通したケイネスは笑みを深めた。
予想外の反応に、優樹は怪訝な顔になる。
「これらについて何か言い訳はある?」
「ないわ」
「この件――例のテロに貴女が関与している事を父は知っているのか?」
「お父さんに確かめなかったの?」
自信満々に問い返され、優樹は唇を噛んだ。
気を取り直して、告げる。
「父は貴女に騙されて、そして利用されているんだ。貴女が【HEH】から手を引かないのなら――ボクはこの資料を父に送るよ」
「脅しにも、まして交渉にもなっていないわよ、優樹お嬢さん」
「だからボクは女じゃ、」
身を乗り出そうとした優樹を、ケイネスは苦笑しつつ片手で制した。
「落ち着きなさい。比良栄忠哉が把握していようが、いまいが、すでに【HEH】は例の【パワードスーツ】――機体名称【リヴェリオン】の開発に一枚以上噛んでしまっているわ。今さら一開発者をつるし揚げしたところで、すでに手遅れよ」
「そんな――」
絶句し、青ざめる優樹。
このままでは【HEH】は、そして弟の未来は。
狼狽える優樹をケイネスは愉しげに見つめている。
「……とはいっても【HEH】から手を引いてあげない条件が、ないわけでもないわ」
「え?」
「元々ね、私は堂桜統護の秘密には、大して興味なかった。彼の【デヴァイスクラッシャー】の秘密を知り、対【魔導機術】用兵器を開発したがっていたのは、あくまで君のお父上よ」
「そう……だよね」
優樹は悲しげに自分の右手に視線をやった。
最新のサイバネティクス化技術の結晶と説明されただけあり、元の右手との差異はほとんど感じないし、表面部を構成しているのは、自身のDNAを元にした自己修復機能を備えた有機素材である。それでもやはり生身の手ではない。拒絶反応を抑える為の注射が、定期的に必要であった。
すでにどんなに願っても、元の右手には戻らないのだ。
「その右手を疑似【デヴァイスクラッシャー】にして、本物の【デヴァイスクラッシャー】に接触させるというアイデアは私だけどね。そして頭が悪い比良栄忠哉はまんまと騙された」
「騙された……。お前が騙したくせに」
「そんな恐い顔しないで。オバサン怯えちゃうわ。ああ、それから騙したっていうのは【リヴェリオン】や世間で云われている【結界破りの爆弾】についてじゃなく」
「え、違う?」
「疑似【デヴァイスクラッシャー】は単なる餌だったのよ。優樹くんが堂桜統護を通じ、堂桜一族最大の禁忌――堂桜那々呼と接触し、彼女との面会ルートを確立させる為の。例の爆弾もそれを促すのが本当の目的。あの程度の手品、そう長くトリックを引っ張れないのは、こちらも端から織り込み済みって事よ」
その台詞に優樹は息を飲み込み、背もたれに背中をぶつけた。
にぃぃ――、と獲物を捕らえた野獣のようにケイネスは口の端を上げ、舌なめずりした。
「ホント、計画通りに動いてくれて感謝するわ。じゃあ……交渉に入りましょうか」
優樹は悄然となる。
本当の意味で嵌められていたのは父ではなく自分だったと、ようやく悟った。
…
陽流の様子がおかしい。
昨日の視察から戻ってきた仲間の少女の異変を、【ネオジャパン=エルメ・サイア】のメンバーは誰もが気に掛けていた。
隠れ家となっているコンテナの隅で、陽流はずっと縮こまっていた。
食事も満足に口にしていない。
元々引っ込み思案な少女ではあるのだが、ここまであからさまに塞ぎ込んでいるのは初めてであった。このままでは次の出撃に差し支えるのでは、とメンバーは危惧していた。
「ねえ、陽ちゃん。何があったのか教えてくれない?」
陽流以外では唯一の女性であり、メンバーの性処理を自発的に行っている『ユマ』と自称している仲間が、優しく陽流に訊いた。
ユマの言葉に、体育座りしていた陽流は、膝小僧に当てていた顔を上げた。
「……なんでもない」
「そんな風にはみえないんだけれど」
「大丈夫だから」
「そう思えないんだけどな」
沈黙が横たわる。
その間、ユマは辛抱強く次の言葉を待った。
「ユマ姉ってさ、今でも夕ちゃんを憎んでいる?」
一拍おいて、ユマは微笑んだ。
そして、他のメンバーに聞こえないように陽流の耳元で囁いた。
「嫌ってないわ。だってあの子はあの子の任務で裏切ったのであって、決して個人的な理由で裏切ったのではないのだから」
「ユマ姉っ」と、陽流の表情に陽が差した。
陽流の頭を優しく撫で、ユマは言葉を重ねた。
「ひょっとして夕について、何か新しい情報が分かったのね?」
陽流は他の四人が自分達の方を向いていない事を確認し、ユマにだけ聞こえるように言った。
「夕ちゃん居場所が分かったの」
ユマの顔色が変わった。
「――それは、何処?」
声が如実に震えていた。
しかし陽流は気が付かずに、縋るような眼差しをユマへ向けた。
「教えたらユマ姉は協力してくれる?」
「協力?」
「あたし、また夕ちゃんに会いたい。一回でいいから会って話がしたいの」
笑顔と呼ぶには不格好な表情で、ユマは頷いた。
…
湯船の中で、優樹は両膝を抱えて丸まっていた。
午後の九時を過ぎているが、統護と淡雪はまだ戻っていない。
夕食は一人で食べた。
(元々ボクの食事は一人きりが常だったじゃないか)
だから寂しくなんかは――ない。
比良栄家で家族が揃ってする食事は、父と母と智志の三人であって、優樹の席はない。
弟には「一人で食べる方が性に合っている」と説明していた。本当は――義母の視線に耐えられなかったからだ。
たった数回、統護と淡雪と一緒に食卓を囲っただけで、こんなにも……
(だけど、それももう永遠に終わりだな)
選択肢はない。
ガラ、と曇りガラスの引き戸が開き、統護が入ってきた。
当然ながら一糸まとわぬ裸である統護を目にして、優樹はすっとんきょうな声をあげた。
「ぇえええぇぇええええええええっ!? なんで?」
優樹の反応に、統護は朗らかに笑った。
「やっと帰宅できたから風呂を、と思ってな。お前が入っているのなら丁度よかった」
「あ、あ、淡雪は?」
「アイツは最後に親父に顔を見せるって。だからもうちょっと遅くなる」
「そ、そ、そ、そう……」
統護は優樹の横にいこうと、湯船に足を入れた。
「ちょっと! かけ湯をしてよ!」
「へ? 別にいいじゃねえか。銭湯じゃなくて自宅の風呂だし」
「それから前を隠して!」
「はははははは。ンだよぉ。そんなに俺のって大きいか? 照れるぜ」
「頼むからブランブランさせないでってばぁ」
泣きそうな顔になる優樹であったが、それでも統護の股間から視線を外せなかった。
統護はUターンして、風呂椅子に腰掛けた。
「かけ湯っていうか、だったら背中を流してくれよ。男同士、裸の付き合いしよーぜ」
逞しい背中を見つめて、――優樹は力の抜けた笑みを零した。
ざば、と湯船が波打った。
立ち上がった優樹は、身体を隠さずに言った。
「――統護。こっち向いてよ」
声をかけられて、統護は振り返った。
統護の目が大きく見開かれる。
立っているのは、肉に乏しい華奢な男子ではなく、細身で出るところが出ている美しいスタイルの少女だった。
「お、お前……」
優樹は照れくさそうに、はにかんだ。
「ゴメンね。今まで嘘ついていて。あ、どうしてボクが男として生活しているのかって事情は後で淡雪に聞いて」
「いや、その、ええと? 俺、邪魔みたいだから」
イニシアチブが逆転し、優樹はニンマリと笑みを深めた。
「逃げちゃダメだよ、統護。ほら、背中流してあげるから、裸の付き合いしよう!」
「おいおいおいおい!」
「あはは。別にエッチな事しようってわけじゃないからさ」
動揺しまくっている統護に、優樹は笑い声をあげた。
すっきりした気分だった。今の今まで自分が味わっていた思いを、まとめてお返しできた。
優樹は統護の後ろに腰をおろし、統護の背中を洗い始めた。
統護は気まずそうに謝った。
「なんつーか、今まで色々とスマン。悪気はなかったんだ」
「いいよいいよ。今となっては楽しかったし、面白かったんだから」
穏やかな笑みを湛えて、優樹は広くて筋肉質な背中をスポンジで擦った。
……思えば、本当に楽しい一時であった。
自分が男だと信じ込んでいた幼少時を除き、楽しい記憶なんてなかった。
ただ父の期待に添えるようにと、自分を殺し、優秀な跡取りである優等生を演じる為だけに努力をした。それは正確には努力というよりも我慢であった。
性別を偽っている為、友達とは距離を置かざるを得なかった。
優等生である為に、他人が楽しんでいる時間も努力に費やしていた。
女に告白される度に、心にヒビが入っていくようだった。
優秀な成績を収めても父はそれが当然だと、一切の愛情を向けてくれなかった。
それが……
統護と過ごした、ほんの僅かな時間。
ほんの下らないやり取り。
「――ボクにとって、かけがえのない大切な時間だ」
きっと、思い出のない自分にとって、初めて友達との思い出と呼べる――宝物。
仕上げとして、統護の背中に洗面器でお湯をかけた。
「よし! これでお終いだ」
勢いよく立ち上がった優樹は、足を滑らせ尻餅をついた。
転んだ音に、統護は慌てて振り向いて――固まった。
統護の視線は、大きく開かれている優樹の股間に釘付けになっていた。
「あいたたた。失敗失敗」
照れくさそうに笑いながら、優樹は改めて立ち上がった。
そして軽やかに一回転した。
「お願い統護。ボクの身体を――ボクの裸を忘れないでね」
美しい裸身を晒した少女の、その透明な笑みは、統護にはとても神々しく映った。
「優樹……お前は」
「じゃあ、ボクは行かなきゃ。もしも次に会えたのならば、きっとその時は――」
言葉を飲み込み、悲しげに首を横に振った。
これがサヨナラになるといいな、と彼女は統護を置いて風呂場から出た。
呆然と一人取り残された統護は、少女の後を追えなかった。
足が動かなかった。
本当は止めるべきだと頭では理解していたが、彼女の覚悟を感じ、動けなかった。
あの時と同じだ。
似ていた――ではなく同じだった。
元の世界で、優季が最後に見せてくれた笑顔と。
――統護に明日、伝えたいコトあるんだ――
クリスマスイヴの前日だった。
その言葉と笑顔を最後に、比良栄優季は統護の前から永遠に姿を消した。
また、同じ事になる予感がした。
「っくしょう……」
また、彼女と別たれてしまうのか。
統護は迸る感情を抑えられずに吠えた。
「ちっきしょぉぉおおおおおおおおおおおおおおおぁぁ~~~~~ッ!!」
…
堂桜本邸から出てきた主を、ロイドは恭しく迎えた。
「お待ちしておりました。堂桜統護とのお別れは無事に果たせましたか?」
「うん、終わったよ」
憑き物が落ちたような笑顔で、優樹は頷いた。
彼女は【聖イビリアル学園】の女子用制服を着ていた。
「どう? 似合うかな」
「とても似合っていますよ」
ロイドは普段のすまし顔を少しだけ緩めた。
「本当は統護にも見てもらいたかったけれど、予定外にもっといいモノを見てもらえたから、仕方がないかな」
男の振りをするのは――もう辞めた。
そして、それが意味するところは……
優樹は執事を従えて、堂桜本家の屋敷から離れていく。
屋敷が見えなくなる前に、一度だけ振り返ってそっと呟いた。
サヨナラ、統護。
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