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魔導世界の不適合者 作者:真中文々

第二話『二人目のデヴァイスクラッシャー』  (Episode02 『SECOND・IRREGULAR』)

第二話 第三章  終わりへのカウントダウン 2

         2

 其処は――関東北部にある、とある輸出会社の大型コンテナの中であった。
 鉄壁とビーム(梁)のみの無骨な外観とは異なり、内部は居住用に改装されている特注品であった。
 トイレとシャワーこそないが、簡易空調機能も備えており、御世辞にも快適とは言い難いが、身を隠すには最適な場所であった。

『……なお、彼等は【ネオジャパン=エルメ・サイア】と名乗っており、国際テロ組織【エルメ・サイア】との関連が疑われておりますが、現在――』

 壁に設置されている超薄型液晶テレビ画面がブラックアウトした。
 リモコンで電源を切った若い男性は、忌々しげに舌打ちした。
「ンだよ。これだけ派手にやったっていうのに、ヤツの件については情報統制かよ」
 コンテナ内にいる者は、全員で六名であった。
 年齢は十代半ばから三十代まで幅広く、男女比は四対二である。
 彼等は肌にフィットしているパイロットスーツの上に、揃いのブルゾンを着ていた。
 メンバー最年長である三十代後半の男性が言った。
「こっちもダメだ。ネット関連でも完全に画像をシャットアウトされている」
 二番目に年長の三十代前半の女性が言った。
「プリントアウトした顔写真もバラ撒いたっていうのに、それも全部回収されたみたいね」
 リーダー格――というか、この六名【ネオジャパン=エルメ・サイア】を再編成した主導者である二十代後半の男性が決然と言った。

「まず俺達はあの女に復讐しなければならない」

 その言葉に、残りの五名が頷いた。
 最年少である十代の少女――笠縞陽流はスマートフォンの待ち受け画像を見つめた。
 画像には、二人の少女が並んで写っていた。
 山根夕と名乗っていた仲間は、極度に写真を撮られるのを警戒していた。
 待ち受けに使用しているツーショットは、奇跡的に不意を突くのに成功した一枚だ。
 このツーショット画像をトリムした顔写真を、事件現場にバラ撒いた。ネットに画像データをアップしたりもしたが、動画や音声データも含めて画像アップには厳しい事前チェックが入るご時世なので、即座に違法データとして弾かれた。
 リーダー格が言った。
「アイツがスパイだった所為で、俺達は【エルメ・サイア】からの信用を失った。そして接触できなくなった。失った信用を取り戻すには、あの女を差し出すしかない」
「信用云々もあるが、俺は単純にアイツが許せない。俺達――【エルメ・サイア】ニホン支部を政府に売りやがった事が! 同志として信じていたのに」
 歯軋りする仲間を、リーダー格が宥める。
「山根夕は間違いなく偽名。俺達が握らされたプロフィールも巧妙に偽装されていて、なおかつ今回の情報統制。間違いなく政府側の特殊工作員だろう」
 過日――。【エルメ・サイア】の幹部である『コードネーム持ち』が極秘来日に成功したとの情報から、ニホン支部を名乗る彼等は、協力の為にその幹部とのコンタクトを果たした。
 そして山根夕(偽名)は、いま世間で話題になっているファン王国の第一王女――アリーシア姫を計画通りに浚い、単身で『コードネーム持ち』の幹部と合流した。
 その後――山根夕(偽名)は姿をくらました。
『コードネーム持ち』の幹部についても連絡を寄越さなかった。アリーシア姫の現状から推理するに、【エルメ・サイア】の目論見は失敗に終わったようだった。
 それだけでは終わらなかった。
 警察の手が次々と彼等ニホン支部へと伸びて――壊滅した。
 このコンテナ内の六名は、辛うじて逃げ伸びた【エルメ・サイア】ニホン支部の残党だ。
「アイツの身元さえ判明すれば……。くそっ!」
 顔写真をバラ撒いて、ニホン政府あてに身柄の引き渡し声明を行ったが、一切ニュースには取り上げられていない。
 陽流はスマートフォンをブルゾンのポケットに突っ込んだ。

「――ご機嫌よう。【ネオジャパン=エルメ・サイア】の諸君」

 厳重にロックされているコンテナのドアが開いた。
 このドアを解錠できるのは、仲間六名以外では――

 白衣を着ている三十歳前後の攻撃的な美女が、出入口に立っていた。

 炎を想起させる癖のつよいロングヘアーの彼女は、ケイネスと彼等に名乗っていた。
 ケイネスの一歩後ろには、執事然とした黒い燕尾服の女性が従っている。
 両名は無遠慮にコンテナ内に踏み入った。
「久しぶりね。第一戦は上々の成果といったところかしら」
 リーダー格がケイネスの握手に応じた。
「ありがとうございます」
「けれど、指示した以外の行動をとるのはあまり感心しないわね。まあ、大目に見るけれど」
 肉食獣が獲物を吟味するかのようなケイネスの視線に、一同は背筋を凍らせた。
 注意されたのは、山根夕(偽名)の件だ。
「申し訳ありません。しかしあの女の所為で我々は」
「その貴方達に救いの手を差し伸べたのは、どこの誰かしら?」
「……Dr.ケイネスです」
「あら、覚えていたのね」
 ニィ……、とケイネスは皮肉げに口の端を釣り上げた。
 リーダー格が頭を下げた。
 陽流以外の四名も慌てて続いた。陽流だけは、気まずげに視線を逸らすだけだった。
 警察から逃げ続けて散り散りになっていた彼等は、この白衣の女性によって再び集められた。
 何処かの基地のような訓練場に連れて行かれた彼等は、見たこともない【パワードスーツ】の操縦訓練をさせられた。
 再び【エルメ・サイア】の支部として再起して、【エルメ・サイア】に認められる為に。
 願わくば、逮捕された同志を救い出せれば、と。
 ケイネスが言った。
「任務に支障がない範囲でならば、多少の自由裁量は認めましょう」
「感謝します」
 今のところ彼等【ネオジャパン=エルメ・サイア】は、ケイネスの命令に従っているに過ぎない駒であった。襲撃経路から逃走経路、そして逃走後の潜伏まで全てケイネスのシナリオにそって動いている。
「じゃあ……メンテナンスも終わったし、第二戦目の話をしましょうか」
 一同は揃って敬礼した。
 だが、彼等としても、いつまでもケイネスの子飼いに甘んじるつもりはなく、再び【エルメ・サイア】との接触に成功できれば、例の【パワードスーツ】を手土産に、ケイネスの寝首を掻く算段を企てていた。

         …

 優樹は午前中、ずっと父親へメールを送信し続けた。
 内容は【ネオジャパン=エルメ・サイア】と名乗ったテロリストが使用した【パワードスーツ】と【結界】を破った小型爆弾についての問い合わせだ。
 しかし返信はたったの一通で、

[ お前には関係ない話だ。我が社の関与などありえない。自分の任務に専念しろ ]

 だけであった。
 励ましも、労いも、心配も――一切の情が感じられない文面であった。
 予想はしていたが落胆がゼロ、というわけでもない。
 ネットだけでなく、この【聖イビリアル学園】内も例の【結界破りの爆弾】で話題が持ちきりになっていた。
 すっかり転校生である自分は関心を持っていかれた格好だが、今はありがたかった。
(きっと父さんはあの女――ケイネスに騙されている)
 優樹の右手を【デヴァイスクラッシャー】にした怪しげな女科学者。
 場合によっては、右手の秘密を統護に打ち明けて、ケイネスに敵対するという選択肢も視野にいれなければならない。【HEH】がテロに与するような事があってはならない。
 弟の未来のためにも。
 だが【結界破りの爆弾】の爆発の様子は、実験段階から何度も繰り返し見た自分の【デヴァイスクラッシャー】のそれと特徴が酷似している。偶然であるはずがない。
 昼休みになり、優樹は屋上へと向かった。
 統護は勿論のこと、今度は他の誰にも気が付かれていない。
 屋上にはロイドが待っていた。
「どうだ? ケイネスの居場所は判明した?」
「ミランダと連絡が取れましたが、どうやら関東地区に出張という形で出向いている模様です。しばらくはこちらに滞在する予定だとか」
「詳細な予定や滞在場所は?」
 ロイドは首を横に振った。
「執事仲間とはいえ、主に対しての守秘義務は絶対です。逆にいえばミランダがDr.ケイネスの関東遠征を教えてくれたという事は、それがDr.ケイネスにとって不利益とはならないからに過ぎません」
 その返答に、優樹はニヤリとなった。
「そっか。つまりは場合によってはボクから直接会いに行けるように――って解釈も成り立つってわけか」
 ロイドは首を縦に振った。
 優樹は決意した。
「……じゃあさ。ミランダさんにアポイントの打診、してみてよ」
 理由付けは右手の調子が悪いからでいいからさ、と優樹は付け加えた。

         …

 午前中ずっと、優樹の様子がおかしかった。
 統護は気が付いていたが、今はそっとしておこうと決めていた。
 おそらく例の【結界破りの爆弾】が原因だ。
 今朝の速報ニュースを見てから、優樹の様子が劇的に変化していたのだから、原因は瞭然といっていい。
 みみ架からの定時報告が入った。
 今のところ締里は問題なく寝入っているという。みみ架に【結界破りの爆弾】について話題を振ると、『爆弾と見せかけたトリックだと推理している』という返信がきた。
 当時に『比良栄さんの右手のカラクリと、実は表裏一体のタネかもしれない』とも。
 統護は教えてくれと意気込んで催促したが。

[ 自分で考えなさい ]

 と突っぱねられてしまい、統護は苦笑いするしかなかった。
「どうしたの? 統護。変な顔してるよ」
 そんな統護に、教室に戻ってきた優樹が話し掛けてきた。まだ午後の授業開始まで五分ほどの余裕がある。
「いや、なんでもないよ。それよりも……」
「なに?」
「今日の放課後、ちょいと俺に付き合ってくれないか?」
 その台詞に優樹は頬を染めた。
「え? どういう事?」
「とっておきのデートスポットを教えてやるよ」
「~~っ!」
 目を白黒させた優樹に、統護は意味ありげにウインクしてみせた。
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