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魔導世界の不適合者 作者:真中文々

第二話『二人目のデヴァイスクラッシャー』  (Episode02 『SECOND・IRREGULAR』)

第二話 第三章  終わりへのカウントダウン 1

  第三章  終わりへのカウントダウン

         1

 統護は食卓にあがっている朝食の前で固まっていた。
 茶碗半分の冷えたお粥の上に梅干しが一つ。たくあんが三切れ、そして湯飲みの中の水。
 これだけであった。
 淡雪と優樹の朝食は、焼き魚(塩干し鰯)をメインとして、山菜とほうれん草のお浸しや、冷や奴などと総品目二十を超える色鮮やかな和食であった。
 執事であるロイドは、使用人用の食堂で他の使用人と一緒に朝食を摂っていた。
 最初は冗談かと思ったが、どうやら冗談ではないらしい。
 統護は淑やかに箸を操っている妹に訊いた。
「……なあ、俺は別に減量しているんじゃないんだけど」
 淡雪は無言だった。
 申し訳なさそうな表情ながら、優樹は自分の朝食を食べている。
 統護は椅子から腰を上げた。
「お兄様? まだ朝食はおわっていませんよ」
「これだけじゃ足りないから、お前達と同じメニューを用意してもらう」
「無駄です」
「え」
「料理人に、お兄様にはこれ以上は食べさせるな、と命じておきましたので」
「だろうとは思っていたが、その理由が知りたいんだが……」
 淡雪はギロリ、と剣呑な半白眼で統護を睨んだ。

「――お兄様が昨夜、優樹さんと同衾した罰です」

 冷たい声だった。
 統護はふぅ、と吐息をついて、眉根に指を当てた。
 同衾、という単語に優樹の顔が真っ赤に染まる。
「お前また盗聴してたのかよ」
 街中でのアリーシアとの会話を盗聴されて以降、統護とて淡雪の盗聴には気をつけていた。ベッドをはじめとした自室内に盗聴器が仕掛けられていない事は、淡雪が部屋に入った後に、必ず調査しているので確実だ。おそらく優樹の衣服に仕込まれていたのだろう。
「盗聴については、この際問題ではありません」
「大ありだろ」
「お兄様が優樹さんに不埒な真似さえしなければ、こんな罰も盗聴器も必要なかったのです」
「いやいやいや。同衾ってなんだよ。単に男同士で枕を共にしただけだぜ? それに別に不埒な真似とかしてないし。だよな、優樹」
 同意を求めて優樹に話題を振ると、彼は赤い顔でそっぽを向いた。
「知らないよ。ただ統護はエッチだと思うけど」
「はぁぁ?」
 男同士で何いってんだ、と統護は呆れた。
 淡雪は厳しい声で告げた。
「そういった訳で、お兄様が充分に反省し終わるまで、御飯はこのままになります」
 統護は二人を見比べる。
 どうやらこれ以上は何を言っても無駄のようである。
「頂きます」
 諦めた統護は、目の前の朝食に手をつけ始めた。
 ゆっくりと味わうつもりだったが、二分で食べ終わってしまった。

         …

 朝食として出されたお粥を、締里はレンゲですくった。
「熱いから舌を焼けどしないように気をつけて」
 土鍋に入れた卵粥を運んできたみみ架は、締里に注意を促した。
 お粥を移された茶碗を手にしている締里は、口に入れる前にレンゲに息を吹きかけた。
 口に含んだお粥を嚥下する締里。
「どう? 食べられる?」
「美味しい」
「口に合ったのなら良かったわ」
「凄く香りと風味がいい。後で作り方を教えてくれると助かるわ」
「ええ」と、みみ架は快諾した。
 誰に食べて欲しくてレシピを知りたいのかは、確認するまでもない。
 たっぷりと二十分はかけて締里はお粥を平らげた。
「ごちそうさま。迷惑を掛けているわね」
 頭を下げた締里に、みみ架は肩を竦めてみせた。
「気にしないで。貴女の看病を口実に学校をサボって読書できるんだから」
「そういう事にしておくわ」
「ええ」
「けれども、いつまでも貴女のベッドを占領するわけにもいかない」
 布団を除けて、ベッドから降りようとした締里であったが、膝が折れて倒れ込む。
 みみ架は余裕をもって締里を抱きとめた。
 身体がいう事をきかない締里は愕然となった。
「どうなっている?」
「蓄積している疲労とダメージが限界にきているのよ」
「莫迦な。だからといって――」
「悪いけれど、貴女が寝ている間に私の祖父が整体による骨格調整と、ツボによる氣脈の正常化を施術したの。疲労とダメージが回復するまでの間、貴女の生命エネルギーは全て回復作業に当てられるからロクに動けなくなるわ」
「どうして……」
 締里は恨みがましい目をみみ架に向けた。
 その視線に、みみ架は苦笑する。
「比良栄さんの件については、今回はこれ以上の介入は自重しなさい。貴女は充分に堂桜くんの為に尽くしたわ。けれど、ここから先は堂桜くんと比良栄さんの問題よ」
「お前は分かっていないわ。アイツは――あの」
「女は、でしょ?」
 みみ架は落ち着きなさい、とウインクしてみせた。
「サラシと矯正下着で外見は誤魔化せても骨格や歩き方、その他諸々――、バレバレね」
「それだけじゃないわ。あの女の【デヴァイスクラッシャー】はインチキなのよ」
 みみ架も【ワイズワード】により、おおよその情報は把握していた。
 そして、優樹の疑似【デヴァイスクラッシャー】という手品のタネも推理できていた。
「心配しなくても、彼女は被害者であって堂桜くんの敵にはならないでしょう」
「どうして貴女に断言できる」
「それを教えて欲しければ、今はとにかく回復に努めなさい。堂桜くんに余計な心配を掛けさせない為にも」
 統護の名前が効いたのか、締里は大人しく布団の中に戻った。
 目を瞑ると――すぐに眠ってしまった。
「まったく愛されているわね、堂桜くん」
 みみ架には分かっていた。
 締里が優樹を必要以上に危険視する本当の理由を。単純に、優樹が女の子だからだと。

         …

 朝食が終わり、登校しに堂桜本家の屋敷を出るまでの少しの間。
 リビングの出入口の影で、優樹は異母弟――智志に電話を掛けていた。
 堂桜兄妹はソファーに並んで座り、紅茶を楽しみながら、テレビでニュースを見ている。
 智志は元気そうであった。それを確認できただけで、目尻が自然と下がった。
『お兄ちゃんは新しい学校、大丈夫?』
「うん。大丈夫。兄ちゃん、新しい友達ともうまくやっているよ」
『本当に?』
 電話先の声が曇った。
「なんだよ、兄ちゃんを信用していないのか?」
『だってお兄ちゃん、ちょっと元気がないように聞こえたから』
「新生活にちょっと張り切り過ぎただけだよ」
 父と母は二人の話題には上らなかった。
 優樹が両親について訊いても、智志は話題を嫌がるようになっていた。両親は智志を溺愛しているが、弟は反抗期のようであった。
 通話を終え、優樹は携帯電話を制服のジャケットの内ポケットにしまった。
 傍に控えていたロイドが言った。
「どうやら智志様は変わらずのご様子で」
「なによりだ」
「智志様も心配なさっていましたし、あまり無理をなさらぬよう」
「そうもいっていられないだろう」
 ロイドを睨んだ。
「すでに淡雪にはボクが女の身体だってバレた」
「しかし当面は秘密にしてもらえるという約束でしょう」
「そんなのいつまでも信用できない」
 優樹は唇を尖らせた。
 考えてみれば淡雪も妙なのだ。自分の秘密を統護に漏らさないと約束してくれたのは、単純に同情ゆえかと思っていたが、朝食時の嫉妬めいた態度からすると、どうも違うようだ。
 元々仲の良い兄妹――という情報だったが、淡雪の統護への接し方はまるで……
(なんて、ね)
 優樹は苦笑いした。
 統護が豹変したのが、淡雪との兄妹の禁断の愛――という陳腐なシナリオを想像したが、思い返せば、逆にそれでは統護の淡雪への態度が説明つかない。
 盗聴器云々の冗談からして、単に淡雪のブラザーコンプレックスが深刻化しただけだろう。

「――申し訳ありません優樹様。急いでテレビ画面をご覧下さい」

 ロイドに促されて、優樹は思索から我に返った。
 執事の声色には珍しく動揺が滲んでいた。
 堂桜兄妹が見ているニュースに、優樹は意識を集中した。五十二インチの大画面なので此処からでも問題なく詳細まで見ることができた。
 優樹の目が見開かれた。
 常に落ち着いていると評判の女性アナウンサーの声が、興奮で微かに震えていた。

『もう一度別角度からお映像をご覧下さい。信じられない事に、この【パワードスーツ】と思われる人型兵器には、魔術による【結界】を破壊可能な小型爆弾が搭載されており……』

 ニュース番組は緊急速報で、国内テロを報じていた。
 優樹だけではなく、ロイドも、そして堂桜兄妹もその内容に釘付けになっていた。
 ステルス機能を備えた高機動性人型装甲――通称【パワードスーツ】は、確かに五年ほど前から実用化されてはいる。しかし未だに実戦での実用性は疑問視されており、あくまで新世代の小型戦闘機との位置づけで開発されている。

 実用性への最大の障害が――魔術による【結界】であった。

 新生代兵器である【パワードスーツ】のみならず、従来の戦車などの砲撃やミサイルも魔術による【結界】には通用しないのだ。
 魔術による【結界】を破れるのは魔術師の【魔導機術】による攻撃のみ。
 そういった観点からも、魔術は法的な規制から逃れて特別扱いされているのだ。
 魔術犯罪が起ころうとも、科学兵器による犯罪を魔術で防げる。そして魔術犯罪も同じ魔術で対抗できる。ゆえに魔術は科学よりも重要視されるべき――
 という常識が、テレビ画面で今、否定されていた。
 カメラ撮影に強烈なジャミングが入っているのか【パワードスーツ】の外観はハッキリとは映っていない。
 しかし【パワードスーツ】のアーム部から射出された小型爆弾は鮮明に映っていた。
 数個の円盤状の小型爆弾は、被害に遭っている銀行外部の【結界】の外壁に張り付いた。

 そして爆発と共に【結界】を破壊してしまった。

 爆薬による科学反応が、魔術効果を破壊する――というあり得ない現象が、映像として記録されていた。
 優樹は視線をテレビ画面から、震えている自分の右手へと移す。
 洩らした声はもっと震えていた。
「嘘だ……。どうして? あの爆弾の原理って……この右手と同じじゃないか……」
 信じたくなかった。
 あの【パワードスーツ】の製造元が――【HEH】かもしれないだなんて。
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