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魔導世界の不適合者 作者:真中文々

第二話『二人目のデヴァイスクラッシャー』  (Episode02 『SECOND・IRREGULAR』)

第二話 第三章  終わりへのカウントダウン 4

         4

 放課後になり、統護は優樹を連れて、ネオ東京シティの国営中央駅にいた。
 ニホンの首都・ネオ東京シティ――総面積約二千二百平方キロメートルの政治・経済の中枢である。全二七市の総人口は一千二百六千万人。都外からの労働人口は、実にニホンの約三十二パーセントが集中している。
「ふぇぇ。凄い人だね」
 大都市の交通機関の集約である国営中央駅の人波に、優樹は圧倒されていた。
 その反応に、統護は思い出した。
「そういえばお前って、堂桜のチャーター便で飛んできたんだっけ」
「うん。堂桜がエスコートしてくれたから、駅の中って初めて。名古屋駅も凄いんだけど、やっぱり人はこっちの方が段違いだね」
「名古屋駅っていえば、地下街がでかいらしいな」
「そうそう」
「今度、案内してくれよ」
 一瞬だけ間を置いて、優樹は笑顔になった。
「うん! 約束するよ」


 統護に案内された優樹は戸惑いを隠せなかった。
 場所はリニアライナーのゼロ番発着場であるのだが、他に乗客が一切いない。
 発着スケジュールを示す電光掲示板にも『回送』と『試験』だけだ。
「ねえ、統護。此処ってどういう事?」
 そもそも乗車券を購入していない。
 ゼロ番発着場へのゲートも、統護の右手の静脈認証で通過していた。
「此処って一般客用じゃないよね」
 もしも一般客が入り込んでも、即座に駅員に追い出されるのは明白であった。
「此処ってさ、回送とテスト運転以外にも、一箇所だけ特別に向かう場所があるんだよ」
 統護の言葉が終わるのと同時に、『回送』と行き先が表示されているリニアライナーが音もなく高速で姿を現し、二人の眼前に滑り込んできた。
 乗客は統護と優樹だけだった。

         …

 リニアライナーが停車した小さな無人駅から、約三十分の徒歩を経て、目的地に着いた。
 豊かな自然に覆われた景色を楽しんでいた優樹であったが、眼前の木造アパートを目にして驚いた。
「こんな辺境に人が住んでいるんだ……」
 バスやタクシーどころか、コンビニエンスストアもない。
 途中でトイレが我慢できなくなった優樹は、こっそりと木の陰で用を足す羽目になり、事前に教えてくれなかった統護を恨んだりもした。
「水道と電気、どうしているの? このアパート」
「電気は地熱を利用した自家発電システムが地下にあるってさ。水は地下水脈から引いて濾過しているそうだ。見てくれがボロなのはオーナーの好みだそうだ」
「ふぅん。まあ堂桜の私有地を独占してるって時点で、超大金持ちなんだろうけどさ」
 アパートの二階から、メイド服を着た若い女性――少女が鉄筋階段に靴音を響かせて下りてきた。
 統護はメイド少女に挨拶した。
「よう、ルシア。来たぜ」
 畏まったルシアは優樹を見た。
「アナタが比良栄・フェリエール・優樹さま、でございますね。お初にお目に掛かります。ワタシはご主人様専用メイドのルシア・A・吹雪野と申します」
「専用メイド!?」
「その通りです。ご主人様だけのメイド、という意味で、ご主人様がご所望されれば下の世話から夜の世話まで専属で行います。言い換えれば『堂桜統護の性奴隷』でしょうか」
 人形めいた端正な顔から放たれた真面目な口調に、優樹は真っ赤になった。
「せ、せせせ、性奴っ! えええぇえ!?」
「おいおいおいおいぃ~~! さらっと嘘言わないでくれ! ってか優樹も真に受けるな!」
「しかしご主人様のファースト・キスはワタシがお相手しました」
「そうなの!?」
「あ、いや……」
 事実に統護は口籠もった。
「やっぱり性奴隷じゃないか!」
「なんでそうなるっ」
「ご安心下さい。ところがキスだけで、ご主人様は未だに童貞です」
「そっかぁ。よかったぁ」
「よくねえよ! ってか、二人とも大きなお世話だよ!」


 統護と優樹はアパートの二階にある205号室に招かれた。
 メインの六畳間には、デスクトップ型のPC群がビジネス街のビルのように並んでいる。
 中央には、キーボードを一心不乱に叩いている検査衣を着た少女がいる。
 ネコ耳付きカチューシャの少女――堂桜那々呼の姿に、優樹は息を飲んだ。
「この子って?」
 統護はルシアに視線をやった。
 ルシアは目線だけで「イエス」と回答した。
「堂桜那々呼。俺や淡雪とは異なる堂桜一族の本流――といったところか。傍系というよりも、特別なスタンドアローン的な血統に位置づけされている堂桜で、【堂桜エンジニアリング・グループ】の技術的な中枢を司っている天才児だ」
「ワタシの飼いネコでもあります」
 信じられない、といった表情で優樹は視線を那々呼、統護、ルシアへと移し、最後に那々呼に戻して釘付けになった。
「こんな小さな子が?」
「ええ。ネコの血統と存在については、堂桜一族内でもトップシークレットですが、今回特別にアナタに会わせました」
「ボクにそんな秘密を教えていいの? ボクは君たち堂桜の敵なんだよ?」
「いいと判断しました。故にこの場所も明かし、ご主人様に案内して頂きました。ご主人様からの打診がなくとも、元々アナタはいずれご招待する予定でしたので」
 ルシアは六畳間の中心へ「ネコ」と呼び掛けた。
 にゃぁ~~ん、と応えた那々呼に、優樹はギョッとなった。

 PC群の主のように鎮座しているモニタが、とある映像に切り替わった。

 それは――【ネオジャパン=エルメ・サイア】が起こしたテロの様子であった。
 しかしテレビやネットで放映された動画とは異なり、ジャミングによってノイズが走っていたはずの【パワードスーツ】の外観がクリアに表示されていた。
 ルシアは淡々と説明した。
「この動画は、前回ご主人様が来訪された時と同じく、様々な実写データを参考にレンダリングされたCGです。よって【パワードスーツ】も推測される姿で、実物とは細部が異なっている可能性を先に述べておきます」
 解析結果によってノイズが取り除かれた【パワードスーツ】の姿を、統護と優樹は凝視した。
 全高は三メートル程だ。
 搭乗者は胴体に格納されており、搭乗者の四肢は【パワードスーツ】の四肢の肘と膝までしか届いていない。いわゆる大型に分類される【パワードスーツ】だ。
 中型は搭乗者を一回り包み込むような形状だ。密閉型と開放型にタイプが区分されており、全高は二メートル前後に調整できるようになっている。
 最後の小型は、スーツとはいっても四肢と胴体が分離しており、バックパックで有線連結されている鎧に近い形態となっている。
「ルシア。これって、やはり新型なのか?」
 統護の言葉に、ルシアは首肯した。
「極秘開発されている試作機なのか、あるいは初めからテロ目的用に開発されている型なのかは不明です。現状の既存機のデータベースには一致する特徴はありませんでした。新型と定義して問題ないと思います」
 統護は複雑な顔で、画面上で暴れ回る人型機動兵器を見つめた。
 元の世界には存在していない兵器であった。最近の読書や独自調査で知ったが、この【イグニアス】世界の軍事・兵器事情は、元の世界とは大きく異なっていた。やはり【魔導機術】と戦闘系魔術師――【ソーサラー】の存在の有無が差異を生み出していた。
 統護の世界の人型ロボットといえば、宇宙開発・調査用や介護・介助補助用が主目的であり、軍事兵器としての【パワードスーツ】は実用化されていない。
 逆に、この【イグニアス】世界においては、【魔導機術】による介護補助魔術が開発されている為に介護ロボットという概念が存在していなかった。

「メイドさん。この新型は【HEH】で極秘に開発されたのかな?」

 優樹が険しい口調で洩らした。
 画面内の大型【パワードスーツ】は黒を基調にして、金と白銀のラインが走っている。フォルムは、アメンボとカエルを足して二で割ったようなイメージだ。前面部は解放されており、搭乗者のパイロットスーツが見える。頭部だけは、【パワードスーツ】の頭部の下に収納されていた。
 また大型の特徴として、四肢を変形させて俯せになり、高機動型戦車モードに変形できる。
 ルシアは優樹の問いに対し、淡々と事実のみを伝えた。
「現場に残された塗料片や【結界破りの爆弾】の破片および爆薬の残滓からは、【HEH】との関連は特定できていません。物証的な意味では、無関係といっていいでしょう」
「だけど、あの【結界破りの爆弾】の爆弾は――」
「そうですね。アナタがおっしゃりたい事は分かっています。次の画像に移りましょう」
 画面が切り替わり、二分割された。

 優樹の【デヴァイスクラッシャー】による爆発の解析画像。

 隣には【結界破りの爆弾】が【結界】を爆破した時の画像。

 予想していたのか、優樹は特に驚かなかった。
 それどころか頬を緩めた。
「やっぱり気が付いていたんだ。よく似てるよね、ボクの右手の爆発とこの爆弾の爆発」
「ええ。一見すると異なっておりますが、爆発開始時の傾向が完全に一致しております。そして、二つの爆発の違いは炸裂先の形状と――【結界破りの爆弾】が二重に爆発している為、という解析結果が出ました。よって爆薬による爆発を除いたCGでの映像に切り替えます」
 その言葉と同時に再び画像が替わり、【結界破りの爆弾】の爆発の様子が変化した。
 同一といってよかった。
 その爆発の様子は、優樹の【デヴァイスクラッシャー】による爆発に酷似していた。
 優樹は息を飲んだ。
「同じだ。ボクの考えは間違いじゃなかった」
「つまりアナタの右手に関わった人物と、今回の新型【パワードスーツ】に関わっている人物は同一あるいは関係者である可能性が極めて高いという事ですね。……では、その右手の秘密を教えて頂けますか?」
「それはできない。交換条件として統護の秘密を教えてくれるのなら、考えてもいいけど」
 ルシアは統護は見た。
 統護が観念した表情で口を開きかけると――
「では、アナタの右手に関わった人物をお教え願いますか? 我々にとっての共通の敵のはず。互いの【デヴァイスクラッシャー】の秘密は、その敵を排除してからでも遅くはないかと」
 統護は大きく息を吐いた。
 優樹は迷いなく頷いた。
「それだったら問題ないよ。ボクの右手を【デヴァイスクラッシャー】にした人物はケイネス。Dr.ケイネスと名乗る経歴不明の女科学者だ」

         …

 陽流は吸い込まれるように、孤児院【光の里】へ入り込んでいた。
 不審人物として通報されれば致命傷になる、と頭の片隅で理解はしていても、陽流は自分の足取りをとめられなかった。
 胡乱な表情で庭をフラフラと歩く陽流に、外で遊んでいた子供達は警戒した。
 小学生高学年の女子が孤児院内へ駆け込んでいった。
 陽流は子供達の様子に気が付かず、そのまま玄関へと歩を進めていく。
 温かい景色だった。
 こんな優しい場所があったのか――と、陽流の意識は飛んでいた。

「――どうかしましたか?」

 女性の声で、陽流は我に返った。
 玄関先に若い女性が畏まって立っている。傍には小学生の女の子が、不安そうにしていた。
 女性はTシャツにジーンズといったラフな出で立ちで、外見的には少女のようだが、不思議と凛としていた。
 陽流は動揺した。
「え、ええと」
 振り返ると、何故こんな場所に踏み入っていたのか。
 必死に言い訳を捻り出そうとするが、言い訳どころかまともに声さえ出せない。
 女性はニッコリと愛想良く笑った。
「玄関で立ち話もなんですから、よかったら中に入ってお茶でも飲みませんか?」
 キョトンとなった陽流に、女性は自己紹介した。
「あたしは扶桑琴生といいます。こう見えても二十歳過ぎで、この孤児院の園長です」
 琴生は陽流を中へと促した。


 案内された【光の里】の中は、御世辞にも高級とはいえなかったが、よく整理整頓されており、清掃も行き届いていた。
 最後には園長室で、陽流は琴生にお茶菓子を馳走になっていた。
 一息ついた陽流に琴生は訊いてきた。
「その様子だとアリーシアのファンって感じでもないわね」
「アリーシア姫?」
「ええ。少し前までマスコミだけじゃなく、ファンだっていう子達――女の子がメインね、がアリーシアの住んでいる場所が見たいって大挙して押しかけてきてね。寄付も集まったから御の字ではあったんだけど、一時期はちょっと大変だったのよ」
「有名……ですもんね。アリーシア姫」
 今や光の中で世界中の注目を集める、若く美しいロイヤル・プリンセスだ。
 その姫君が出生を隠されて孤児として暮らしていた――というシンデレラ・ストーリーはアリーシア・ファン・姫皇路の人気とカリスマ性に、大きな好影響を付加していた。
 陽流は無感情に呟いた。
「綺麗で、可愛くて、輝いていて、……あたしなんかとは大違い」
「貴女も充分に可愛いわよ」
「そんな。そんな事ないですよ」
 琴生が心配そうに訊いた。
「失礼かもしれないけど……。何か悩みでもあるの?」
「悩み?」
 琴生は真剣な目で、陽流の目を見つめた。
「だってアリーシアのファンじゃなくて孤児院に立ち寄るって事は、やっぱりご家庭の事情とかあるケースを勘ぐっちゃうのよね」
 陽流はぐっ、と奥歯に力を入れた。
 そして寂しげに笑った。
「心配、ありがとうございます。でも大丈夫です。あたしにはちゃんと帰る場所があるから」
「だったらいいんだけど。なにかあったら此処に来てもいいからね」
 優しい言葉に、陽流は目頭が熱くなった。
 琴生は何も言わなかった。
 携帯電話の着信音が鳴った。
「御免なさい」と、琴生は慌てて携帯電話をポケットから取り出した。
 急いで通話に応じようとして手を滑らせ、携帯電話はテーブルに落ちた。
 陽流がそれを手にして、琴生に返そうとして――

 表情が凍りついた。

 着信画面――電話帳機能に登録されている顔写真を、愕然とした目で見つめていた。
 琴生が遠慮がちに手を差し出した。
「あのぅ。すいませんけど、返して貰えます?」
「どうして……?」
「え」
「どうして夕ちゃんが?」
 琴生に携帯電話を返した陽流は、園長室を飛び出していた。
 その様子を言葉なく見送るしかなかった琴生は、首を傾げたまま通話に応じた。
 締里の携帯電話から掛けられてくる、累丘みみ架からの定時報告だった。

         …

 ルシアは統護と優樹に告げた。
「爆発の類似傾向以外にも、お二人には知ってもらいたい事があります」
 モニタ画面が切り替わった。
「締里の写真?」
「そうです。特殊メイクで変装していますが、楯四万締里の写真です。おそらくは彼女が【エルメ・サイア】ニホン支部に潜入していた時と思われます」
「その写真がどうして?」
「今回のテロ現場から押収された物です。警察に手を回して入手しました。ネットにアップしようとして遮断された画像も、同一の顔写真です。そして情報統制によりニュースでは取り上げられていませんが、【ネオジャパン=エルメ・サイア】は写真の人物の身柄引き渡しを要求しています」
 統護は歯噛みした。
「つまり締里のスパイ行為に対する復讐か」
「おかしいよ。復讐の為だけにあんなテロを新型【パワードスーツ】で?」
 優樹の疑問に、ルシアは補足した。
「パイロット達はおそらく利用されているだけの捨て駒でしょう。Dr.ケイネスという人物が此度の主導者としても、もっと大きな背後が潜んでいるのは確実です。どれだけ入念に計画を練っていても、あれだけの大きさの新型機を完全に逃亡させるなどという芸当は、今の防犯管理体勢においては不可能です」
「不可能を可能に――って事は、裏から手を回している連中がいるって事か。まさか【エルメ・サイア】が?」
「そこまでは不明ですが……、ニホン在住米軍の関与は非公式に確認できています。米軍からの圧力で逃走した新型【パワードスーツ】はロスト扱いにされた、という事です」
 米軍――アメリア合衆国の軍隊だ。
 元の世界に存在していたアメリカ合衆国とほぼ同一なのだが、この世界のアメリア合衆国はより強固な超大国であった。
「現時点では堂桜四大派閥の関与は確認できていませんが、しかし油断はできません」
 ルシアの言葉に、統護は頷いた。
「わかった。締里の件もあるし、俺は淡雪と新型【パワードスーツ】について動く。ルシアは例の女科学者について調べてくれ」
「承知いたしました、ご主人様」
 二人の会話を、優樹は決意に満ちた顔で聞いていた。
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